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夢を渡る
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一応田中さんの助手として雇われるので、電話番や資料整理、お掃除などの簡単な仕事を任されることにして、その合間に猫のお世話と鯉の餌やりも名目として追加された。が、田中さんは自分で探偵猫に構いたい様子だし、なんならたいやきさんのお世話もしたい。ついでに鯉の世話も趣味の一つみたいだから、多分私にその役目は回ってこないだろう。
たいやきさんは私の雇い主だぞ!
あ、でも田中さんも雇い主か。
たいやきさんと一緒に(と言ってもたいやきさんは居るだけだけど)庭掃除をし、それからお供えを探しに行く。
いろいろ悩んだけれど、こっちの世界でしか入手出来ない品物の方がいいのではないかと思い、卵をたっぷりと使ったプリンを一箱用意した。
たいやきさんはやっぱりお肉とのことだったので、お肉屋さんで珍しいお肉がないか訊ねると、入ったばかりの熊肉があったので、それを購入。
結構高かったけれど……田中さんのお給料がいいからまあ……なんとかなったよ。
田中邸に戻ると、探偵猫がぴちぴちと跳ねる鯉を捕獲したところだった。
あれ、庭の池に住んでる鯉……。
まあ、猫だし仕方ないか。
立派なヒレナガゴイなんだけどなぁ。
「おはぎ……君はまた庭の鯉を……」
田中さんが頭を抱えている。
「早希ちゃん、猫たちを見張っていてくれ。これ以上池の鯉が減らないように……」
「あー、たぶん、お供えを用意しようとしているのだと思いますよ?」
なんだっけ?
下僕を守る為に供物が必要なんだっけ?
下僕を飼うのも楽じゃないとか言っていた高飛車毛皮が居たような気がする。
「……お供え……なぁ……酒でも用意するか……にしても……猫の神とやらの味覚は猫寄りなのか人間寄りなのか……」
猫に酒はだめだろうとぶつぶつ呟く田中さんはやっぱり頭が固そうだ。
それでも、お供えを用意する気があるということは、少なからず信仰心を持っているのだろうか? それともただの好奇心?
私は……多分畏れだ。
それに、お肉コースを回避出来た感謝が加わる。
「ところで、お供えはどうやって渡すんですか? ここに神殿はないですよね?」
たいやきさんと探偵猫に訊ねる。
「いのるこころとおそなえがあれば、どこだってそこがしんでんになるよ」
探偵猫が答える。
え? そういうものなの?
祈りと供物さえあればいつでも……あの女神に……。
ってことは……ホントに田中さんが供物にされちゃうんじゃ……。
でも、人間のお肉は食べないって言ってたし……殺されることはないよね?
猫の世界に連れて行かれるなら田中さんも大喜びのはずだし。
いいよね? とたいやきさんを見ればほけっとした顔で首を傾げる。
かわいい……。
これでもう少しふくよかにになってくれれば最高だ。
いかんいかん。だんだん思考が大志に似てきたのではないだろうか。
私はあれとは違うんだ。
咄嗟に姿勢を正し、祈りの内容を考える。
やっぱりたいやきさんが美味しいものをたくさん食べられるように。それと、探偵猫が自棄ラムネなんてしなくなるように。ついでに田中さんが猫の世界でのんびり暮らせるように祈っておこう。
しばらくの間、長々とした祈りをしていると、いつの間にか卵をたっぷり使った高級プリンが消え去っていた。
供物が回収された……。
どういう仕組みなのかはわからないが、プリンは拒絶されなかったらしい。
たいやきさんの前に会ったお肉も、探偵猫の前にあったヒレナガゴイも消えている。
つまり、石像の女神は祈りを聞き届けてくれた、ということなのだろうか?
そう、考えると突然目の前が暗くなった。
「おーおー、やっとめがさめたかぁ」
どこか暢気な声が聞こえる。
「にんげんさん、ぐっすりねむっていたねぇ」
ふぉっふぉっふぉと笑いそうな医者犬チワワのシフォンさんだ。
「えっと……私、寝ていたんですか?」
「そうだよ。たいしょうさんのところからここにくるみちでたおれていたのをしゃりきさんがはこんできてくれたんだ」
なんと、猫力車は救急車にもなるのか。
「車力さんにお礼を言わないと」
お礼でもお肉は渡しちゃダメ。早希は賢いからちゃんと覚えた。
シフォンさんが鞄に道具を詰め込んでいく。
「にんげんさんがさいごだよ。たんていさんもすっかりかいふくしたからあんしんしておくれ」
ぽんぽんと、小さな前足が私の頭を叩く。
かわいい……。犬もいいなぁ。老犬だけど……。
いや、私は猫の神に仕えることを確定された身……転べばきっとお肉にされる!
