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第3章:悪趣味な宴「私設闘技場(デス・マッチ)」
悪趣味な宴「私設闘技場(デス・マッチ)」
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魔王城の敷地内には、一般兵には開放されていない区画がいくつかある。
その一つが、ザガン将軍が私財を投じて建設させた『私設闘技場』だ。
俺はため息をつきながら、血と土埃の匂いが充満するその場所へと足を踏み入れた。
「……また派手に壊しやがって」
俺が呼び出された理由は、観客席の防護柵の修繕だ。
熱狂した観客が暴れて壊したらしい。本来なら試合が終わってから直すのが筋だが、ザガンからの「興が削がれるから今すぐ直せ」という理不尽な命令により、試合中の会場に入ることになった。
すり鉢状の闘技場は、異様な熱気に包まれていた。
観客席を埋め尽くすのは、オーク、ゴブリン、リザードマンといった下級魔物たち。彼らは涎を垂らし、拳を振り上げて絶叫している。
「殺せ! 殺せ! 殺せぇ!!」
「ザガン様万歳! ゴズ様万歳!!」
フィールドの中央では、ちょうどメインイベントと思しき試合が行われていた。
一方に立つのは、全身を黒鉄の鎧で固めた巨漢のオーガ。ザガンの側近の一人、ゴズだ。
対するは、森で捕獲されたばかりだという野生のマンティコア(獅子の魔物)。
「グルルルゥ……ッ!」
マンティコアが唸り声を上げ、毒針のついた尾を振り回して飛び掛かる。
だが、ゴズは鼻で笑い、持っていた巨大な戦斧を無造作に振るった。
ドゴォッ!!
鈍い音が響き、マンティコアの巨体がボールのように吹き飛んだ。
一撃だ。
マンティコアは壁に叩きつけられ、ピクリとも動かない。
圧倒的な力量差。いや、そもそも装備の質が違いすぎる。あれは戦いではない。一方的な処刑ショーだ。
「ガハハハ! どうだ、俺様の力は!」
ゴズが斧を掲げて勝ち誇る。
観客席からは割れんばかりの大歓声が上がった。
「つえええええ!!」
「やっぱザガン軍の幹部は格が違うぜ!」
俺はその光景を冷めた目で見下ろしていた。
魔物たちは「強さ」に酔いしれているが、俺の【解析眼】には違う情報が見えている。
ゴズの身体能力はドーピングに近い強化魔法で底上げされており、対するマンティコアは事前に拘束具で弱らされていた痕跡がある。
典型的な出来レースだ。ザガン一派の威光を示すための、茶番劇。
「……くだらない」
俺はつぶやき、壊れた防護柵へと手をかざした。
魔力を流し込み、歪んだ鉄を一瞬で接合する。仕事はさっさと終わらせて帰ろう。
そう思った時だった。
「おや、管理係じゃないか。仕事が早いな」
頭上から声をかけられた。
見上げると、闘技場の最上段にある貴賓席で、ザガンがワイングラスを片手に踏ん反り返っていた。
その足元には、怯えるような表情の給仕の少女(魔族)が侍っている。
「ザガン将軍。柵の修理は完了しました。これで失礼……」
「待て待て。せっかく来たんだ。特等席で見ていくがいい」
ザガンは指をパチンと鳴らした。
すると、フィールドの鉄柵が上がり、次の「出し物」が引きずり出されてきた。
それは、武装したオークと、鎖に繋がれた数匹の小鬼(インプ)たちだった。
「次は趣向を変えてな。耐久テストだ」
ザガンが愉しげに笑う。
試合開始の銅鑼が鳴ると同時に、オークがインプの一匹を掴み、その腕を強引に引きちぎった。
「ギィヤァァァァッ!?」
