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最終章:壊れた世界の「修復(リペア)」と新たな始まり
壊れた世界の「修復(リペア)」と新たな始まり
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舞台を取り囲む聖騎士団は、もはや戦う意志を失っていた。彼らが向けるのは鋭い剣先ではなく、底冷えのするような侮蔑の眼差しだった。
「……総員、剣を引け」
聖騎士団長が、硬い声で命じる。
「団長!? 奴を討たなくて良いのですか!」 「勘違いするな。我々の剣は、誇り高き敵と戦うためにある。あのような薄汚い詐績師を斬って、聖なる鋼を汚す必要はない」
団長は舞台の上でのたうち回るザガンを一瞥し、吐き捨てるように言った。
「奴を裁く権利は、我々にはない。奴に虐げられ、弄ばれた被害者たち(かれら)にこそある」
一方、魔王軍側からも怒号の嵐が吹き荒れていた。かつて彼を「英雄」と崇めていた部下たちが、今は憎悪に顔を歪めている。
「恥さらしが!」 「俺たちの誇りを泥で塗り潰しやがって!」 「死んで詫びろ、ザガン!!」
投げつけられた石がザガンの額に当たり、鮮血が流れる。その痛みと屈辱が、彼の狂気を完成させた。
(こいつだ……! こいつさえ、この元人間の管理係さえいなければ……!)
ザガンの充血した目が、カイトを捉える。すべてはこの男が「余計な修理」をしたせいだ。あいつさえいなければ、自分は今頃、教会の枢機卿と笑い合い、莫大な財宝を手に優雅な余生を送っていたはずなのだ。
「お前だァァァァッ!!」
ザガンは絶叫と共に、爆発的な勢いで地面を蹴った。 腐っても魔王軍の将軍。その一撃は、凡百の兵士では反応すらできない速度。彼は傍らに立つロゼやベルを無視し、一直線にカイトの喉笛を狙って突っ込んだ。
「お前さえ死ねば! このふざけた茶番も終わるんだよォォ!」
魔剣の切っ先が、カイトの眼前に迫る。 だが、カイトは動かない。避ける素振りすら見せず、ただ哀れみの目でザガンを見つめていた。
「……本当に、学習しない人だ」
ガキンッ!!
硬質な金属音が響き、ザガンの動きが空中で強制停止した。
「な、あ……?」
彼の足首には、銀色に輝く極細のワイヤーが幾重にも巻き付いていた。アラクネのベルが、指先一つで彼の突進を完全に制圧したのだ。
「私のマスターに触れるなと言ったはずよ」 「ぐ、うぅぅッ!?」
ベルが指をくいっと曲げると、ザガンの巨体は軽々と宙を舞い、大の字で床に叩きつけられた。這い上がるワイヤーが手足を拘束し、彼を舞台に張り付けにする。
「は、離せ! この糸、なぜ切れない!? 俺の魔力でも……ッ!」 「無駄よ。その糸はカイトさんが『魔力阻害合金』でコーティングした特製だわ。暴れれば暴れるほど食い込んで、あなたの骨まで達するわよ」
ベルが冷ややかに見下ろす中、ザガンの視界に影が落ちた。
ローズピンクの髪を揺らし、ロゼがザガンの上に馬乗りになった。かつて彼が「汚いゴミ」と呼び、踏みつけたスライムの少女だ。
「ひっ……!」
ザガンは息を呑んだ。少女の美しい瞳が、今は感情を排した無機質な捕食者のそれに見えたからだ。
「貴方が捨てたゴミの気分はどう?」 「ふ、ふざけるな! 俺は将軍だぞ! 伝説の『竜鱗の鎧』を着ているんだ! スライムごときの攻撃が通るか!」
ザガンは、自分を包む最高級の魔法鎧の防御力に縋り付いた。だが、背後からカイトの淡々とした解説が響く。
「ああ、その鎧。確かにカタログスペックは高いですが、構造上の欠陥があります。関節部や隙間……露出部分から内部へ溶かしていけば、ただの重い棺桶ですよ」
「……は?」
ロゼの身体が、少女の形から不定形の半液状へと崩れていく。美しいピンク色の粘液が、ザガンの全身を、鎧の隙間を縫うように包み込み始めた。
「いや、やめろ……熱い!? ぎゃああああっ!!」
ジュワァァァァ……!
