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ジャスティン 1 秘密を抱えた婚約者 2
しおりを挟む「殿下……戻りが遅いと思ったら……なんてことを……」
エイミーが珍しく動揺を見せる。選ぶ言葉が見つからないとでもいう様子だった。
「……黙れ。シャロンが悪い。あんなにかわいく……くそっ……なんで泣き顔があんなにかわいいんだよ」
酷いことをしてしまった自覚はある。
弱っている彼女が気を失うまで欲望のまま彼女を犯した。
「いくら婚約しているとは言え……これが陛下の耳に入れば……」
「そもそもあいつらが面倒な問題を片付ければシャロンとの結婚を早めると約束を何度も破るのが悪い」
必死に頑張っても褒美はなしだ。それどころかシャロンを抱きしめることさえ許されない。そしてシャロンに他の男の影だ。
「……まぁ……初めてがこんな場所なのは……可哀想なことをしてしまったとは思うが……」
体が辛いのか、泣き疲れてなのか、藁の上で蹲ったシャロンは随分と深く眠っているようだ。あまりにも酷いことをしてしまったと思ったので、手枷を外し、上着を掛けてやった。
「控えめに言っても最低です。貴方が我が国の王子でなければ処刑されればいいのにと思います」
エイミーは少し苛立った様子を見せる。ベテランの工作員であるはずの彼女がこうなのだからシャロンの家族に知られたら刺されるかもしれない。
「うるさい。シャロンは俺のだ。まぁ、怖がらせてしまったとは思うが……あんなかわいい顔を他の男に見せるシャロンが悪い」
俺にはあんな顔、見せてくれない。
結局ジャスティンの不満の元凶は消えていない。
しかし、シャロンをいつまでもこんな地下牢に入れておく訳にもいかない。
「シャロンが俺だけを愛すると誓ってくれればすぐに出してやるのに……」
年々、独占欲が強くなっていることは自覚している。あの愛らしい彼女を奪われてしまった気がして、取り戻そうと必死になっていたことも。
「……あの男、なにか吐いたか?」
「いえ、彼はシャロン様の主治医だというばかりで。あの薬は神経を少し麻痺させる薬のようです」
シャロンもあれは処方薬だと言っていた。
ああ、あの時のシャロンの怯えた顔、すごくかわいかった。思い出しただけで胸が高鳴る。
「シャロンはどこか悪いのか? そんな話は聞いたことがないが……」
あの男と随分親しそうだった。そもそも神経を麻痺させる薬なんてなにに使うのだろう。
「医者の守秘義務だとかほざくから、左手の指を一本ずつ折ってやったのに、吐かない程度には頑張っていますね」
エイミーはそう言ってじっとシャロンを観察する。
「ちゃんと生きていますか?」
「ああ、寝ている。寝顔がすごくかわいいんだ。……見せてやらないぞ」
だいぶ寝息が安らかになってきたシャロンを隠すように隣に横たわる。
赤く熟れた唇が、美味しそうだ。そっと指で唇を撫でれば、彼女の体が予想以上に大きく反応する。
「んんっ……」
昨夜の熱を思い出す、悩ましい声が漏れる。
「シャロン……一度も二度も大差無いと思わないか?」
怯えさせたいわけではない。苦痛を与えたいわけでもない。
けれども、目の前の美味しそうな彼女を見て耐えられるはずがない。
唇を重ねれば、甘い声が漏れる。
舌を滑り込ませれば体がガクガクと反応する。
少し苦しそうな甘い声が脳を痺れさせる。もっと彼女が欲しい。そう、頭を押さえた途端、細い腕が胸を叩く。
「んんっ……でん……か……もうっ……だめっ……」
少し幼い雰囲気のシャロンがトロンとした瞳で見つめた。
「なにがだめなんだ? 今更一度も二度も変わらないだろう?」
逃げだそうと動くせいで、彼女にかけた上着が落ちる。
白い肌にいくつもの執着の痕が残っている。
なんて美しいのだろう。
思わず見惚れてしまう。
「……あの……その……は、は、恥ずかしいので……み、見ないでください……」
