シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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出会い

9 新たな試練

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 皇帝、カルロスはラファーガに容赦ない仕事の山を用意していた。
 本来ラファーガの地位では閲覧すら許可されないであろう機密文書まで渡されたときは目眩を覚えたくらいだ。
 意外な事に彼はラファーガを信頼しているらしい。
 学生時代を思い返してもそれほど気に入られる理由が思い当たらない。
 むしろ、若かったラファーガは次期皇帝に少しでも自分の実力を見せつけようと、なにかと勝負を挑んでいた。面倒な相手だっただろう。
 一度も勝てたためしがない。
 それでも懲りずに挑み続けた結果が次席だった。
 兄は常に首席だったのだから同じように首席を目指していたというのに、一度も首席を取れなかった。むしろ学生時代はカルロスを恨んでさえいたというのに、彼のラファーガに対する評価は違ったらしい。
 何度か「お前のような人間は好ましい」と告げられたことがあったが、皮肉と受け止めていた。
 今なら理解出来る。カルロスという男は皮肉など口にしない。
 表情からは読み取りにくいが他人の好き嫌いがはっきりしており、嫌いな相手は全力で自分から遠ざけようとする。
 つまり纏わり付いてくる勢いでラファーガは好かれているらしい。

「ほーら、頑張れ。五年以内に昇進して初恋の彼女を迎えに行くのだろう?」
 本人も忙しいはずなのに、わざわざラファーガをからかいに来る程度には気に入られていると考えるべきなのだろうか。
 皇帝の側近。名誉ある地位を唐突に与えられ戸惑ったが、理由は把握出来た。
「今より昇進することがあるのだろうか?」
「それは私の気分次第だ。正直、補佐官としてのお前を手放したくないよ。私と同等に有能なのだから」
 成績を競い合っていた仲だ。学業的な成績は同等だ。彼の方がやや武芸が得意で、ラファーガは乗馬が得意。お互い苦手分野はほぼない。ラファーガはやや魔力に恵まれない体質だったくらいだ。
「あまり褒められている気はしないが……」
 その方が気楽だからと他の補佐官を追い出し、学生時代と同じように振る舞って構わないと言い放ったカルロスには呆れたが、彼にはそういう部分がある。
 官に囲まれていると息が詰まる。
 書類仕事より現場で動きたい。
 本来であれば他人を使うより自分が動きたい。
 カルロスとはそういう男だ。
「ああそうだ。お前のところの領地、内乱が起きそうだ。制圧は任せる」
「は?」
「制圧できたらリリアンヌを捕らえる手伝いくらいはしてやろう」
 面白そうに笑う皇帝に状況が掴めない。
 帰還してから領地には戻っていない。王都の屋敷で両親と顔を合わせたが、領地に問題があるなんて話は聞いたことがない。
 いや、そもそも父は領地経営を息子に手伝わせたりなどしなかった。
「まさか……」
「いろいろ真っ黒だぞ。お前の父親は」
 どう出る。と興味深そうに観察するような表情。
 ラファーガは一気に血圧が下がるような思いだ。
「まず状況を把握させてくれ」
 作業中の書類を脇に避け、問題となっている領地の資料を探す。
 しかし、虚偽報告は父の得意分野ではなかっただろうか。
「あの父の資料を見抜くにはコツがあると聞いた気がするが……」
 見抜くのは兄の得意分野だった。しかし、ラファーガはそれを伝授されていない。
「……お前の素直な性格では父親の悪事に荷担するなどできないだろうとは思っていたが……お前、父親に信用されていないのだな」
 憐れむような視線を向けられる。
 そんなはずはない。
 父は確かに兄と比べることが多かったが、いつもラファーガを褒めてくれた。兄弟揃って優秀で誇らしいと常に周囲にも言い回り、次席の成績を見てもこれ以上ない栄誉だと喜んでくれた。
 愛されていると思っていた。
 帰還した時だって残った息子を抱きしめ、涙を見せたくらいだ。
 しかし……あの涙が兄を惜しんでのものだったら?
 ぶわりと、胸の奥から暗い感情が湧き上がる。
 その瞬間、既に傷がないはずの脇腹が熱を持った。
「ぐっ……」
 痛むと言うよりは熱い。それも火傷するような熱さだ。
「ラファーガ? どうした……おい、これは……」
 異変に気づいたカルロスがラファーガに近づく。
「脱げ」
「は?」
「魔力の反応があるから脱げと言っている」
 一瞬、今度はなにをするつもりなのかと疑ってしまった自分を恥じ、ラファーガは言われるままに服を脱いだ。
「これは……」
 驚き息を呑んだカルロスは、手鏡を差し出した。ラファーガはそれを受け取り、己の傷があった場所を確認する。
 手形があった。
 この手形が熱を持っている。
 そしてこの大きさに覚えがある。
「……リリアンヌの手、なのか?」
 毎日傷に薬を塗り、この場所に手を当てていたのだと思う。
 彼女の塗った薬は本当によく効いた。
「ラファーガ、君の恩人は何者だ? これは、魔術の痕跡だぞ」
 そう言われ、子供達が彼女を魔法の達人と呼んでいたことを思い出す。
 ゆっくりと熱が引いていく。
 そして手形が消え去ったことを確認し、ラファーガはもう一度その場所を手鏡で注意深く観察する。
 傷跡は全く見当たらない。初めから負傷などしていなかったように。
 そして、彼女の手の跡も見当たらないのだ。
「調べたいところだが、今は時間がない。ラファーガ、領地の件はお前が責任を持って対応しろ」
 カルロスはそう命じると、さっさと服を着ろと視線で告げる。
 なんとなく理不尽だと思いつつ、皇帝とはそういう生き物なのだと納得する。
 まずは資料の整理だ。
 彼女の謎は落ち着いてから考えることにしようと自分に言い聞かせるが、その間も初めてその姿を確認したあの夜を思い出さずにはいられなかった。
 
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