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探偵猫とおでかけ
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たいやきさんに探偵猫とのお出かけの話をしたら「いつでもいいよ。いっておいで」と優しく言われてしまった。
探偵猫から貰った燻製を一緒に食べようと誘ったけれど「それはさきちゃんがたべるべきだよ」と言われてしまい、いつも食べ物にすぐ飛びつくたいやきさんらしくないなと首を傾げてしまう。
燻製は好きではないのだろうか。
そんなことを考えながら猫の集会へ行くたいやきさんを見送った。
昨夜は大変だった。
四足歩行のくせにふらふらになるほど酔っ払って戻ってきたたいやきさんがしくしく泣きながらミャーミャーミャーミャ言っていたのだ。
おかしい。普段なら彼の言葉は理解出来るのに、その時は猫の鳴き声にしか聞こえなかった。
たいやきさんにお水を用意し、彼の部屋に押し込む最中もずっとミャーミャー言っていた気がする。
その話をたいやきさんにしても「ごめん。おぼえてない」の一点張りで結局なにをミャーミャー言っていたのかわからない。けれども今朝はちゃんとたいやきさんの言葉が理解出来たので安心した。
開店時間少し前に探偵猫がお迎えに来た。
「おはよう。さきちゃん」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、探偵猫も礼をする。
「こちらこそよろしく」
たいやきさんはおみせがあるからと私だけお出かけだけれども、出発前にたいやきさんが探偵猫になにかをひそひそ話していた気がする。
珍しい。猫同士の秘密の話だろうか。
いつもの車力猫は今日もやる気満々で猫力車に乗せてくれる。
「にんげんさんむけにひよけをおおきくかいそうしました」
そう言って日よけをいつもより広げてくれる。
「ありがとうございます」
にんげんさんむけってことはつまり私のために用意してくれたのかと思うと心遣いが嬉しい反面、これからも贔屓にしろと言われているような気がする。他の車力猫を見たことがないのだけれど。
「きょうはね、まちまでいくよ」
探偵猫が言う。
あれ? また図書館に行くのだろうか。人間の手を借りたいということなら先にそう言ってくれればいいのに。
少し不思議に思いながら超スピードの猫力車で移動した。
連れられた先は喫茶店のような店だった。
なんだろう。浅草ゾーンの中に一軒だけ大正風のお店?
看板には「かふぇ」と書かれているからやっぱり喫茶店なのだろう。
「ここのおみせはわたしがうまれるよりもずっとまえにきたにんげんさんがつくったらしいよ」
探偵猫の言葉に驚く。
にんげんさんがつくった。
つまり、昔来た人間が、ここで商売をしていた?
店内に入ると、純喫茶という雰囲気の内装なのだが、大きな書棚が目立つ。書棚の一段には「みんなのほん」を書かれた紙が額に入った状態で飾られている。どうやら読書が出来る喫茶店らしい。
「きゃー、たんていさんだわ!」
「たんていさーん! こっちにいらっしゃーい」
「わたしたちとおちゃしましょう」
着飾ったメス猫のグループが探偵さんを見るなり黄色い声を上げる。
なるほど。女の子に人気の探偵さんか。
「ごめんね。せんやくがいるんだ」
探偵猫はやんわり断り、奧の席へ私を案内した。「よやくせき」のプレートがある。
予約していたのか。
驚いた。
「らむねはないけれどこーひーがおいしいよ」
探偵猫がメニューを広げながら言う。
あの猫たちは無視でいいのだろうか。
「あの子たち、いいんですか?」
「うん。いつもさそってくれるけれど、きょうはさきちゃんといっしょだからね」
私が居なければあのメス猫たちに囲まれているのだろうか。
そう思ったけれど、あんまりメス猫を侍らせている探偵猫が想像出来ない。たぶん、普段からなにかと理由を付けて逃げているのだろうなと思った。
メニューを見てみると、価格がめざしやどんぐりになっているほかは純喫茶にありそうな物ばかりだ。
探偵猫はコーヒーとケーキのセットを注文するが、私は久々に見た「なぽりたん」の誘惑に屈した。
がっつりご飯の時間ではないというのに。
探偵猫が目を丸くした。
「おなか、すいていたの? さきにごはんのおみせがよかったかな?」
「いえ、ナポリタンの文字を見たのでつい……」
ついでにメロンソーダを注文した。
探偵猫は落ち着かなさそうに尻尾をくねくねさせている。
遠くからメス猫トリオの視線を感じるし、多分彼女たちは尻尾を膨らませて威嚇しているのだろうなと思った。
給仕猫がケーキセットとナポリタンを運んでくるまでの間、沈黙が続く。
「あれ? ここ、人間の店じゃないんですか?」
「つくったのはにんげんさんだけどね、いまはねこがけいえいしているんだ。つくったにんげんさんはいなくなっちゃったんだって。もしかするともとのせかいにかえってしまったのかもしれないね」
元の世界に帰った。
この動物だらけののんびりまったりした世界から帰りたいと願ったのだろうか。それとも来た時と同じようにある日突然戻ってしまったのだろうか。
給仕猫がぺこりとお辞儀して立ち去るのを見送ってからナポリタンに手を伸ばす。
ピーマンにタマネギ、それと魚肉ソーセージをケチャップで炒めたチープな作りのそれはとても懐かしい味がした。
思えば、こちらに来てからこういう料理は初めてだ。
ちょっとまて。
タマネギ?