「お医者さんもお世話になりました」
「いいよいいよ。おしごとだからね。あ、これね、せいきゅうしょ」
ぺらりと紙を渡される。
え?
請求書?
「にんげんさんはほけんみかにゅうだからねぇ」
保険?
え? 猫社会にも保険があるの?
せいきゅうしょ
・しょしんりょう どんぐり五個
・とうやく どんぐり二個
・しょち どんぐり三個
全部の項目がどんぐりだ……。
そんなにどんぐりがあったかなと慌ててポケットを探る。
あれ? 徳用塩無添加にぼしパックが入ってる?
たいやきさんとむしゃむしゃする用だったけど……確か食べるにぼしとお茶のにぼしと通貨のにぼしは一緒だった気がする……。
これは……。
「にぼし払いでいいですか?」
今なら大量のにぼしがあるし。
「うん? いいよ。どれどれ」
袋の中からごっそりにぼしが減っていく。
どんぐり一個ってにぼし何本分だっけ?
そう思いながら辺りを見渡すと、どうやら居間として使用しているスペースに運ばれていたらしい。
誰が運んだんだ? そんな力持ちの猫は居ないだろうし、医者犬のシフォンさんがそんなことをしようとしたら潰れてしまいそうだ。
「誰が運んでくれたんですか?」
「しゃりきさんとたいしょうさんががんばってくれたよ」
二匹がかり……。申し訳ないことをしてしまった。
「大将さんにもお礼を言わないと」
「だったらたいしょうさんのおみせでおなかいっぱいたべてやっておくれ。かれはみんながおなかいっぱいになるのがしあわせなんだ」
それは私と気が合いそうだ。
「是非そうします」
なんともないねと最後の確認をされ、それからシフォンさんを見送りに「おみせ」の方へ向かう。
どうやって戻ってきたかはよくわからないが、とても帰ってきたという気分になる。
不思議だ。
完全にたいやきさんの場所が我が家とでもいう気分だ。
大きく息を吸い込んで、故郷を堪能していると興奮しきった声が聞こえる。
「素晴らしい! 猫が人力車を! 車力の猫か! それにこの店は!!」
田中さんだ。
どうやら願いが叶ったらしい。
両手に日本酒の一升瓶とワインボトルを持った不審者に見えるが……。
あ、供物を自力で持って来たのかな?
「ん? なんだこの小さな犬は。ここは猫の楽園ではないのか?」
シフォンさんを見た田中さんが怪訝そうな顔をする。
「たくやさん、おいしゃさんはわたしのいのちのおんけんだよ。そんないいかたはよしておくれ」
おんけん?
恩人じゃなくて犬だから?
探偵猫は少しやつれて見えるけれど、とりあえず無事そうだ。よかった。
「なるほど? うちのマヌケな猫がお世話になりました」
すぐに適応したらしい田中さんはシフォンさんに頭を下げる。
意外と素直だな。この人。
「こっちはずいぶんとさわがしいにんげんさんだねぇ。たんていさんにはみんなおせわになっているからきにしないでおくれ」
シフォンさんは見た目から想像したとおり、ふぉっふぉっふぉと笑いながら去って行った。
「田中さん、願いが叶ったんですね」
「あ、ああ……そのようだ。が、なぜ急に?」
「えーっと……」
猫の神様に祈ったせいで供物扱いされている可能性があるとは言えない。
「きっと田中さんの愛猫心が届いたんですよ」
そういうことにしておいてくれ。
そう考えながらたいやきさんを探す。
「あ、さきちゃーん。おきた?」
「はい。おはようございます?」
ひょいと、陳列台の上に上がる姿は身軽な猫。
だけど、田中さんの家で過ごしたたいやきさんと違うのは、お洒落なシャツとベストを着込んでいることだろう。
「みちでねちゃうのはあぶないからだめだよ」
お昼寝ならいい場所があるからと、やんわり叱るたいやきさんが、ふっくらしていることに安心する。
なにも着膨れというだけではないだろう。
向こうの世界で見たたいやきさんは可哀想なくらいガリガリだったもの。
「気をつけます!」
姿勢を正し、今すぐハグしたい気持ちを抑える。
絶対、今のたいやきさんはふっくらもちもちのふにふにだ。
そう考え、一瞬冷静になる。
そう言えば、向こうの私たちは今どうなっているのだろう。
庭に居た気がする。
それに……田中さんはどこに居たのだろう?