カイトが建築現場の岩盤削岩用に調整した『超強酸粘液』が、ザガンの肉体を内部から溶かし始める。悲鳴は次第に小さくなり、やがて泡を吹いて消えていった。 ザガンが消滅した跡には、最高級の鎧だけが虚しく残された。魔王軍の将軍でありながら、彼は死んだ時に何一つとして遺留品(ドロップ)を残さなかった。それこそが、彼という存在がいかに空っぽであったかの証明だった。
戦う理由を失った聖騎士団と魔王軍は、互いに武器を収めた。 これまでの戦争が、一人の男と教会の腐敗によるものだと知った以上、無益な殺し合いを続ける者はもはや誰もいない。
「……カイト殿、と言ったか」
聖騎士団長が、静かにステージへ歩み寄ってきた。
「貴殿の働きに感謝する。この真実は必ず王都へ持ち帰り、教会の腐敗を根底から正す材料とする。行方不明者たちの遺留品も、責任を持って遺族へ届けよう」 「ええ。期待しています」
そして、魔王軍の兵士たちもまた、カイトを仰ぎ見ていた。そこにいたのは、かつての「無能な用務員」ではなく、絶望を救った新しい象徴だった。
「カイト様……いや、カイト将軍!」 「俺たちの本当の英雄だ!」
地響きのようなコールが巻き起こる。カイトは困ったように頭をかいた。
「いや、俺はただの管理係だから……将軍なんて柄じゃないんだが」
「いいじゃないですか、マスター」
ロゼが柔らかい人間の姿に戻り、カイトの右腕に抱きつく。
「貴方は私たちを直してくれた、最高の英雄ですよ」
「ああ。私たちの新しい居場所を……『家』を作ってくれたのだからな」
ベルが左腕を、ルルが背中を支えるように抱きしめる。彼女たちの笑顔には、もう道具としての影はどこにもなかった。
エピローグ:世界を直す旅の途中
数ヶ月後。 魔王城の地下深く、かつての「廃棄物集積所」は今、明るい光が差し込む巨大な**『修復工房』**へと生まれ変わっていた。
そこには、ザガンの研究所から救出された人々や、洗脳から解かれた魔物たちが集まっていた。カイトは毎日、彼らを元の姿、あるいは新しい「自分」として生きていける形へと調整し続けている。
「カイトさん、新しい依頼が来ています。北の村の壊れた防壁と……あと、自分を魔物だと思い込んでいる少年の『心の修復』をお願いしたいそうです」
ロゼが報告書を持ってやってくる。彼女は今や、工房の受付兼カイトの秘書だ。
「忙しくなるな。……でも、悪くない」
カイトは使い込まれた工具を手に取り、窓の外に広がる穏やかな景色を見上げた。 人間と魔族が共存する、新しい形のコミュニティ。それはまだ小さく、壊れやすいものかもしれない。 けれど、壊れているのなら、直せばいい。
「さあ、仕事(リペア)を始めようか」
修繕師(リペアラー)の物語は、ここから本当の意味で動き始める。 世界という名の巨大な構造物を、一番正しい形に直すために。
(完)
「……総員、剣を引け」
聖騎士団長が、硬い声で命じる。
「団長!? 奴を討たなくて良いのですか!」 「勘違いするな。我々の剣は、誇り高き敵と戦うためにある。あのような薄汚い詐績師を斬って、聖なる鋼を汚す必要はない」
団長は舞台の上でのたうち回るザガンを一瞥し、吐き捨てるように言った。
「奴を裁く権利は、我々にはない。奴に虐げられ、弄ばれた被害者たち(かれら)にこそある」
一方、魔王軍側からも怒号の嵐が吹き荒れていた。かつて彼を「英雄」と崇めていた部下たちが、今は憎悪に顔を歪めている。
「恥さらしが!」 「俺たちの誇りを泥で塗り潰しやがって!」 「死んで詫びろ、ザガン!!」
投げつけられた石がザガンの額に当たり、鮮血が流れる。その痛みと屈辱が、彼の狂気を完成させた。
(こいつだ……! こいつさえ、この元人間の管理係さえいなければ……!)
ザガンの充血した目が、カイトを捉える。すべてはこの男が「余計な修理」をしたせいだ。あいつさえいなければ、自分は今頃、教会の枢機卿と笑い合い、莫大な財宝を手に優雅な余生を送っていたはずなのだ。
「お前だァァァァッ!!」
ザガンは絶叫と共に、爆発的な勢いで地面を蹴った。 腐っても魔王軍の将軍。その一撃は、凡百の兵士では反応すらできない速度。彼は傍らに立つロゼやベルを無視し、一直線にカイトの喉笛を狙って突っ込んだ。
「お前さえ死ねば! このふざけた茶番も終わるんだよォォ!」
魔剣の切っ先が、カイトの眼前に迫る。 だが、カイトは動かない。避ける素振りすら見せず、ただ哀れみの目でザガンを見つめていた。
「……本当に、学習しない人だ」
ガキンッ!!
