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仕立屋さん
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定休日が存在しない「おみせ」は店長猫の気まぐれで店を空けない日がある。猫だもの。仕方ないね。
その日は店長の気まぐれで「ていきゅうび」の貼り紙が登場した。全く定休ではないのだから定休日ではないだろうに。
「さきちゃん、おでかけしない?」
デートのお誘いかな?
だとしたらたいやきさんはものすごく手慣れている。なんといっても相手に断りたくないと思わせる柔らかさとほんわか空気が自然に溢れている。
「どこにいきますか?」
断る理由なんてない。休日が出来たって自分の部屋(押し入れの上段)で出来ることは限られているし、出来ることならあの場所に引きこもりたくはない。
「おかいもの。ちょっととおくのまちまでいくよ」
とおくのまち。存在したのかと驚く。
いや、猫たちが服を着て生活しているのだから集落のようなものもあるのだろうとは思っていたけれど、村どころか町まで存在するとは思わなかった。つまり、都会がある。
「ちょっととおいからね、くるまでいくよ」
車?
自動車があるのだろうか? 冷蔵庫もないのに?
疑問が膨らむと同時に好奇心が刺激される。
運転免許証は一応持っている。たいやきさんのこの性格だと運転が怖いなと思ってしまうけれど、猫の車に人間の私が乗れるのだろうか。
そわそわしながら裏口から出ると、確かに車輪の付いた物が待機していた。
「……人力車?」
いや、どうやら猫が引くらしい。猫力車だ。
「しゃりきさん、きょうはよろしくおねがいするね」
たいやきさんがぺこりと頭を下げる。
しゃりきさんと呼ばれた猫は大型のシュッとした逞しそうな肉体の黒猫だった。ブリティッシュショートヘアだとかその辺りの猫だろうか。
「おまかせください。どのねこよりもはやくもくてきちまでおとどけしますよ」
これまた猫のよさそうな猫だ。
しかし、猫の引く車に人間の私が乗っていい物だろうか。
「あの、たいやきさん、私歩いた方がいいんじゃ……」
「だいじょうぶだいじょうぶ、しゃりきさんはちからもちだから」
「にんげんのおきゃくさんははじめてですが、あんぜんにもくてきちまでおとどけしますよ。どうぞおのりください」
しゃりきさんは座席を整え。どうぞと膝掛けまで用意してくれる。
これは乗らないのも失礼だ。
そろっとゆっくり乗り込む。なんというか、観光地の人力車によく似ている。日よけもちゃんと付いているし、クッションもふかふかだ。
ああ、しゃりきさんは「車力」さんかと納得すると、隣にたいやきさんも乗り込んだ。
「それではしゅっぱつします」
車力猫がそう言うと、驚くほどの速度で駆けていく。
人力車ってこんなスピード出たっけ?
猫と人間じゃ出せる速度も違うのだろうか。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地に到着した。
車力猫に代金のどんぐり一個を支払い、帰りの為に待機して貰う。
「きょうはね、おようふくかうよー」
こっちっと歩き出すたいやきさんの後を歩く。
見渡すと、電気のない浅草とでもいうのだろうか。瓦屋根にレトロな看板。なんだか江戸時代からありそうな雰囲気の建物がぞろぞろ並んでいる。
その中の一軒に迷わず進んでいくたいやきさんはきっと通い慣れているのだろう。
「あら、てんちょうさん、いらっしゃい」
若い女性の声が響く。
「したてやさん、こんにちは。きょうはぼくじゃなくて、さきちゃんのふくをつくってほしいなとおもってきたよ」
やっぱりたいやきさんは通い慣れているらしい。
それにしても、余所のお店でも店長さんと呼ばれているのはなんだか不思議だ。
そう言えば、たいやきさんも他の猫を「たいしょう」とか「たんていさん」と呼んでいる。猫文化なのだろうか。
そう思いながら、仕立屋さんの方へ視線を移し、驚く。
猫じゃない。
人間ではなかったが、猫でもなかった。
白い兎が、手首にピンクッションを付けて、それにフリルの襟がお洒落な着物を着ている。
「あら、うわさのにんげんさんね。ぱりへようこそ」
ぱり? まさかパリ?
