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困った関係
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「うーん、じゅうぎょういんはさきちゃんだけでまにあってるかなぁ」
たいやきさんが困った顔をしている。
原因は田中さん。
どうしてもたいやきさんに雇われたいらしい。
「探偵さんの助手になればいいじゃないですか。たいやきさんは私の雇い主ですよ?」
「……早希ちゃん、私も君の雇い主なのだが?」
それだ。
「従業員が助手雇ってるのって変じゃないですか?」
私は下請けになってしまうではないか。
「うっ……それもそうだが……」
田中さんは未練がましくたいやきさんを見る。
「おへやもいっぱいだから、たくやさんのねるばしょもよういできないよ?」
たいやきさん……たったひとつしかない空き部屋を私に貸してくれていたんですね……。
私の中でたいやきさんの神ランクが上がった気がする。
「ほら、たくやさん、あんまりてんちょうさんをこまらせちゃいけないよ。たくやさんはわたしのばしょであずかるから」
探偵猫はぺこりとたいやきさんに頭を下げ、それから田中さんの頭の上にひょいと乗る。
なんだろう。この世界で猫が人間の上に乗っているのがとっても不思議に思える。
「おはぎ、自分で歩け」
「いいからいいから。たくやさんひとりだとまいごになっちゃうよ」
医者犬のシフォンさんにラムネ禁止を言い渡された探偵猫はちょっとだけ不機嫌そうに田中さんの頭をぺしぺし叩く。
田中さんは少しだけ困った様子を見せながら、それでも私に「また来る」と申し訳なさそうに言うだけの余裕はあったようだ。
別にたいやきさんにさえ迷惑をかけないならなんでもいいのだけれど。
「ふーっ、たくやさんもげんきなにんげんさんだねぇ」
田中さんと探偵猫を見送ったたいやきさんが溜息を吐く。
「さきちゃん、おちゃにしようか」
「あ、私が淹れます」
「いいからいいから、ぼくはおちゃをいれるのがすきなんだよ」
たいやきさんに仕事を奪われた……。悲しい。
たいやきさんには大雪山より高く積み上げられた恩がある。少しでも恩返しをしたいのに、にぼし一袋分すら返せていない。
そんな自分を情けなく思っていると、目の前にとんとお茶を差し出される。
「ありがとうございます……」
お出汁の利いた麦茶だ。
「いいよいいよ。あ、じゃーきぃたべる?」
「あ、いただきます」
ひらがなで『うしのおにく』と書かれた紙袋から細長いじゃーきぃが出てくる。今日はビーフジャーキーなのか。
たいやきさんのお手製なのか、どこかから入手しているのか。お醤油ベースのビーフジャーキーがまろやかな風味だ。
探偵猫のおうちで田中さんは文化の違いに驚きまくっているだろうなと思うとなんだか面白い。
悪い人ではないのだけれど、かっこつけの自信家だから少しくらいはぎゃーぎゃー騒いでいて欲しいような気がする。
「さきちゃん、ほんとうにこっちにもどってきてよかったの?」
たいやきさんに訊かれ、驚く。
「え?」
「だって、さきちゃんおうちに帰りたかったんじゃないの?」
それを言われ、むしろ「おみせ」に帰りたくて仕方がなかった自分に呆れてしまう。
そう言えば最初の頃はなんとか元の世界に帰れないだろうかと思っていた。
「私、自分の家より、ここでたいやきさんと過ごす方が好きです。えっと……ご迷惑でなければもうしばらくここに置いて頂けませんか?」
あくまでたいやきさんの親切心に頼ってここに置いて貰っているのだ。いくらずっと居たいからといって、甘え続けるのは問題だろう。
