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ないしょ話
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そう言えば、と、探偵猫に昨夜の出来事を話してみた。
酔っ払ったたいやきさんの言葉がわからなかった件だ。
探偵猫は少しだけ考えて、それからふふふと笑う。
「それはね、たぶんてんちょうさんがさきちゃんにはきかれたくなかったことばだろうね」
「え?」
たいやきさんが聞かれたくなかった言葉?
まさか。
悪口?
いや、たいやきさんのあの性格を考えると他者の悪口を言ったりはしないだろう。
なら、なんだろう。
「さきちゃんがふだんせいかつしているのはてんちょうさんのばしょだから、てんちょうさんがきかせたくないことばはさきちゃんにはとどかないとおもうよ」
つまりたいやきさんは私に隠し事をし放題ということなのだろうか。
なんだか不公平だ。
まあ、居候させて貰っている身で偉そうなことは言えないのだけど。
「てんちょうさん、よっぱらっていたでしょ? たぶん、だけど、あまえるようなことをいっていたんじゃないかな? でも、さきちゃんのこと、むすめのようにかわいがっているからきかれたくないんだろうね」
娘?
たいやきさんは私のことを子猫扱いしているのだろうか?
「そういえばいっつもいい子いい子言われている気が……あれ? 探偵さんもよくいい子って……もしかして、私めっちゃ子供扱いされてる?」
ちょぴり悲しくなってナポリタンの最後の一口を押し込む。
「こどもあつかいはしていないよ。ただね、てんちょうさんは、さきちゃんのことがとってもだいじってことだよ」
探偵猫の尻尾が落ち着かなさそうにくねくね動く。
どうしたのだろう。
この間から探偵猫の様子がおかしい気がする。
あれ? もしかして嫌われた?
いや、嫌われていたらお出かけに誘われたりもしないだろう。
でも。
たいやきさんとなにかないしょ話をしていた気がする。
聞くか。聞かないか。
ないしょ話の内容を訊いたら探偵猫も気を悪くするだろうか。
でも……たいやきさんに隠し事をされるのはなんだか寂しい気がする。
ええい。女は度胸だ。
探偵猫が教えてくれなければ帰ってたいやきさんを問い詰めよう。
追い出されるかもしれないけれど。その時はその時だ。
「探偵さん、今朝、たいやきさんとひそひそ話してませんでしたか?」
そう訊ねると、探偵猫の尻尾が激しくくねくね動き、それからぴんと立ってぷるぷるし出した。
一体どんな話をしていたんだ。
「あー、こほん。たいした……はなしではないよ。すこしたのまれごとをしただけさ。いやあ、てんちょうさんにほめられるととてもこうえいだよ」
なんだろう。無理に誤魔化そうとされた気がする。
探偵猫ってこんな猫だったんだ。
幻滅、とは違うけれど、少し寂しい気分になる。
「あ、そうだ。さきちゃん、きょうもとしょかんでしらべごとをするかい?」
話題を逸らそうとしたのだろうか。
「あ、いえ……買い物をして帰ろうかと」
前はよく見なかったけれど、きっと茶葉を売っているお店もあるはずだ。そろそろたいやきさんににぼしはお茶にはならないと教えてあげたい。
うん。お茶と言う名の出汁を飲むのは……うん。
美味しいことは美味しいけれど、お茶と言われてしまうと複雑な心境なのだ。
「そう言えば、探偵さんはたいやきさんのおちゃ、飲んだことありますか?」
「うん。あれもおいしいよね。わたしはにぼしがおちゃになるなんてしらなかったからかんどうしてしまったよ」
間違った知識を広められているようだ。
「あれ、たいやきさんの勘違いなんで。にぼしはおちゃにはなりません」
そう告げると、探偵猫は驚いた様子を見せる。
「え? そうなのかい? てっきりわたしは……にんげんのせかいではにぼしがおちゃになるのだと……」
ここの猫たちの知識は一体どこから来ているのだろう。
少し呆れながらメロンソーダを飲むと、駄菓子の粉みたいな味がした。
買い物を済ませ、猫力車でおみせまで送られる。
「さきちゃん、きょうはありがとう」
