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憎き毛皮との遭遇
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お供えの列から脱出し、露店の並ぶゾーンへ向かう途中、見覚えのあるシルエットが目に入る。
白いふわふわの、たいやきさんよりも大きな猫。
生意気にも海外高級ブランドのスカーフを巻いたあの高飛車猫だ。あのスカーフ一枚で六万円前後なのに、あの猫はそれを数十枚、毎日取り替えている上に、それをクリーニング店のハイブランドコースでお手入れさせている。
つまり、大志の飼い猫だ。
見間違えるはずがない。あんなハイブランドのスカーフを纏うような猫が他に居るはずがないし、あの意地悪そうな顔がここらの善良な猫とは大違いだ。
「うちの使えない下僕はこんなものしか用意できないのよ」
心なしか他の猫より知能が高そうでむかつく毛皮は大志を完全に見下した様子で高級キャットフードのゼリーを詰め合わせたような袋を持っている。
「あれ、しゅがーさんだ」
たいやきさんが振り返る。
「知り合い、なんですか?」
「うん。おともだちだよ」
信じられない単語を聞いた。
あの高飛車毛皮に友達だって?
友猫が存在するなんて信じられない。どう見たって猫の集会でもハブられていそうなのに。
意外にもあの毛皮も列に並び、お供えを置いてお祈りをしていた。
あの高飛車毛皮にそんなことをさせるほど、女神様はとんでもない存在なのだろうか。
「おーい、しゅがーさーん!」
たいやきさんが声をかけると、生意気毛皮がこちらを見る。
「あら、店長さん。めずらしいいきものをつれているわね。あなたも下僕を飼うことにしたの? はじめのしつけがかんじんよ」
珍しい生き物。それはつまり私のことだろうか?
なんて猫だ。たいやきさんが見ていなければすぐにでも絞めて毛皮のマフラーと今夜の夕飯にしてやりたい。
けれどもつんつんと裾を引っ張る気配がして、我に返る。
「さきちゃん、だいじょうぶ?」
探偵猫だった。
「あのおじょうさんは、すこしかわっているから……うん。わるぎはないんだよ」
困ったように笑う探偵猫はたぶんあの毛皮に苦手意識があるのだろう。
「げぼく? さきちゃんはね、ぼくのおみせのだいじなじゅうぎょういんさんだよ」
たいやきさんは聞き慣れない単語に首を傾げ、それからいつものように私を紹介する。
「あら、興味深い。下僕の使用人じゃない。供物にしたと思ったのに、生きていたのね」
使用人?
百歩譲って自分で下僕宣言している大志を下僕扱いするのはいいとして、たまたまあの日バイトで雇われただけの私を使用人扱いするのは納得がいかない。
しかも、いま供物って言った? 供物? もしかして、生贄にされそうなやつだった?
「我が神はしんせんな方がお好きみたいだから……代わりの供物で下僕を守ってあげなきゃいけないのよ」
そういえば「下僕を守るのは主人の役目」とか言っていた気がする。
つまり大志のことを守ってやる代わりに私は犠牲にしても構わないという話だったのだろう。
なんて猫だ。
「やっぱりこの猫今夜の夕飯にしよう。大きいからたくさん食べるところがありそうだなー」
「さきちゃん、おちついて。ねこをころすのはたいざいだよ。たべてはいけないよ」
探偵猫が私の裾を引っ張る。
殺猫事件を起こすとどうなるのだろう?
「しんせんなおにくのほうがよかったかー。つぎはとれたてのおにくをもってこよう」
たいやきさんはたぶん高飛車猫の話を半分も理解していない。
そして次のお供えを考えている。
「あいかわらずね。店長さん。まあ、がんばってちょうだい。そろそろ戻らないと。下僕がさわぎだすわ」
そう言って、高飛車猫がトンと跳ぶ。
次の瞬間、その大きな体がシュッと消えた。
「え? ええっ? 今のなに?」
「しゅがーさんはにんげんのせかいでくらしているからかみさまのひだけこっちにかえってくるんだよ」
人間の世界で暮らしている? 帰ってくる?
そんなに自由に行き来できるのだろうか。
「あの、それって、私も元の世界に帰れるってことですよね?」
だってあの生意気毛皮と同じ世界から来たのだもの。
「うーん、たぶん。ぼくはやりかたしらないけれど、にんげんのせかいでくらしているねこはいったりきたりできるよ」
たいやきさんがそう説明すると、猫の行列に小さな茶白虎の猫が加わる。その猫は首に蝶ネクタイを着けて、雀のような鳥を咥えている。完全に人間の世界で見る猫スタイルだ。
「あれ? ここどこだろ?」
小さな猫は目をぱちぱちさせる。
「おや、めずらしい。しんでんをしらないこがきてしまったようだね。わたしはあのこのてだすけをしてくるよ。またね、さきちゃん」
探偵さんは子猫のサポートへ行くらしい。
「神殿を知らない子が来ることもあるんですか?」
たいやきさんに訊ねてもまともな答えはなさそうだけれど訊ねてみる。
「たまにね。にんげんのせかいでちいさいときからおやとはなれてにんげんとせいかつしているこがそうなるよ。でも、そんなこでもかみさまのことはちゃんとしっているんだ」
つまり、ペットショップ出身の猫だとかそういう話なのだろうか?
