魔王軍の修繕師(リペアラー)

AI異世界小説家

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第2章:修理された少女たちと「欠落した記憶」

修理された少女たちと「欠落した記憶」

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 地下深くに構築した俺の隠れ家(シークレット・エリア)は、静寂に包まれていた。
 無機質な石造りの部屋だが、空調と防音は完璧だ。地上で宴が開かれていようが、処刑が行われていようが、ここには届かない。
 俺は手術台の上に並べた三つの「破損品」――いや、患者たちに向き合っていた。
「……酷い配線(コード)だ。よくこれで動いていたな」
 俺は【解析眼】を通して、スライムの少女の体内を覗き込んでいた。
 彼女の核(コア)の周囲には、本来の魔物には存在しないはずの『異物』が絡みついている。
 魔力を強制的に暴走させる回路と、思考能力を遮断するリミッター。
 それらが、まるで素人が無理やりハンダ付けしたかのような雑さで、彼女の神経系に食い込んでいた。ザガンが言っていた「耐久テスト」や「リサイクル」とは、こういうことか。
 要するに、痛みを感じなくさせ、死ぬまで特攻するように改造されていたわけだ。
「美しくない」
 職人としてのプライドが刺激される。
 生き物を兵器として扱う倫理的な是非は一旦置いておくとしても、この施術(カスタム)は技術的に三流だ。素材の良さを殺しているし、何より寿命を縮めるだけの欠陥工事だ。
「直すぞ。全部」
 俺は極細の魔力メスを指先から展開した。
 アラクネの娘の砕けた脚の神経を繋ぎ、ハーピーの娘の折れた翼の骨を接合し、スライムの娘の核に絡みついた『暴走回路』を丁寧に切除していく。
 三匹とも、改造の痕跡を完全に消去(デリート)。
 ついでに、ザガン軍での酷使で摩耗していた肉体組織も、俺の魔力を補填して強化修復(オーバーホール)しておく。
 作業は数時間に及んだ。
 最後の一太刀を終え、俺は大きく息を吐いた。
「……修復完了(リペア・コンプリート)」
 モニター代わりの水晶板に、オールグリーンのステータスが表示される。
 直した。
 あとは、彼女たちが目覚めるのを待つだけだ。
          ◇
 最初に目を覚ましたのは、スライムのロゼだった。
「ん……ぅ……?」
 手術台の上で、ピンク色のゲル状の体が波打つ。
 傷は癒えている。それどころか、俺が魔力回路を最適化したことで、彼女は不安定な不定形から、明確な形を取り始めていた。
 液体が凝縮し、手足が伸び、少女の輪郭を形成する。透き通るような桜色の肌と髪を持つ、十代後半くらいの少女の姿だ。
 いわゆる「人化」のスキルだが、ここまで綺麗に変身できるスライムは稀だ。やはり素質があったのだろう。
「あ、あれ……わたし、いきて……?」
「気がついたか」
 俺が声をかけると、ロゼは弾かれたように身を縮こまらせた。
「ひっ!? ご、ごめんなさい! もう動きません、命令しないで、いたいのはいや……!」
「落ち着け。俺はザガンじゃない」
 俺は極力威圧感を与えないよう、しゃがんで目線を合わせた。
「俺はカイト。ただの修理屋だ。お前たちを拾って、壊れていたところを直した」
「なお……した……?」
 ロゼはおずおずと自分の体を見下ろした。
 ちぎれかけていた体は繋がり、痛みは消えている。
「ほんとう、だ……。痛くない……」
 続いて、隣のベッドでアラクネのベルと、ハーピーのルルも身じろぎをした。
 ベルは失っていた蜘蛛の下半身が再生し、艶やかな黒い外骨格を取り戻している。上半身の人間部分も、青白かった顔色に赤みが戻っていた。
 ルルも翼をパタパタと動かし、信じられないという顔で空気を掴んでいる。
「脚が……動く……」
「翼も……。私、飛べるの?」
 三人は互いの顔を見合わせ、それから俺を見た。
 恐怖と警戒、そして微かな期待が混じった瞳。
 無理もない。彼女たちは今まで、ザガンたち幹部連中にモノのように扱われてきたのだ。
「ここは魔王城の地下にある俺の個人的な作業場だ。ザガンもここには来ない」
