51 / 53
アルジャン12 悪趣味な話1
しおりを挟む
見立てに間違いはない。着飾ったシシーは女神が嫉妬するほどに美しい。
薔薇色の頬はリリーの努力の結果なのかもしれないが、シシーの生まれ持った珊瑚色の唇に視線を奪われる。
レアは快く席を譲ってくれた。そして帰りに喫茶店で歌劇の感想でも語り合えと指南まで添え、人気の歌手についてまとめた冊子も渡された。
流行の歌手は、女はこういう男が好きなのかと思うような絵姿ばかりで苛立つが、シシーがどんな男が好みなのかの参考程度にはなるかもしれない。全員俺には劣るが。
迎えに行った時はぎこちない様子で、馬車の中でも手元に楽器がないことが不安だというような手の動きを見せていたシシーも、劇場に着くとその建物に目を奪われたようだった。
歌劇場には連れてきたことがなかったなと思い出す。
そもそも俺があまり芝居を好まないからシシーを同行させることもなかった。
物珍しそうに劇場を、いや、看板を眺めているシシーがあまりにも愛らしく誰にも見せたくないと考えてしまう。
他の観客が集まってしまう。
こんなことなら劇場を貸し切りにしておくべきだった。
そう思い、シシーの腰に腕を回す。
俺の婚約者だ。
見せつけてやる。
背後から視線を感じたような気がしたが、美しすぎるシシーを連れ歩いていることに対する嫉妬だろう。
早く中に入ろう。席まではシシーを覗き見するようなやつはいないはずだ。
そう思い、シシーを急かした。
はずだった。
視線を感じる。
上演前の枡席だというのに、それも王妃の席だというのに舞台ではない方向から視線を感じた。
一体何者だ。
不快過ぎて視線の主を探せば、グラスでこちらを覗いている男を発見した。
イルム。
散々俺のシシーに付き纏ってきたというのに、他の女を連れて観劇とは。
気に入らん。
あれだけシシーの幸せがどうこう口にしていたくせに、結局シシーを弄ぶつもりだったのか。
それとも……数日でシシーを諦めた?
いや、そんなはずがない。
こんな僅かな期間で諦めきれるような女ではない。それはシシーに対する冒涜だろう。
シシーがあいつを見たらどう思うだろう。
傷ついてしまうかもしれない。
シシーがあいつに気がつかないよう、隠すように壁側の席に座らせる。
「上演までもう少し時間がある。飲み物や菓子を用意させられるがなにがいい?」
当然俺は数種類のケーキを注文するが、シシーの好みを把握出来ていない。この機会にシシーの好みを知ることができれば……そう思い訊ねたつもりだが、シシーは驚いた様にこちらを見た。
「アルジャン様のお好みのものを」
「品書きだ。お前も好きな物を選べ」
品書きを渡せば困惑した表情を浮かべられる。
俺のお気に入りはこの苺がたくさん乗った苺クリームのケーキだ。
シシーは品書きと俺の顔を交互に見て、それからおずおずと苺クリームのケーキを指す。
「では、こちらを……」
「ああ」
なんだ。シシーも苺が好きなのか。
ということは、いつも俺に好物を譲ってくれていたのか?
そう思うとシシーの愛を感じる。
少し多めに注文しておこう。
給仕を呼び飲み物とケーキを注文すればすぐに運び込まれる。
「好きなだけ食え」
シシーの前にケーキを置けば困惑した表情を見せられる。
なぜだ。
シシーが選んだはずなのに。
「えっと……あの……いただきます」
遠慮がちにフォークを手にケーキを食べ始める。
なぜだろう。表情が暗い。
まさか、無理をして食べているのか?
不安になりながらシシーを見ていると、微かに手が震えている。
「どうした? 口に合わないのか?」
「あ、いえ……その……おいしい……です」
視線が合わない。
それどころか、申し訳なさそうにさえ見える。
もしや……。
「俺の好みに合わせて選んだのか?」
譲るつもりのケーキを食べてしまったことを申し訳なく思っていたのだろうか。
いじらしい。
何度シシーに惚れれば気が済むのだろう。
「……その……アルジャン様は……苺がお好きなんだと思って……」
遠慮がちにそう口にし、手を止めてしまう。
「ああ。俺が好物を譲りたいと思う女はお前だけだ。好きなだけ食え」
シシーより愛おしい存在はない。
シシーになら今日のケーキを全て譲ったって構わないとさえ思う。
からん。と音を立ててフォークが床に落ちる。
「あっ……」
シシーが動揺している。
給仕を呼び、すぐに取り替えさせれば、恥ずかしそうに俯かれてしまう。
「……アルジャン様は……近頃……不思議なことばかり口にされますね」
「そうか? レアにも言われたからな。愛は伝わる言葉で表さなければ意味がないと」
そっとシシーの手に手を重ねる。
小さくて滑らかな、少し痩せすぎているように感じる手だ。
練習のしすぎだろう。弓の触れる部分の皮膚が僅かに厚くなっている。
「ひと目見た瞬間から、ずっとお前だけを愛している。シシー、俺は」
お前がどんなに逃げたがっていても逃がしてやることはできない。
そう、告げようとした瞬間、上演開始の合図が鳴る。
「……続きは後にしよう」
そう告げ、それでもシシーの手を離せない。
歌劇なんて退屈だ。
幕間で甘味でも味わっていなければひたすら寝て時間を潰してしまうだろう。
それでも。
帰りに喫茶店で歌劇の感想を話し合ったりするのがいいらしいと聞いてしまったからには、あらすじ程度は把握しておかなくてはいけない。
主演らしき役者が舞台中央に現れる。
ちらりとシシーを確認すれば、落ち着かなさそうな様子で、俺の手をどうしたらいいのかと悩んでいる様子だった。
