したのおじさん

ROSE

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したのおじさん

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「うるさくするとしたのおじさんに怒られるよ」

 姪が騒がしいと義弟はそう口にする。
 妹一家は4階建て集合住宅の2階で暮らしているのだが、この建物がとてもよく音が響くらしい。
 昼間に子供用のバスケットボールで遊んでいてもうるさいと怒られる。
 姪はすっかり家の中でも忍者ごっこと読書ばかりするようになってしまったが、戸建ての我が家に来たときは違う。
 上下の部屋に気を使う必要がないと大きな足音を立てて家の中を走り回りきゃっきゃと楽しそうな声を上げている。
 覚えたばかりの文字を得意気に読み上げ、書いている内容とは全く違う物語で絵本を読み聞かせてくれるような過剰サービス付きの姪は夜遅くまで楽しそうに騒いでくれる。
 別に年数回しか来ない子供だ。妹の幼い頃と比べれば大人しいし、大人を本気で困らせるような悪戯もしない。せいぜい窓ガラスに鼻をくっつけたりテレビを指で触る程度だ。
 だから、姪には特に注意をするわけでもなく、ソファーに座りながら本を広げていることが多かった。
 が、義弟にしてみれば迷惑をかけていると感じるわけだ。
 姪に「騒がないで」と叱る。
「うるさくするとしたのおじさんに怒られるから騒がないで」
「えー、めーちゃんのおうちにしたのおじさんいないよ」
 姪はなぜか私を「めーちゃん」と呼ぶ。そして、完全に遊び相手と認識しているのだろう。本を読んでいると自分も一緒に読むと、膝の上によじ登り、本を覗く。
 まだ漢字はそれほど読めないが、本の中に知っている文字を見つけると声に出す。ひらがなとカタカナは殆ど読めているようだった。小学校まではあと二年。そう考えれば漢字もすぐに覚えてしまいそうだというのは些か姪馬鹿なのだろうかという自覚もある。
 だが、賢い子だ。
 そんなしたのおじさんに怒られるなんて理由で躾けようとするのは間違いだ。
 こういうときは「めーちゃんに迷惑だから騒がないで」と叱ればいいのに。などと考えながら、気にしないふりをして科学雑誌を開いた。
 口うるさい義姉は嫌われる。いや、こちらだって義弟を快く思ってはいないのだからお互い様か。
 そんなことを考えている間も、姪は居間をぴょんぴょんと飛び跳ね、走り回る。
 普段は集合住宅で運動不足気味なのだろう。小さいうちに体を動かすことは悪いことではない。
 未来の納税者には健康でいてもらわなくては。
 そんなことを考えながら、あまり頭を使わずに読める科学雑誌を読み進めていた。
 そんなときだ。
 ドンドン、っと床の下を叩くような音が響く。
 家鳴りにしては奇妙だ。
 聞き間違いだろうか。
 姪を見ればぴたりと動きが止まっている。
 そして、彼女が動き出す前にまた足下から音が響いた。

 ドンドンッ。

 姪は怯えた様子でこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「したのおじさん……おこってる……」
 下のおじさん?
 そんなばかな。ありえない。
「めーちゃんちは下に人がいないから下のおじさんなんていないよ」
 ぽんぽんと頭をたたきながらそう告げても名は怯えた様子だった。
「下のおじさんだよ」
 またドンドンと音が響く。本当に誰かが下から叩いているような音だ。
 けれども床下にそんな空間はないだろう。せいぜい点検口がある程度で、床下だってしゃがみながら歩くことも辛いような空間しかない。
「ほら、うるさいからしたのおじさんが怒ってるよ」
 義弟はいつもそうしているのだろうと思わせる口調でそう言って、それから自分の発言がおかしいことに気がついた。
「あれ? したのおじさん? ここ、戸建てですよね?」
 こちらに確認されても困ると言うのに、怖がりな義弟は自分の発言に怯えている様子だった。
 この意気地なし。
 情けない。
 そう思っても結局確認する役目を押しつけられる。
 不思議と他の人間が怯えているときと言うのはこちらは落ち着いてくるものだ。
 こうなったら床下を確認してやる。
 野菜収納庫を外し、点検口を覗き込もうとスマホのライトを付ける。
 当然。なにもいない。
 鼠の一匹すらいないに決まっている。
 そのはずなのに。
 目。
 ぎょろりとこちらを見る目があった。
 一体あれはなんだ? 錯覚か?
 本能的に見つめてはいけない気がして、そのまま収納庫を戻し蓋を閉める。
 おじさん?
 本当にしたのおじさんがいた?

 ドンドンッ。

 床下を叩く音が響く。
 まるでこちらに対してうるさいぞとでも言っているようだ。
 は?
 ふざけるな。
 よその家でなにを偉そうに。
「うるせぇのはおめーだよ!」
 ドンッと思い切り床を踏む。
 姪と義弟が怯えたように飛び上がったのが見えたような気がした。
 けれども下からの音は止み、静まりかえる。
「こういう自己中心的なやつにはキレ返すのが効果的だから」
 もっともらしいことを口にして、ソファーに戻り雑誌を広げる。
 それにしても、あれはなんだったのだろう。
 確かに目が合った。
 
 それから数日、したのおじさんらしい気配はない。
 義弟は姪を「めーちゃんに怒られるから」と叱るようになったので、言ってやる。
「別にそのくらいじゃ怒らないよ。それより、いちいち口うるさいあんたに腹が立つ」
 しゅんとなって「すみません」と小さく謝罪する義弟が悪い子ではないことは理解しているつもりだ。
 それでも、あのくらいの小さな子供にはもっとのびのび楽しんで貰いたいと思うのが、いい歳になった大人の感情というものだ。
 
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