 俺がそう告げると、ザガンの名を聞いた瞬間に三人の肩がビクリと跳ねた。
 やはり、あの男への恐怖心は根深いようだ。
「安心していい。当分ここから出る必要はないし、また戦場に送り込まれることもない。……腹、減ってないか?」
 俺は部屋の隅にある簡易キッチンへ向かった。
 作り置きしていた野菜スープと、少し硬くなったパンを温め直す。
 高級な料理ではないが、栄養価だけは計算してある「管理者メシ」だ。
 湯気を立てる皿を三人の前に置くと、彼女たちはゴクリと喉を鳴らした。
「た、食べて……いいの?」
「毒は入ってない。リハビリの一環だ」
 ロゼがおそるおそるスプーンを手に取り、スープを口に運んだ。
 瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「……ぁ」
 ポロリ、と。
 ロゼの大きな瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
 ベルも、ルルも、スープを一口啜っただけで、何かに耐えるように顔を歪め、泣き出してしまったのだ。
「おい、どうした? 熱すぎたか? それとも味が……」
「ちがうの……」
 ロゼが涙を拭いながら、震える声で言った。
「なんだか、すごく……懐かしい味がして……」
「懐かしい?」
「うん。わからない……でも、この味を知ってる気がする。ずっと昔に、もっと暖かい場所で、誰かと一緒に……」
 ベルもスープの椀を握りしめながら頷いた。
「私、なんでこんな……。ただの魔物なのに、スプーンの使い方が手に馴染んでる……。変なの、私、ずっと森にいたはずなのに……」
「あったかい……。胸の奥が、ぎゅってなる……」
 ルルはパンを抱きしめて、子供のようにしゃくり上げている。
 俺は眉を少しだけひそめた。
 俺が作ったのは、人間界のレシピを参考にした一般的なスープだ。魔王軍の兵舎で出るような、生肉や泥のような配給食とは違う。
 彼女たちが「懐かしい」と感じるということは、過去に人間に飼われていた時期があるのか、あるいは人里近くで暮らしていたのか。
 だが、【解析眼】で見ても、彼女たちの脳内には深い「霧」がかかっている。
 記憶の欠落。
 おそらく、ザガン軍による過酷な改造手術や戦闘のストレスで、過去の記憶が焼き切れてしまっているのだろう。PTSDの一種かもしれない。
「……無理に思い出さなくていい」
 俺は彼女たちの頭に、ポンと手を置いた。
「今は食べて、休め。体は直したが、心(メンタル)の修理には時間がかかる」
「カイト……さん」
 ロゼが俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「捨てないで……くれますか? 役に立たなくても、ゴミじゃないって……言ってくれますか?」
 その言葉に、俺は少し自嘲気味に笑った。
 俺は魔王軍の裏方だ。正義の味方でも慈善事業家でもない。
 だが、一度手をつけた仕事を途中で投げ出すのは、職人の流儀に反する。
「ああ。俺の許可なく壊れることも、捨てられることも許さない」
 俺の言葉に、三人は初めて、安堵の表情を浮かべた。
 まるで、長い悪夢から覚めた迷子のように。
 彼女たちの奇妙な反応――人間らしい食事への郷愁や、不自然なほど高い知性。
 それに、あの雑な改造手術の痕跡。
 違和感は残る。ザガンという男は、俺が思っている以上に悪趣味な実験をしているのかもしれない。
 だが、今の俺にできるのは、この地下室で彼女たちを匿うことだけだ。
 相手は軍のトップに君臨する英雄(ザガン)だ。一介の管理係が正面から喧嘩を売って勝てる相手ではないし、俺自身、この平穏な生活を捨ててまで反逆する義理はない。
 ――そう、この時はまだ思っていた。
 彼女たちの欠落した記憶の奥底に、意外な「記憶」が眠っているとは知らずに。
 今はただ、泣きながらスープを飲む三人の少女たちが、少しでも早く元通りになればいい。
 俺はそう願いながら、空になった鍋を洗い始めた。
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