27 / 47
ジャスティン 5 確信する 2
しおりを挟むカラミティー侯爵家に到着すると随分と騒がしかった。
一体何事かと、ジェフリーがいつもの気怠そうな様子からは信じられないほどの速度で歩き、使用人を捕まえる。
「なにかあったの?」
「シャロンお嬢様が……」
「シャロンが?」
「……どうしてもクラウド夫人に用事があると……お一人で……と、止めようとしたのですが……男性使用人も……」
おろおろとした様子の女性は、洗濯婦だったはずだ。
彼女の視線の先には怪我をしたらしい使用人達が支えられてやっとの思いで立っていたり、その場で手当を受けたりしている。
「……これを、シャロンが?」
ジャスティンはそれ以上言葉が出なかった。
アレクシスの仕業と言われた方が納得がいく。腹の虫が治まらないから使用人に八つ当たりしたのだと言われた方が納得できる。
「兄さんは?」
ジェフリーが冷静な様子で使用人に訊ねた。
「談話室にいらっしゃいます」
「わかった。ありがとう」
ジェフリーは使用人に礼を言ってそれからジャスティンに来いと仕草で告げる。
使用人には礼を言うくせにジャスティンの扱いは雑。その事実に少しばかり不満を抱く。
そもそも使用人に礼を言うのはジェフリーくらいではないだろうか。
案内されるまでもなく、カラミティー侯爵家の間取りはだいたい把握しているが、それでも住人がいる手前ジェフリーの後を追う。
本音は今すぐにでもシャロンを追いたい。しかしなにが起きたのか把握しておくべきだ。
談話室に足を運べば真っ二つになった長椅子の上で器用に座りながら煙管を弄んでいるアレクシスがいた。
「兄さん、シャロンになにがあったの?」
ジェフリーが問えば、面倒くさそうに煙管を向け、視線で「火」と告げる。
利き手が不自由だから着火出来なかったのだろうか。
ジェフリーが無言で煙管に火を点ける。
アレクシスは息を吸い込み、それからふーっと煙を吐き出した。
「シェリーがクラウド夫人におかしな点があるかもしれないと言い出した……とても気になると。私が聞いてこようと言ったのだが、自分の問題だから自分でなんとかしたいと。かわいい妹の願いだ……カラミティー式交渉術を伝授しておいた」
「……それ、脅迫とか拷問ってやつじゃないの?」
ジェフリーは溜息を吐く。
「なんだ? カラミティー式交渉術とは」
「え? 兄さんがよくやってるでしょ? 父さんの首絞めたり、あー、陛下の顔の真横に突きを入れて壁を壊したこともあったような……」
つまりとても物騒なものなのだろう。
「いくら伝授されたからと言ってシャロンがそんなこと……」
できるわけがないと口にしかけ、先程の惨状を思い出す。
「この椅子は兄さん? シャロン?」
どっちでもいいけどと、兄が座っていない方の残骸を片付け始めるジェフリーは相当慣れているのだろう。
「私だ。シェリーがあまりにも……私の殿下、などと口にする……急にどうしたというのだ?」
アレクシスは苛立っているのか、残っていた肘置きを砕いた。
「シャロン、ああ見えて結構独占欲強い子だと思うけど? 本人も無自覚かもしれないけどね」
ジェフリーはそう言って、ジャスティンを見た。
「ドレスの件を確認しに行く、というか……カラミティー式交渉術で返却を迫るのかもしれないね」
「……それで、クラウド夫人の手元になければ?」
「……兄さん、なんて教えたの?」
「頭を少しずつ握って、多少なら骨を砕いても構わないと。まあ、シェリーの小さな手では無理だろうが」
シャロンの手が小さくてよかった。
ジャスティンは神に感謝する。
婚約者が殺人事件を起こしたとなれば大事件だ。
「他の交渉方法は?」
「利き手と逆で握手を求め、骨を砕く」
「……物騒にも程があるよ……あー、シャロンが王妃になんてなったら朝廷すら恐怖で支配できるんだろうな」
ジェフリーは溜息を吐く。
「兄さん、頼むから家で大人しくしててね? 僕が人柱連れて迎えに行ってくるから」
アレクシスが大人しくなどしていられるのかは疑問だが、弟の言葉に大人しく頷く。
それを確認したジェフリーは、ジャスティンの腕を掴んだ。
「さっさと行くよ。大丈夫、シャロンは殿下の顔が大好きだから……うん。暴れてても殿下の肖像画見せれば大人しくなったから、実物があればもっと効果的だと思う」
「は?」
「シャロンが別邸を崩壊させたときも殿下の肖像画を掛けていた壁だけは無事だったから」
喜ぶべきか微妙に悩む話にジャスティンは困惑した。
「別邸に俺の肖像画を飾っていたのか?」
「あの頃はまだ母さんがいたからね。シャロンに未来の夫の顔に慣れておきなさいって」
珍獣扱いでもされていたのだろうか。
カラミティー侯爵家の人間は悉く王族に対する敬意がないように思えた。
「ほら、馬車乗って。一番速い馬用意させるから」
普段は一番のんびりしている奴に急かされるのはなんとなく屈辱に感じられたが、そんなことを言っている場合ではないので大人しく従う。
シャロンはどのくらい前に出発したのだろう。
クラウド伯爵家の別邸はこの場所からそう遠くない。クラウド夫人は別邸で過ごしているはずだから、シャロンは真っ直ぐそこへ向かっているだろう。
「……はぁ……殿下……我が家……そろそろ賠償金で破産しそうなんだけど……」
「それなりに収益がある領地だろう? それに、事業だって手広く……」
アレクシスは商才もある。稼いでいるはずだ。
「は? 稼ぐ倍の速度であちこちで問題起こす兄だよ?」
急に真顔になられ、思わず背筋を伸ばした。
普段気怠そうな雰囲気のくせに、急に視線が鋭くなる。
「シャロンの問題の分は殿下が肩代わりしてくれるとものすごーく嬉しいな」
「……シャロンが起こす問題なんてかわいいものだろう?」
既にしでかしてしまっているジャスティンはきっと強くは言えない。
本来であれば多額の賠償金を支払わなくてはいけない立場だ。
「ま、まあ……妻の問題を片付けるのは夫の役目、だしな」
動揺を見破られないことを祈る。
それにしても……本当にシャロンが一人でクラウド夫人に会いに行ったとすれば、クラウド夫人は完全に舐めてかかるだろう。そういった状況で、シャロンがアレクシス顔負けの交渉術を披露したら……。
「シャロンには……全力で思う存分やってくれと思ってしまう俺は間違っているのだろうか?」
クラウド夫人にはちょっとした恐怖体験だろう。
けれども、今までの悪事の数々を思えば、シャロンに思う存分やってくれと言いたくなってしまう。
「……法的には問題だよ?」
暴力はよくないと、武官のはずのジェフリーが言う。
「万が一問題になれば、俺がやったことにするさ」
そうすれば、誰も文句は言えないだろう。
今更暴行事件を起こしたってジャスティンにはさほど問題ではない。
殺人にならなければ。
「……殺人になる前には阻止、できるよな?」
「努力はするよ」
なんとやる気のない返事だろう。
同行者は頼りなかった。
車輪の音がやけに大きく聞こえる気がするのは、きっと気持ちが落ち着かないせいだろう。
0
あなたにおすすめの小説
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる