きょうもにぼしをおおもうけ!

ROSE

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おきゅうりょう

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 店長猫は毎日お給料を日払いしてくれる。
 茶封筒に個性的な文字で「おきゅうりょう」と書かれた給料袋には、これまた個性的な文字で書かれた給与明細と共にその日のお給料が入っている。


 
 ほんじつのおきゅうりょう

・にぼし 十五本
・めざし 四匹
・どんぐり 八個



 未だに通貨システムを理解出来ていないけれど、今日も昇給している。昨日はにぼしが十二本で、どんぐりは七個だった。
 やっぱりたいやきさんはそこら辺の計算がガバガバなのではないだろうか。心配になってしまう。
「店長、お給料増えすぎじゃないですか? 大丈夫ですか?」
「いーのいーの、さきちゃんがんばってるし、おんなのこだからあれでしょう? かわいいのとかかいたいでしょ?」
 微妙に襟がお洒落なドレスシャツを着ているたいやきさんが言うと謎の説得力がある。
 つまりファッションに気を使えということなのだろうか。
 改めて自分の服装を考えて見る。
 支給された作務衣、来た日に着ていたカットソーとデニム。あとは寝間着に使っている浴衣。
 私服を増やしてもいいかもしれない。
 元々そんなにファッションに拘っている人間ではなかった。服を買うお金があったら本を買いたい。本屋に行ってずっしり重たい紙袋を両手に抱えて帰るのが好きだった。
「にんげんさんのふくだとしたててもらわないとだから、ちょっとたかくなっちゃうかも。でもいいおみせつれていってあげるね」
「ありがとうございます」
 いいお店とたいやきさんがいうなら間違いないだろう。
 にぼしよりもどんぐりを多めに持っていったらいいのだろうか。
「あ、ばんごはんどうする? たいしょうのところにたべにいく?」
「あ、行きます」
 きっと大将も猫なのだろうけれど、毎日お給料のめざしをぼりぼりするだけでは満たされない。折角夕食に誘って貰えたのだ。ここぞとばかりに胃に押し込まないと。
「どのくらい持っていったらいいですか?」
「うーん、にぼしじゅっぽんでおにくひとかけ、それかちいさいていしょくだよ。めざしにひきでおなかいっぱいのごうかなごはんがたべられるかな?」
 よくわからないけれどにぼしよりはめざしの方が高額らしい。
「どんぐりなら?」
「ぼくとさきちゃんでおなかいっぱいたべられるとおもうよ」
 でもさきちゃんはにんげんさんだからもっとたべるかな? と首を傾げるたいやきさん。
 そんな気遣いが少し嬉しい。
 今日のお給料を全部持って、たいやきさんにも奢ってあげよう。
 そう決心した。はずだった。



 大将のお店はなんというか、昭和の定食屋から家電を取り除いたような見た目をしている。
 カウンター席には調味料が入っているらしい小物が並んでいるし、壁を見れば様々なポスターが貼られている。お品書きはたいやきさんと同じくらい個性的な文字だ。



おしながき

・にぼしていしょく にぼし十本
・めざしていしょく めざし一匹
・まんぞくおにく  めざし二匹
・おこのみやき   めざし一匹
・やきとり     めざし一匹
・ぜいたくせっと  どんぐり一個