「ナポリタンって猫も食べられるんですか?」
「いや……どうだろう。ここにちいさくにんげんのおきゃくさまむけってかかれているからちゅうもんするねこをみたことがないな」
メニューをよく見れば「なぽりたん にんげんのおきゃくさまむけ」と書かれている。さらに注意書きで「にんげんいがいのおきゃくさまはたまねぎをぬいてていきょういたします」と書かれていた。
なるほど?
ラムネは飲めるのにタマネギはダメなのだろうか。
なんだか納得がいかないまま首を傾げ、それでもナポリタンは美味しいからいいかと思い直す。
「さきちゃんはこまかいところにきがつくこだね」
「え?」
「ねこはそういうことをきにしないから」
そう言われ、変なところばかり気にしているのかもしれないと思う。
メニューの裏表紙に創業者らしい人間の肖像画がある。
なかじょう しんたろう
とうてんのそうぎょうしゃ。にんげんのせかいよりさまざまなめずらしいものをひろめた。
かれのおすすめめにゅーはなぽりたん。
昭和初期の役者みたいな所謂イケメンと共に説明書きがあった。
このなかじょうさんという人は人間の世界の物をこの世界の動物たちに広めて商売をしていたのだろう。
「この人がいつこっちの世界に来て帰ったのかがわかれば私が帰る手がかりになるかもしれませんね」
探偵猫を見れば、彼は尻尾をだらーんと下げている。
「やっぱり、さきちゃんはもとのせかいにかえりたい、よね」
声が悲しそうだ。
つまり、私が居なくなったら寂しいと思ってくれるのだろうか。
「うーん、帰りたいと言うよりは、行き来できるといいなって。向こうから美味しい物とか便利な物を持ってきたい、というか。うん。茶葉を持って来てたいやきさんにお茶はこれですって教えてあげたいな」
毎日にぼし出汁をお茶だと思って飲んでいるもの。
「そう。さきちゃんは、てんちょうさんがとってもたいせつなんだね」
探偵猫の尻尾は下がったままだ。
「そりゃあ、この世界に来て一番初めに助けてくれた猫ですから、特別というか……一生かかっても恩返ししたいと思ってます」
たいやきさんが居なければ途方に暮れていたと思う。
「そう、だね。てんちょうさんはとってもしんせつなねこだから……さきちゃんはほんとうにいいこだ」
探偵猫はそう言って、ケーキにかぶりつく。
タマネギはダメなくせにチョコレートはいいのかと気になってしまったが、それ以上にフォークは使わずにそのままかぶりつくのかと驚いた。
いや、猫なのだからそれが当然だけど。
それにしても、直接かぶりついているはずなのに、探偵猫の食べ方はどこかお上品に見える。
たいやきさんならきっとがつがつという擬音がぴったりな食べ方をするのだろうなと思い、お土産用に二つ注文する。
あ、コーヒーカップは器用な前足で掴むんだ。
あまり観察するのは失礼だと思いつつ、ブラックコーヒーを飲む探偵猫を見てしまう。
あ、目が合った。
失礼なことをしてしまったなと思ったけれど、探偵猫は目を細めるだけだった。
探偵猫から貰った燻製を一緒に食べようと誘ったけれど「それはさきちゃんがたべるべきだよ」と言われてしまい、いつも食べ物にすぐ飛びつくたいやきさんらしくないなと首を傾げてしまう。
燻製は好きではないのだろうか。
そんなことを考えながら猫の集会へ行くたいやきさんを見送った。
昨夜は大変だった。
四足歩行のくせにふらふらになるほど酔っ払って戻ってきたたいやきさんがしくしく泣きながらミャーミャーミャーミャ言っていたのだ。
おかしい。普段なら彼の言葉は理解出来るのに、その時は猫の鳴き声にしか聞こえなかった。
たいやきさんにお水を用意し、彼の部屋に押し込む最中もずっとミャーミャー言っていた気がする。
その話をたいやきさんにしても「ごめん。おぼえてない」の一点張りで結局なにをミャーミャー言っていたのかわからない。けれども今朝はちゃんとたいやきさんの言葉が理解出来たので安心した。
開店時間少し前に探偵猫がお迎えに来た。
