悪役令息な婚約者の将来が心配です。

ROSE

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1 おとぎ学園の問題児たち

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 物語には均衡が必要だ。
 壮大な物語には豊かな悪役が登場する。
 物語を彩る最上の存在。悪。
 私たちは善を苦しめ脅かす立派な悪になるため日々研鑽を積んでいる。
 
 全寮制のおとぎ学園に通う私たちは入学時に善の学級と悪の学級に振り分けられ、将来立派な物語の彩りになるため己を磨いている。とはいっても全員が主役になれるわけではない。
 私はかつて偉大な祖母がそうであったように、純粋な乙女を騙して美しいものを奪う深海の魔女になることが目標だ。
 が。
 入学前から既に少し計画が狂ってしまって……エドガー・フォン・ザータンとおいう貴族のお坊ちゃんと婚約する羽目になってしまったけれど、まあ、彼も悪学級に入ってくれたし学校の成績は優秀だから許してあげている。
 婚約はしているけれど、正直彼の家には興味がないし、結婚する気もない。私の人生の為になら彼を裏切ることだって簡単だ。だって私は極悪の魔女だもの。甘い言葉で囁いて絶望に落としてこそ深海の魔女だ。
 けれどもそのための事前準備って本当に大変。
 母の魔術書を盗んで小国の人間達を洗脳し、その国のお姫様という肩書きを手に入れた。勿論、肩書きだけ。
 お姫様の教育なんて大変すぎてやる気もない。それにあの気取った動きとか話し方は好きになれない。
 貴族のエドガーに合わせて肩書きを手に入れただけ。だって、悪のプリンセスと貴族の方がそれっぽいもの。そのうちエドガーに国を持たせてあげるのも悪くないと思っているけれど、その時はもっと大きな国を狙うわ。その分魔力もたくさん必要になるけれど。

 私は立派な悪になるため生まれた。英雄をとって食うような強烈な悪に。
 優れた魔法薬を作る一族の知識と他者の寿命を奪う能力。どちらも悪に相応しいでしょう?
 祖母はあの人魚姫を追いつめた海の魔女だもの。由緒ある系譜よ。
 それに引き換え、エドガーは……英雄の血筋といわれた方が納得できる性格ね。
 食堂で塩と砂糖のラベルを張り替え満足してる婚約者を見てため息が出る。
 その調味料、あまり使う人がいないわ。
 私ならオレンジジュースのピッチャーに鼻毛が伸び続ける薬を仕込むわ。
 そう思いながらも嬉しそうに二人分の食事を運んでくる彼になにも言えなくなる。