家の中で倒れて事件になっていないだろうかと心配になってしまった。
たいやきさんは私の雇い主だぞ!
あ、でも田中さんも雇い主か。
たいやきさんと一緒に(と言ってもたいやきさんは居るだけだけど)庭掃除をし、それからお供えを探しに行く。
いろいろ悩んだけれど、こっちの世界でしか入手出来ない品物の方がいいのではないかと思い、卵をたっぷりと使ったプリンを一箱用意した。
たいやきさんはやっぱりお肉とのことだったので、お肉屋さんで珍しいお肉がないか訊ねると、入ったばかりの熊肉があったので、それを購入。
結構高かったけれど……田中さんのお給料がいいからまあ……なんとかなったよ。
田中邸に戻ると、探偵猫がぴちぴちと跳ねる鯉を捕獲したところだった。
あれ、庭の池に住んでる鯉……。
まあ、猫だし仕方ないか。
立派なヒレナガゴイなんだけどなぁ。
「おはぎ……君はまた庭の鯉を……」
田中さんが頭を抱えている。
「早希ちゃん、猫たちを見張っていてくれ。これ以上池の鯉が減らないように……」
「あー、たぶん、お供えを用意しようとしているのだと思いますよ?」
なんだっけ?
下僕を守る為に供物が必要なんだっけ?
下僕を飼うのも楽じゃないとか言っていた高飛車毛皮が居たような気がする。
「……お供え……なぁ……酒でも用意するか……にしても……猫の神とやらの味覚は猫寄りなのか人間寄りなのか……」
猫に酒はだめだろうとぶつぶつ呟く田中さんはやっぱり頭が固そうだ。
それでも、お供えを用意する気があるということは、少なからず信仰心を持っているのだろうか? それともただの好奇心?
私は……多分畏れだ。
それに、お肉コースを回避出来た感謝が加わる。
「ところで、お供えはどうやって渡すんですか? ここに神殿はないですよね?」
たいやきさんと探偵猫に訊ねる。
「いのるこころとおそなえがあれば、どこだってそこがしんでんになるよ」
探偵猫が答える。
え? そういうものなの?
祈りと供物さえあればいつでも……あの女神に……。
ってことは……ホントに田中さんが供物にされちゃうんじゃ……。
でも、人間のお肉は食べないって言ってたし……殺されることはないよね?
猫の世界に連れて行かれるなら田中さんも大喜びのはずだし。
いいよね? とたいやきさんを見ればほけっとした顔で首を傾げる。
かわいい……。
これでもう少しふくよかにになってくれれば最高だ。
いかんいかん。だんだん思考が大志に似てきたのではないだろうか。
私はあれとは違うんだ。
咄嗟に姿勢を正し、祈りの内容を考える。
やっぱりたいやきさんが美味しいものをたくさん食べられるように。それと、探偵猫が自棄ラムネなんてしなくなるように。ついでに田中さんが猫の世界でのんびり暮らせるように祈っておこう。
しばらくの間、長々とした祈りをしていると、いつの間にか卵をたっぷり使った高級プリンが消え去っていた。
供物が回収された……。
どういう仕組みなのかはわからないが、プリンは拒絶されなかったらしい。
たいやきさんの前に会ったお肉も、探偵猫の前にあったヒレナガゴイも消えている。
つまり、石像の女神は祈りを聞き届けてくれた、ということなのだろうか?
そう、考えると突然目の前が暗くなった。
「おーおー、やっとめがさめたかぁ」
どこか暢気な声が聞こえる。
「にんげんさん、ぐっすりねむっていたねぇ」
ふぉっふぉっふぉと笑いそうな医者犬チワワのシフォンさんだ。
「えっと……私、寝ていたんですか?」
「そうだよ。たいしょうさんのところからここにくるみちでたおれていたのをしゃりきさんがはこんできてくれたんだ」
なんと、猫力車は救急車にもなるのか。
「車力さんにお礼を言わないと」
お礼でもお肉は渡しちゃダメ。早希は賢いからちゃんと覚えた。
シフォンさんが鞄に道具を詰め込んでいく。
「にんげんさんがさいごだよ。たんていさんもすっかりかいふくしたからあんしんしておくれ」
ぽんぽんと、小さな前足が私の頭を叩く。
かわいい……。犬もいいなぁ。老犬だけど……。
いや、私は猫の神に仕えることを確定された身……転べばきっとお肉にされる!