「おはよう。さきちゃん」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、探偵猫も礼をする。
「こちらこそよろしく」
たいやきさんはおみせがあるからと私だけお出かけだけれども、出発前にたいやきさんが探偵猫になにかをひそひそ話していた気がする。
珍しい。猫同士の秘密の話だろうか。
いつもの車力猫は今日もやる気満々で猫力車に乗せてくれる。
「にんげんさんむけにひよけをおおきくかいそうしました」
そう言って日よけをいつもより広げてくれる。
「ありがとうございます」
にんげんさんむけってことはつまり私のために用意してくれたのかと思うと心遣いが嬉しい反面、これからも贔屓にしろと言われているような気がする。他の車力猫を見たことがないのだけれど。
「きょうはね、まちまでいくよ」
探偵猫が言う。
あれ? また図書館に行くのだろうか。人間の手を借りたいということなら先にそう言ってくれればいいのに。
少し不思議に思いながら超スピードの猫力車で移動した。
連れられた先は喫茶店のような店だった。
なんだろう。浅草ゾーンの中に一軒だけ大正風のお店?
看板には「かふぇ」と書かれているからやっぱり喫茶店なのだろう。
「ここのおみせはわたしがうまれるよりもずっとまえにきたにんげんさんがつくったらしいよ」
探偵猫の言葉に驚く。
にんげんさんがつくった。
つまり、昔来た人間が、ここで商売をしていた?
店内に入ると、純喫茶という雰囲気の内装なのだが、大きな書棚が目立つ。書棚の一段には「みんなのほん」を書かれた紙が額に入った状態で飾られている。どうやら読書が出来る喫茶店らしい。
「きゃー、たんていさんだわ!」
「たんていさーん! こっちにいらっしゃーい」
「わたしたちとおちゃしましょう」
着飾ったメス猫のグループが探偵さんを見るなり黄色い声を上げる。
なるほど。女の子に人気の探偵さんか。
「ごめんね。せんやくがいるんだ」
探偵猫はやんわり断り、奧の席へ私を案内した。「よやくせき」のプレートがある。
予約していたのか。
驚いた。
「らむねはないけれどこーひーがおいしいよ」
探偵猫がメニューを広げながら言う。
あの猫たちは無視でいいのだろうか。
「あの子たち、いいんですか?」
「うん。いつもさそってくれるけれど、きょうはさきちゃんといっしょだからね」
私が居なければあのメス猫たちに囲まれているのだろうか。
そう思ったけれど、あんまりメス猫を侍らせている探偵猫が想像出来ない。たぶん、普段からなにかと理由を付けて逃げているのだろうなと思った。
メニューを見てみると、価格がめざしやどんぐりになっているほかは純喫茶にありそうな物ばかりだ。
探偵猫はコーヒーとケーキのセットを注文するが、私は久々に見た「なぽりたん」の誘惑に屈した。
がっつりご飯の時間ではないというのに。
探偵猫が目を丸くした。
「おなか、すいていたの? さきにごはんのおみせがよかったかな?」
「いえ、ナポリタンの文字を見たのでつい……」
ついでにメロンソーダを注文した。
探偵猫は落ち着かなさそうに尻尾をくねくねさせている。
遠くからメス猫トリオの視線を感じるし、多分彼女たちは尻尾を膨らませて威嚇しているのだろうなと思った。
給仕猫がケーキセットとナポリタンを運んでくるまでの間、沈黙が続く。
「あれ? ここ、人間の店じゃないんですか?」
「つくったのはにんげんさんだけどね、いまはねこがけいえいしているんだ。つくったにんげんさんはいなくなっちゃったんだって。もしかするともとのせかいにかえってしまったのかもしれないね」
元の世界に帰った。
この動物だらけののんびりまったりした世界から帰りたいと願ったのだろうか。それとも来た時と同じようにある日突然戻ってしまったのだろうか。
給仕猫がぺこりとお辞儀して立ち去るのを見送ってからナポリタンに手を伸ばす。
ピーマンにタマネギ、それと魚肉ソーセージをケチャップで炒めたチープな作りのそれはとても懐かしい味がした。
思えば、こちらに来てからこういう料理は初めてだ。
ちょっとまて。
タマネギ?
