奪われたはずの婚約者に激しく求められています?

ROSE

文字の大きさ
26 / 47

ジャスティン 5 確信する 1

しおりを挟む

 休暇明けに護衛として現れたジェフリーは、わかりにくいが不機嫌だった。
 普通、護衛ならば姿勢良く立っているはずなのに、彼は遠慮がないと言うべきか、やる気がないと言うべきか、執務室の長椅子の上で蹲るように座っていた。
「ジェフリー……なにかあったのか?」
 まさかシャロンとの密会がバレたのだろうかとどきりとしてしまう。
 婚約しているのだから会うくらいはいいだろう。いや、一線はとっくに越えてしまっているのだが。
 落ち着かない気分を見透かされないように、極力普段通りを装って訊ねた。
「べーつーにー、殿下には関係ないでしょ……って言いたいけど……たぶん殿下のせいだから兄さんに殿下の頭を握りつぶして貰おうか悩んでるところ」
 なんて物騒な。
 そもそもジェフリーはジャスティンの護衛だろうに。
「お前、仮にも俺の護衛だろ」
「そうなんだけどさ。だって、シャロンがすごく落ち込んでるんだもん。あの子が落ち込むのはいつだって殿下のせいだ」
「は?」
 落ち込んでいる? シャロンが?
 いつだって澄ました顔で平然としている……ように見せかけて余計なことをごちゃごちゃ考えるから……ありえないと切り捨てることはできないな。
「なにがあった?」
「それが僕にもよくわかんないんだよね。昨日お買い物に行ったときは新しい便箋も買うって張り切ってたのに、お店にやってきたお嬢さん見てから元気がなくなっちゃって……シャロンが大人しく僕の膝で寝るなんて何年ぶりだろう」
 膝? シャロンの膝? いや……シャロンが膝枕されたのか?
 ジャスティンはその部分ばかり気になって話の内容を理解するために三度ほど頭の中で反芻した。
「待て、シャロンは誰に手紙を書くつもりだ?」
 便箋を買うなんて珍しい。ジャスティンには殆ど手紙を寄越したことがないくせにと苛立ってしまう。
「今気にするのそこ? 結局疲れちゃって便箋は買わなかったんだよ」
 ジェフリーはわざとらしい溜息を吐く。
「それで、そのお嬢さんなんだけど、テンペスト侯爵家のお嬢さんらしいんだ。でも、シャロンが彼女となにかあったって話は聞いたことがないんだよね。殿下なにか知ってる?」
 訊ねられ、どきりとする。
 テンペスト侯爵家のお嬢さんなんて、コートニー・テンペスト以外存在しない。
 かといってシャロンと直接の接点があるという話も聞いたことがなかった。
「コートニー・テンペストの様子に気になることはなかったか?」
「文具店の店主を罵ってたくらいかなぁ。あ。でも、シャロンはお嬢さんが入ってきたときから彼女のことを気にしていたみたいだよ」
 つまり、コートニー・テンペストの装いに気になる点があったのだろう。
 まさかこれ見よがしにシャロンから奪った耳飾りを着けていただとか?
「巡回の子に聞いたら、お嬢さんの着ていたドレスが殿下のお気に入りデザイナーの作品だって」
「……まさか……」
 シャロンの目の前で、シャロンの為に作らせたドレスを着ていたのか?
 クラウド夫人が没収したものリストを確認する。
「……そのドレスは……このデザインではなかったか?」
 シャロンの為に作らせたときのデザイン画を保管していてよかった。
 デザイン画をジェフリーに見せれば、彼は滅多に見せない驚きの表情を見せた。
「あ……これ……昨日お嬢さんが着てたやつだ……既製服だったの?」
「違う。俺がシャロンに贈ったドレスだ」
 シャロンに似合うと思ったものを注文した。世界でシャロンだけが着こなせるはずだ。なのに……。
「……コートニー・テンペスト……斬首だけでは済まさん……」
 できる限りの積みを暴いてやる。
 ジャスティンは心に誓う。
「だいたいあの女、シャロンとは胸囲が違いすぎるだろう! 俺のシャロンとは!」
 きっと胸囲がぶかぶかだったに違いない。
 詰め物をしたのか仕立て直したのか……。
 なんにしろ、シャロンの前で着るなんて……。
「シャロンは……まさかとは思うが……俺が誰にでも同じ物を贈っていると思い込んでいるのか?」
 ジャスティンはシャロンに出会ってからシャロン以外の女性に自ら贈り物をしたことがない。勿論、礼儀として必要な範囲の贈り物は人に任せている。が、自ら選ぶ贈り物はシャロンが相手のときだけだ。
「……あのドレスは……一月ひとつき悩んであの色に決めたんだぞ? シャロンの肌に合うと……」
 今すぐクラウド夫人を罰することができないだろうか。
 あの女の罪を白日の下にさらせばシャロンの悩みも少しは……いや、きっと事実を知れば知ったで傷ついてしまう。
 くそっ。
 ジャスティンは握りしめた拳を机に叩きつける。
 どうしたらシャロンを傷つけずに済むのだろうか。
「今日は兄さんがシャロンに付いているけど……シャロン、部屋から出てこないんだ。得意のパイが食べたいって言っても……」
 事件だよとジェフリーは蹲る。
 決して背が低い方ではないジャスティンが見上げるほど背があるくせに、仕草が幼い子供のようだ。
「シャロンがパイすら作らないのは本当に一大事だよ?」