悲鳴が上がる。だが、戦いは終わらない。オークはさらにインプの足を折り、腹を殴り続ける。殺すためではない。「どこまで耐えられるか」を試すように。
観客席の魔物たちは、先ほどのゴズの勝利以上の歓声を上げていた。
鮮血が飛び散るたびに、どっと沸く。
俺は眉間の皺が深くなるのを止められなかった。
「……将軍。これは、何の真似ですか」
「ん? 見ての通りだ。あのオークは、少しばかり身体強化の術式を施してあってな。その出力テストに、手頃な雑魚を使っている」
「味方同士で殺し合いをさせるなんて、正気ですか。彼らも魔王軍の兵士でしょう」
俺の言葉に、ザガンは心底不思議そうな顔をした。
「兵士? 勘違いするなよ、管理係。あれは『素材』だ」
ザガンはグラスの中の赤い液体を揺らしながら、冷淡に言い放つ。
「おい見ろ。あのインプ、腕がもげてもまだ動くぞ。痛みを感じにくいように脳を弄った成果が出ているな。……ふむ、だが出血多量で動きが鈍ったか。止血処理の術式が甘かったかな」
彼の目には、そこで流れている血や命に対する感情など一切なかった。
あるのは、実験動物を見る研究者のような、冷徹な観察眼だけ。
「こいつらが死ねば、新しいデータが取れる。強靭な軍隊を作るための尊い犠牲だ。一石二鳥というものだろう?」
俺の中で、何かが音を立てて切れそうになった。
俺は壊れたものを直すのが仕事だ。
だが、この男は「壊すこと」を楽しみ、それを「研究」と呼んで正当化している。
俺の隠れ家にいるロゼたちも、こうやって「実験」され、使い潰されたのか。
「……命を、なんだと思っている!」
俺は思わず声を荒らげていた。
「彼らは道具じゃない! こんな無意味な殺し合いで消耗させて、何が最強の軍隊ですか!」
一瞬、貴賓席の空気が凍りついた。
ザガンの近くに座っていたザガンの重臣の一人であるオーガーが俺を睨みつけて立ち上がった。
「お前いまなんつった?もう一度言ってみろや!」
体長2m以上ある大柄のオーガーが見下ろしながら俺の胸ぐらをつかんでくる。
ザガンはオーガーの手を掴むと、カイトから離させた。
「ザガン様」
オーガーはザガンの行動に毒気を抜かれたようになり手をおろした。
「……こんなやつは放っておけば良い。下級職員(ゴミ)。元人間風情ならここで役に立つことをしろ。あまり手間取らせるなよ」
ザガンが手を振ると、控えていた衛兵たちが俺を取り押さえた。
「興が削がれた。その分際知らずをつまみ出せ。……ああ、殺すなよ? 城の壁を直す奴がいなくなると不便だからな」
衛兵たちに両脇を抱えられ、俺は闘技場の外へと引きずり出された。
背後からは、オーガーの嘲笑と、魔物たちの狂乱した歓声が聞こえ続けていた。
◇
闘技場の裏口、廃棄物集積所。
俺はそこに放り出された。
鼻を突く腐臭。そこには、今日の「実験」で壊された魔物たちの死骸が山積みになっていた。
「……クソッ」
俺は服についた土を払いながら、怒りを噛み殺した。
今はまだ、どうすることもできない。俺には力がない。
だが、ただで帰るつもりはなかった。
俺は周囲を警戒しながら、死体の山へと近づいた。
先ほどザガンが言っていた「強化術式」や「脳を弄った」という言葉。それがどういう技術なのか、確かめる必要がある。
俺は、さっき殺されたばかりのインプの死骸の一部――術式が刻まれているであろう腕の肉片を、素早く切り取り、懐の【収納魔法】の亜空間へ放り込んだ。
「……『素材』の強度実験、だったか」
ザガンは、ただの残虐な将軍ではない。
もっと根深い、何か歪なシステムをこの軍に持ち込んでいる。
俺は懐の重みを感じながら、拳を握りしめた。