「こちらこそ。いいお店でした」
人間のめぼしい情報は手に入らなかったけれど、昔現れた人間が店を開いていたという情報だけでも儲けかもしれない。
それほど必死に帰りたいというわけでもないのだからのんびり調べればいい。
そう考えていると、たいやきさんの姿が見える。
「あ、さきちゃんおかえりー。たのしかった?」
「はい。あ、お土産のケーキと茶葉です。あとでお茶淹れますね」
ちゃんと茶葉も売っていた。ほうじ茶だけど。
茶屋兎の謎の拘りでほうじ茶専門店があったのだ。あまり流行っていなさそうだったけれど。
「わー、ありがとー。たのしみだなぁ」
いつものたいやきさんに見える。一安心だ。
「では、わたしはこれで」
一礼する探偵猫を見送り、閉店処理を手伝う。
「きょうはたいしょうがきてくれたよ」
「珍しいですね」
「おりょうりにつかうかつおぶしがなくなっちゃったんだって。あわててかいにきてくれたよ」
にぼしでかつおぶしが買えるのが本当に不思議なのだが、なんとかつおぶしはらむねよりも安いのだ。
それなのに、買い手はそこまで多くない。
不思議だ。
居住スペースに移動し、お湯を沸かす。
ほんのりにぼしの匂いが染み込んだ茶漉ししかないけれど、百パーセントにぼし出汁からは脱出出来ると買って来たほうじ茶の袋を開ける。
いい香りだ。にぼしに汚染されそうだけれど。
ちょっぴり出汁の味が混ざったほうじ茶になりそうだ。
お土産のケーキをお皿に移し、沸きたてのお湯でお茶を淹れる。
ほうじ茶とチョコレートケーキは合うのだろうかという疑問はあるが、それでもにぼし出汁よりは幾分かマシだろうと思い直す。
「わぁ、おいしそー」
「よかった。たいやきさん、甘い物も好きそうかなって」
そもそもこの世界の猫は元の世界の猫とは味覚が違う。
ちゃぶ台の上にお皿と湯飲みを置いて、自分はちゃっかりフォークも用意した。
「いただきます」
たいやきさんは器用な前足でケーキを手掴みし、もぐもぐと食べ始める。
あ、予想していたのと違った。
それでも本当に美味しそうにケーキを食べる姿を見ると幸せな気分になる。
ああ。いいな。
たいやきさんにもっとおいしいものをたくさん食べて欲しい。
一宿一飯の恩は食べ物で返すのが一番よさそうだし。どれだけ積み重なっているかもう数えられないほどお世話になっているけれど。
「さきちゃん、おいしいね」
「はい。おいしいです」
一緒に食べるともっとおいしい。
ほんのりにぼし出汁が香るほうじ茶も美味しく感じられる。
そして、ないしょ話の内容を訊ねることを忘れてしまった。
酔っ払ったたいやきさんの言葉がわからなかった件だ。
探偵猫は少しだけ考えて、それからふふふと笑う。
「それはね、たぶんてんちょうさんがさきちゃんにはきかれたくなかったことばだろうね」
「え?」
たいやきさんが聞かれたくなかった言葉?
まさか。
悪口?
いや、たいやきさんのあの性格を考えると他者の悪口を言ったりはしないだろう。
なら、なんだろう。
「さきちゃんがふだんせいかつしているのはてんちょうさんのばしょだから、てんちょうさんがきかせたくないことばはさきちゃんにはとどかないとおもうよ」
つまりたいやきさんは私に隠し事をし放題ということなのだろうか。
なんだか不公平だ。
まあ、居候させて貰っている身で偉そうなことは言えないのだけど。
「てんちょうさん、よっぱらっていたでしょ? たぶん、だけど、あまえるようなことをいっていたんじゃないかな? でも、さきちゃんのこと、むすめのようにかわいがっているからきかれたくないんだろうね」
娘?
たいやきさんは私のことを子猫扱いしているのだろうか?
「そういえばいっつもいい子いい子言われている気が……あれ? 探偵さんもよくいい子って……もしかして、私めっちゃ子供扱いされてる?」
ちょぴり悲しくなってナポリタンの最後の一口を押し込む。
「こどもあつかいはしていないよ。ただね、てんちょうさんは、さきちゃんのことがとってもだいじってことだよ」
探偵猫の尻尾が落ち着かなさそうにくねくね動く。
どうしたのだろう。
この間から探偵猫の様子がおかしい気がする。
あれ? もしかして嫌われた?