頬を染め、顔を伏せてしまう姿はいつもの澄ました顔とは大違いだ。幼い頃の彼女を思い出す。恥ずかしがり屋で、人に見られるのが苦手だったシャロン。緊張すると手元が狂っていつも上手にできることがなにもできなくなってしまう。
「ああ……俺のシャロン……戻ってきた……俺のかわいいかわいいシャロン……」
ずっと見たかった。ころころと表情の変わる、愛らしいシャロンが。
思わずきつく抱きしめる。
「でん……か?」
シャロンは驚いて恥ずかしがっていたことも忘れてしまったようだ。
「シャロン、俺の前ではいつも澄ました顔ばかりで……ずっと表情が変わらなかった。時々変わったと思うと困った顔ばかりだ。もっといろんな顔を見せてくれ」
「えっと……私、そんなに酷い顔でしたか?」
「かわいいよ。いつも。お人形さんみたいで。気取った澄ました顔をするように教育係達に言われていたのだろう? けど、俺はもっと笑ったり泣いたり驚いたり怒ったりするところが見たい」
そう告げれば、シャロンは困ったような顔をする。
「私……殿下に嫌われてしまったのだと……」
「俺が愛しているのは世界でシャロン一人だ。お前が俺のものにならないのなら最初にお前を奪った男を殺して国を壊す」
冗談ではない。本気だ。シャロンが手に入らないなら王になる意味もない。シャロンを嫁にもらえないのなら王位を継がないと宣言している。
まだ不安そうな顔をしているシャロンの頭をそっと撫でれば、一瞬驚きを見せ、それから大人しく体を委ねられる。
昨夜はあんなに手荒く扱ったのに、シャロンは許してくれるのだろうか。
「私、どうして殿下を怒らせてしまったのか……まだわかりません……でも、殿下がとても苦しそうで……酷いことをしてしまったのですね」
とても悲しそうな顔をされる。
いろんな顔が見たいとは思ったが泣き顔ばかりというのも問題だ。
「殿下は、シャロン様が他の男性と関係があると疑っていますの」
エイミーが作られた少女の声で言う。
一瞬で空気を変えられるこの演技力が恐ろしい。
「あなたは……」
シャロンは驚いて起き上がろうとし、それから自分が裸だと気づき慌てて体を隠す。
「あのドラウトという男性とはどのような関係ですの? 返答によっては……あたしが殿下を頂くわ」
正直ジャスティンとしてはエイミーだけは死んでもごめんな相手だ。彼女はとても執念深く些細な恨みをいくつもいくつも蓄積させ、ネチネチと責めてくる。
けれどもシャロンは彼女の言葉を真に受けたのか悲しそうな顔を見せた。
ああ、なんてことだろう。どうして今まで気付かなかった。彼女は、エイミーを知っていた。噂を耳にして、傷ついていた。ただ、見えないところで一人で悲しんでいた。
「ドラウト先生は……幼い頃からお世話になっている私の主治医です」
シャロンは静かに答える。そして、彼女の表情が消える。
「どこか、悪いのか?」
とても深刻な病なのであれば処方薬を取り上げてしまったことは問題だ。
「……それは……」
シャロンは俯き、顔を覆う。
「シャロン、答えろ」
少し強い口調で言えば、シャロンはふるふると震えている。
「それは……殿下にだけは……知られたくなかったのに……」
また、泣かせてしまった。
「俺には知られたくないって……まさか、子が産めない体なのか?」
シャロンが隠したがるとすればそのくらいしか思い浮かばない。子が産めないのであれば婚約は速やかに解消されてしまうだろう。
シャロンは黙り込み、それから深呼吸をする。
「いいえ……その……私……私の……私の恥ずかしいお口を……その……少し感覚を鈍らせて……お、お外でも食事ができるように……相談……させていただいていました……」
シャロンはどんどん赤くなり、とうとう上着の中に顔を隠してしまう。
「恥ずかしい……口?」
「……外で、食事?」
エイミーと二人、首を傾げてしまう。