修理屋として、この「壊れた」軍隊の構造を、一度徹底的に解析してやる必要があるかもしれない。
俺は背後の歓声に背を向け、地下の隠れ家へと急いだ。
そこには、俺の帰りを待つ三人の「元・実験体」たちがいるのだから。
その一つが、ザガン将軍が私財を投じて建設させた『私設闘技場』だ。
俺はため息をつきながら、血と土埃の匂いが充満するその場所へと足を踏み入れた。
「……また派手に壊しやがって」
俺が呼び出された理由は、観客席の防護柵の修繕だ。
熱狂した観客が暴れて壊したらしい。本来なら試合が終わってから直すのが筋だが、ザガンからの「興が削がれるから今すぐ直せ」という理不尽な命令により、試合中の会場に入ることになった。
すり鉢状の闘技場は、異様な熱気に包まれていた。
観客席を埋め尽くすのは、オーク、ゴブリン、リザードマンといった下級魔物たち。彼らは涎を垂らし、拳を振り上げて絶叫している。
「殺せ! 殺せ! 殺せぇ!!」
「ザガン様万歳! ゴズ様万歳!!」
フィールドの中央では、ちょうどメインイベントと思しき試合が行われていた。
一方に立つのは、全身を黒鉄の鎧で固めた巨漢のオーガ。ザガンの側近の一人、ゴズだ。
対するは、森で捕獲されたばかりだという野生のマンティコア(獅子の魔物)。
「グルルルゥ……ッ!」
マンティコアが唸り声を上げ、毒針のついた尾を振り回して飛び掛かる。
だが、ゴズは鼻で笑い、持っていた巨大な戦斧を無造作に振るった。
ドゴォッ!!
鈍い音が響き、マンティコアの巨体がボールのように吹き飛んだ。
一撃だ。
マンティコアは壁に叩きつけられ、ピクリとも動かない。
圧倒的な力量差。いや、そもそも装備の質が違いすぎる。あれは戦いではない。一方的な処刑ショーだ。
「ガハハハ! どうだ、俺様の力は!」
ゴズが斧を掲げて勝ち誇る。
観客席からは割れんばかりの大歓声が上がった。
「つえええええ!!」
「やっぱザガン軍の幹部は格が違うぜ!」
俺はその光景を冷めた目で見下ろしていた。
魔物たちは「強さ」に酔いしれているが、俺の【解析眼】には違う情報が見えている。
ゴズの身体能力はドーピングに近い強化魔法で底上げされており、対するマンティコアは事前に拘束具で弱らされていた痕跡がある。
典型的な出来レースだ。ザガン一派の威光を示すための、茶番劇。
「……くだらない」
俺はつぶやき、壊れた防護柵へと手をかざした。
魔力を流し込み、歪んだ鉄を一瞬で接合する。仕事はさっさと終わらせて帰ろう。
そう思った時だった。
「おや、管理係じゃないか。仕事が早いな」
頭上から声をかけられた。
見上げると、闘技場の最上段にある貴賓席で、ザガンがワイングラスを片手に踏ん反り返っていた。
その足元には、怯えるような表情の給仕の少女(魔族)が侍っている。
「ザガン将軍。柵の修理は完了しました。これで失礼……」
「待て待て。せっかく来たんだ。特等席で見ていくがいい」
ザガンは指をパチンと鳴らした。
すると、フィールドの鉄柵が上がり、次の「出し物」が引きずり出されてきた。
それは、武装したオークと、鎖に繋がれた数匹の小鬼(インプ)たちだった。
「次は趣向を変えてな。耐久テストだ」
ザガンが愉しげに笑う。
試合開始の銅鑼が鳴ると同時に、オークがインプの一匹を掴み、その腕を強引に引きちぎった。
「ギィヤァァァァッ!?」
悲鳴が上がる。だが、戦いは終わらない。オークはさらにインプの足を折り、腹を殴り続ける。殺すためではない。「どこまで耐えられるか」を試すように。
観客席の魔物たちは、先ほどのゴズの勝利以上の歓声を上げていた。
鮮血が飛び散るたびに、どっと沸く。
俺は眉間の皺が深くなるのを止められなかった。
