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暑い日はラムネがいちばん
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蝉の鳴き声が鳴り止まない。
なんだろう。ずっと夏休みをループしているような感覚だ。
こっちの世界に来てからどのくらいの時間が経っているのかわからないけれど、たぶん夏休みよりもずっと長い日数をこちらで過ごして、それでも夏が終わらないからまた夏休みの初日からやり直しているような感覚なのだろう。
宿題がない夏休み。田舎の親戚の家でずっと遊んでいるような感覚だ。悪くない。
悪くはないのだけれども、このままでいいのかと不安になってしまう。
元に戻ったらまた大志に罵られるのだろうか。それとも失踪扱い? いや、昏睡とかそういった状態なのかも。
多分意識だけがこの世界に居て、肉体は向こうの世界なんだと思う。つまり今の私は幽体のようなもの、なのだろうか。
そんな風に考えて、馬鹿馬鹿しいと思う。
非現実的だ。
けれどもそもそも猫が喋って人間と同じような生活をしている世界に居ること自体が非現実的だ。
頭がおかしくなりそう。
眉間を揉んで考えることを止める。
どうせ考えたって元の世界に戻れるわけでもない。そもそも、あっちに戻るより、ここでたいやきさんとのんびり過ごす方がいいに決まっている。
自分の考えが危険だと理解はしているのに、戻りたくない気持ちが強くなっていた。
「きょうもあついね」
探偵猫がまたお洒落な帽子を被っている。
彼は本当にお洒落だ。毎日帽子が違う。今日は帽子に花飾りまで付いている。
「こんにちは。探偵さん。暑いですね。今日もラムネですか?」
「うん。にほんもらおうかな」
はい、にぼし。とラムネ二本分のにぼしを差し出される。
「いっしょにのもう」
「自分の分は自分で出しますよ」
「いいよいいよ。わたしがつきあってほしいだけだから」
一本分のにぼしを返そうとしたけれど、彼は受け取ってくれない。
この辺り、探偵猫は頑固だ。
仕方なく折れて、そのままラムネを開けて貰うことにする。
「やっぱりあついひはらむねがいちばんだね」
しゅわしゅわ音を立てた瓶を差し出しながら目を細める探偵猫。
どことなくお上品に見えるけれど、彼も雑種なのだろうか? それとも血統書付き?
そんなどうでもいいことを考えながらラムネを受け取る。
「ああ、そうだ。きょうはおみやげ」
探偵猫が紙袋を差し出す。
「こないだつったさかなをね、くんせいにしたんだ」
燻製?
ここの猫は燻製まで作るのか。
もうなにが起きても驚かないぞ。
「ありがとうございます。わぁ、こんなに?」
紙袋いっぱいに魚の燻製。大きさからしてヤマメかな? と思いながら数えると十匹分以上ある。
「さきちゃんにたべてほしくて」
しっぽをくねくねさせながら、少しだけ照れくさそうな声で言う。
「ありがとうございます」
どうやら探偵猫に友人認定して貰えているようだ。彼は元々友好的だけれどこれはうれしい。
いや、別に猫が好きだとかそう言うわけではなく……。
うん。猫が好きなのではなく、探偵猫とたいやきさんが好きなだけだ。
猫の中にはあの高飛車毛皮のような猫も居るのだから、猫をひっくるめて判断するのは危険すぎる。
誰に向けて言い訳をしているのか。
たぶん大志と同類になりたくないと思っている自分向けだ。
猫の下僕になる気はない。ただ、友好的な関係ではありたいと思う。
「あの、さきちゃん」
探偵猫が少しだけ緊張した様子を見せた。
「はい、なんでしょう?」
「えっと……いやでなければ、だけど……こんど、いっしょにおでかけしてくれないかな?」
どうしてわざわざそんなことを訊ねるのだろう。
「もちろん。あ、でも、たいやきさんにお休み貰わないと」
またお気に入りの場所でお昼寝しているたいやきさんを起こすのは申し訳ないなと思いながら、探偵猫に予定を訊ねる。
「いつがいいですか?」
「いや、さきちゃんにまかせるよ。ほら、わたしはよくここにくるから……」
ぴんと立った尻尾がぷるぷる震えている。
よくわからないけれど、探偵猫は私とのおでかけを楽しみにしてくれているらしい。人間を連れて行きたい場所でもあるのだろうか?
