青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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イルム4 損得勘定で動く女

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 別に、ただ、見守る義務があると思っただけでそれ以上の意味はない。
 誰にしているのかわからない言い訳を抱えて着飾った。
 着飾るのは嫌いではない。特に祖国ほど制約がない今となっては好き勝手な装いを楽しんでいる。
 祖国に居るときは兄たちに気を遣って装飾が被らないようにだとか色が被らないようにだとか面倒なことが多かった。
 宝飾は赤が好きだ。金は多い方が良い。
 腕輪をいくつも重ねると音が響きすぎるから今日は控えるが、それでも華やかな装いと香りは欠かせない。
 やはり観劇にはそれなりの装いが必要だ。
 王妃の指定席ほどではないがそれなりの席も確保出来た。
 問題ない。
 あの歌姫に注目しているだとか適当な理由を並べられる。
 誰に言い訳をするわけでもなく劇場の前に立てばどこかで見た女と遭遇した。

「アルジャン……その手を離しなさいよ……シシーはあんたが触れていいような子じゃないわ……」

 丁度アルジャンがセシリアの腰に腕を回して劇場に入っていこうとする場面。物陰でぶつぶつと恨み言を呟いている女。
 確か、ビビアン・アビルだったか?
 ああ、アルジャンに利用されてた女だ。
 面白い。
 彼女はセシリアのためにアルジャンを邪魔者だと認識しているらしい。
「やあ、ビビーだったっけ? あんたも歌劇が好きなのか?」
 あまり話したことはなかったが、ヴィンセントと一緒に居る姿は何度か目撃している。
 なにより、セシリアを悩ませていた頃の彼女はなんとなく把握出来ている。
 こいつは損得勘定で動く女だ。
 条件のいい結婚相手を探していて、欲を出しすぎてアルジャンに利用された。
 どうやらビビアンにもの影響があったらしい。
 そういや頻繁にヴィンセントと接触していたなと思う。
 しかし、今はアルジャンへの恨みの感情の方が大きいようだ。
「い、イルム様? どうしてここに……」
 一応外面を作る気はあるらしいビビアンに思わず笑ってしまう。俺はとっくにお前の本性を知っているのに無駄なことを。
「どうしてって、歌劇を観に来たに決まっているだろう? この歌姫は中々素晴らしい歌を披露してくれる」
 看板に描かれた主演を示せば勝手に納得してくれる。まあ、この国の歌劇なんて全く観たことがないのだがな。
「そう、なんですか……興味はあるのですが……席を取れなかったので、せめて劇場だけでも見ようと思ってここに来ました」
 悲しそうな表情を作り、相手の同情心を惹こうとしているのが見える。
 ばからしい。
 いや、俺もわざわざ課金してばかばかしいことをしている。
 アルジャンに傷つけられたセシリアをすぐにでも慰めてやりたいとこんなところまで来てしまったが……きっとセシリアは純粋に歌劇を楽しみたいはずだ。
「そう? なら、一緒に来るか? 枡席でひとりは寂しい」
 六人使える席を一年分購入したのはやり過ぎてしまったと思う。
 しかし、セシリアが芝居好きなら誘うのも悪くない。むしろ、年間契約ごと贈ってもいい。
「よろしいのですか?」
 あからさまに驚いた顔のビビアンに思わず笑ってしまう。
「ああ。お前を同席させたらアルジャンがどんな反応をするかも見てみたいしな」
 多少の嫌がらせくらい許されるだろう。
 それに、セシリアはまだ自分の気持ちをはっきりとは自覚していない。まだ俺が奪う機会もある。
「ア、アルジャン様が……どうかしましたか?」
「んー? 俺、あいつ嫌いなんだよね。ちょーっと嫌がらせしたいってか。シシーを俺のものにしたいからさ、わかるだろう? 婚約者をあんな雑な扱いする男にシシーは勿体ない」
 俺がセシリアに付き纏っているのは有名だろうからビビアンだって納得するだろう。
 なにより、セシリアの名前を出したときにどんな反応を見せるかが気になった。
「なるほど……私も、あの男からシシーを護らなくてはと思っていたところです。なにがなんでも、アルジャン……さまが、シシーにこっぴどく振られるように持っていかなければと」
 ……想像以上だ。
 どうやら野心があるだけではなく思い込みも激しいらしい。
 しかし、俺にとっても好都合かもしれない。
「俺は、出来ればシシーと一緒になりたい。しかし、シシーがそれを望まないのであれば、どんな形であれ彼女が幸せになる道を選びたい」
「まあ、素敵。イルム様はロマンス小説の主人公みたいな考えの持ち主なのですね」
 ビビアンは本心から俺を認めたようだ。
 悪くない。しかし、ビビアンが暴走しないように見張ることも忘れてはいけないだろう。
「そんなんじゃない。ただ……いや、そろそろ上演時間が来る。中に入ろう」
 ビビアンに声をかけ、劇場に足を踏み入れる。
 思ったよりも観客が多そうだ。
 できるだけ同級生には会いたくないと思いつつ、俺の装いは注目を集めてしまうことを思い出す。
 しくじった。
 ビビアンと観劇に行ったことが噂になればセシリアに妙な誤解を与えるかもしれない。
 散々口説いているくせに他の女でもいいのかと問い詰められ……るのは悪くない気がする。
 その前に、セシリアは自分を傷つけてしまうだろうが。
 いや、俺にはいくらでも言い訳がある。
 枡席なのだから席を取れなくて困っていたビビアンに手を貸しても問題ない。俺の祖国では持つ者は持たざる者に分け与える文化なのだとか口にすれば素直なセシリアは信じてしまうだろう。
 なにも問題無い。
 そう思うのに、妙に落ち着かないこの気分はなんだろう。
 指定席に入る。
 王妃の席は反対側で、グラスを使えばこちら側からよく見える席だ。
 つまり、監視するには最高の席なのだ。
「イルム様、最初からあの二人を監視するつもりでこの席を?」
「……偶然だ。あの席の次にここが上等なんだ」
 そう言い張り、それでもグラスを手にセシリアの表情を確認してしまう。
 落ち着かなさそうに見えるけれど、いつもよりは顔色がいい。
 ただその一点だけに安堵する。
 そして、アルジャンの様子も観察しようと頭を動かした瞬間、鋭くこちらを睨む視線としっかり目が合ってしまった。
 
 
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