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序 圧倒的に向いていない
しおりを挟む「ふっふっふ……これをこうしてこうすれば……今日こそあいつをぎゃふんと言わせてやる」
鞄をごそごそと漁りながら死語と古典的なテンプレ台詞を口にしている残念美形。
それが私の婚約者のエドガーだ。
あんなに残念な言動を見せているが座学も実技も成績は優秀だ。しかし、本人の性格に問題がある。
なんというのか、圧倒的に向いていない。
今日の悪事は近頃学園内で可愛がられている野良猫(善学級の王子様が骨抜きにされている)に高級キャットフードを大量に与えて満腹にし、宿敵である王子様に猫が懐かないようにしてやろうと言う作戦らしい。
確かにちょっと悔しい気分にはなるかもしれないけれど、悪事と言うにはスケールが小さすぎる。
「エドガー様? 立派な悪を目指すのであれば猫の首を刎ねて彼のロッカーに入れる、くらいのことをしなくては舐められますよ?」
「おお、マヌエラ……あなたは何て恐ろしいことを口にするのだ。こんなにかわいい猫ちゃんなのだぞ? それに猫は悪に似合うだろう?」
エドガーは寒気がすると自分を抱きしめるような仕草をとる。私には理解出来ないけれど、彼は毛皮に覆われた生き物が好きらしい。
本当に、悪役が向いていない。
かわいそうに。
こういう姿を見ると、私が守ってあげなきゃという気分になる。
「我ら悪学級の恥にならない程度の悪事を頑張ってくださいませ」
私に言えるのはそれだけだ。
どうして課題は満点な癖にこうなのだろう。
ため息が出る。
せっかく善人ウケする美しい容姿に恵まれたのだからその美貌を利用して王子の婚約者を奪うくらいしなさいよ。
その方が悪役らしい。
そう思うのに、彼はそう言ったことができない。
「私の愛する女性は生涯マヌエラ、あなたひとりだ」
力強く握られた手。まっすぐ真摯な目。
今でもその力と熱が蘇ってしまう程、情熱的だった。
あれが演技であれば偉大な悪になれるだろう。
が、残念なことに彼はそんな器用なことが出来る人間ではないのだ。
愛されてることは理解している。
けれども私が向ける感情は母性に近づいている。
出来の悪い息子ほどかわいいと言うか、心配で守らなくてはいけないと思ってしまう。
学食の胡椒の蓋を弛めて満足しているようでは立派な悪にはなれないもの。
代わりにあの男のデザートに下剤を混ぜておいてあげたわ。
「ところでマヌエラ、今夜だが……二人で夜の散歩でも」
「エドガー様の悪事はせいぜい校則違反ね……」
一応校則では夕食後は許可がない限り寮から出てはいけないことになっている。尤も、悪学級の人間がそんな校則を気にしたりはしないのだけれど。
「なっ……私はあなたが誇れる立派な悪になるため日々悪事の試行錯誤をだな……」
悪事のための努力を重ねている時点で真面目な良い子ちゃんだと気づいて欲しい。
本当に向いてないわ。
かわいそうなエドガー。
この男を捨てれば私の悪役としての格がもう少し上がらないかしら? なんて思うこともあるけれどそんなことはしない。
できない。
守ってあげたくなる程度には彼に好意を抱いてしまっているのだから。つまり、情が湧いたというやつね。
私も、立派な海の魔女にはほど遠いわ。
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