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図書館へ行こう
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朝早く、お洒落な帽子を被った探偵猫が現れた。
「おはよう、てんちょうさん、さきちゃん」
おみやげ、と、にしんが二匹入った桶を持って。
残念ながらまだ旬ではないが、それでも氷で冷やされた新鮮そうなにしんは普段食べているめざしよりもずっとおいしそうだ。
「探偵さん力持ちですね」
猫には重かっただろうに。
うっかり心配してしまうが、たいやきさんだってアイロンがけを(器用な前足で)できてしまう。ここの猫たちは普通の猫ではないのだ。
「ふふっ、さきちゃんはねこをひりきだとおもっているんだね。わたしたちはにんげんさんがおもっているよりもずっといろんなことができるんだよ」
探偵猫は柔らかく笑う。気を悪くした様子はない。
本当にいい猫だ。
「ところでてんちょうさん、きょうはさきちゃんをかりてもいいかな?」
もちろんお給料もちゃんと払うよと探偵猫は言う。
なんだろう? 人間の手も借りたいなにかがあるのだろうか?
「うーん? さきちゃんがいいならいいよ」
たいやきさんはいつもののんびりした口調で言う。
「さきちゃん、いちにちかりてもいいかな?」
探偵猫が優しく訊ねる。
「え? あ、はい」
「としょかんにいこうとおもっているのだけど、しらべごとにはあたまがおおいほうがいいからね」
なるほど。
猫じゃなくても利用できる図書館なら問題なさそうだけれど、猫サイズだったらどうしようと不安になる。
けれどもどう見たって浅草な「ぱり」だって人間サイズだったのだからきっと図書館も人間サイズだろう。
探偵猫に連れられ、また猫力車に乗って図書館へ向かった。
図書館は浅草そっくりな町並みを少し通過したところにある、なぜかここだけ現代風の建物だった。看板には「まちのとしょかん」と書かれている。
たいやきさんにはついでにお洋服を受け取っておいでと言われているから、帰りに自称「ぱり」な仕立屋兎の店に寄ることになるだろう。
今朝はたいやきさんに折角だからお洒落しなよと、この前買って貰ってしまったうさぎ柄浴衣を着るように唆され、生まれて初めて簪まで挿した。いや、簪はたいやきさんの器用な前足がやってくれたのだけれど。
普段は作務衣だからなんだか不思議な感覚になってしまう。
そして、図書館の前で、探偵猫が立ち止まった。
「にゅうかんしょうがひつようなんだ。さきちゃんもてつづきをしよう」
そう言う探偵猫は薄い木の板を持っている。
木の板には個性的な文字のひらがなで「おはぎ」と書かれている。
もしや、探偵猫の名前?
「えっと、おはぎ、さん、ですか?」
「え? ああ、なのっていなかったね。そうだよ。わたしはおはぎだ。よぶときはたんていさんでもなまえでもかまわないよ」
ふふふと笑う探偵猫はいつも通りに見える。
なんというかおいしそうな名前だ。
そう言えば大志の飼い猫も「シュガー」だったな。猫にはおいしそうな名前を付けなくてはいけない決まりでもあるのだろうか。
そう考えていると、探偵猫が「うけつけ」と書かれた小窓の方に手招きをする。
おはぎ。おはぎ。黒猫だからおはぎ?
安直な。
でも聞いたことがある名前の気がする。いや、よくある名前だろうか。猫のおはぎちゃん。
うん。多分そうだ。大志と違って余所の猫の名前を全て把握していたりはしないから不確かだけど、よくある名前に違いない。
「このこはさきちゃん。にんげんさんだけどてんちょうさんもほしょうするいいこだよ」
「まあ、たんていさんとてんちょうさんがそういうのならまちがいないですね」
受付係らしい、目の周りに眼鏡のような模様の入った白猫が木の板に文字を書いていく。
「どうぞ。にゅうかんしょうです。なくさないでくださいね」
「ありがとうございます」
差し出された薄い板を見れば「さきちゃん」と書かれていた。
あれ? もしかして名前が「さきちゃん」だと思われている?
そう言えば、たいやきさんはみんなに「さきちゃん」と紹介してくれている。もしかして、探偵猫も「さきちゃん」が名前だと認識しているのだろうか?