「お医者さんもお世話になりました」
「いいよいいよ。おしごとだからね。あ、これね、せいきゅうしょ」
ぺらりと紙を渡される。
え?
請求書?
「にんげんさんはほけんみかにゅうだからねぇ」
保険?
え? 猫社会にも保険があるの?
せいきゅうしょ
・しょしんりょう どんぐり五個
・とうやく どんぐり二個
・しょち どんぐり三個
全部の項目がどんぐりだ……。
そんなにどんぐりがあったかなと慌ててポケットを探る。
あれ? 徳用塩無添加にぼしパックが入ってる?
たいやきさんとむしゃむしゃする用だったけど……確か食べるにぼしとお茶のにぼしと通貨のにぼしは一緒だった気がする……。
これは……。
「にぼし払いでいいですか?」
今なら大量のにぼしがあるし。
「うん? いいよ。どれどれ」
袋の中からごっそりにぼしが減っていく。
どんぐり一個ってにぼし何本分だっけ?
そう思いながら辺りを見渡すと、どうやら居間として使用しているスペースに運ばれていたらしい。
誰が運んだんだ? そんな力持ちの猫は居ないだろうし、医者犬のシフォンさんがそんなことをしようとしたら潰れてしまいそうだ。
「誰が運んでくれたんですか?」
「しゃりきさんとたいしょうさんががんばってくれたよ」
二匹がかり……。申し訳ないことをしてしまった。
「大将さんにもお礼を言わないと」
「だったらたいしょうさんのおみせでおなかいっぱいたべてやっておくれ。かれはみんながおなかいっぱいになるのがしあわせなんだ」
それは私と気が合いそうだ。
「是非そうします」
なんともないねと最後の確認をされ、それからシフォンさんを見送りに「おみせ」の方へ向かう。
どうやって戻ってきたかはよくわからないが、とても帰ってきたという気分になる。
不思議だ。
完全にたいやきさんの場所が我が家とでもいう気分だ。
大きく息を吸い込んで、故郷を堪能していると興奮しきった声が聞こえる。
「素晴らしい! 猫が人力車を! 車力の猫か! それにこの店は!!」
田中さんだ。
どうやら願いが叶ったらしい。
両手に日本酒の一升瓶とワインボトルを持った不審者に見えるが……。
あ、供物を自力で持って来たのかな?
「ん? なんだこの小さな犬は。ここは猫の楽園ではないのか?」
シフォンさんを見た田中さんが怪訝そうな顔をする。
「たくやさん、おいしゃさんはわたしのいのちのおんけんだよ。そんないいかたはよしておくれ」
おんけん?
恩人じゃなくて犬だから?
探偵猫は少しやつれて見えるけれど、とりあえず無事そうだ。よかった。
「なるほど? うちのマヌケな猫がお世話になりました」
すぐに適応したらしい田中さんはシフォンさんに頭を下げる。
意外と素直だな。この人。
「こっちはずいぶんとさわがしいにんげんさんだねぇ。たんていさんにはみんなおせわになっているからきにしないでおくれ」
シフォンさんは見た目から想像したとおり、ふぉっふぉっふぉと笑いながら去って行った。
「田中さん、願いが叶ったんですね」
「あ、ああ……そのようだ。が、なぜ急に?」
「えーっと……」
猫の神様に祈ったせいで供物扱いされている可能性があるとは言えない。
「きっと田中さんの愛猫心が届いたんですよ」
そういうことにしておいてくれ。
そう考えながらたいやきさんを探す。
「あ、さきちゃーん。おきた?」
「はい。おはようございます?」
ひょいと、陳列台の上に上がる姿は身軽な猫。
だけど、田中さんの家で過ごしたたいやきさんと違うのは、お洒落なシャツとベストを着込んでいることだろう。
「みちでねちゃうのはあぶないからだめだよ」
お昼寝ならいい場所があるからと、やんわり叱るたいやきさんが、ふっくらしていることに安心する。
なにも着膨れというだけではないだろう。
向こうの世界で見たたいやきさんは可哀想なくらいガリガリだったもの。
「気をつけます!」
姿勢を正し、今すぐハグしたい気持ちを抑える。
絶対、今のたいやきさんはふっくらもちもちのふにふにだ。
そう考え、一瞬冷静になる。
そう言えば、向こうの私たちは今どうなっているのだろう。
庭に居た気がする。
それに……田中さんはどこに居たのだろう?
家の中で倒れて事件になっていないだろうかと心配になってしまった。
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