シャロンの食事と言えば、幼い頃キャンディを頬張る姿を数回しか見たことがない。本当にごく稀に茶菓子を口にすることはあったが、それも一口で止めてしまう。
「どういうことだ?」
上着をずらし、シャロンに訊ねる。
「……ですから……人前でお食事ができるように……」
恥ずかしそうに視線を逸らされる。
「ううっ……ですから……お口が……とっても敏感で……で、殿下に触れられると……とても人前に出られない状態になってしまうので……そうならないように……」
顔を真っ赤にしてまた泣きそうになるシャロンを抱きしめる。
「俺に触れられると……」
口が敏感でって……つまり、シャロンが口づけを拒んでいたのは……。
「口が感じすぎるから拒んでいたのか?」
訊ねれば、恥ずかしそうに頷かれる。
「じゃあ、あいつとは……」
「医者と患者の関係です」
つまり勝手に勘違いしてシャロンをたくさん傷つけてしまったのだ。
「シャロン……すまない……お前にたくさん酷いことをしてしまった……」
謝って許される問題ではない。それに、ジャスティンはシャロンを失いそうになればまた彼女に酷いことをしてしまうだろう。
「……怖かった……すごく……怖かったです」
過去形で言ってはいるが今だって怖いはずだ。いつ、ジャスティンが怒り出すか、彼女はいつだって怖いはずだ。
けれどもシャロンの次の言葉は想定外だった。
「でも……殿下……時々優しくて……怖い殿下と優しい殿下が……すごく悩んでいるようで……私、いけないことをしてしまったのだなって……」
シャロンの様子がとても幼く見える。
教育係の言いつけがぽろぽろと剥がれ落ちた素の彼女はこんなにも幼い印象なのか。普段背伸びをしている分、余計にそう見えるのかもしれない。
「恥ずかしいお口の私より……ああいう可愛らしいお方の方が殿下に相応しいのかもしれないと……思ってしまって……」
また、ぼろぼろと泣き出してしまう。
ああいう可愛らしいお方、と、一瞬エイミーを見たシャロン。これはもう正直に言うしかない。
「シャロン、お前を悲しませてしまって本当にすまない……エイミーは、俺の部下だ。その……お前が俺のわがままにも顔色一つ変えないから……お前の気を惹きたくて、浮気相手のふりを頼んでいたんだ……その……少しくらい、怒ってくれるんじゃないかと期待してた。けど……お前、言いたいことがあるならはっきり言え。隠れてめそめそ泣くな!」
優しくしたいのに、ついキレてしまう。
こんな風では嫌われてしまうとわかっているのに、どうもわがままなクソガキから成長しきれない。
「その……シャロンは、もう少し、嫌なことは嫌と言うべきだ」
そう告げれば、シャロンはぽかんとした表情を見せ、それから微かに笑った。
「……そう……うん。やきもち……そうだったの……」
少しはにかむように、それでいて、嬉しそうに見える。
「私、彼女にやきもちを妬いていたのね」
シャロンは少し納得したようだった。
「シャロン?」
「私、やきもちで国家転覆を企てた罪になるのでしょうか?」
少しずれているが根が真面目なシャロンは、罪状を本気にして考え込んでいたようだ。確かに、反逆罪とは言った。けれど、投獄のための適当な理由でシャロンがなにかを企てているなど思っていない。あの男の方はもっと調べておくべきだが。最悪腕の一本足の二本くらい切り落としても構わないくらいには思っている。
「あれは……お前が俺を敬わないからだ。いつも気取った顔で……お前の婚約者である前に俺はこの国の王子だぞ? 俺が食えと言ったら茶菓子も食え。食事に誘ったら断るな」
むちゃくちゃだとはわかっている。けれども、シャロンを捕らえる理由が欲しい。
「俺の誘いは断るくせに他の男と居れば……なにか企んでいるかと思うじゃないか」
かっこ悪い。日頃からシャロンの前では散々かっこ悪いが、今日ほど酷い日はないだろう。ジャスティンは舌打ちをする。
「では……その……冤罪?」