「ぼくも、さきちゃんがいてくれるのはうれいしよ。ひとりでくらすよりもずっとたのしいし……ふふっ、さきちゃんがいるとおみせのうりあげもいいんだよ」
たいやきさんが笑ってくれるとそれだけで安心する。
私はお言葉に甘えてもうしばらくここでお世話になることにした。
探偵猫は相変わらず毎日来てくれる。
けれども、なんとなく、距離感がおかしい。
やっぱり……自棄ラムネ事件が尾を曳いているのだろうか。
もじもじと、私の方を見るのに、たいやきさんに声をかけてじゃーきぃを買っていく。
「すまないな。早希ちゃん。どうやらおはぎは……思春期らしい」
「あー……そうかもしれませんね」
田中さんは困った様子で、それでもラムネを一本買ってくれた。
「猫界のラムネ……どんな味、なのだろうか……」
まさかまたたびが入っているのか? と注意深く観察する田中さんには申し訳ないが普通のラムネだ。
そして数分瓶を観察した田中さんは、探偵猫と同じように器用に蓋を開けてごくごくとラムネを飲む。
「ああ、夏はラムネだなぁ……」
探偵猫のラムネ好きは田中さんの影響か。
人間の真似事をしたい猫たちだからなぁ。
ということは、たいやきさんもきっと駄菓子屋っぽいお店の人に可愛がられていたのだろう。
なんだろう。
そう思うとものすごくじぇらしぃ……。
たいやきさんのお世話は私がしたかった……。いや、そのお店の人がたいやきさんを可愛がっていてくれなければたいやきさんと出会えなかっただろうから感謝するべきだろうか?
ちらりと、たいやきさんを見れば、いつものお昼寝スペースでうとうとしている。居眠りすると人間の世界に行くのだろうか? あっちのたいやきさんは痩せていたから心配だな。
そんなことを考えていると、探偵猫が拗ねた様子で田中さんを睨んでいた。
ああ、ラムネが欲しかったのか。
でもシフォンさんがダメと言ったらダメだろう。また飲み過ぎたら大変だ。
「探偵さん、ラムネはだめですけど、麦茶なら出せますよ」
「え? あ、いや……わたしは……」
くねくねと動く尻尾と、泳ぐ視線。
これは……どう判断すればいいのだろう。
「早希ちゃんも罪な女だなぁ」
田中さんがからかうように言う。
「へ?」
「いやぁ、うちのおはぎが早希ちゃんを嫁に欲しいうぐっ……おはぎ!」
田中さんの後頭部に猫キックが入った。
「よけいなことはいわないでくれ……きょうはこれでしつれいするよ」
探偵猫が俊敏な動きで「おみせ」から離れてしまう。
「……決して惚れっぽいやつではないのだがなぁ……」
田中さんはどうしていいのかわからないのだろう。
私だってそうだ。
「猫は対象外、猫は対象外……相手は猫。猫はダメ」
呪文のように唱えておく。
探偵猫が悲しそうな表情を見せると、うっかりお嫁に行きますと言いそうになってしまうもの。
「うーん、うちの嫁に貰うなんて言ったら岬家が恐ろしいからなぁ……」
「へ?」
一体なにを言い出すのだと田中さんを見る。
「いや、まさか猫の嫁に娘さんを下さいとは言えないだろう? だから書類上私の嫁に……とも思ったのだが……」
「いえ、嫁ぎませんから」
猫の嫁にしようとするな。
それにそんなことをしたら田中さんだって将来的に困りそうだ。
「探偵さんのことが大事なのは伝わりますけど、そういう変な方向の甘やかし方はよくないと思います」
正直、田中さんと探偵猫の関係はよくわからない。
多分、田中さんにとって探偵猫が大切な友で家族なのだろう。弟や息子のように思っているのかもしれない。
だとしても、こんな話を持ち出すのは……私にだって失礼じゃないだろうか?