「……将軍。これは、何の真似ですか」
「ん? 見ての通りだ。あのオークは、少しばかり身体強化の術式を施してあってな。その出力テストに、手頃な雑魚を使っている」
「味方同士で殺し合いをさせるなんて、正気ですか。彼らも魔王軍の兵士でしょう」
俺の言葉に、ザガンは心底不思議そうな顔をした。
「兵士? 勘違いするなよ、管理係。あれは『素材』だ」
ザガンはグラスの中の赤い液体を揺らしながら、冷淡に言い放つ。
「おい見ろ。あのインプ、腕がもげてもまだ動くぞ。痛みを感じにくいように脳を弄った成果が出ているな。……ふむ、だが出血多量で動きが鈍ったか。止血処理の術式が甘かったかな」
彼の目には、そこで流れている血や命に対する感情など一切なかった。
あるのは、実験動物を見る研究者のような、冷徹な観察眼だけ。
「こいつらが死ねば、新しいデータが取れる。強靭な軍隊を作るための尊い犠牲だ。一石二鳥というものだろう?」
俺の中で、何かが音を立てて切れそうになった。
俺は壊れたものを直すのが仕事だ。
だが、この男は「壊すこと」を楽しみ、それを「研究」と呼んで正当化している。
俺の隠れ家にいるロゼたちも、こうやって「実験」され、使い潰されたのか。
「……命を、なんだと思っている!」
俺は思わず声を荒らげていた。
「彼らは道具じゃない! こんな無意味な殺し合いで消耗させて、何が最強の軍隊ですか!」
一瞬、貴賓席の空気が凍りついた。
ザガンの近くに座っていたザガンの重臣の一人であるオーガーが俺を睨みつけて立ち上がった。
「お前いまなんつった?もう一度言ってみろや!」
体長2m以上ある大柄のオーガーが見下ろしながら俺の胸ぐらをつかんでくる。
ザガンはオーガーの手を掴むと、カイトから離させた。
「ザガン様」
オーガーはザガンの行動に毒気を抜かれたようになり手をおろした。
「……こんなやつは放っておけば良い。下級職員(ゴミ)。元人間風情ならここで役に立つことをしろ。あまり手間取らせるなよ」
ザガンが手を振ると、控えていた衛兵たちが俺を取り押さえた。
「興が削がれた。その分際知らずをつまみ出せ。……ああ、殺すなよ? 城の壁を直す奴がいなくなると不便だからな」
衛兵たちに両脇を抱えられ、俺は闘技場の外へと引きずり出された。
背後からは、オーガーの嘲笑と、魔物たちの狂乱した歓声が聞こえ続けていた。
◇
闘技場の裏口、廃棄物集積所。
俺はそこに放り出された。
鼻を突く腐臭。そこには、今日の「実験」で壊された魔物たちの死骸が山積みになっていた。
「……クソッ」
俺は服についた土を払いながら、怒りを噛み殺した。
今はまだ、どうすることもできない。俺には力がない。
だが、ただで帰るつもりはなかった。
俺は周囲を警戒しながら、死体の山へと近づいた。
先ほどザガンが言っていた「強化術式」や「脳を弄った」という言葉。それがどういう技術なのか、確かめる必要がある。
俺は、さっき殺されたばかりのインプの死骸の一部――術式が刻まれているであろう腕の肉片を、素早く切り取り、懐の【収納魔法】の亜空間へ放り込んだ。
「……『素材』の強度実験、だったか」
ザガンは、ただの残虐な将軍ではない。
もっと根深い、何か歪なシステムをこの軍に持ち込んでいる。
俺は懐の重みを感じながら、拳を握りしめた。
修理屋として、この「壊れた」軍隊の構造を、一度徹底的に解析してやる必要があるかもしれない。
俺は背後の歓声に背を向け、地下の隠れ家へと急いだ。
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