いや、どう見たって浅草。
「お店の名前がパリ、なんですか?」
「え? にんげんさんっておしゃれなばしょをぱりってよぶんでしょう?」
じゃあミラノやニューヨークはどうなるんだ。
動物たちの偏った知識に驚く。
「てんちょうさんはとってもおしゃれで、まいつききてくれるの」
そう言いながら、仕立屋兎は私の寸法を測り始める。
「やっぱりにんげんさんっておおきいのね。ちょっとまって。いすをもってこないととどかないわ」
仕立屋兎はあっちへいったりこっちへいったり忙しい。
そして背もたれのない木の椅子と、三段しかない踏み台を持って来た。
「どんなふくがいいかしら?」
「えっと、動きやすいのがいいです。あと丈夫なの」
ところで仕立屋さんに依頼したら高いのではないだろうか。
貯まったどんぐりを全部持って来たけれど、一揃い作れるか不安になる。
「出来れば寝間着も欲しいです。これで足りますか?」
瓶の中で虫が出てきそうな大量のどんぐりを見せながら訊ねると、仕立屋兎の目の色が変わる。
「あら、ふとっぱらね。これをぜんぶうちでつかってくれるの? ふだんぎからよそいきまでぜんぶそろえてもおつりがでるわ」
ふふっと上機嫌な仕立屋兎はてきぱきと採寸を終わらせていく。
「ぼうしもつくる?」
「え? あー、ゆとりがあれば」
これはもしかして、たいやきさんのシャツを一枚くらい買えるだろうか。
「あの、仕立屋さん、私の服減ってもいいので、たいやきさんのシャツも一枚作れますか?」
たいやきさんに聞こえないように気をつけながらこっそり訊ねると、仕立屋兎はふふふと笑う。
「もちろんよ。あなたいいこね。おねえさんうれしいからさーびすしちゃう」
よくわからないが、仕立屋兎は上機嫌で、店長さんのサイズは把握していると布見本を持ってくる。
「まずはあなたからね。どんないろがすき? どのそざいがいいとかあるかしら?」
「……よくわからないので涼しい感じのがうれしいかな……暑いし」
夏だからね。探偵さんがラムネを買いに来てくれるよ。
「すずしいそざいね。いろは?」
「えーっと、水色、とか?」
爽やかそうな色がいいかも。
猫社会の流行なんてわからないし、素材も色もデザインも全部仕立屋兎に任せることにした。
たいやきさんの趣味もよくわからない。
けれどもなんとなく、襟に花柄の入ったドレスシャツを頼むことにする。
意外と小花柄も着こなしてくれそう。
そう思うと楽しみだ。
「したてやさん、さきちゃんのふく、きょうもってかえれそうなのある?」
「そうね、まえにてんちょうさんのいらいでつくったせいふくとおなじさいずならいくつかよういしてあるけれど……」
仕立屋兎がぴょんと飛び跳ね、高い棚の上から箱を取る。
「おんなのこむけのかわいいのといったらこのくらいしかないわ」
そう言って彼女が見せてくれたのは、いちごミルクみたいなピンクに白のうさぎ柄が入った浴衣だった。
「やっぱりかわいいといえばうさぎがいちばんよね? さきちゃん」
人間界でもうさぎは大流行でしょう? と訊ねる彼女に笑ってしまう。
どうやらこの世界には兎派と猫派が存在するらしい。
「確かに兎の描かれた小物とかもよく見かけます」
ハリネズミ柄のTシャツを愛用していたとは言い出せない雰囲気だ。
「にぼしがらじゃないのがざんねんだけど、それひとつください」
たいやきさんが浴衣の購入を決めてしまう。
そのピンクを私に着させるつもりなのだろうか。
どちらかというとボーイッシュ寄りの装いが多かった自分としてはこの可愛らしいピンクとうさぎ柄は気恥ずかしい。
たとえ猫にしか見られないとしても。
私が断るよりも先にたいやきさんが代金を支払ってしまう。
そして上機嫌な仕立屋兎はこれまた可愛らしい兎柄の風呂敷で箱を包み、ついでに「さぁびす」と可愛らしい文字が書かれた封筒を差し込んだ。
「あの、これは?」
「かんざしよ。けのながいおきゃくさんがきたときにさーびすしてるの」
毛の長いお客さんとひとくくりにされたことに驚く。
そして、風呂敷もこのまま貰えるらしい。お店の宣伝にもなるのかもしれない。
それからたいやきさんが新しい帽子をひとつ購入し、店を出る。
車力猫を待たせている場所に到着したときには彼は大きな欠伸をしているところだった。
その日は店長の気まぐれで「ていきゅうび」の貼り紙が登場した。全く定休ではないのだから定休日ではないだろうに。
「さきちゃん、おでかけしない?」
デートのお誘いかな?