気まずい無言が続いてしまう。
そして先に動いたのは田中さんだった。
「おはぎと話し合ってみるよ」
「はい、お願いします」
最後にスイカを一つ、どんぐり一個で購入した田中さんは、大切そうにスイカを抱え、探偵猫が走り去った方向へゆったりと歩き出した。
たいやきさんが困った顔をしている。
原因は田中さん。
どうしてもたいやきさんに雇われたいらしい。
「探偵さんの助手になればいいじゃないですか。たいやきさんは私の雇い主ですよ?」
「……早希ちゃん、私も君の雇い主なのだが?」
それだ。
「従業員が助手雇ってるのって変じゃないですか?」
私は下請けになってしまうではないか。
「うっ……それもそうだが……」
田中さんは未練がましくたいやきさんを見る。
「おへやもいっぱいだから、たくやさんのねるばしょもよういできないよ?」
たいやきさん……たったひとつしかない空き部屋を私に貸してくれていたんですね……。
私の中でたいやきさんの神ランクが上がった気がする。
「ほら、たくやさん、あんまりてんちょうさんをこまらせちゃいけないよ。たくやさんはわたしのばしょであずかるから」
探偵猫はぺこりとたいやきさんに頭を下げ、それから田中さんの頭の上にひょいと乗る。
なんだろう。この世界で猫が人間の上に乗っているのがとっても不思議に思える。
「おはぎ、自分で歩け」
「いいからいいから。たくやさんひとりだとまいごになっちゃうよ」
医者犬のシフォンさんにラムネ禁止を言い渡された探偵猫はちょっとだけ不機嫌そうに田中さんの頭をぺしぺし叩く。
田中さんは少しだけ困った様子を見せながら、それでも私に「また来る」と申し訳なさそうに言うだけの余裕はあったようだ。
別にたいやきさんにさえ迷惑をかけないならなんでもいいのだけれど。
「ふーっ、たくやさんもげんきなにんげんさんだねぇ」
田中さんと探偵猫を見送ったたいやきさんが溜息を吐く。
「さきちゃん、おちゃにしようか」
「あ、私が淹れます」
「いいからいいから、ぼくはおちゃをいれるのがすきなんだよ」
たいやきさんに仕事を奪われた……。悲しい。
たいやきさんには大雪山より高く積み上げられた恩がある。少しでも恩返しをしたいのに、にぼし一袋分すら返せていない。
そんな自分を情けなく思っていると、目の前にとんとお茶を差し出される。
「ありがとうございます……」
お出汁の利いた麦茶だ。
「いいよいいよ。あ、じゃーきぃたべる?」
「あ、いただきます」
ひらがなで『うしのおにく』と書かれた紙袋から細長いじゃーきぃが出てくる。今日はビーフジャーキーなのか。
たいやきさんのお手製なのか、どこかから入手しているのか。お醤油ベースのビーフジャーキーがまろやかな風味だ。
探偵猫のおうちで田中さんは文化の違いに驚きまくっているだろうなと思うとなんだか面白い。
悪い人ではないのだけれど、かっこつけの自信家だから少しくらいはぎゃーぎゃー騒いでいて欲しいような気がする。
「さきちゃん、ほんとうにこっちにもどってきてよかったの?」
たいやきさんに訊かれ、驚く。
「え?」
「だって、さきちゃんおうちに帰りたかったんじゃないの?」
それを言われ、むしろ「おみせ」に帰りたくて仕方がなかった自分に呆れてしまう。
そう言えば最初の頃はなんとか元の世界に帰れないだろうかと思っていた。
「私、自分の家より、ここでたいやきさんと過ごす方が好きです。えっと……ご迷惑でなければもうしばらくここに置いて頂けませんか?」
あくまでたいやきさんの親切心に頼ってここに置いて貰っているのだ。いくらずっと居たいからといって、甘え続けるのは問題だろう。
「ぼくも、さきちゃんがいてくれるのはうれいしよ。ひとりでくらすよりもずっとたのしいし……ふふっ、さきちゃんがいるとおみせのうりあげもいいんだよ」