「探偵さん、私もたぶん名乗ってなかったと思います。岬早希です」
「ありがとう。どうしよう? みさきさきちゃんとよんだほうがいいかな? それとも、さきちゃんでいい?」
あ、ちゃんと名前は認識されていたっぽい。
「さきちゃんでいいです」
猫社会、よくわからない。
探偵猫の後ろをついて館内に入ると、よく見る図書館と同じ作りだ。
つまり、貸し出しと返却のカウンターがあって、沢山の本棚がある。
家電がないから映像資料などがないのと、デジタル表示のカレンダー付き時計もないのが違いだろうか。
万年カレンダーの日付を見れば「8がつ1にち」と表示されている。
暑い暑いと思っていたら八月だったのか。それはラムネがおいしいわけだ。
図書館にしては本の収納がぐちゃぐちゃすぎる気がするけれど、司書も猫だろうから仕方がないな。
一番近くの本棚を見る。
やはり全てひらがなで書かれているようだ。
『おにくずかん』
『にぼしのもうけかた』
『かみさまのおはなし』
『おさかなずかん』
『きょうのごはん』
『にんげんさんとなかよくなるほうほう』
『あきないあみもの』
『こんちゅうずかん』
『おんがくのきそ』
『ねこのこわいはなし』
なんだろう。たいやきさんが喜びそうな本がたくさんある。
試しに『にんげんさんとなかよくなるほうほう』を手に取った。
薄っぺらい。絵本のようなサイズ感。
ページをめくると挿絵だらけで本当に絵本のようだ。
『にんげんさんとなかよくなるほうほう
まずはあいさつ。
てきいがないことをわかってもらいましょう。
おいしいものをいっしょにたべるとなかよくなれるでしょう』
すごく雑。
そしてたいやきさんが実践していそうな内容だ。
それに全てひらがなで書かれているから読むのに時間がかかりそうだ。
「探偵さん、ここの本は借りられますか?」
「うん。かりられるよ。きになるほんがあったのかな? かえりにてつづきしよう」
どれどれとこちらを見る探偵猫に『かみさまのおはなし』を見せる。
「さきちゃんもめがみさまのことを知りたいとおもってくれているんだね。うれしいな」
宗教理解は多文化理解の第一歩だ。
それに、神殿でおかしなお祈りをしてしまったから、お肉にされないか心配になったのもある。
「さきにしらべものをてつだってもらってもいいかな? むかしのしんぶんがあるんだ」
「あ、はい」
そう言えば、他の人間について調べるのにも新聞がいいと教えて貰った。
「なにを調べるんですか?」
「にんげんさんについて。さきちゃんよりもまえにきたにんげんさんをしらべるよ」
それって……。
「前に私がお願いしてたこと?」
「ふふっ、それもあるけど、わたしもきょうみがあるんだ。それに、さきちゃんがこまっているならちからになりたい」
なんだこのイケニャンは。
猫じゃなかったら惚れてるぞ。
危ない。大志に汚染される。猫は対象外だ。
今度ラムネとジャーキーを奢ってあげよう。
そう思ったが、探偵猫に案内された棚を見て目眩がする。
まさか、新聞がそのまま綴られているとは……。とんでもない量だ。
それに、探偵猫も二歳と言っていた。
二年前からずっと遡り続けなくてはいけない?
これは、一日使っても終わらなさそうだ。
「おはよう、てんちょうさん、さきちゃん」
おみやげ、と、にしんが二匹入った桶を持って。
残念ながらまだ旬ではないが、それでも氷で冷やされた新鮮そうなにしんは普段食べているめざしよりもずっとおいしそうだ。
「探偵さん力持ちですね」
猫には重かっただろうに。
うっかり心配してしまうが、たいやきさんだってアイロンがけを(器用な前足で)できてしまう。ここの猫たちは普通の猫ではないのだ。
「ふふっ、さきちゃんはねこをひりきだとおもっているんだね。わたしたちはにんげんさんがおもっているよりもずっといろんなことができるんだよ」
探偵猫は柔らかく笑う。気を悪くした様子はない。
本当にいい猫だ。
「ところでてんちょうさん、きょうはさきちゃんをかりてもいいかな?」
もちろんお給料もちゃんと払うよと探偵猫は言う。
なんだろう? 人間の手も借りたいなにかがあるのだろうか?
「うーん? さきちゃんがいいならいいよ」
たいやきさんはいつもののんびりした口調で言う。
「さきちゃん、いちにちかりてもいいかな?」
探偵猫が優しく訊ねる。
「え? あ、はい」
「としょかんにいこうとおもっているのだけど、しらべごとにはあたまがおおいほうがいいからね」
なるほど。
猫じゃなくても利用できる図書館なら問題なさそうだけれど、猫サイズだったらどうしようと不安になる。
けれどもどう見たって浅草な「ぱり」だって人間サイズだったのだからきっと図書館も人間サイズだろう。
探偵猫に連れられ、また猫力車に乗って図書館へ向かった。
図書館は浅草そっくりな町並みを少し通過したところにある、なぜかここだけ現代風の建物だった。看板には「まちのとしょかん」と書かれている。
たいやきさんにはついでにお洋服を受け取っておいでと言われているから、帰りに自称「ぱり」な仕立屋兎の店に寄ることになるだろう。
今朝はたいやきさんに折角だからお洒落しなよと、この前買って貰ってしまったうさぎ柄浴衣を着るように唆され、生まれて初めて簪まで挿した。いや、簪はたいやきさんの器用な前足がやってくれたのだけれど。
普段は作務衣だからなんだか不思議な感覚になってしまう。
そして、図書館の前で、探偵猫が立ち止まった。
「にゅうかんしょうがひつようなんだ。さきちゃんもてつづきをしよう」
そう言う探偵猫は薄い木の板を持っている。
木の板には個性的な文字のひらがなで「おはぎ」と書かれている。
もしや、探偵猫の名前?