だとしたらたいやきさんはものすごく手慣れている。なんといっても相手に断りたくないと思わせる柔らかさとほんわか空気が自然に溢れている。
「どこにいきますか?」
断る理由なんてない。休日が出来たって自分の部屋(押し入れの上段)で出来ることは限られているし、出来ることならあの場所に引きこもりたくはない。
「おかいもの。ちょっととおくのまちまでいくよ」
とおくのまち。存在したのかと驚く。
いや、猫たちが服を着て生活しているのだから集落のようなものもあるのだろうとは思っていたけれど、村どころか町まで存在するとは思わなかった。つまり、都会がある。
「ちょっととおいからね、くるまでいくよ」
車?
自動車があるのだろうか? 冷蔵庫もないのに?
疑問が膨らむと同時に好奇心が刺激される。
運転免許証は一応持っている。たいやきさんのこの性格だと運転が怖いなと思ってしまうけれど、猫の車に人間の私が乗れるのだろうか。
そわそわしながら裏口から出ると、確かに車輪の付いた物が待機していた。
「……人力車?」
いや、どうやら猫が引くらしい。猫力車だ。
「しゃりきさん、きょうはよろしくおねがいするね」
たいやきさんがぺこりと頭を下げる。
しゃりきさんと呼ばれた猫は大型のシュッとした逞しそうな肉体の黒猫だった。ブリティッシュショートヘアだとかその辺りの猫だろうか。
「おまかせください。どのねこよりもはやくもくてきちまでおとどけしますよ」
これまた猫のよさそうな猫だ。
しかし、猫の引く車に人間の私が乗っていい物だろうか。
「あの、たいやきさん、私歩いた方がいいんじゃ……」
「だいじょうぶだいじょうぶ、しゃりきさんはちからもちだから」
「にんげんのおきゃくさんははじめてですが、あんぜんにもくてきちまでおとどけしますよ。どうぞおのりください」
しゃりきさんは座席を整え。どうぞと膝掛けまで用意してくれる。
これは乗らないのも失礼だ。
そろっとゆっくり乗り込む。なんというか、観光地の人力車によく似ている。日よけもちゃんと付いているし、クッションもふかふかだ。
ああ、しゃりきさんは「車力」さんかと納得すると、隣にたいやきさんも乗り込んだ。
「それではしゅっぱつします」
車力猫がそう言うと、驚くほどの速度で駆けていく。
人力車ってこんなスピード出たっけ?
猫と人間じゃ出せる速度も違うのだろうか。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地に到着した。
車力猫に代金のどんぐり一個を支払い、帰りの為に待機して貰う。
「きょうはね、おようふくかうよー」
こっちっと歩き出すたいやきさんの後を歩く。
見渡すと、電気のない浅草とでもいうのだろうか。瓦屋根にレトロな看板。なんだか江戸時代からありそうな雰囲気の建物がぞろぞろ並んでいる。
その中の一軒に迷わず進んでいくたいやきさんはきっと通い慣れているのだろう。
「あら、てんちょうさん、いらっしゃい」
若い女性の声が響く。
「したてやさん、こんにちは。きょうはぼくじゃなくて、さきちゃんのふくをつくってほしいなとおもってきたよ」
やっぱりたいやきさんは通い慣れているらしい。
それにしても、余所のお店でも店長さんと呼ばれているのはなんだか不思議だ。
そう言えば、たいやきさんも他の猫を「たいしょう」とか「たんていさん」と呼んでいる。猫文化なのだろうか。
そう思いながら、仕立屋さんの方へ視線を移し、驚く。
猫じゃない。
人間ではなかったが、猫でもなかった。
白い兎が、手首にピンクッションを付けて、それにフリルの襟がお洒落な着物を着ている。
「あら、うわさのにんげんさんね。ぱりへようこそ」
ぱり? まさかパリ?
いや、どう見たって浅草。
「お店の名前がパリ、なんですか?」
「え? にんげんさんっておしゃれなばしょをぱりってよぶんでしょう?」
じゃあミラノやニューヨークはどうなるんだ。
動物たちの偏った知識に驚く。
「てんちょうさんはとってもおしゃれで、まいつききてくれるの」
そう言いながら、仕立屋兎は私の寸法を測り始める。
「やっぱりにんげんさんっておおきいのね。ちょっとまって。いすをもってこないととどかないわ」
仕立屋兎はあっちへいったりこっちへいったり忙しい。
そして背もたれのない木の椅子と、三段しかない踏み台を持って来た。
「どんなふくがいいかしら?」
「えっと、動きやすいのがいいです。あと丈夫なの」
ところで仕立屋さんに依頼したら高いのではないだろうか。
貯まったどんぐりを全部持って来たけれど、一揃い作れるか不安になる。
「出来れば寝間着も欲しいです。これで足りますか?」
瓶の中で虫が出てきそうな大量のどんぐりを見せながら訊ねると、仕立屋兎の目の色が変わる。
「あら、ふとっぱらね。これをぜんぶうちでつかってくれるの? ふだんぎからよそいきまでぜんぶそろえてもおつりがでるわ」
ふふっと上機嫌な仕立屋兎はてきぱきと採寸を終わらせていく。
「ぼうしもつくる?」
「え? あー、ゆとりがあれば」
これはもしかして、たいやきさんのシャツを一枚くらい買えるだろうか。
「あの、仕立屋さん、私の服減ってもいいので、たいやきさんのシャツも一枚作れますか?」
たいやきさんに聞こえないように気をつけながらこっそり訊ねると、仕立屋兎はふふふと笑う。
「もちろんよ。あなたいいこね。おねえさんうれしいからさーびすしちゃう」
よくわからないが、仕立屋兎は上機嫌で、店長さんのサイズは把握していると布見本を持ってくる。
「まずはあなたからね。どんないろがすき? どのそざいがいいとかあるかしら?」
「……よくわからないので涼しい感じのがうれしいかな……暑いし」
夏だからね。探偵さんがラムネを買いに来てくれるよ。
「すずしいそざいね。いろは?」
「えーっと、水色、とか?」
爽やかそうな色がいいかも。
猫社会の流行なんてわからないし、素材も色もデザインも全部仕立屋兎に任せることにした。
たいやきさんの趣味もよくわからない。
けれどもなんとなく、襟に花柄の入ったドレスシャツを頼むことにする。
意外と小花柄も着こなしてくれそう。
そう思うと楽しみだ。
「したてやさん、さきちゃんのふく、きょうもってかえれそうなのある?」
「そうね、まえにてんちょうさんのいらいでつくったせいふくとおなじさいずならいくつかよういしてあるけれど……」
仕立屋兎がぴょんと飛び跳ね、高い棚の上から箱を取る。
「おんなのこむけのかわいいのといったらこのくらいしかないわ」
そう言って彼女が見せてくれたのは、いちごミルクみたいなピンクに白のうさぎ柄が入った浴衣だった。
「やっぱりかわいいといえばうさぎがいちばんよね? さきちゃん」
人間界でもうさぎは大流行でしょう? と訊ねる彼女に笑ってしまう。
どうやらこの世界には兎派と猫派が存在するらしい。
「確かに兎の描かれた小物とかもよく見かけます」
ハリネズミ柄のTシャツを愛用していたとは言い出せない雰囲気だ。
「にぼしがらじゃないのがざんねんだけど、それひとつください」
たいやきさんが浴衣の購入を決めてしまう。
そのピンクを私に着させるつもりなのだろうか。
どちらかというとボーイッシュ寄りの装いが多かった自分としてはこの可愛らしいピンクとうさぎ柄は気恥ずかしい。
たとえ猫にしか見られないとしても。
私が断るよりも先にたいやきさんが代金を支払ってしまう。
そして上機嫌な仕立屋兎はこれまた可愛らしい兎柄の風呂敷で箱を包み、ついでに「さぁびす」と可愛らしい文字が書かれた封筒を差し込んだ。
「あの、これは?」
「かんざしよ。けのながいおきゃくさんがきたときにさーびすしてるの」
毛の長いお客さんとひとくくりにされたことに驚く。
そして、風呂敷もこのまま貰えるらしい。お店の宣伝にもなるのかもしれない。
それからたいやきさんが新しい帽子をひとつ購入し、店を出る。
車力猫を待たせている場所に到着したときには彼は大きな欠伸をしているところだった。
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