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序 悪い女王の誕生
しおりを挟むむかしむかしあるところにとても美しいお姫様がいました。
お姫様はいつも美しいドレスで着飾って、小鳥と一緒に歌ったりおいしいお菓子に囲まれたり、沢山の人に愛されて毎日毎日幸せに暮らしていました。
そんな物語は嘘だとレジーナは知っている。確かにお姫様は綺麗なドレスを沢山着せてもらえるし、美味しいものも美しい鳥も好きなだけ貰える。けれども全く幸せじゃなかった。
レジーナは黒の王国の黒の女王となるために、幼い頃から闇の魔術の高等教育を受けて育った。強力すぎる魔力を生まれ持ち、魔術以外のことは殆ど学ばずに育った。
そんなレジーナが女王になったのは十六歳の誕生日。
凍えるほど寒い夜だった。
お母様が食卓に自らの手で皿を運んできた。
「子羊の心の臓よ。残さず食べなさい」
厳しい声で言う。
臓物料理は嫌いだった。どう見たっておいしくなさそうなそれを食べたくはなかった。
けれどもレジーナはお母様が恐ろしかった。
逆らうなんて考えただけでも全身の毛穴から汗が溢れ出そうだと言うのに、今日の彼女はいつもよりも厳しいように思えた。
見た目から感じたとおり料理は美味しくなかったが、レジーナは無理矢理水で流し込みながら皿の上の塊を食べ終えた。
その直後だった。
全身がかっと熱くなり、今まで以上に魔力の高まりを感じた。ただでさえ暴走しそうな程強大な魔力がさらに高まったのだ。
拍手が沸き起こった。
それが王たる魔力の証だと、誰もが口にした。
あの夜から何かが変わった。
まだお姫様だったレジーナは魔術のお勉強とふわふわした可愛らしいドレスを身に纏うので忙しかった。侍女が何人もいて、毎日何度も何度も着替えて楽しんだ。そうして可愛らしく着飾ったレジーナを見てお父様はとても満足してくれた。お母様でさえ可愛いレジーナを喜んでくれた。
けれども、女王になったレジーナの傍にお父様はいなかった。そして、いつの間にかお母様もいなくなってしまった。
以前よりも更に侍女の数は増え、宰相だの大臣だのよくわからない大人たちがレジーナを囲むようになった。彼らは好きなだけ綺麗なドレスも高価な宝石もくれたし、レジーナの嫌いな物を食べるように強く叱ったりはしなかった。
それに、庭に出してもらえるようになった。
庭はレジーナにとって特別な空間だ。毎日庭に出られるのは幸せだ。
前よりももっと沢山可愛がられて嬉しかった。
大人たちはレジーナを叱ることもないし、なんでも欲しいと言えばすぐにくれた。その代わりにレジーナがしたことは、ただ名前を書くことと、レジーナの魔力を沢山吸い込んで育った林檎を渡すことだけだった。
何も難しいことはしなくていい。
ただ、大好きな林檎を育てて、大きく育った林檎を渡せばよかった。
もう、お母様の顔色を窺わなくてよかった。
もう、なにも考える必要はなかった。
ただ大人たちの言葉に従っていれば、綺麗なドレスも美味しいお菓子も立派な庭も全部、レジーナのものだった。
一日中、着替えたり庭で林檎の世話をしたり外国の物語を読んだりして、少し飽きたら料理長が美味しいお菓子を用意してくれた。
ただ週に一度、大人たちが持って来るいくつかの書類にレジーナの名前を書くだけであとはなにもかもが自由だ。
最初の一年くらいは、それが楽しかった。
けれども、飽きてしまった。
もう、何も考える必要はないのだから、毎日ただ同じ事を繰り返していればよかった。
だんだん、大人たちが書類を持って来る回数が増えたけれど、そんなことも気にならない。だって、名前を書くだけで終わったら彼らは珍しい異国の品や美味しいお菓子をくれる。
少し、西の方が騒がしかった。
けれども、レジーナには関係ない。
あくびが出れば柔らかい寝台に体を沈めゆっくりと眠りに就く。
朝は花の香りのお茶と林檎を使った美味しいお菓子でゆっくり過ごして、ひとしきりドレスを選んだら、庭の林檎のお世話をして、木陰でゆったりと本を読む。大人たちが来なかったら日が傾いた頃には夕食を食べて、ゆったりとお湯に浸かって、かわいい寝衣を身に纏い鏡の中の魔術師とお話をして、それから図書館で本を選びまた柔らかい寝台に沈む。
それだけだった。
そんな生活を何年続けただろう。
もうドレスは部屋に収まりきらずに三つも衣装部屋が出来てしまったし、宝石だって棄てたって構わないほど沢山ある。
使用人たちはレジーナが癇癪を起こして叩いても何一つ文句を言わないし、料理長はレジーナが何種類ものお菓子を一口ずつしか食べなくても何一つ文句を言わない。
退屈だった。大人たちはレジーナの美しさを褒め称え、貢ぎ物を持ってやってきて、よくわからない書類に名前を書かせる。
ちゃんと読んだことは一度もない。
だって、大人の話は難しいもの。
ふわぁとあくびが出てしまう。
なんだか東の方が騒がしい。
けれどもレジーナには関係ない。
外でなにが起きていても王宮からは出られないのだ。
少し前に青の国に新王が即位したなんて挨拶を貰った気がするけれど、挨拶に来ないならレジーナには関係ない。
協定がどうだとか同盟がどうだとか言う文字を見た気がするけれど、レジーナにはよくわからなかった。
退屈。
お父様が居た頃は、もう少し楽しかった気がする。彼はレジーナが何をしても喜んでくれた。
もう、随分魔術を使ってないかもしれない。林檎を育てる以外にそれが必要になることも滅多にない。
時々大人に頼まれて何かをする以外は。
なんだか北の方が騒がしい。
けれども、きっとレジーナには関係ない。
一際立派な林檎の樹の枝を整える。これはレジーナだけの特別な林檎。ずっと、魔力を注ぎ続けてきた。レジーナの強力な魔法が籠もった林檎。
もう、レジーナにとってこの林檎ほど大切なものはない。
大好きだったお父様はもう、いない。
いつまでも幸せになんて物語は嘘だ。
綺麗なドレスを着ても、歌を歌っても、心は満たされない。
レジーナはそっと色付きはじめた林檎に触れる。
なんだか背後が騒がしい。
なんの音かしら。
振り向くと、返り血に染まった天人の姿があった。
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