「マヌエラ、君は海藻サラダに小魚のスープでよかったかな?」
「ええ、たこは抜いてくれたでしょう?」
「勿論だとも」
 そう言う彼の皿にはたっぷりと鶏肉が乗っている。私に気を遣って蛸料理は口にしない。それどころか魚料理も。
 ペットにウツボとウミヘビを飼ってると話した頃から魚を口にしなくなったあたり、相当気にしているのだろう。なにせ以前はウツボが大好物だったのだから。
「午後は合同授業だ。しっかり食べて英気を養おう」
 合同授業決闘演習。
 学内で唯一模擬決闘を行える授業。
 作法はうるさいが得意な武器で戦える。殺さない程度に。
「エドガー様は毎回楽しみにしているわね」
「勿論だとも。必ずやあなたに勝利を捧げよう」
 残念ながら団体戦だ。
 エドガーは勝てても他のメンバーが負けてしまい入学してから一度も勝てた試しがない。
 勿論、私も決闘は苦手。
 だって蛸だもの。陸じゃ人間の方が有利よ。
 心臓が三つあるから実戦じゃ死んだふり戦法も使えるけれど実習じゃ無理。むしろ本番に備えて切り札は隠しておくべきね。
「毎回挑むだけ疲れるわ。適度にサボればいいのよ」
「しかしマヌエラ……それではいつまで経っても我ら悪学級は勝利の栄冠を手にできないではないか」
 そう、エドガーが力説している間に食堂内で悲鳴が響いた。
 その直後、忌々しい声が響く。
「マヌエラ! また貴様か!」
 善学級の首席、輝く王子様。リヒトだ。
 多くの物語で描かれる美形王子を寄せ集めにしたような失敗作だ。彼は主役にはなれないもの。
 正直、見た目だけならエドガーの方が整っている。
「あら嫌だ。せっかく婚約者との昼食を楽しんでいるのに無粋ね」
「黙れ! 今度はなにを盛った!」
 ギャンギャン吠える姿が子犬みたい。
「なんの話かしら?」
 心当たりがありすぎるから知らないふりをする。
「私の婚約者に言いがかりはよしてくれ」
 エドガーが割り込んだ。美形なだけあって凄むと迫力がある。
「言いがかり? お前はなにもわかっていない。この女は涼しい顔をして平気で他人に毒を盛るとんでもない女だぞ? さっさと別れた方がお前の為だ」
 リヒトは私を散々罵り、エドガーにはもっといい相手がいるはずだと説得を始めた。
 概ね彼の意見に同意してしまうのでなにも言わない。けれどもそれが余計にエドガーをたきつけてしまったらしい。
「ふざけるな。私が愛する女性は生涯マヌエラただひとり! 貴様の言動に彼女が酷く傷ついているではないか! 貴様それでも善学級か!」
 全く傷ついていない。それどころかよくぞ言ってくれた。その調子でエドガーを説得してくれと心の中で拍手喝采していたくらいだと言うのに、どういうわけかエドガーの目には私が酷く傷ついているように見えるらしい。
「うぐっ……しかし、エドガー、お前は明らかにあの女に騙されている。聞いてくれ。あの女はルチアの飲み物に毒を盛った。激しい嘔吐が治まらずに医務室から出てこれなくなっている」
「可哀想に。きっと酷い病気なのね。感染症かも知れないわ。エドガー様、リヒト王子に近づいちゃだめ。あなたまで熱を出したら大変!」
 わざと見せつけるようにしてエドガーを案じ、腕を引く献身的な婚約者のように振る舞う。
 あれはリヒトに飲ませるつもりだったのにあの女が飲んだのね。つまらない。
 決闘演習中激しい嘔吐に襲われるリヒトをエドガーと一緒に馬鹿にしてあげるつもりだったのに。
「むむっ……そんな病が流行っているのか? 貴殿らもしっかり感染症対策をしてくれ。授業に影響が出てはいけない」
 単純なエドガーはあっさりと私の言葉を信じた。それどころか敵であるはずのリヒトの身まで案じるなんて……。
 ほんと、悪学級に向いてなさ過ぎるわ。
「……エドガー、俺はお前がその女に騙されていることの方が心配だ」
「なにを言っている。マヌエラほど素晴らしい女性はどの世界を、いや、どの物語を探したって存在しない。さては、リヒト……私たちの仲に嫉妬して引き裂こうとしているな? マヌエラは素晴らしい女性だが、残念ながら既に私の婚約者だ。諦めたまえ」
 はっはっはとこれまた完璧な……三流役者みたいな笑い声を披露してくれる婚約者に呆れる。
 ほんっと、馬鹿にも程があるわ。
「……心配するだけ無駄か……ああ、今朝はブルーノの散歩をありがとう。彼はお前によく懐いているな」