親に教わらなくても本能的に理解出来る神様。
なんだか、ものすごく怖い存在な気がしてきた。
私はそんな神様に私的なお願いをしてしまった。
せめてたいやきさんがおいしいものを食べられるといいけれど……そのおいしい物が私のお肉ではないことを祈るばかりだ。
白いふわふわの、たいやきさんよりも大きな猫。
生意気にも海外高級ブランドのスカーフを巻いたあの高飛車猫だ。あのスカーフ一枚で六万円前後なのに、あの猫はそれを数十枚、毎日取り替えている上に、それをクリーニング店のハイブランドコースでお手入れさせている。
つまり、大志の飼い猫だ。
見間違えるはずがない。あんなハイブランドのスカーフを纏うような猫が他に居るはずがないし、あの意地悪そうな顔がここらの善良な猫とは大違いだ。
「うちの使えない下僕はこんなものしか用意できないのよ」
心なしか他の猫より知能が高そうでむかつく毛皮は大志を完全に見下した様子で高級キャットフードのゼリーを詰め合わせたような袋を持っている。
「あれ、しゅがーさんだ」
たいやきさんが振り返る。
「知り合い、なんですか?」
「うん。おともだちだよ」
信じられない単語を聞いた。
あの高飛車毛皮に友達だって?
友猫が存在するなんて信じられない。どう見たって猫の集会でもハブられていそうなのに。
意外にもあの毛皮も列に並び、お供えを置いてお祈りをしていた。
あの高飛車毛皮にそんなことをさせるほど、女神様はとんでもない存在なのだろうか。
「おーい、しゅがーさーん!」
たいやきさんが声をかけると、生意気毛皮がこちらを見る。
「あら、店長さん。めずらしいいきものをつれているわね。あなたも下僕を飼うことにしたの? はじめのしつけがかんじんよ」
珍しい生き物。それはつまり私のことだろうか?
なんて猫だ。たいやきさんが見ていなければすぐにでも絞めて毛皮のマフラーと今夜の夕飯にしてやりたい。
けれどもつんつんと裾を引っ張る気配がして、我に返る。
「さきちゃん、だいじょうぶ?」
探偵猫だった。
「あのおじょうさんは、すこしかわっているから……うん。わるぎはないんだよ」
困ったように笑う探偵猫はたぶんあの毛皮に苦手意識があるのだろう。
「げぼく? さきちゃんはね、ぼくのおみせのだいじなじゅうぎょういんさんだよ」
たいやきさんは聞き慣れない単語に首を傾げ、それからいつものように私を紹介する。
「あら、興味深い。下僕の使用人じゃない。供物にしたと思ったのに、生きていたのね」
使用人?
百歩譲って自分で下僕宣言している大志を下僕扱いするのはいいとして、たまたまあの日バイトで雇われただけの私を使用人扱いするのは納得がいかない。
しかも、いま供物って言った? 供物? もしかして、生贄にされそうなやつだった?
「我が神はしんせんな方がお好きみたいだから……代わりの供物で下僕を守ってあげなきゃいけないのよ」
そういえば「下僕を守るのは主人の役目」とか言っていた気がする。
つまり大志のことを守ってやる代わりに私は犠牲にしても構わないという話だったのだろう。
なんて猫だ。
「やっぱりこの猫今夜の夕飯にしよう。大きいからたくさん食べるところがありそうだなー」
「さきちゃん、おちついて。ねこをころすのはたいざいだよ。たべてはいけないよ」
探偵猫が私の裾を引っ張る。
殺猫事件を起こすとどうなるのだろう?
「しんせんなおにくのほうがよかったかー。つぎはとれたてのおにくをもってこよう」
たいやきさんはたぶん高飛車猫の話を半分も理解していない。
そして次のお供えを考えている。
「あいかわらずね。店長さん。まあ、がんばってちょうだい。そろそろ戻らないと。下僕がさわぎだすわ」
そう言って、高飛車猫がトンと跳ぶ。
次の瞬間、その大きな体がシュッと消えた。
「え? ええっ? 今のなに?」
「しゅがーさんはにんげんのせかいでくらしているからかみさまのひだけこっちにかえってくるんだよ」
人間の世界で暮らしている? 帰ってくる?
そんなに自由に行き来できるのだろうか。
「あの、それって、私も元の世界に帰れるってことですよね?」
だってあの生意気毛皮と同じ世界から来たのだもの。
「うーん、たぶん。ぼくはやりかたしらないけれど、にんげんのせかいでくらしているねこはいったりきたりできるよ」
たいやきさんがそう説明すると、猫の行列に小さな茶白虎の猫が加わる。その猫は首に蝶ネクタイを着けて、雀のような鳥を咥えている。完全に人間の世界で見る猫スタイルだ。
「あれ? ここどこだろ?」
小さな猫は目をぱちぱちさせる。
「おや、めずらしい。しんでんをしらないこがきてしまったようだね。わたしはあのこのてだすけをしてくるよ。またね、さきちゃん」
探偵さんは子猫のサポートへ行くらしい。
「神殿を知らない子が来ることもあるんですか?」
たいやきさんに訊ねてもまともな答えはなさそうだけれど訊ねてみる。
「たまにね。にんげんのせかいでちいさいときからおやとはなれてにんげんとせいかつしているこがそうなるよ。でも、そんなこでもかみさまのことはちゃんとしっているんだ」
つまり、ペットショップ出身の猫だとかそういう話なのだろうか?
親に教わらなくても本能的に理解出来る神様。
なんだか、ものすごく怖い存在な気がしてきた。
私はそんな神様に私的なお願いをしてしまった。
せめてたいやきさんがおいしいものを食べられるといいけれど……そのおいしい物が私のお肉ではないことを祈るばかりだ。
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