そう、考えていると、たいやきさんが眠っていた辺りでドンっと音がし、商品が崩れる。
「たいやきさん!」
慌ててそちらに駆け寄ると、商品の下敷きになったたいやきさんがいた。
「いててっ……あーあ、またやっちゃった……」
怪我はなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
寝ぼけて商品を乗せていた木箱を蹴ってしまったのだろう。不安定なほど積み上げていた「ぐらっせ」の袋がぼとぼと落ちている。
「なかみだいじょうぶかなぁ」
そう言いながらすぐ側にあった袋を開けてぼりぼり食べ始めるたいやきさんに、これは全く問題ないなと安心した。
「ふふっ、てんちょうさんはきょうもねぼけてたみたいだね」
「怪我がなくてなによりですよ」
仕事中に寝てしまうのは猫だから仕方がないとは言え、怪我をするのだけは心配だ。
たいやきさんは大きく伸びをして、散らばった袋を回収し始める。その間も「ぐらっせ」をもぐもぐつまみ食い。
本当に、食べるか寝るかの自由な生活をしているなと思ってしまう。
「じゃあ、さきちゃん、やくそくね」
探偵猫はいつの間に飲み終わったのか、空き瓶を戻してくれる。
「あついひのらむねはさいこうだよ。またね」
四本足でてちてち歩いて去って行く。
そう言えば、ここの猫たち、前足で荷物を持っていないときは四足歩行なんだなと今更の感想を抱いた。
なんだろう。ずっと夏休みをループしているような感覚だ。
こっちの世界に来てからどのくらいの時間が経っているのかわからないけれど、たぶん夏休みよりもずっと長い日数をこちらで過ごして、それでも夏が終わらないからまた夏休みの初日からやり直しているような感覚なのだろう。
宿題がない夏休み。田舎の親戚の家でずっと遊んでいるような感覚だ。悪くない。
悪くはないのだけれども、このままでいいのかと不安になってしまう。
元に戻ったらまた大志に罵られるのだろうか。それとも失踪扱い? いや、昏睡とかそういった状態なのかも。
多分意識だけがこの世界に居て、肉体は向こうの世界なんだと思う。つまり今の私は幽体のようなもの、なのだろうか。
そんな風に考えて、馬鹿馬鹿しいと思う。
非現実的だ。
けれどもそもそも猫が喋って人間と同じような生活をしている世界に居ること自体が非現実的だ。
頭がおかしくなりそう。
眉間を揉んで考えることを止める。
どうせ考えたって元の世界に戻れるわけでもない。そもそも、あっちに戻るより、ここでたいやきさんとのんびり過ごす方がいいに決まっている。
自分の考えが危険だと理解はしているのに、戻りたくない気持ちが強くなっていた。
「きょうもあついね」
探偵猫がまたお洒落な帽子を被っている。
彼は本当にお洒落だ。毎日帽子が違う。今日は帽子に花飾りまで付いている。
「こんにちは。探偵さん。暑いですね。今日もラムネですか?」
「うん。にほんもらおうかな」
はい、にぼし。とラムネ二本分のにぼしを差し出される。
「いっしょにのもう」
「自分の分は自分で出しますよ」
「いいよいいよ。わたしがつきあってほしいだけだから」
一本分のにぼしを返そうとしたけれど、彼は受け取ってくれない。
この辺り、探偵猫は頑固だ。
仕方なく折れて、そのままラムネを開けて貰うことにする。
「やっぱりあついひはらむねがいちばんだね」
しゅわしゅわ音を立てた瓶を差し出しながら目を細める探偵猫。
どことなくお上品に見えるけれど、彼も雑種なのだろうか? それとも血統書付き?
そんなどうでもいいことを考えながらラムネを受け取る。
「ああ、そうだ。きょうはおみやげ」
探偵猫が紙袋を差し出す。
「こないだつったさかなをね、くんせいにしたんだ」
燻製?
ここの猫は燻製まで作るのか。
もうなにが起きても驚かないぞ。
「ありがとうございます。わぁ、こんなに?」
紙袋いっぱいに魚の燻製。大きさからしてヤマメかな? と思いながら数えると十匹分以上ある。
「さきちゃんにたべてほしくて」
しっぽをくねくねさせながら、少しだけ照れくさそうな声で言う。
「ありがとうございます」
どうやら探偵猫に友人認定して貰えているようだ。彼は元々友好的だけれどこれはうれしい。
いや、別に猫が好きだとかそう言うわけではなく……。
うん。猫が好きなのではなく、探偵猫とたいやきさんが好きなだけだ。
猫の中にはあの高飛車毛皮のような猫も居るのだから、猫をひっくるめて判断するのは危険すぎる。
誰に向けて言い訳をしているのか。
たぶん大志と同類になりたくないと思っている自分向けだ。
猫の下僕になる気はない。ただ、友好的な関係ではありたいと思う。
「あの、さきちゃん」
探偵猫が少しだけ緊張した様子を見せた。
「はい、なんでしょう?」
「えっと……いやでなければ、だけど……こんど、いっしょにおでかけしてくれないかな?」
どうしてわざわざそんなことを訊ねるのだろう。
「もちろん。あ、でも、たいやきさんにお休み貰わないと」
またお気に入りの場所でお昼寝しているたいやきさんを起こすのは申し訳ないなと思いながら、探偵猫に予定を訊ねる。
「いつがいいですか?」
「いや、さきちゃんにまかせるよ。ほら、わたしはよくここにくるから……」
ぴんと立った尻尾がぷるぷる震えている。
よくわからないけれど、探偵猫は私とのおでかけを楽しみにしてくれているらしい。人間を連れて行きたい場所でもあるのだろうか?
そう、考えていると、たいやきさんが眠っていた辺りでドンっと音がし、商品が崩れる。
「たいやきさん!」
慌ててそちらに駆け寄ると、商品の下敷きになったたいやきさんがいた。
「いててっ……あーあ、またやっちゃった……」
怪我はなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
寝ぼけて商品を乗せていた木箱を蹴ってしまったのだろう。不安定なほど積み上げていた「ぐらっせ」の袋がぼとぼと落ちている。
「なかみだいじょうぶかなぁ」
そう言いながらすぐ側にあった袋を開けてぼりぼり食べ始めるたいやきさんに、これは全く問題ないなと安心した。
「ふふっ、てんちょうさんはきょうもねぼけてたみたいだね」
「怪我がなくてなによりですよ」
仕事中に寝てしまうのは猫だから仕方がないとは言え、怪我をするのだけは心配だ。
たいやきさんは大きく伸びをして、散らばった袋を回収し始める。その間も「ぐらっせ」をもぐもぐつまみ食い。
本当に、食べるか寝るかの自由な生活をしているなと思ってしまう。
「じゃあ、さきちゃん、やくそくね」
探偵猫はいつの間に飲み終わったのか、空き瓶を戻してくれる。
「あついひのらむねはさいこうだよ。またね」
四本足でてちてち歩いて去って行く。
そう言えば、ここの猫たち、前足で荷物を持っていないときは四足歩行なんだなと今更の感想を抱いた。
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