「えっと、おはぎ、さん、ですか?」
「え? ああ、なのっていなかったね。そうだよ。わたしはおはぎだ。よぶときはたんていさんでもなまえでもかまわないよ」
ふふふと笑う探偵猫はいつも通りに見える。
なんというかおいしそうな名前だ。
そう言えば大志の飼い猫も「シュガー」だったな。猫にはおいしそうな名前を付けなくてはいけない決まりでもあるのだろうか。
そう考えていると、探偵猫が「うけつけ」と書かれた小窓の方に手招きをする。
おはぎ。おはぎ。黒猫だからおはぎ?
安直な。
でも聞いたことがある名前の気がする。いや、よくある名前だろうか。猫のおはぎちゃん。
うん。多分そうだ。大志と違って余所の猫の名前を全て把握していたりはしないから不確かだけど、よくある名前に違いない。
「このこはさきちゃん。にんげんさんだけどてんちょうさんもほしょうするいいこだよ」
「まあ、たんていさんとてんちょうさんがそういうのならまちがいないですね」
受付係らしい、目の周りに眼鏡のような模様の入った白猫が木の板に文字を書いていく。
「どうぞ。にゅうかんしょうです。なくさないでくださいね」
「ありがとうございます」
差し出された薄い板を見れば「さきちゃん」と書かれていた。
あれ? もしかして名前が「さきちゃん」だと思われている?
そう言えば、たいやきさんはみんなに「さきちゃん」と紹介してくれている。もしかして、探偵猫も「さきちゃん」が名前だと認識しているのだろうか?
「探偵さん、私もたぶん名乗ってなかったと思います。岬早希です」
「ありがとう。どうしよう? みさきさきちゃんとよんだほうがいいかな? それとも、さきちゃんでいい?」
あ、ちゃんと名前は認識されていたっぽい。
「さきちゃんでいいです」
猫社会、よくわからない。
探偵猫の後ろをついて館内に入ると、よく見る図書館と同じ作りだ。
つまり、貸し出しと返却のカウンターがあって、沢山の本棚がある。
家電がないから映像資料などがないのと、デジタル表示のカレンダー付き時計もないのが違いだろうか。
万年カレンダーの日付を見れば「8がつ1にち」と表示されている。
暑い暑いと思っていたら八月だったのか。それはラムネがおいしいわけだ。
図書館にしては本の収納がぐちゃぐちゃすぎる気がするけれど、司書も猫だろうから仕方がないな。
一番近くの本棚を見る。
やはり全てひらがなで書かれているようだ。
『おにくずかん』
『にぼしのもうけかた』
『かみさまのおはなし』
『おさかなずかん』
『きょうのごはん』
『にんげんさんとなかよくなるほうほう』
『あきないあみもの』
『こんちゅうずかん』
『おんがくのきそ』
『ねこのこわいはなし』
なんだろう。たいやきさんが喜びそうな本がたくさんある。
試しに『にんげんさんとなかよくなるほうほう』を手に取った。
薄っぺらい。絵本のようなサイズ感。
ページをめくると挿絵だらけで本当に絵本のようだ。
『にんげんさんとなかよくなるほうほう
まずはあいさつ。
てきいがないことをわかってもらいましょう。
おいしいものをいっしょにたべるとなかよくなれるでしょう』
すごく雑。
そしてたいやきさんが実践していそうな内容だ。
それに全てひらがなで書かれているから読むのに時間がかかりそうだ。
「探偵さん、ここの本は借りられますか?」
「うん。かりられるよ。きになるほんがあったのかな? かえりにてつづきしよう」
どれどれとこちらを見る探偵猫に『かみさまのおはなし』を見せる。
「さきちゃんもめがみさまのことを知りたいとおもってくれているんだね。うれしいな」
宗教理解は多文化理解の第一歩だ。
それに、神殿でおかしなお祈りをしてしまったから、お肉にされないか心配になったのもある。
「さきにしらべものをてつだってもらってもいいかな? むかしのしんぶんがあるんだ」
「あ、はい」
そう言えば、他の人間について調べるのにも新聞がいいと教えて貰った。
「なにを調べるんですか?」
「にんげんさんについて。さきちゃんよりもまえにきたにんげんさんをしらべるよ」
それって……。
「前に私がお願いしてたこと?」
「ふふっ、それもあるけど、わたしもきょうみがあるんだ。それに、さきちゃんがこまっているならちからになりたい」
なんだこのイケニャンは。
猫じゃなかったら惚れてるぞ。
危ない。大志に汚染される。猫は対象外だ。
今度ラムネとジャーキーを奢ってあげよう。
そう思ったが、探偵猫に案内された棚を見て目眩がする。
まさか、新聞がそのまま綴られているとは……。とんでもない量だ。
それに、探偵猫も二歳と言っていた。
二年前からずっと遡り続けなくてはいけない?
これは、一日使っても終わらなさそうだ。
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