太陽の目玉焼き

橘月鈴呉

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太陽の目玉焼き

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 道士心紅シンホン様は、強い衝撃と深い焦りの中にいらっしゃいました。

 発端は、今から遡ること数刻前。心紅様は、師である炎烏真人エンウーシンジン様の洞穴のある丙杏山へいきょうさんを歩いていらっしゃいました。その時に発見されたのです、見たことのない不思議で大きな卵を。

 それは赤い卵でございました。しかしただの赤ではなく、深紅から黄金にかけての色が複雑に混じり合っているかの様な、そんな卵でした。

 その卵を見た時、心紅様の頭にこんな思いが浮かんだのです。

 どんな味がするんだろう、と。

 修行を重ね、神仙の域に達せられたのでしたら、この様な感情に捕らわれることもないのでしょうが、心紅様は未だ道半ば、食事への執着をお持ちでした。そして、この時のそれは不思議な程に強く、抗い難いものでしたので、思わず心紅様はそれに従ってしまわれたのです。

 油をかけながらカリッと焼き上げた目玉焼きは大変に美味で、心紅様はぺろりと平らげてしまわれました。
 美味しいものを食べてウキウキと上がった心紅様のお気持ちは、師の炎烏真人様のお言葉で叩き落されておしまいになります。

 炎烏真人様はこう仰いました、「我が山には、今次代の太陽となる神獣の卵がある」と。

 その卵に心当たりをお持ちだった心紅様は、血の気が引いていくのを感じられながら、思わずご自分のお腹をご覧になります。その行動でお察しになった炎烏真人様は、難しいお顔になり、低く心紅様に問われました。

「まさかとは思うが、お前食べてないよな?」

 心紅様は言葉を探す様に目を泳がせますが、観念された様に、
「えへっ」

 その笑いから全てを理解された炎烏真人様は、頭を抱えてしまわれます。

「ごめんなさい、師匠! そんな大事なものだなんて思わなくて」

「どう見ても普通の卵ではなかっただろうっ!
 何だ、お前は初めて見たものは、とりあえず食べてみないと気が済まんのか⁉」

 炎烏真人様のごもっともな仰りように、心紅様は項垂れてしまわれます。そんな弟子をご覧になって、炎烏真人様はため息を一つ。

「私が卵食べちゃって、どうなるんです?」

 炎烏真人様は少し考え込まれると、仰いました。

「あの卵の中は、太陽となる為の氣で満たされていた。そしてその氣は、卵を食べてしまったお前に取り込まれている」

 酷く不穏当なお言葉に、心紅様は嫌な予感を覚えられます。

「つまり、お前は今次期太陽の立場だということだ」

 炎烏真人様のお言葉を聞かれて、予想はされていらしたとはいえ、心紅様は絶望を覚えられます。

「そ、そんな、私嫌ですよ、太陽になるだなんて!」

「そうは言うが、全てはお前が卵を食べてしまった所為ではないか」

 炎烏真人様の言われることに、心紅様は何も言い返せませんでした。

 しかし、元々仙人を目指す動機が、世の煩わしさから離れて無為自然と暮らしたいからという心紅様としては、毎日毎日東の海から昇り、西へと沈んで、夜のうちに地中で東へ移動する、しかも雨だからといってサボるわけにもいかない太陽のお役目というのは、決してやりたいものではございませんでした。

