奪われたはずの婚約者に激しく求められています?

ROSE

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ジャスティン 5 確信する 2

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 カラミティー侯爵家に到着すると随分と騒がしかった。
 一体何事かと、ジェフリーがいつもの気怠そうな様子からは信じられないほどの速度で歩き、使用人を捕まえる。
「なにかあったの?」
「シャロンお嬢様が……」
「シャロンが?」
「……どうしてもクラウド夫人に用事があると……お一人で……と、止めようとしたのですが……男性使用人も……」
 おろおろとした様子の女性は、洗濯婦だったはずだ。
 彼女の視線の先には怪我をしたらしい使用人達が支えられてやっとの思いで立っていたり、その場で手当を受けたりしている。
「……これを、シャロンが?」
 ジャスティンはそれ以上言葉が出なかった。
 アレクシスの仕業と言われた方が納得がいく。腹の虫が治まらないから使用人に八つ当たりしたのだと言われた方が納得できる。
「兄さんは?」
 ジェフリーが冷静な様子で使用人に訊ねた。
「談話室にいらっしゃいます」
「わかった。ありがとう」
 ジェフリーは使用人に礼を言ってそれからジャスティンに来いと仕草で告げる。
 使用人には礼を言うくせにジャスティンの扱いは雑。その事実に少しばかり不満を抱く。
 そもそも使用人に礼を言うのはジェフリーくらいではないだろうか。
 案内されるまでもなく、カラミティー侯爵家の間取りはだいたい把握しているが、それでも住人がいる手前ジェフリーの後を追う。
 本音は今すぐにでもシャロンを追いたい。しかしなにが起きたのか把握しておくべきだ。
 談話室に足を運べば真っ二つになった長椅子の上で器用に座りながら煙管を弄んでいるアレクシスがいた。
「兄さん、シャロンになにがあったの?」
 ジェフリーが問えば、面倒くさそうに煙管を向け、視線で「火」と告げる。
 利き手が不自由だから着火出来なかったのだろうか。
 ジェフリーが無言で煙管に火を点ける。
 アレクシスは息を吸い込み、それからふーっと煙を吐き出した。
「シェリーがクラウド夫人におかしな点があるかもしれないと言い出した……とても気になると。私が聞いてこようと言ったのだが、自分の問題だから自分でなんとかしたいと。かわいい妹の願いだ……カラミティー式交渉術を伝授しておいた」
「……それ、脅迫とか拷問ってやつじゃないの?」
 ジェフリーは溜息を吐く。
「なんだ? カラミティー式交渉術とは」
「え? 兄さんがよくやってるでしょ? 父さんの首絞めたり、あー、陛下の顔の真横に突きを入れて壁を壊したこともあったような……」
 つまりとても物騒なものなのだろう。
「いくら伝授されたからと言ってシャロンがそんなこと……」
 できるわけがないと口にしかけ、先程の惨状を思い出す。
「この椅子は兄さん? シャロン?」
 どっちでもいいけどと、兄が座っていない方の残骸を片付け始めるジェフリーは相当慣れているのだろう。
「私だ。シェリーがあまりにも……私の殿下、などと口にする……急にどうしたというのだ?」
 アレクシスは苛立っているのか、残っていた肘置きを砕いた。
「シャロン、ああ見えて結構独占欲強い子だと思うけど? 本人も無自覚かもしれないけどね」
 ジェフリーはそう言って、ジャスティンを見た。
「ドレスの件を確認しに行く、というか……カラミティー式交渉術で返却を迫るのかもしれないね」
「……それで、クラウド夫人の手元になければ?」
「……兄さん、なんて教えたの?」
「頭を少しずつ握って、多少なら骨を砕いても構わないと。まあ、シェリーの小さな手では無理だろうが」
 シャロンの手が小さくてよかった。
 ジャスティンは神に感謝する。
 婚約者が殺人事件を起こしたとなれば大事件だ。
「他の交渉方法は?」
「利き手と逆で握手を求め、骨を砕く」
「……物騒にも程があるよ……あー、シャロンが王妃になんてなったら朝廷すら恐怖で支配できるんだろうな」
 ジェフリーは溜息を吐く。
「兄さん、頼むから家で大人しくしててね? 僕が人柱殿下連れて迎えに行ってくるから」
 アレクシスが大人しくなどしていられるのかは疑問だが、弟の言葉に大人しく頷く。
 それを確認したジェフリーは、ジャスティンの腕を掴んだ。
「さっさと行くよ。大丈夫、シャロンは殿下の顔が大好きだから……うん。暴れてても殿下の肖像画見せれば大人しくなったから、実物があればもっと効果的だと思う」
「は?」
「シャロンが別邸を崩壊させたときも殿下の肖像画を掛けていた壁だけは無事だったから」
 喜ぶべきか微妙に悩む話にジャスティンは困惑した。
「別邸に俺の肖像画を飾っていたのか?」
「あの頃はまだ母さんがいたからね。シャロンに未来の夫の顔に慣れておきなさいって」
 珍獣扱いでもされていたのだろうか。
 カラミティー侯爵家の人間は悉く王族に対する敬意がないように思えた。
「ほら、馬車乗って。一番速い馬用意させるから」
 普段は一番のんびりしている奴に急かされるのはなんとなく屈辱に感じられたが、そんなことを言っている場合ではないので大人しく従う。
 シャロンはどのくらい前に出発したのだろう。
 クラウド伯爵家の別邸はこの場所からそう遠くない。クラウド夫人は別邸で過ごしているはずだから、シャロンは真っ直ぐそこへ向かっているだろう。
「……はぁ……殿下……我が家……そろそろ賠償金で破産しそうなんだけど……」
「それなりに収益がある領地だろう? それに、事業だって手広く……」
 アレクシスは商才もある。稼いでいるはずだ。
「は? 稼ぐ倍の速度であちこちで問題起こす兄だよ?」
 急に真顔になられ、思わず背筋を伸ばした。
 普段気怠そうな雰囲気のくせに、急に視線が鋭くなる。
「シャロンの問題の分は殿下が肩代わりしてくれるとものすごーく嬉しいな」
「……シャロンが起こす問題なんてかわいいものだろう?」
 既にしでかしてしまっているジャスティンはきっと強くは言えない。
 本来であれば多額の賠償金を支払わなくてはいけない立場だ。
「ま、まあ……妻の問題を片付けるのは夫の役目、だしな」
 動揺を見破られないことを祈る。
 それにしても……本当にシャロンが一人でクラウド夫人に会いに行ったとすれば、クラウド夫人は完全に舐めてかかるだろう。そういった状況で、シャロンがアレクシス顔負けのを披露したら……。
「シャロンには……全力で思う存分やってくれと思ってしまう俺は間違っているのだろうか?」
 クラウド夫人にはちょっとした恐怖体験だろう。
 けれども、今までの悪事の数々を思えば、シャロンに思う存分やってくれと言いたくなってしまう。
「……法的には問題だよ?」
 暴力はよくないと、武官のはずのジェフリーが言う。
「万が一問題になれば、俺がやったことにするさ」
 そうすれば、誰も文句は言えないだろう。
 今更暴行事件を起こしたってジャスティンにはさほど問題ではない。
 殺人にならなければ。
「……殺人になる前には阻止、できるよな?」
「努力はするよ」
 なんとやる気のない返事だろう。
 同行者は頼りなかった。
 車輪の音がやけに大きく聞こえる気がするのは、きっと気持ちが落ち着かないせいだろう。


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