たいやきさんが笑ってくれるとそれだけで安心する。
私はお言葉に甘えてもうしばらくここでお世話になることにした。
探偵猫は相変わらず毎日来てくれる。
けれども、なんとなく、距離感がおかしい。
やっぱり……自棄ラムネ事件が尾を曳いているのだろうか。
もじもじと、私の方を見るのに、たいやきさんに声をかけてじゃーきぃを買っていく。
「すまないな。早希ちゃん。どうやらおはぎは……思春期らしい」
「あー……そうかもしれませんね」
田中さんは困った様子で、それでもラムネを一本買ってくれた。
「猫界のラムネ……どんな味、なのだろうか……」
まさかまたたびが入っているのか? と注意深く観察する田中さんには申し訳ないが普通のラムネだ。
そして数分瓶を観察した田中さんは、探偵猫と同じように器用に蓋を開けてごくごくとラムネを飲む。
「ああ、夏はラムネだなぁ……」
探偵猫のラムネ好きは田中さんの影響か。
人間の真似事をしたい猫たちだからなぁ。
ということは、たいやきさんもきっと駄菓子屋っぽいお店の人に可愛がられていたのだろう。
なんだろう。
そう思うとものすごくじぇらしぃ……。
たいやきさんのお世話は私がしたかった……。いや、そのお店の人がたいやきさんを可愛がっていてくれなければたいやきさんと出会えなかっただろうから感謝するべきだろうか?
ちらりと、たいやきさんを見れば、いつものお昼寝スペースでうとうとしている。居眠りすると人間の世界に行くのだろうか? あっちのたいやきさんは痩せていたから心配だな。
そんなことを考えていると、探偵猫が拗ねた様子で田中さんを睨んでいた。
ああ、ラムネが欲しかったのか。
でもシフォンさんがダメと言ったらダメだろう。また飲み過ぎたら大変だ。
「探偵さん、ラムネはだめですけど、麦茶なら出せますよ」
「え? あ、いや……わたしは……」
くねくねと動く尻尾と、泳ぐ視線。
これは……どう判断すればいいのだろう。
「早希ちゃんも罪な女だなぁ」
田中さんがからかうように言う。
「へ?」
「いやぁ、うちのおはぎが早希ちゃんを嫁に欲しいうぐっ……おはぎ!」
田中さんの後頭部に猫キックが入った。
「よけいなことはいわないでくれ……きょうはこれでしつれいするよ」
探偵猫が俊敏な動きで「おみせ」から離れてしまう。
「……決して惚れっぽいやつではないのだがなぁ……」
田中さんはどうしていいのかわからないのだろう。
私だってそうだ。
「猫は対象外、猫は対象外……相手は猫。猫はダメ」
呪文のように唱えておく。
探偵猫が悲しそうな表情を見せると、うっかりお嫁に行きますと言いそうになってしまうもの。
「うーん、うちの嫁に貰うなんて言ったら岬家が恐ろしいからなぁ……」
「へ?」
一体なにを言い出すのだと田中さんを見る。
「いや、まさか猫の嫁に娘さんを下さいとは言えないだろう? だから書類上私の嫁に……とも思ったのだが……」
「いえ、嫁ぎませんから」
猫の嫁にしようとするな。
それにそんなことをしたら田中さんだって将来的に困りそうだ。
「探偵さんのことが大事なのは伝わりますけど、そういう変な方向の甘やかし方はよくないと思います」
正直、田中さんと探偵猫の関係はよくわからない。
多分、田中さんにとって探偵猫が大切な友で家族なのだろう。弟や息子のように思っているのかもしれない。
だとしても、こんな話を持ち出すのは……私にだって失礼じゃないだろうか?
気まずい無言が続いてしまう。
そして先に動いたのは田中さんだった。
「おはぎと話し合ってみるよ」
「はい、お願いします」
最後にスイカを一つ、どんぐり一個で購入した田中さんは、大切そうにスイカを抱え、探偵猫が走り去った方向へゆったりと歩き出した。
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