 リヒトは呆れ、それから思い出したように礼を口にして立ち去った。きっと医務室に行くのだろう。
「エドガー様、またリヒト王子の犬の散歩をしていたのですか?」
「……なぜ……礼を言われるのだ? あの男の犬をたっぷり散歩させて疲れさせ、あの男の遊び相手など出来ないようにしてやろうとしたのに……」
 どうやらまた彼の考える悪事が感謝されてしまったらしい。
「……ほんと、あなた……悪が向いていないわ……」
 本人は大真面目なのがまた問題だ。
 この調子じゃきっと決闘実習でも「正々堂々と勝負」なんて言って、善学級の騎士志望者たちよりも見事な剣術で正々堂々と勝利してしまうのだろう。
 確かに勝利は勝利だけど、悪らしくない。もっと砂かけしたり毒霧したり目潰しだの急所狙いだのしなさいよ。
 魔法以外はなに使ってもいいことになっているのに。勿体ない。
「マヌエラ……なにを言うのだ。私はあなたに相応しい、立派な悪になるのだぞ?」
「……あなたがどうやって悪学級への入学を勝ち取ったのか……未だに不思議よ」
 入学式で魂の天秤に学級を分けられる。
 正直、あの瞬間でエドガーと離れられると思っていたのに、天秤が長く悩んだ結果、彼は悪学級に入学することとなってしまった。
「ふっふっふ。私は立派な悪だからな。あなたと共に学生生活を楽しむため、学園長に多額の賄賂を握らせたのだ」
「……うん。そう……」
 確かに悪事と言えば悪事だがスケールが小さすぎる。それをこんなにも誇らしげに語るなんて……。
 リヒトの方がまだ悪の素質があるわ。
「私の素晴らしき悪事にあなたも惚れ直してくれたかい?」
「いえ、全く……」
 どこに惚れる要素があるのか説明してもらいたいくらいだ。
「マヌエラ、あなたは近頃少しばかりつれなくないか?」
「……近頃? エドガー様、私は一体何度溺れたあなたを引き上げればよいのです? 泳ぐと人化が解けるのであまり泳ぎたくないのですが?」
 魔法で人間の姿に化けてはいるものの、本来の姿は蛸の魚人だ。当然、人間の姿のままでは泳ぐことができない。
 つい先日も、敷地内の池に落ちていた。あそこは淡水だからあまり泳ぎたくはないのに。
「水泳訓練は真面目に受けて下さい」
「うぐっ……すまない……あなたの婚約者なのだから泳ぎはなんとか……とは思っているのだが……着衣のまま泳ぐのはあまり得意ではないのだ……」
 その派手な衣装は水をたっぷり吸って重くなるでしょうね。
 呆れてしまう。いくら校則で【悪らしい装い】であれば着る物は自由とはいえ、彼は常に略礼装のような装いだ。いかにも貴族様のひらひらがたくさん。
「水泳訓練は水着着用だったかしら?」
 私みたいな人魚の学生は水泳訓練が必要ない。私はその時間を利用して錬金術を受講しているから水泳訓練の様子は知らない。
「ああ、そうなのだ。私としてはあなたの水着姿も見てみたいのだが」
「必要ないの知ってるでしょう?」
 人魚だもの。
 半身は蛸だけど。
「ああ、勿論。あの姿のあなたも本当に美しい」
 ぎゅっと手を握られる。
 やはりエドガーは頭がおかしいのではないだろうか。
 あの姿を気味悪がらないなんて。
「馬鹿言ってないで早く食べましょう。授業に遅れるわ」
 握られた手の指を一本ずつ外していく。
「うぬっ……マヌエラ、やはり近頃のあなたはつれないぞ? 私はまだあなたに相応しくないだろうか?」
 馬鹿ね。逆よ。
 私があなたに釣り合わないわ。
 そんなことは言ってあげられない。
「これ、ちょっと多いわ。手伝って」
 誤魔化すように海藻サラダをエドガーの鶏肉の上に乗せていく。
「んんっ? 調子が悪いのかい? いつもと同じ量のつもりなのだが……」
「ダイエット中よ」
「なっ、あなたは今のままで美しいのだから無理に痩せる必要はないだろう?」
 エドガーは困惑しきった様子を見せる。
 私は肥満と言うほどではないけど決して痩せている方ではない。
 好意的に表現すればグラマー。豊満な肉体は魅惑的だとは思う。
「着たいドレスがあるのよ」
 そう答えればなんとか納得してくれたらしい。
「ドレスならいくらでも贈ろう。無理だけはしないでくれ」
「はいはい」
 本当に甘い人。
 これで本当に立派な悪になれるのかしら?
 
 
 
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