「ナポリタンって猫も食べられるんですか?」
「いや……どうだろう。ここにちいさくにんげんのおきゃくさまむけってかかれているからちゅうもんするねこをみたことがないな」
メニューをよく見れば「なぽりたん にんげんのおきゃくさまむけ」と書かれている。さらに注意書きで「にんげんいがいのおきゃくさまはたまねぎをぬいてていきょういたします」と書かれていた。
なるほど?
ラムネは飲めるのにタマネギはダメなのだろうか。
なんだか納得がいかないまま首を傾げ、それでもナポリタンは美味しいからいいかと思い直す。
「さきちゃんはこまかいところにきがつくこだね」
「え?」
「ねこはそういうことをきにしないから」
そう言われ、変なところばかり気にしているのかもしれないと思う。
メニューの裏表紙に創業者らしい人間の肖像画がある。
なかじょう しんたろう
とうてんのそうぎょうしゃ。にんげんのせかいよりさまざまなめずらしいものをひろめた。
かれのおすすめめにゅーはなぽりたん。
昭和初期の役者みたいな所謂イケメンと共に説明書きがあった。
このなかじょうさんという人は人間の世界の物をこの世界の動物たちに広めて商売をしていたのだろう。
「この人がいつこっちの世界に来て帰ったのかがわかれば私が帰る手がかりになるかもしれませんね」
探偵猫を見れば、彼は尻尾をだらーんと下げている。
「やっぱり、さきちゃんはもとのせかいにかえりたい、よね」
声が悲しそうだ。
つまり、私が居なくなったら寂しいと思ってくれるのだろうか。
「うーん、帰りたいと言うよりは、行き来できるといいなって。向こうから美味しい物とか便利な物を持ってきたい、というか。うん。茶葉を持って来てたいやきさんにお茶はこれですって教えてあげたいな」
毎日にぼし出汁をお茶だと思って飲んでいるもの。
「そう。さきちゃんは、てんちょうさんがとってもたいせつなんだね」
探偵猫の尻尾は下がったままだ。
「そりゃあ、この世界に来て一番初めに助けてくれた猫ですから、特別というか……一生かかっても恩返ししたいと思ってます」
たいやきさんが居なければ途方に暮れていたと思う。
「そう、だね。てんちょうさんはとってもしんせつなねこだから……さきちゃんはほんとうにいいこだ」
探偵猫はそう言って、ケーキにかぶりつく。
タマネギはダメなくせにチョコレートはいいのかと気になってしまったが、それ以上にフォークは使わずにそのままかぶりつくのかと驚いた。
いや、猫なのだからそれが当然だけど。
それにしても、直接かぶりついているはずなのに、探偵猫の食べ方はどこかお上品に見える。
たいやきさんならきっとがつがつという擬音がぴったりな食べ方をするのだろうなと思い、お土産用に二つ注文する。
あ、コーヒーカップは器用な前足で掴むんだ。
あまり観察するのは失礼だと思いつつ、ブラックコーヒーを飲む探偵猫を見てしまう。
あ、目が合った。
失礼なことをしてしまったなと思ったけれど、探偵猫は目を細めるだけだった。
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