 太陽という言葉の煌めきとは裏腹に暗雲立ち込める将来像に、心紅様のお顔も曇っていかれます。

 炎烏真人様とてお弟子様である心紅様が、可愛くないわけではございません。しょんぼりとされた心紅様に、ため息を吐かれながら仰いました。

「もし、仙人になる為の修行をしているお前の様に、太陽となる為の陽氣に耐えられる神獣などにその陽氣を渡せるのであれば、そのものに次期太陽の役目を渡すことは可能だ」

 そのお言葉に、心紅様のお顔が明るくなりました。

「良いか、期限は今の太陽が寿命を迎えるまでだ。その時になっても代わりが見つからなければ、問答無用でお前が次の太陽となる」

「はい、分かりました!」

 重々しく言われた炎烏真人様に、心紅様のが元気に返されました。





 と、意気込まれたものの、太陽になるのに相応しい神獣がそこら辺においでになるはずもなく、光陰矢の如く過ぎ去った結果、十年近い年月が流れました。太陽はまだその寿命を迎える様な兆しはございませんが、かといっていつまでも悠長にしていられるわけではありません。いくら悠久の時を生きる仙人になる為の修行中の身とはいえ、心紅様も五年を過ぎた辺りから焦りを覚える様になられました。何しろ太陽の寿命が尽きるということに関しては、大仙人であろうとも止めることなど出来ません。況や修行中の心紅様には成す術もありません。太陽の寿命が一朝一夕で尽きるわけではないとはいえ、どれ程の猶予があるかも分からない状況では、焦るなという方が無理なのです。

 そんな折り、心紅様の元にとある話が届きます。少し前にある神の精よりらんが生まれたというものでした。

 鸞というのは、神仙の精より生まれる霊鳥です。神仙より生まれ出ずるのですから、未だ仙人に達していらっしゃらない心紅様が受け止められた氣を、受け止められないはずがありません。更に生まれたばかりということは、何かお役目を持っているということもないでしょう。次期太陽を頼むのに、これ以上ない適任なのではないかと、心紅様は思われました。

 そうしたわけで、心紅様は意気揚々とその鸞がいるという辺りへと行かれました。

 周りの木に恐れられているかの様に、少し距離を取って生えるどっしりとした低木に、鸞は止まっておられました。

 神の精気から生まれたに相応しく、威風堂々たる姿で、羽を休めていても尚、ただ人であれば傅かざるを得まいという風でした。

 末席とはいえ仙籍に名を連ねる心紅様は、さすがに平伏すことはございませんでしたが、鸞の気迫に多少気圧されていらっしゃいました。

 心紅様のお体も木立ちを抜け、当然鸞も心紅様に気付いてしかるべきという状況ではありましたが、鸞は変わらず悠然と羽を休めておられます。心紅様の方を見ようともなさらないお姿に、鸞から心紅様にお声をかけるつもりが無いということが見て取れました。

 心紅様は意を決されて、鸞の前へと進み出られると、声をおかけになりました。

「神仙の精より生じた霊鳥たる鸞とお見受けします」

 鸞は心紅様の方をチラリと見やりましたが、すぐに目線を外してしまわれます。

「私は丙杏山朱灼洞しゅしゃくどうの炎烏真人が弟子、心紅と申します。
 霊鳥鸞にお願いがあって参りました。私の話を聞いてください!」

 心紅様が言葉を重ねられます。

 鸞は億劫そうに目だけで心紅様を見ると。重たそうに口を開かれます。

『地仙にも満たぬ者が、我に何用だ?』

 鸞に気圧されて。「何でもありません」と返したくなる心を奮い立たせながら、心紅様は本題を切り出されます。

「次代の太陽になっては頂けませんか?」

 心紅様のお言葉に、鸞は訝しそうに目を細めます。

『当代の太陽の寿命が近いというならば、自然と次代が生まれように何故、いや……』

 鸞は何かに気付かれたように言葉をお切りになります。

『そう言えば、貴様やけに陽氣が濃いな。もしや次代の太陽を取り込んだか?』

 図星を指されて、心紅様はビクリッと体を震わせます。鸞はそれを肯定と受け取られます。

『ならば、次代の太陽は貴様がなれば良いではないか。地仙にも満たぬとはいえ、仙人の道を歩む者、本来の次期太陽より取り込んだその氣があれば、果たせぬ役目でもあるまい』

 心紅様は、気まずげに目を反らされます。

 鸞の眼差しに険が籠ります。

『よもや貴様、己がやりたくないことを、我に押し付けようなどとは思っておらぬだろうな?』

 全くもってその通りのお言葉に、心紅様は返す言葉もございません。そんな心紅様をご覧になってお察しになった鸞は、心紅様をねめつけられました。その視線の鋭さに、心紅様の心臓がキュッと縮み上がってしまいました。