 思ったよりもメニューが少ない上に、料理の写真がないせいでやきとり以外の料理がなにかわからない。
「こんばんはー、たいしょう、うちのさきちゃんつれてきたよー」
 のんびりしたたいやきさんの声に反応したのは、頑固そうな虎猫だった。
「おうっ、てんちょう。めずらしいな。うちはにんげんのきゃくははじめてだが、ねこにはこうひょうだ。たらふくくってかえってくれ」
 右目に傷があるくせに、猫のよさそうな大将だ。
 大将猫はラーメン屋の制服みたいな白衣を着ている。
「おすすめはどれですか?」
「ん? んーん? にんげんのきゃくだからなぁ。まんぞくおにくにしておくか? にぼしにほんついかでおおもりもできるぞ」
 やはり猫のよい大将だ。食べる量が違うと考えてくれているのだろう。
「それにします。たいやきさんはなににしますか?」
「うーん、そうだなぁ。ぼくもふんぱつしてそれにしよう! あ、たいしょう、おにくおおめで!」
 たいやきさんは意外と肉食だ。お肉が好きで、いつも「たまにはおにくがたべたいなー」とぼやいているが、毎日お肉の欠片をつまみ食いしていることも知っている。陳列の時に零れたお肉のかけらはたいやきさんがかき集めておやつにしているのだ。しかも時々分けてくれる。よく経営が成り立っているな。
 席に座ってしばらく待つ。
 ポスターの白猫がまたたび酒片手にセクシーな雰囲気を醸し出しているのは、もしや居酒屋にあるお酒のポスターを模倣した物なのだろうか。
 どうやら人間かぶれはたいやきさんだけではないらしい。
 この猫社会のことはよくわからないけれど、どうも人間を模倣したがっている。猫たちは人間という物を把握しているようだけれど、未だに他の人間と遭遇したことがない。
 そこで思い出したのが探偵猫の存在だ。
「たいやきさん、探偵さんに依頼したら他の人間を探して貰ったりできますか?」
「うん? たぶんできるとおもうよ。たんていさん、とってもゆうしゅうなんだ。ねこさがしもすごくとくいだからにんげんさんもみつけられるんじゃないかな」
 問題は依頼料か。
「おいくらくらい用意したらいいですか?」
「えーっと、ちょうさにかかるにっすうぶんだから……いちにちめざしさんびきかな?」
 日給安い。探偵さん、私より日給安い。
 隣村まで通ったりしなくちゃいけないのに、そんなに安い依頼料で大丈夫なのかな?
 あの爽やかイケボ探偵猫が心配になってしまう。
「たんていさんもいいこだからねー、こまっているねこみるとほうっておけないんだよ」
 人間相手でもそうなのだろうか。それとも人間が相手だから依頼料を上乗せしろとか言われるのだろうか。
 そんなことを考えていると、大将猫が大きなお皿を二つ持って近づいてきた。
「はい、おまち」
 目の前に大きなお皿が置かれる。
 まんぞくおにくの正体は肉野菜炒めから野菜を抜いた物、つまり肉の山だ。
 胸焼けしそう。
 それに、なんのお肉なんだろう。
「たいやきさん、これなんのお肉ですか?」
 こっそり訊ねる。
「うーん? なんだろうね。ねずみではないとおもうよ」
 大将はいい仕入れするからと彼は言うけれど、猫の社会だもの。鼠の肉を出されたって驚きはしない。
 これを食べないと今日もめざし生活になる。
 覚悟を決めて一口齧り付いた。
 ん?
 あれ? これどこかで食べたことあるぞ。
「……ラム肉?」
 シンプルな塩コショウで味付けされたラム肉。
 おいしい。おいしいことはおいしい。でも、タレが欲しい気がする。
「おにくー! やっぱりおにくがおいしーね!」
 たいやきさんが嬉しそうだ。
 けれども、白米が欲しい。せめて白米。
「すみません、ごはんありますか?」
「ん?」
 大将猫が首を傾げる。
「白米! お米が食べたいです」
 大将猫は更に首を傾げる。
 あれ? 田圃っぽいものがあったはずなのに、白米は存在しない?
「てんちょう、おこめってのはあれか? にぎりめしにする」
「あー、うん? たぶんそれ? ぼくもたべたことないな」
 猫たちがひそひそ相談しているのが聞こえてしまった。
 なるほど。握り飯は存在するのか。
「あ、じゃあ、握り飯ください」
 猫の手で握られたら毛とか入っていそうな気がする。
 いや、その前に握れるのだろうか?
 そんな疑問を抱いたが、調理場に戻った大将は、お椀を二つ手に取って、片方にご飯を入れる。それに鰹節とお塩をまぶして、もう一つのお椀を被せ、振り始めた。
 なるほど。握ってないけど握り飯っぽい物ができる。
 猫解釈だとそうなるのか。
 
 握っていない握り飯は意外とおいしかった。
 そして、会計をしようとすると、大将猫に「もうもらってる」と言われてしまう。
「おにくおいしかったねー」
 満足そうに笑うたいやきさん。
 いつの間にか彼が支払いを済ませて締まっていたらしい。
「あの、食事代」
「いいよいいよ。きょうはねー、さきちゃんとのごはんおいしかったからね」
 なんだか申し訳ない気分になる。
 正直「おみせ」は大して繁盛していないだろうし、店長の収入は謎に包まれている。それなのに奮発したご飯を奢られてしまっていいのだろうか。
 それでも、なんだかんだでたいやきさんに甘やかされるのが心地よく感じてしまう。
「ありがとうございます。あの、次は奢らせて下さいね」
 お給料、たくさん貰ってますから。
 そう言うと、たいやきさんはふふふと笑うだけで、なんとも返事がなかった。
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