硬質な金属音が響き、ザガンの動きが空中で強制停止した。
「な、あ……?」
彼の足首には、銀色に輝く極細のワイヤーが幾重にも巻き付いていた。アラクネのベルが、指先一つで彼の突進を完全に制圧したのだ。
「私のマスターに触れるなと言ったはずよ」 「ぐ、うぅぅッ!?」
ベルが指をくいっと曲げると、ザガンの巨体は軽々と宙を舞い、大の字で床に叩きつけられた。這い上がるワイヤーが手足を拘束し、彼を舞台に張り付けにする。
「は、離せ! この糸、なぜ切れない!? 俺の魔力でも……ッ!」 「無駄よ。その糸はカイトさんが『魔力阻害合金』でコーティングした特製だわ。暴れれば暴れるほど食い込んで、あなたの骨まで達するわよ」
ベルが冷ややかに見下ろす中、ザガンの視界に影が落ちた。
ローズピンクの髪を揺らし、ロゼがザガンの上に馬乗りになった。かつて彼が「汚いゴミ」と呼び、踏みつけたスライムの少女だ。
「ひっ……!」
ザガンは息を呑んだ。少女の美しい瞳が、今は感情を排した無機質な捕食者のそれに見えたからだ。
「貴方が捨てたゴミの気分はどう?」 「ふ、ふざけるな! 俺は将軍だぞ! 伝説の『竜鱗の鎧』を着ているんだ! スライムごときの攻撃が通るか!」
ザガンは、自分を包む最高級の魔法鎧の防御力に縋り付いた。だが、背後からカイトの淡々とした解説が響く。
「ああ、その鎧。確かにカタログスペックは高いですが、構造上の欠陥があります。関節部や隙間……露出部分から内部へ溶かしていけば、ただの重い棺桶ですよ」
「……は?」
ロゼの身体が、少女の形から不定形の半液状へと崩れていく。美しいピンク色の粘液が、ザガンの全身を、鎧の隙間を縫うように包み込み始めた。
「いや、やめろ……熱い!? ぎゃああああっ!!」
ジュワァァァァ……!
カイトが建築現場の岩盤削岩用に調整した『超強酸粘液』が、ザガンの肉体を内部から溶かし始める。悲鳴は次第に小さくなり、やがて泡を吹いて消えていった。 ザガンが消滅した跡には、最高級の鎧だけが虚しく残された。魔王軍の将軍でありながら、彼は死んだ時に何一つとして遺留品(ドロップ)を残さなかった。それこそが、彼という存在がいかに空っぽであったかの証明だった。
戦う理由を失った聖騎士団と魔王軍は、互いに武器を収めた。 これまでの戦争が、一人の男と教会の腐敗によるものだと知った以上、無益な殺し合いを続ける者はもはや誰もいない。
「……カイト殿、と言ったか」
聖騎士団長が、静かにステージへ歩み寄ってきた。
「貴殿の働きに感謝する。この真実は必ず王都へ持ち帰り、教会の腐敗を根底から正す材料とする。行方不明者たちの遺留品も、責任を持って遺族へ届けよう」 「ええ。期待しています」
そして、魔王軍の兵士たちもまた、カイトを仰ぎ見ていた。そこにいたのは、かつての「無能な用務員」ではなく、絶望を救った新しい象徴だった。
「カイト様……いや、カイト将軍!」 「俺たちの本当の英雄だ!」
地響きのようなコールが巻き起こる。カイトは困ったように頭をかいた。
「いや、俺はただの管理係だから……将軍なんて柄じゃないんだが」
「いいじゃないですか、マスター」
ロゼが柔らかい人間の姿に戻り、カイトの右腕に抱きつく。
「貴方は私たちを直してくれた、最高の英雄ですよ」
「ああ。私たちの新しい居場所を……『家』を作ってくれたのだからな」
ベルが左腕を、ルルが背中を支えるように抱きしめる。彼女たちの笑顔には、もう道具としての影はどこにもなかった。
エピローグ:世界を直す旅の途中
数ヶ月後。 魔王城の地下深く、かつての「廃棄物集積所」は今、明るい光が差し込む巨大な**『修復工房』**へと生まれ変わっていた。
そこには、ザガンの研究所から救出された人々や、洗脳から解かれた魔物たちが集まっていた。カイトは毎日、彼らを元の姿、あるいは新しい「自分」として生きていける形へと調整し続けている。
「カイトさん、新しい依頼が来ています。北の村の壊れた防壁と……あと、自分を魔物だと思い込んでいる少年の『心の修復』をお願いしたいそうです」
ロゼが報告書を持ってやってくる。彼女は今や、工房の受付兼カイトの秘書だ。
「忙しくなるな。……でも、悪くない」
カイトは使い込まれた工具を手に取り、窓の外に広がる穏やかな景色を見上げた。 人間と魔族が共存する、新しい形のコミュニティ。それはまだ小さく、壊れやすいものかもしれない。 けれど、壊れているのなら、直せばいい。
「さあ、仕事(リペア)を始めようか」
修繕師(リペアラー)の物語は、ここから本当の意味で動き始める。 世界という名の巨大な構造物を、一番正しい形に直すために。
(完)
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