「……そんなに頻繁にパイを作っているのか?」
「使用人がみんなパイって聞いただけでうんざりするくらいの頻度で」
 そんなに作るのであればたまには俺に持って来てくれればいいのにと不満を抱く。
 いや、ジャスティンだって立場はわかっている。
 そうそう手料理なんて口にしてはいけないのだ。本来は。
 けれども相手はシャロンだ。
 たとえ毒を盛られていたって最後まで食べてやる。
「……会いに行く」
 落ち込んで、きちんと誤解だと伝えよう。
 けれども……理由を打ち明ければシャロンを傷つけてしまうのではないだろうか。
「殿下、陛下にシャロンと面会禁止って言われてなかった?」
「シャロンと面会禁止と言うのであれば一切仕事をしないと父上に手紙を書いておこう。アレクシスもいつも通りに動けないんだ。父上が悲鳴を上げるに決まっている」
 いつまでも従っているのが馬鹿らしい。さっさと結婚を認めてくれれば今の三倍は働くのに。
「……まあ、確かに……陛下も殿下の監視ばっかりしてられないもんね」
 ジェフリーの考えは読めない。呆れているように見えるが、悪戯を企んでいるようにも見える。
 表情が読みにくい。常に気怠そうな印象だからかもしれないが、カラミティー侯爵家の人間はアレクシスを除き感情を読みにくい。
「お前とシャロンが血縁なのは納得できるが、アレクシスと血縁というのが信じられないな」
「そう? シャロンは結構兄さんと似てると思うけど」
 ジェフリーの言葉に驚く。
 シャロンがアレクシスと似ている?
 シャロンは耐えて耐えて耐え続けて自分の中で押し殺してしまう性格だ。すぐに物や他人に当たるアレクシスと似ているとは思えない。
「シャロンはよく耐える子だけど……限界が来ると兄さんより酷いから」
「は?」
 一体なにを言っているのだろう。
 ジャスティンの頭は理解を拒絶している。
「シャロンは俺がいくらわがままを言っても怒らないだろう?」
「そりゃあ、殿下のわがままなら……まあ、シャロンも困りはするけど……怒るほどでもないって思うんじゃない?」
 シャロンが怒る姿が想像出来ない。
 けれども、限界が来たことがあるのだろう。
「子供の頃、シャロンをからかいすぎて……別邸が崩壊したことがあるんだ」
「……崩壊って大袈裟じゃないのか?」
 しかしアレクシスなら物理的に崩壊させるだろう。
「カラミティー侯爵家に文官が多いのは、力の制御が下手過ぎて、武器の消耗が激しくそのせいで財政難になったことがあるからだって聞いたことがあるけど、アレクシスはまさにその感じだよ。まあ、兄さんは文官でも問題起こしまくってうちの財政に大打撃を与え続けてくれてるんだけど」
 質素倹約というわけでもないカラミティー侯爵家の調度品が安物なのはしょっちゅう壊されるからだと聞いたことはある。
 応接室や玄関だけはそれなりに整えているが、やはりもう少し下位の貴族と比べても質素という印象だ。
「魔法なんて滅びて随分経つけど、生まれ持った魔力っていうか、体質ばかりは仕方がないよね?」
 ジェフリーの言葉ですっかり忘れていたことを思い出す。
 数百年前までは世界に魔法が溢れていた。けれどもいつの間にか魔法というものが衰退した。
 それでも、人には魔力が宿っている。
 それぞれの体質のようなものだ。それは普段全く気にならない、日常生活では全く役にも立たず、害にもならない物が多い。
 ジャスティンだって他人より毒に対する耐性がある程度で、普段は大食いという気にならない程度の体質だ。
 が、カラミティー侯爵家は違う。
 度の過ぎた怪力。これが先祖代々だという。
 侯爵は精々重いものを軽々と持ち上げられる程度なのだが、アレクシスは制御出来ているのか出来ていないのか破壊に特化している。
「その割にお前はあまりそういう話を聞かないな」
 ジェフリーだってカラミティー侯爵家の人間だ。
「僕? まあ、兄さん達と違って制御が得意な方だからね。でも、やろうと思えばたぶんここの壁とか壊せるよ?」
 石造りの壁を指差す。
「やらなくていい」
 出来ると言われてしまえばそうなのだろうと納得するしかない。
「……つまり、シャロンが細腕の割に力があるのは……」
「あれ? 殿下、シャロンになにかされたことあるの?」
 シャロンは気を使ってあんまり人に触れないようにしてるのにと言われてしまい、先日の一件がバレるのではないかとひやひやする。
「ま、まあな……たまに……」
 シャロンに触れられた唇を思い出し、顔が熱くなる。
 いけない。こんなことを考えている場合ではないのに。
「とにかく、シャロンに会いに行くぞ。詳細も確認しないとな」
 報告待ちも多いが、それよりもシャロンだ。
 ジェフリーは呆れたように「はいはい」と返事をして、ゆっくりと起き上がる。
 なんだか怪談話に出てきそうなほどの長身だなと思い、今出発すればこの男と同じ馬車に乗る羽目になるのかと溜息が出てしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件

こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...