いや、嫌われていたらお出かけに誘われたりもしないだろう。
でも。
たいやきさんとなにかないしょ話をしていた気がする。
聞くか。聞かないか。
ないしょ話の内容を訊いたら探偵猫も気を悪くするだろうか。
でも……たいやきさんに隠し事をされるのはなんだか寂しい気がする。
ええい。女は度胸だ。
探偵猫が教えてくれなければ帰ってたいやきさんを問い詰めよう。
追い出されるかもしれないけれど。その時はその時だ。
「探偵さん、今朝、たいやきさんとひそひそ話してませんでしたか?」
そう訊ねると、探偵猫の尻尾が激しくくねくね動き、それからぴんと立ってぷるぷるし出した。
一体どんな話をしていたんだ。
「あー、こほん。たいした……はなしではないよ。すこしたのまれごとをしただけさ。いやあ、てんちょうさんにほめられるととてもこうえいだよ」
なんだろう。無理に誤魔化そうとされた気がする。
探偵猫ってこんな猫だったんだ。
幻滅、とは違うけれど、少し寂しい気分になる。
「あ、そうだ。さきちゃん、きょうもとしょかんでしらべごとをするかい?」
話題を逸らそうとしたのだろうか。
「あ、いえ……買い物をして帰ろうかと」
前はよく見なかったけれど、きっと茶葉を売っているお店もあるはずだ。そろそろたいやきさんににぼしはお茶にはならないと教えてあげたい。
うん。お茶と言う名の出汁を飲むのは……うん。
美味しいことは美味しいけれど、お茶と言われてしまうと複雑な心境なのだ。
「そう言えば、探偵さんはたいやきさんのおちゃ、飲んだことありますか?」
「うん。あれもおいしいよね。わたしはにぼしがおちゃになるなんてしらなかったからかんどうしてしまったよ」
間違った知識を広められているようだ。
「あれ、たいやきさんの勘違いなんで。にぼしはおちゃにはなりません」
そう告げると、探偵猫は驚いた様子を見せる。
「え? そうなのかい? てっきりわたしは……にんげんのせかいではにぼしがおちゃになるのだと……」
ここの猫たちの知識は一体どこから来ているのだろう。
少し呆れながらメロンソーダを飲むと、駄菓子の粉みたいな味がした。
買い物を済ませ、猫力車でおみせまで送られる。
「さきちゃん、きょうはありがとう」
「こちらこそ。いいお店でした」
人間のめぼしい情報は手に入らなかったけれど、昔現れた人間が店を開いていたという情報だけでも儲けかもしれない。
それほど必死に帰りたいというわけでもないのだからのんびり調べればいい。
そう考えていると、たいやきさんの姿が見える。
「あ、さきちゃんおかえりー。たのしかった?」
「はい。あ、お土産のケーキと茶葉です。あとでお茶淹れますね」
ちゃんと茶葉も売っていた。ほうじ茶だけど。
茶屋兎の謎の拘りでほうじ茶専門店があったのだ。あまり流行っていなさそうだったけれど。
「わー、ありがとー。たのしみだなぁ」
いつものたいやきさんに見える。一安心だ。
「では、わたしはこれで」
一礼する探偵猫を見送り、閉店処理を手伝う。
「きょうはたいしょうがきてくれたよ」
「珍しいですね」
「おりょうりにつかうかつおぶしがなくなっちゃったんだって。あわててかいにきてくれたよ」
にぼしでかつおぶしが買えるのが本当に不思議なのだが、なんとかつおぶしはらむねよりも安いのだ。
それなのに、買い手はそこまで多くない。
不思議だ。
居住スペースに移動し、お湯を沸かす。
ほんのりにぼしの匂いが染み込んだ茶漉ししかないけれど、百パーセントにぼし出汁からは脱出出来ると買って来たほうじ茶の袋を開ける。
いい香りだ。にぼしに汚染されそうだけれど。
ちょっぴり出汁の味が混ざったほうじ茶になりそうだ。
お土産のケーキをお皿に移し、沸きたてのお湯でお茶を淹れる。
ほうじ茶とチョコレートケーキは合うのだろうかという疑問はあるが、それでもにぼし出汁よりは幾分かマシだろうと思い直す。
「わぁ、おいしそー」
「よかった。たいやきさん、甘い物も好きそうかなって」
そもそもこの世界の猫は元の世界の猫とは味覚が違う。
ちゃぶ台の上にお皿と湯飲みを置いて、自分はちゃっかりフォークも用意した。
「いただきます」
たいやきさんは器用な前足でケーキを手掴みし、もぐもぐと食べ始める。
あ、予想していたのと違った。
それでも本当に美味しそうにケーキを食べる姿を見ると幸せな気分になる。
ああ。いいな。
たいやきさんにもっとおいしいものをたくさん食べて欲しい。
一宿一飯の恩は食べ物で返すのが一番よさそうだし。どれだけ積み重なっているかもう数えられないほどお世話になっているけれど。
「さきちゃん、おいしいね」
「はい。おいしいです」
一緒に食べるともっとおいしい。
ほんのりにぼし出汁が香るほうじ茶も美味しく感じられる。
そして、ないしょ話の内容を訊ねることを忘れてしまった。
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