青の記憶を瓶に詰めて

ROSE

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アルジャン12 悪趣味な話1

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 見立てに間違いはない。着飾ったシシーは女神が嫉妬するほどに美しい。
 薔薇色の頬はリリーの努力の結果なのかもしれないが、シシーの生まれ持った珊瑚色の唇に視線を奪われる。
 レアは快く席を譲ってくれた。そして帰りに喫茶店で歌劇の感想でも語り合えと指南まで添え、人気の歌手についてまとめた冊子も渡された。
 流行の歌手は、女はこういう男が好きなのかと思うような絵姿ばかりで苛立つが、シシーがどんな男が好みなのかの参考程度にはなるかもしれない。全員俺には劣るが。
 迎えに行った時はぎこちない様子で、馬車の中でも手元に楽器がないことが不安だというような手の動きを見せていたシシーも、劇場に着くとその建物に目を奪われたようだった。
 歌劇場には連れてきたことがなかったなと思い出す。
 そもそも俺があまり芝居を好まないからシシーを同行させることもなかった。
 物珍しそうに劇場を、いや、看板を眺めているシシーがあまりにも愛らしく誰にも見せたくないと考えてしまう。
 他の観客が集まってしまう。
 こんなことなら劇場を貸し切りにしておくべきだった。
 そう思い、シシーの腰に腕を回す。
 俺の婚約者だ。
 見せつけてやる。
 背後から視線を感じたような気がしたが、美しすぎるシシーを連れ歩いていることに対する嫉妬だろう。
 早く中に入ろう。席まではシシーを覗き見するようなやつはいないはずだ。
 そう思い、シシーを急かした。
 はずだった。
 視線を感じる。
 上演前の枡席だというのに、それも王妃の席だというのに舞台ではない方向から視線を感じた。
 一体何者だ。
 不快過ぎて視線の主を探せば、グラスでこちらを覗いている男を発見した。
 イルム。
 散々俺のシシーに付き纏ってきたというのに、他の女を連れて観劇とは。
 気に入らん。
 あれだけシシーの幸せがどうこう口にしていたくせに、結局シシーを弄ぶつもりだったのか。
 それとも……数日でシシーを諦めた?
 いや、そんなはずがない。
 こんな僅かな期間で諦めきれるような女ではない。それはシシーに対する冒涜だろう。
 シシーがあいつを見たらどう思うだろう。
 傷ついてしまうかもしれない。
 シシーがあいつに気がつかないよう、隠すように壁側の席に座らせる。
「上演までもう少し時間がある。飲み物や菓子を用意させられるがなにがいい?」
 当然俺は数種類のケーキを注文するが、シシーの好みを把握出来ていない。この機会にシシーの好みを知ることができれば……そう思い訊ねたつもりだが、シシーは驚いた様にこちらを見た。
「アルジャン様のお好みのものを」
「品書きだ。お前も好きな物を選べ」
 品書きを渡せば困惑した表情を浮かべられる。
 俺のお気に入りはこの苺がたくさん乗った苺クリームのケーキだ。
 シシーは品書きと俺の顔を交互に見て、それからおずおずと苺クリームのケーキを指す。
「では、こちらを……」
「ああ」
 なんだ。シシーも苺が好きなのか。
 ということは、いつも俺に好物を譲ってくれていたのか?
 そう思うとシシーの愛を感じる。
 少し多めに注文しておこう。
 給仕を呼び飲み物とケーキを注文すればすぐに運び込まれる。
「好きなだけ食え」
 シシーの前にケーキを置けば困惑した表情を見せられる。
 なぜだ。
 シシーが選んだはずなのに。
「えっと……あの……いただきます」
 遠慮がちにフォークを手にケーキを食べ始める。
 なぜだろう。表情が暗い。
 まさか、無理をして食べているのか?
 不安になりながらシシーを見ていると、微かに手が震えている。
「どうした? 口に合わないのか?」
「あ、いえ……その……おいしい……です」
 視線が合わない。
 それどころか、申し訳なさそうにさえ見える。
 もしや……。
「俺の好みに合わせて選んだのか?」
 譲るつもりのケーキを食べてしまったことを申し訳なく思っていたのだろうか。
 いじらしい。
 何度シシーに惚れれば気が済むのだろう。
「……その……アルジャン様は……苺がお好きなんだと思って……」
 遠慮がちにそう口にし、手を止めてしまう。
「ああ。俺が好物を譲りたいと思う女はお前だけだ。好きなだけ食え」
 シシーより愛おしい存在はない。
 シシーになら今日のケーキを全て譲ったって構わないとさえ思う。
 からん。と音を立ててフォークが床に落ちる。
「あっ……」
 シシーが動揺している。
 給仕を呼び、すぐに取り替えさせれば、恥ずかしそうに俯かれてしまう。
「……アルジャン様は……近頃……不思議なことばかり口にされますね」
「そうか? レアにも言われたからな。愛は伝わる言葉で表さなければ意味がないと」
 そっとシシーの手に手を重ねる。
 小さくて滑らかな、少し痩せすぎているように感じる手だ。
 練習のしすぎだろう。弓の触れる部分の皮膚が僅かに厚くなっている。
「ひと目見た瞬間から、ずっとお前だけを愛している。シシー、俺は」
 お前がどんなに逃げたがっていても逃がしてやることはできない。
 そう、告げようとした瞬間、上演開始の合図が鳴る。
「……続きは後にしよう」
 そう告げ、それでもシシーの手を離せない。
 歌劇なんて退屈だ。
 幕間で甘味でも味わっていなければひたすら寝て時間を潰してしまうだろう。
 それでも。
 帰りに喫茶店で歌劇の感想を話し合ったりするのがいいらしいと聞いてしまったからには、あらすじ程度は把握しておかなくてはいけない。
 主演らしき役者が舞台中央に現れる。
 ちらりとシシーを確認すれば、落ち着かなさそうな様子で、俺の手をどうしたらいいのかと悩んでいる様子だった。

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