サンカヨウ

東雲

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 七月中旬、僕たちは夏休みに入った。

 僕が楽しみにしていたことのひとつだ。無理に人に会わなくて良い、一人でいても許される、そんな一ヶ月の始まりだった。

 もちろん夏期講習なるものもあるが、そんなのはどうでもいい。だって僕たちの学校では就職組と進学組で教室が違うから。
 僕が苦手なクラスメイトは大体、就職組だった。数人、進学するものもいたが僕は知っている。彼らは一人になると途端に静かになるのだ。僕と同じようにただひたすらに己の机と向き合ってシャーペンを走らせるのだ。だから夏期講習に何の不安もない。

 不安どころか楽しみさえある。佐藤と同じ教室になれたのだ。僕と佐藤は二年の終わり頃から同じ大学を目指しており、学力も近いということで同じ教室になった。久しぶりに一年や二年の時のような幸せを感じられる。僕はもはや夏期講習に感謝している。たった数日ではあるものの佐藤との時間をしっかり堪能したいと思う。


 スマホに映し出されているアニメから、ドォーン!という爆発音が聞こえて現実に戻される。エアコンの風で揺れたカーテンの隙間から、漆黒の中キラキラと光る星々が見えた。と頭上からドタドタという音が聞こえる。

 「悠人ー、アイス買ってきて」
姉の千夏がわざわざリビングまで降りてきて言う。

「ここまで来たなら自分が行けば……」
「はあ?あんた夏休みでしょ、私、明日も仕事なの」
夜十一時の時計を指さし言う。相変わらず千夏はわがままだった。僕はスマホの画面から目を離すと彼女の方を見る。キャミソールにショートパンツといった「絶対に外には出てやらない」意気込みを感じる服装だった。

「……なんのアイス?」
「チョコミント。カップのほうね」

千夏は僕に小銭を投げる。ひらひらと舞うそれらをしっかりと掴み取り確認する。チョコミントのカップひとつだけ買うには多すぎるお金だった。

「自分が食べたいのでも買いな」

千夏はこれで許されると本気で思っているのである。自分のわがままを聞いてくれる代わりに自分のお金で好きなものを買っていいよ、と。嬉しいが、僕だってこんな夜中に外に出たくない。 

 小銭をズボンのポケットに入れて玄関へ向かう。端に置いてあったクロックスを履いて玄関のドアを開ける。
 こんなに暗いのに蒸し暑かった。上旬の夜の過ごしやすさはどこに行ったのだろう。蒸し蒸しとした空気にただ立っているだけでも汗が止まらなくなる。僕は、はぁと深くため息をつくと近くのコンビニまで歩き始める。

 公園横の道を通った時、風がサーっと吹いた。それで僕は揺らされている桜の木を見上げる。四月にはあんなにピンク色に染まっていたのに今では鮮やかな緑がなびいている。

 四月から今日までいろんなことがあったようでなかったようで、あったような気がするけれど、なんとかやってこれた。そんな自分を褒めたくなる。が、やっぱり何もできていない気がしたのでやめた。

 桜の木を見た目線のまま前を向く。人工的な光が一段と輝いていた。コンビニの看板だった。あと数メートルというところだろうか。僕は歩く速度を変えずにゆっくり歩く。


 自動ドアが開くとコンビニ特有の入店音が鳴り響く。
 「いらっしゃいませー」の声色に本当はこの時間に働きたくないんだという意思を感じる。そんな声を当たり前に無視してアイスコーナーへ向かう。

 チョコミントと……どれにしよう。特にこれを食べたいという欲はなかったが今一番食べたいものを買いたいという欲もあったので選び抜くのに時間がかかる。

 いつものバニラ、いや僕もチョコミントにしようか、残ったお金で買えるものは……
 あの高いやつも買えるのか……。いやアイスに限らなくても良い、ジュースにしようか、お菓子という手もある──

 悩んだ末、導き出した答えは『いつものバニラアイス』だった。結局いつも同じものを買ってしまう。新しいものに挑戦したいという気持ちもあるが、やっぱり安定を求めてしまう。チョコミントとバニラアイスをとりレジへ向かう。

「計二点で三百七十円になります」
「これで、お願いします」
「五百七十円、お預かりいたします。二百円のお返しです。ありがとうございまーす」

店員の目の下には薄っすら隈があった。大学生くらいに見えたから、日中は学校で夜はこうやってアルバイトをしているのだろうか。そう考えると今後待ち受けている大学生活が億劫になる。

 自動ドアが開くのと同時に僕も外に出る。もしかしたら今日は少し風が強いのかもしれない。蒸し蒸しとした空気の中時折強い風がビューっと吹く。

 早く帰らないとアイスが溶けてしまう、と思いながら足早に歩く。


 コンビニを出てちょっと歩いた頃、公園まであと五メートルくらいの所で誰かの笑い声がした。男性が数人で話しているようだった。僕はこんな時間に一人で歩いたことがなかったので、夜は少し治安が悪いのかと少し不安になる。公園の桜の木の横を通る時、強い風は吹かなかった。ただサー、サーと葉っぱは揺れていた。男性たちの会話の音量も大きくなってくる。何を言っているかまでは分からないが、とても楽しそうに話してい……え?
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