奪われたはずの婚約者に激しく求められています?

ROSE

文字の大きさ
17 / 47

シャロン 4 奪われたい 1

しおりを挟む

 そろそろ眠ろうかと、読み物の手を止めて灯りを消そうとした瞬間だった。
 窓を叩くような音が響く。
 風が強いのだろうか。
 そう考え、それにしては音の間隔が不自然な気がした。
 人?
 そう言えば、エイミーが戸締まりに気をつけろと言っていた気がする。
 怖くなった。誰かを呼ぼうかとも思ったが、この時間に騒ぎ立ててなにもなければまた問題になるかもしれない。
 シャロンは手近にあった辞書を手に、警戒して窓に近づいた。
 するとまた叩く音がする。

「シャロン、俺だ。開けてくれ」

 目に入った姿に驚き、言葉が出ない。
 どうしてシャロンの婚約者は窓の外に居るのだろう。ここは二階だ。もちろん、階段も梯子もない。
「……か、壁を登ったのですか? 殿下……」
 万が一落下して怪我などしたらどうするつもりだろう。仮にも我が国の王位継承者だというのに……下手をすれば即死だ。
 シャロンは慌てて窓を開ける。
 彼の護衛はなにをしているのだろう。
 どうせ気配を探ることすら出来ないけれど、一応辺りを見回してみる。
「なんだ? 誰か探しているのか?」
 入ってきた殿下はむすっと不機嫌そうな様子を見せる。
「……殿下の護衛の方はいらっしゃらないのですか? この時間に……」
「ん? 邪魔だったから気絶させてきた」
 あっさりとそう告げる彼に、シャロンは言葉を失った。
 一体なにを考えているのだろう。仮にも王位継承者だというのに。
 確かに殿下は人並み以上になんでも出来るお方かもしれない。
 けれども、万が一シャロンの兄たちが彼を害そうとした場合、止められる人間がいない。
 護衛騎士がいたところで止められる気もしないが、有事の際は盾程度の役には立つはずだ。
「……お前のそれは、驚いているという解釈でいいのか?」
 呆れたような声で現実に引き戻される。
「え? あ……はい。とても、驚きました」
 どうして窓からだとか、護衛の人はどうなってしまうのだとかたくさん考えることはある。
 けれども、殿下の姿に安堵したのもまた事実だった。
「あの……殿下、その……」
 突然クラウド夫人の授業がなくなってしまったことが気になっている。
 けれども、どう訊ねればいいのか、シャロンは言葉を探せなかった。
 すると、殿下の両腕に包まれる。
「お前はなにも心配するな。全部俺に任せろ」
 ぎゅっと抱きしめる力強い腕が、普段の彼とは違いとても逞しく感じられる。
「……はい」
 伝わる温もりが、鼓動が、じんわりと幸福を生み出す。
「ずっとお前に会いたかった。どうしてエイミーにパイを渡したんだ? あいつ、俺の前で見せびらかしながら食べていたぞ?」
 拗ねた様な声にやはり普段の殿下だろうかと思う。
「作りすぎてしまったので……」
「だったら俺に持って来い。ミートパイは大好物だ」
 その声色は、少しだけ照れた少年を思わせる。
「ですが……殿下に手料理を渡すなど……」
「……うるさい。お前の作るパイが大好物なんだ。黙って俺の為に焼け」
 ぎゅっと力を込められ、困惑する。
 これは、子供の駄々と同じだ。
「……私、殿下にはお渡ししていなかったと思うのですが……」
「……ジェフリーが弁当に持って来ていただろ」
 確かに作りすぎたものはいつも兄たちに持たせている。
 正直、二人とももうパイを見ればうんざりするほど食べ飽きているはずだ。それでも付き合ってくれる二人には感謝しなくてはいけない。
「貴族の娘の趣味が料理というのは珍しいとは思うが、お前の手料理ならいつでも大歓迎だ。毒を盛られたって最後まで食べる」
「盛りません」
 むしろ盛って欲しいとでも言うような勢いだった。
 どうやらいつもの調子の殿下に戻っているらしい。
「あの、クラウド夫人がもう来ないというのは……やはり、私はもう殿下の婚約者に相応しくないということなのでしょうか?」
 一度投獄された身だ。それも受け入れなくてはいけない。
「は? なにを言ってる。俺がお前以外と結婚するはずないだろ」
 バカなことをいうなと、殿下の両手がシャロンの頬を包んだ。
「お前と結婚出来ないなら、お前を殺して僕も死ぬ」
 真っ直ぐ見つめる瞳は、どこまでが本気なのだろう。
 けれどもその言葉が妙に魅力的に感じられた。
「はい……殿下になら、殺されても構いません」
 殿下の隣に他の誰かが経つところを見るのは苦しい。
 その苦しみを与えられるくらいならば、命を奪われる方がずっといい。
 そんな心を見透かされたのか、殿下の瞳が僅かに翳る。
「どうしたら……お前の全てが手に入る?」
 大きな指が、シャロンの唇を撫でた。
 たったそれだけの行為が背筋をぞくぞくさせてしまう。
「どうしても、お前の心が手に入らない気がする。どうして……気持ちにずれを感じるのだろうな」
 優しく、唇が触れる。
 敏感な唇は、それだけで声が漏れてしまいそうだった。
「シャロン……触れるだけでもそんな表情かおになるのか?」
「あ、あまり……見ないで下さい」
 恥ずかしい。
 唇から手は離れたはずなのに、視線を向けられるだけで鼓動が速くなる。
「その……私のような……はしたない女では……」
 殿下に相応しくない。
 そう、口にしようとすると空気を奪われたかのように呼吸が苦しくなる。
「はしたない? 構うものか。俺はそんなお前がいいと言っている」
 今度は乱暴に顎を引かれ、それでも優しく唇を啄まれる。
 二度、三度と触れあう度に全身がもどかしい感覚になる。
 ただ、触れあっているだけのはずなのに、シャロンは自分の足で立てなくなるほど力が抜け始めた。
「殿下ぁ……私……へんになりそうです……」
 ふらついた体を支えられる。
「ああ……すごく可愛い」
 頬に触れた唇が、ちゅっと小さな音を立てたと思うと、シャロンの体がふわりと浮き上がった。
 抱えられたのだと気づくまで、少し時間が掛かったのは頭がふわふわしているせいだ。
 殿下はそのままシャロンのベッドへ進む。
 つまり、そういうことなのだろうか。
 まだ、心の準備ができていない。
 けれど、体の熱が求めている気がする。
 シャロンはぎゅっと彼の首に手を回す。
 体を密着させればどきどきとした鼓動が互いに伝わり合う。
 求めているのはシャロンだけではないはずだった。
 


 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...