薔薇色の頬はリリーの努力の結果なのかもしれないが、シシーの生まれ持った珊瑚色の唇に視線を奪われる。
レアは快く席を譲ってくれた。そして帰りに喫茶店で歌劇の感想でも語り合えと指南まで添え、人気の歌手についてまとめた冊子も渡された。
流行の歌手は、女はこういう男が好きなのかと思うような絵姿ばかりで苛立つが、シシーがどんな男が好みなのかの参考程度にはなるかもしれない。全員俺には劣るが。
迎えに行った時はぎこちない様子で、馬車の中でも手元に楽器がないことが不安だというような手の動きを見せていたシシーも、劇場に着くとその建物に目を奪われたようだった。
歌劇場には連れてきたことがなかったなと思い出す。
そもそも俺があまり芝居を好まないからシシーを同行させることもなかった。
物珍しそうに劇場を、いや、看板を眺めているシシーがあまりにも愛らしく誰にも見せたくないと考えてしまう。
他の観客が集まってしまう。
こんなことなら劇場を貸し切りにしておくべきだった。
そう思い、シシーの腰に腕を回す。
俺の婚約者だ。
見せつけてやる。
背後から視線を感じたような気がしたが、美しすぎるシシーを連れ歩いていることに対する嫉妬だろう。
早く中に入ろう。席まではシシーを覗き見するようなやつはいないはずだ。
そう思い、シシーを急かした。
はずだった。
視線を感じる。
上演前の枡席だというのに、それも王妃の席だというのに舞台ではない方向から視線を感じた。
一体何者だ。
不快過ぎて視線の主を探せば、グラスでこちらを覗いている男を発見した。
イルム。
散々俺のシシーに付き纏ってきたというのに、他の女を連れて観劇とは。
気に入らん。
あれだけシシーの幸せがどうこう口にしていたくせに、結局シシーを弄ぶつもりだったのか。
それとも……数日でシシーを諦めた?
いや、そんなはずがない。
こんな僅かな期間で諦めきれるような女ではない。それはシシーに対する冒涜だろう。
シシーがあいつを見たらどう思うだろう。
傷ついてしまうかもしれない。
シシーがあいつに気がつかないよう、隠すように壁側の席に座らせる。
「上演までもう少し時間がある。飲み物や菓子を用意させられるがなにがいい?」
当然俺は数種類のケーキを注文するが、シシーの好みを把握出来ていない。この機会にシシーの好みを知ることができれば……そう思い訊ねたつもりだが、シシーは驚いた様にこちらを見た。
「アルジャン様のお好みのものを」
「品書きだ。お前も好きな物を選べ」
品書きを渡せば困惑した表情を浮かべられる。
俺のお気に入りはこの苺がたくさん乗った苺クリームのケーキだ。
シシーは品書きと俺の顔を交互に見て、それからおずおずと苺クリームのケーキを指す。
「では、こちらを……」
「ああ」
なんだ。シシーも苺が好きなのか。
ということは、いつも俺に好物を譲ってくれていたのか?
そう思うとシシーの愛を感じる。
少し多めに注文しておこう。
給仕を呼び飲み物とケーキを注文すればすぐに運び込まれる。
「好きなだけ食え」
シシーの前にケーキを置けば困惑した表情を見せられる。
なぜだ。
シシーが選んだはずなのに。
「えっと……あの……いただきます」
遠慮がちにフォークを手にケーキを食べ始める。
なぜだろう。表情が暗い。
まさか、無理をして食べているのか?
不安になりながらシシーを見ていると、微かに手が震えている。
「どうした? 口に合わないのか?」
「あ、いえ……その……おいしい……です」
視線が合わない。
それどころか、申し訳なさそうにさえ見える。
もしや……。
「俺の好みに合わせて選んだのか?」
譲るつもりのケーキを食べてしまったことを申し訳なく思っていたのだろうか。
いじらしい。
何度シシーに惚れれば気が済むのだろう。
「……その……アルジャン様は……苺がお好きなんだと思って……」
遠慮がちにそう口にし、手を止めてしまう。
「ああ。俺が好物を譲りたいと思う女はお前だけだ。好きなだけ食え」
シシーより愛おしい存在はない。
シシーになら今日のケーキを全て譲ったって構わないとさえ思う。
からん。と音を立ててフォークが床に落ちる。
「あっ……」
シシーが動揺している。
給仕を呼び、すぐに取り替えさせれば、恥ずかしそうに俯かれてしまう。
「……アルジャン様は……近頃……不思議なことばかり口にされますね」
「そうか? レアにも言われたからな。愛は伝わる言葉で表さなければ意味がないと」
そっとシシーの手に手を重ねる。
小さくて滑らかな、少し痩せすぎているように感じる手だ。
練習のしすぎだろう。弓の触れる部分の皮膚が僅かに厚くなっている。
「ひと目見た瞬間から、ずっとお前だけを愛している。シシー、俺は」
お前がどんなに逃げたがっていても逃がしてやることはできない。
そう、告げようとした瞬間、上演開始の合図が鳴る。
「……続きは後にしよう」
そう告げ、それでもシシーの手を離せない。
歌劇なんて退屈だ。
幕間で甘味でも味わっていなければひたすら寝て時間を潰してしまうだろう。
それでも。
帰りに喫茶店で歌劇の感想を話し合ったりするのがいいらしいと聞いてしまったからには、あらすじ程度は把握しておかなくてはいけない。
主演らしき役者が舞台中央に現れる。
ちらりとシシーを確認すれば、落ち着かなさそうな様子で、俺の手をどうしたらいいのかと悩んでいる様子だった。
10
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる