きょうもにぼしをおおもうけ!

ROSE

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お店番

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 店長猫が虎猫の集会に出かけると言うので私は留守番することにした。
 留守番と言うよりは店番だ。店長曰く「あきたらおみせしめてもいいよ」とのことだったが、ゆるいにも程がある。
 それにしても虎猫の集会とはなんなのだろう。虎猫しか参加出来ないのだろうか。だとしたら、大将猫も参加するのだろうか。
 そんなことを考えながら氷の入った桶の浮いてきたラムネを沈めていると、爽やかな声が響いた。
「こんにちは」
 探偵猫だ。
「こんにちは。探偵さん。今日もラムネですか?」
「うん。それと、まぐろをひとつと、じゃーきぃももらおうかな」
 おや、珍しい。こんなにいろいろ買ってくれるなんて。
 いい加減すぎる「たいむせぇる」のじゃーきぃをひとつと、珍味のような「まぐろ」をひとつ紙袋に入れ、桶の中からラムネを一本取りだして、タオルで拭く。
「えっと、全部でにぼし二十二本です」
「えーっと……どれどれ、はいっ」
 探偵猫はがま口のショルダーバッグの中からにぼしを数えながら取り出して私の手の上に乗せてくれる。親切な猫だ。
「探偵さんは今日も忙しいですか?」
「いや、きょうはへいわだからね。さきちゃんがげんきかなとおもってみにきたんだ。ほら、てんちょうさんはしゅうかいだろう?」
 どうやら気にしてくれているらしい。
 いい猫だ。
 探偵猫は人間でいうところの色男とでもいうやつなのだろう。たいやきさんも女の子に人気だと言っていた。
 大志ひろしじゃないから猫を恋愛対象に見たりはしないけど。
 そういえば、探偵猫は猫探しが得意だったはずだ。
「探偵さん、猫探しが得意だと聞いたのですが、人間も探せますか?」
「うん?」
 詳しく聞こうと探偵猫がこちらを見る。
「私、今は店長にお世話になっていますけど、どうしてこっちに来ちゃったのかわからないんですよ。もし、他にも私みたいな人間が居たら元の世界に戻る手がかりがあるかなと思って。もし自由に行き来できるなら、元の世界でおいしい物をたくさん買い込んでたいやきさんにたくさん食べて欲しいなと」
 いつもたくさんお世話になっているから、たいやきさんの大好きなお肉とかお肉とかお肉をたくさん買ってお土産にしたい。ついでに猫の好きそうなおやつもたくさん。
 真剣に聞いてくれていた探偵猫はふふふと笑う。
「さきちゃんはいいこだね。てんちょうさんのことをすごくだいじにおもってくれている」
 探偵猫はどこか嬉しそうだ。
「てんちょうさんはねこがいいからね。わるいねこにだまされないかしんぱいになるときもあるのだけど、いつものんびりまったりしているね」
 悪い猫。今のところこの世界で遭遇したことがないけれど、真っ先に浮かぶのはあの白い毛皮、大志の飼い猫だ。
「そんな悪い猫もいるんですか?」
「めったにいないよ。ねこはみんなのんびりしているから」
 探偵猫はぷしゅっと音を立て、それから器用な前足で瓶を支えながらごくごくとラムネを飲み始めた。
「いやぁ、やっぱりあついひのらむねはさいこうだね。それで、にんげんさがしだっけ? いいよ。ねこさがしのついでになるとおもうけど、じょうほうあつめはしておこう。でもあまりきたいしないでおくれ。わたしもさきちゃんいがいのにんげんさんとあったことがないんだ」
 親切な探偵猫はきっと嘘は言わない。
 つまり頻繁に猫探しをしている探偵猫でも人間の目撃情報を知らないのだろう。
「ちかごろにんげんさんといえばさきちゃんのことだからね。てんちょうさん、さきちゃんがきてくれたのがうれしいのかみんなにさきちゃんのはなしをしているからすっかりゆうめいだよ」
 それはそれでどうなんだろう。
 いや、たいやきさんの猫柄のおかげでどこへ行っても警戒されずに済んでいるのかも知れないけれど。
「店長、そんなに私の話を?」
「うん。すごくはたらきもののいいこがきてくれて、にんげんさんのことをたくさんおしえてくれるって」
 たいやきさんは妙に人間の真似をしたがるから、余計に人間が来た事を喜んでいるのかもしれない。
 そういえば、大将猫もお米は知らないくせに握り飯を知っていたり不思議だ。
「もしかして、私の前にも人間が来た事があります?」
「うーん、わたしのけいけんのはんいだといないな。わたしはことしでにさいなのだけど、うまれるまえのじょうほうはしりょうをしらべないとね。にんげんさんがくるのはだいじけんだから、たぶんふるいしんぶんをさがせばどこかにじょうほうがありそうだよ」
 探偵猫の言葉で、新聞があるということを思い出す。
 そう言えばたいやきさんが商品を包むときは新聞紙を使っている。器用な前足だなと思ったことが何度もある。
「あの、古い新聞はどこで調べられますか?」
「うん? としょかんやしんぶんしゃでしらべられるよ」
 図書館に新聞社?
 そんな物が存在するのか。いや、新聞があるのだから新聞社があるのは当然か。 自分の考えに少し呆れながら、次のお休みは図書館へ行ってみようと思う。
「いろいろありがとうございます。あ、じゃーきぃもう一つ、私のおごりです」
 瓶から一本取りだして、新しい紙袋に入れる。
「いいのかい?」
「いろいろ教えて貰いましたから」
「ふふっ、ありがとう。じつはここのじゃーきぃがだいこうぶつでね」
 嬉しそうに笑う探偵猫がかわいい。
 猫は嫌いになったはずなのに、たいやき店長や探偵猫、大将猫を見ていると、嫌いきれなくなる。
 探偵猫はぐびぐびとラムネを飲み干し、空き瓶を戻す。
「ありがとう。またくるよ」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに紙袋を抱える探偵猫の後ろ姿を見守りつつ、売り上げの箱に給料袋の中からにぼしを十本入れる。
 今日は探偵猫のおかげで売り上げが好調だなと考えてしまう自分に危機感を抱く。
 いけない。たいやきさんの感覚に近づいてしまう。
 こうして店番をしていると嫌でも理解してしまうのだ。
 どう考えても一日の売り上げよりも私のお給料の方が多いと。
 たいやき店長の謎の収入源とガバガバ経理が気になって仕方がない。
 どうしてこの「おみせ」は潰れないのだろうか。
 たいやきさんが戻るまで、首を傾げながら店番をしていたが、結局その日は他のお客さんは来なかった。
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