『……貴様、それは随分と自分勝手な言い分であると、自覚しているのか?』

 その言葉が、縮み上がった心紅様の心臓を穿ちます。

 実は、心紅様もほんの少しそのことに思い至っておられたのです。

 知らなかったこととはいえ、次期太陽の卵を食べてしまったのは、間違いなく心紅様自身の過ち。それを自分が嫌だからという理由で、他の方に代わりになってもらおうと考えることは、とても自己中心的過ぎるのではないかと。

 とはいえ、では大人しく次代の太陽になることを受け入れられるかと言えば、それも出来ないというのが、心紅様のお気持ちでした。

 そんな目を反らし続けてこられたことを、真っ直ぐに突きつけられて、心紅様はただ俯くことしか、お出来になりませんでした。





 鸞に指摘を受けた日より、心紅様は次代の太陽候補探しが出来なくなっておいででした。鸞に言われた言葉が頭から離れず、行動出来ずにおられたのです。

 では、次代の太陽になることを受け入れられたのかと言えばそうではなく、だからこそ心紅様は落ち込んだ気分を抱えたまま日々を過ごされ、気が付けば数年の月日が経っておりました。

 日に日に表情が暗くなる弟子のお姿に、炎烏真人様はお心を痛められます。

 莫迦な子ほど可愛いというわけではございませんが、抜けたところがあるとはいっても心紅様は炎烏真人様にとって大事な弟子なのです。どうにか出来ないものかと、炎烏真人様も色々とお調べになります。

 そして、一つの可能性を見出されました。

「心紅よ」

 どこにも出かけず、炎烏真人様の洞穴にいらした心紅様に炎烏真人様がお声をかけられます。

「はい、師匠」

 返す心紅様のお声は、元気がございません。そんなご様子に、炎烏真人様はため息を一つ。

「色々と調べてみたのだがな、先代の太陽は神獣などではなかったそうだ」

 言われた意味が分からずに、心紅様がきょとんとされます。

「先代の太陽は大きな炎の塊で、当代の金烏きんうの様に意思を持つ神獣などではなかったそうだ」

「はぁ…」

「つまりだ、太陽の氣に耐えうるのであれば、神獣や仙道でなくとも良いのではないか、ということだ」

 師匠の仰りたいことを理解された心紅様の瞳に光が戻って来られました。

「つまり、誰かに押し付けなくても、私が太陽にならなくても済む方法があるってことですか?」

「断言は出来ぬがな」

 心紅様のお顔が少し明るくなったことで、炎烏真人様はほんの少し表情を緩められました。

「依代に出来る程の宝物ともなれば、我ら地仙だけでは手に余ろう。弟子の不祥事にお手を煩わせるのも気が引けるが、天仙や天界の方々にも連絡を入れてみよう」

 大事になりそうな話に、心紅様の顔が少し強張ってしまわれます。しかし、決意された様に顔を引き締めて、「お願いします」と返されます。

 その応えに、炎烏真人様は一つ頷かれた後、重々しく言われます。

「前回の太陽の代替わりを、私も知らん。意思を持たない火の塊が、金烏に代わったことに、何か意味があるかもしれん。それを知る為にも、お伺いせねばならん」

 意思あるものでなければいけないのであれば、結局心紅様が次期太陽をなるか、神獣を探す他ありません。それを知る意味でも、天人の方々のお手を借りるのです。

「はい、師匠!」

 心紅様は力強くお答えになりました。





 それからは、天界で火を入れている物であれば可能なのではと、天界の香炉や火鉢を取り寄せて試しては溶かしたり、火を吹く木があると聞けばその種子に氣を込めて、結果燃やし尽くしてしまったり、東海の底の水晶宮で灯を燈している石灯籠で試すも火が点かなかったり、これはと思える物に手あたり次第氣を込めてみますが、太陽の氣に耐えられそうな物はございませんでした。

 一方で、心紅様はもう太陽になれそうな神獣を探すことはなさいませんでした。

 天界にも話が伝わっているのですから、もし太陽になりたいと考えているものがいたとしたら、自ら丙杏山に来られるでしょうし、自身で望んでいない方に次期太陽になってくれと頼む気は、既に心紅様にはございませんでした。