「……いや、お前は俺の心を完全に乱したんだから有罪だ。一生俺から離れることは許さない」
むちゃくちゃだ。
「殿下、プロポーズならもう少しまともなことを言ってください」
なぜか格子の向こうのエイミーが口を挟む。
「うるさい。黙れ。シャロンは俺のだ。誰にも渡さん。お前、暇だろう。シャロンの着替えを持ってこい。それと湯の用意をさせておけ」
エイミーを睨み命じる。
「シャロン、その……寒いだろう? すぐ出してやる。湯の用意も」
けれどもシャロンは返事をせずに、じっとエイミーを見た。
「殿下はあなたにもこうなの?」
「部下の前では一日中怒鳴っていますよ。仕事はできるので構いませんが、殿下の執務室はとても騒がしいです」
エイミーから少女の声が消え、淡々と言う。
「くそっ……シャロンに余計なことを言うな」
「殿下は、言葉は乱暴ですけど……お優しい方です」
「ええ、とても王族とは思えない暴言が酷いですが、仕事はきちんとこなしてくださるので我々も特に不満はありません。シャロン様に密告する内容は増えますが」
嘘だろう。ジャスティンは心の中で悲鳴をあげる。
元々他人の弱味を集めてそれを突くのが趣味なエイミーだ。そのこと自体には驚かない。問題はその活用方法だ。
どういうわけかエイミーはシャロンの味方をするつもりらしい。主であるジャスティンを売ってでも。
「密告……なんだか物語の中のような響きですね」
シャロンが笑う。
まぁ、シャロンが笑ってくれるなら、なんでもいいかと諦める。
それから視線でエイミーを急かす。
「シャロン、昨日はなにも食べていないだろう? あとで消化に良い物を用意させる」
「……そう言えば……お腹が空きました」
冷め切った料理は、シャロンの服を切り刻んだ時にいくつかのパーツが入り込んでしまいとても食べられる状態ではない。
「すまない、お前を苦しめたかったわけじゃないんだ。ちょっと泣かせて……あいつを捨てて俺のところに戻ると言えば許してやるつもりだったのに……お前はなにも心当たりがないなんて言うから……いや、俺の勘違いだったのだから当たり前だ……その……許してくれとは言えない。けど……見捨てないでくれ」
なんとも情けない言葉しか出てこない。
「殿下……その……次は……優しくしてくださいね」
恥ずかしそうに視線を逸らすシャロンに驚く。
次? 彼女は今「次は」と言った。
つまり。
「次、があってもいいのか?」
「私は……殿下と婚約した時点で、その、それなりに……受け入れてはいたつもりです。けど……その、想定より少し早かったし、突然で、まだ心の準備が……」
「お前……俺が謝ったのがその部分だけだと思っているのか? この俺が謝っているんだぞ?」
「えっと……暗いところに閉じ込められるのはもう嫌です。でも……もし、そう言うことがあるのでしたら、次はせめて枷を外してください」
嘘だろう。
頭を抱えたくなる。
「……そういや、酷くされたいって言ってたな……」
喉元過ぎればというやつだろうか。恥じらうくせに言ってる内容はもう少し恥じろと言いたくなってしまう。
「もうここは使わないつもりだったが……お前が言うなら、シャロンが悪い子の時はここに閉じ込めることにするよ」
また怖くて泣いてしまうかもしれないが、それはそれでかわいい。
ぎゅっと抱きついてくるシャロンが本当にかわいい。
「風呂に入って、温かい食事を食べたら、今日は俺のベッドでゆっくり寝ていい。寝心地は保証するぞ」
優しく髪を撫でれば、ただ嬉しそうに頷いた。
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追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
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