 そうしてまた数年が過ぎ、心紅様も次第に次期太陽になるのも已む無しと、覚悟を決め始めておられました。

 そんな折に、その情報がもたらされました。

 扶桑樹という、はるか昔に生えていたという太陽と所縁を持つ巨木で作った木炭が存在するというのです。

 扶桑樹というのは、先代の太陽の頃に大陸の端まで影が届いたという程に巨大だった木で、その木が西から沈んだ太陽を再び空へと吸い上げていたのだとか。

 そんな扶桑樹が倒れ太陽は代替わり、当代の金烏が太陽となったのです。

 そして倒れた扶桑樹を一柱の神が焼き、木炭を作ったということでした。

 太陽に所縁の深い木炭ともなれば、太陽の氣を受け止められるかもしれないということで、心紅様はその木炭をお持ちの神が御座す、天界の中でも辺境と称される山をお訪ねになりました。

 山に少し分け入った所にある、そんなに大きくはない建物の中に入ると、気温が一気に跳ね上がりました。

 太陽の氣をその身に帯びている上に、段々とそれが馴染んでいらした心紅様自身は暑いと感じていらっしゃいませんが、その室温の高さに五衰の始まっていない天人でさえも、汗をかくのでははいかという考えが、心紅様の頭を過っていかれます。

 その熱の源はすぐに分かりました。この建物の大半を占める大きな炉です。

 その炉を覗き込み、中の火の具合を見ている男性がおられました。

「火を司る神、祝融しゅくゆう様とお見受けします。
 私は、丙杏山朱灼洞の炎烏真人が弟子、心紅と申します。お願いしたいことがあって参りました」

 祝融様はちらりと心紅様の方へと視線をお向けになると、再び炉の中の火へと目を戻されます。

「何の用だ?」

 炉を見つめたまま、声だけでそう問われます。心紅様は心が気圧されそうになるのを堪えて、本題に入ります。
「祝融様は扶桑樹から作られた木炭をお持ちだと伺ったのですが、事実ですか?」

 少しの間を開けて、お答えになります。

「ああ、確かに持っている。
 あれは作ったは良いが、貴重な物故にむしろ使いどころが無くてな」

 木炭を今もお持ちだと知り、心紅様は一つ安堵なさいます。とはいえ、まだ終わりではございません。心紅様は気を引き締められると、重ねて問われます。

「その木炭を、次の太陽にすることは可能でしょうか?」

 祝融様にとっては想定外の問いだったのでしょう、訝し気な顔を心紅様に向けられると、何を言っているんだとばかりにしばらく見つめられ、そして気付かれます。

「お前、そうか。次期太陽を取り込んだな?」

 疑問の形でしたが、祝融様は確信しておられました、心紅様のお答えすらも必要としておられません。

「それで、その氣を扶桑樹の木炭に移し、次代の太陽に出来ないかと考えているのだな?」

 事実と寸分違わぬ祝融様の推測に、心紅様は頷かれます。

 祝融様は腕組みをして、難しそうに考え込まれます。

「確かに、元々太陽を空に上げる役目を果たしていた扶桑樹の炭であれば、太陽となる為の氣と相性は悪くなさそうだ。とはいえ、氣を受け止めきれるか、はたまたそれが太陽として使い物になるのかどうかは、やってみなくては分からないな。ふむ、試せる場所といえば……、やはり扶桑樹の木炭を焼いたあの窯だろうか……」

 ブツブツと呟きながら考え込まれる祝融様。呟いている内容から、扶桑樹の木炭が次の太陽となれるのか試してみることに、前向きなご様子であることは察せられますが、明確なお答えが頂けずに、心紅様はお困りでした。

「よしっ」

 その言葉をきっかけとして、祝融様は素早く炉のある部屋から出て行かれました。

 結果として置き去りにされた心紅様は、しばしぽかんとされた後、我に返られて焦ってしまわれます。祝融様を追いかければ良いのか、けれど神の住まう場所を勝手に歩き回って良いのかと、ぐるぐる悩まれます。

 それを知ってか知らずか、炉の部屋の前を通りかかった祝融様が、部屋の中の心紅様にお気付きになり、
「まだそんな所にいたのか、道士。疾くついて来い」

 そう声をおかけになり、また足早に行ってしまわれます。

 慌てた心紅様は、上擦った声で「はいっ」と返事をされながら、祝融様を追いかけます。

 お住まいを出られた祝融様は、さらに山の奥へと入られます。

 そんな祝融様を追いかけながら、心紅様は祝融様が何かを抱えておられるのに気付かれます。あれが件の木炭だろうかと考えていらっしゃると、少し開けた場所に出ました。

 そこには立派な窯がございました。

 祝融様はその窯の中を覗かれ、窯の具合をお確かめになります。不具合は特に見当たらなかったので一つ頷かれると、抱えていた包みを開けて扶桑樹の木炭を取り出すと、窯の中へと入れました。

「この窯は、この炭を焼く時に使った物だ。おそらくこの窯ならば、太陽の氣にも耐えられるだろう。
 ここで炭に氣を入れてみろ」

 祝融様にそう言われ、戸惑いながら問われます。

「それは、扶桑樹の木炭を次の太陽にしても構わないということですか?」

「可能ならば構わん。出来るかどうか、我も気になるしな。
 それに、扶桑樹の木炭の使い道としては、これ以上ないものだと思っている」

 ここまで来て駄目だと言われるとは、心紅様も思っていらっしゃいませんでしたが、きちんと言葉にしてもらうと安心感が違います。心紅様は安堵の吐息を漏らすと、気持ちを切り替えて窯の中の木炭を覗き込まれます。

 そして手を翳しますと、ご自身の中の太陽の氣を送り込み始めます。しかし、二十年を超える月日心紅様の中にあった太陽の氣は、段々と心紅様に馴染んでいき、太陽の氣だけを分離させることは出来ないわけではないけれど、難しくなっておりました。

 故に、ゆっくりゆっくりと太陽の氣を送って行きます。

 しばらく送り続けていらっしゃると、木炭の端がポッと赤く灯りました。

「あ!」

 その変化に心紅様の集中力が切れてしまわれ、送っていた氣が止まりました。すると、端に灯った赤が消えて、黒に戻ってしまいました。

「ああ~」

「ふむ。さらに氣を送れば火が点きそうだな。太陽の氣に負けるということもなさそうだ」

 窯を覗き込みながら、祝融様が言われます。

「ということは⁉」

「ああ、この木炭なら次代の太陽になることが可能だろう」

 そのお言葉に、心紅様は目を輝かせます。

「しかし、今日はここまでだな」

 さらに続けるおつもりだった心紅様はきょとんとなさいますが、祝融様が目を向けていらっしゃるご自身の足元を見やって納得されました。心紅様の足が地面に食い込んでいたのです。

 未だ地仙にも至っていない心紅様は、本来天に昇れる程に身を軽くはされていません。故にそう長く天界に留まることは、出来ないのです。

「そして、後戻りが出来なくなる前に言っておくが、この木炭を次の太陽にするということは、先代の様に意思を持たぬ太陽となる。
 であれば、扶桑樹が務めた役目を果たす者が必要となろう」

 当代の金烏であれば、西の海から地中を通って東海に戻った後、そのまま自身で空へと昇りますが、意思の無い火の塊であった先代は、扶桑樹が空へと上げていました。

 同じ様に、扶桑樹の木炭を依代とした意思の無い太陽を次代とするならば、扶桑樹と同じく東の海から空へと太陽を上げるものが必要だと、祝融様は仰いました。

 そしてそれは、心紅様ご自身が担うか、その役目を担ってくれる者を心紅様が探すようにという意味合いでもありました。

 その意味をきちんと理解された上で、心紅様は祝融様を真っ直ぐ見つめて頷かれました。

 幾星霜、どのくらいの朝にお役目を果たさなければいけないかなど分かりませんでしたが、自身が太陽になるよりも、そして何よりも誰かにそれを押し付ける苦しさよりもずっとマシだと、心紅様は思っておいででした。

 心紅様の返事を確認された祝融様は、一つ頷くと「後日また来い」と仰いました。





 毎朝、日が昇る時分には、一人の女仙が東の海へと出向き、昨日西の海に沈んだ太陽を海から掬い上げ、そしてそれをそっと空へと放り投げるのです。

 こうして世界は、また新しい一日が始まります。
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