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出会い
8 ただのリリアンヌ
しおりを挟むリリアンヌが握らせてくれたものは、金属製の平たい護符のようなものだった。
王国の兵士が所持していたものを拾ったこともあったが、少し模様が違う。家による違いなのか、願い事による違いなのかはわからないが、ひとつはっきりしたことはリリアンヌが王国の人間であることだろう。
屋敷へ着くまでの道中、ラファーガは何度もその護符を眺めた。少しでも彼女を知る手がかりが欲しい。詮索はしないなどと口にしたが、彼女について知りたいと思った。
国を離れた彼女が少しでも過ごしやすいように、屋敷の中も故郷のもので揃えたい。
しかし王国は王国で広い。せめて生まれた地方だけでもわからないかと思い、溜息が出る。
「ラファーガ様、五年はシスターと会わない約束でしょう?」
「それは理解している。ただ、少しでも彼女の出自を知ることができないかと思ってだな……」
リリアンヌという名はありふれすぎている。特に平民に多いが貴族の中にも存在するのだ。特に彼女の年頃は、爆発的に流行した名なのだ。
「リリアンヌという名は本名だと思う。だが……家名を隠したがるところが気になるのだ。彼女がそう言うときに、なんというか、間のようなものを感じてだな……」
「出自は探らないと誓いませんでしたか?」
呆れ顔のリノは大袈裟な溜息を吐く。
「好いた女性を知りたいと思うのは普通のことだろう?」
考えても仕方がないとは思いつつ、なんとか手がかりがないかと自分の知識を探るが、当然何も出てこない。
流行過ぎる名というのも問題だ。
リノに急かされ今夜の宿という建物に足を踏み入れる。
宿屋が食堂を開放しているというよりは食堂が宿屋に手を広げたといった雰囲気の店で、手の込んだ、やや高級路線の料理を楽しんでいる客が多い。
「お部屋は三階です」
いつの間に手続きを済ませたのか、リノはラファーガを急かす。
いや、リノがこういう行動を取るときは大抵なにかがあるのだ。
つまり、宿の部屋に誰かが居る。
「リノ、一体誰が私を待っていると言うのだ?」
大抵、こういうときは兄が。しかし彼はもう居ないのだ。
「心当たりはもうお一方いらっしゃるのでは?」
そう言い放たれ、まさかと思う。
確かに心当たりはあるのだ。
しかし彼の立場を考えれば、こんな宿屋に現れるはずがないと思ってしまう。
わけもなく、ドアノブに触れる手が緊張に震えている。
覚悟を決めて扉を開けた瞬間、大きな衝撃があった。
「ラファーガ! よく生きて戻った!」
骨が折れるのではないかと思うほどの激しい抱擁。
朝陽のように輝く髪は全く手入れを怠ったことがないとでも言いたげに美しい艶を維持している。
「……陛下……あなたという人は……共も連れずになにを!」
思わず説教を始めそうになり、もう学友ではないのだと思い直し、その場で礼を取ろうとしたが相手の抱擁があまりにも力強く身動きが取れない。
「細かいことはいい。私たちは友人ではないか。戦場で行方不明になった親友が見つかったと聞き議会なんて出ている場合ではないと思ってな」
ようやく解放され、ラファーガは慌ててその場で礼を取る。
「ラファーガ・デ・グラーシア、帰還致しました」
「うん。そういうのいいから。ただでさえ即位してから息苦しいのに親友のお前までそれでは死にたくなる」
学生時代を思い返しても彼とはそこまで気安い関係ではなかったはずなのに、いつの間にか「親友」という肩書きを与えられていたらしい。
「生きていた割には随分帰還が遅かったじゃないか。寝返ったかと心配したぞ」
「この私の愛国心をお疑いか?」
まさか、半生の軸を疑われるとは思わず、声に僅かな不快感を滲ませる。
「冗談だ。リノから聞いている。かなりの傷を負って親切なご婦人に救われたのだろう?」
ラファーガの知らないところでリノはなにもかも報告していたらしい。
「ああ……私の命を救った素晴らしい女性が……国境の村で拾われたのだ」
彼女のことをどこまで話すべきか悩み、隠したところでリノが報告してしまうのだろうと思い直す。
「実は……彼女と約束をしました。五年後、私が彼女を忘れなければ、彼女を妻に迎えると」
ラファーガを生かす為の嘘だったとしても、その言葉に縋るしかない。
「ふーん? 平民を娶るの? グラーシア侯爵家の跡継ぎが? 恩人にそんな苦労をさせるつもり?」
あえて意地悪い言い方をするのは、彼なりにラファーガの恩人を心配してのことだろう。
その目には、彼女に対する好奇心のような色も見て取れる。
「私が思うに、彼女は貴族の系譜でしょう。とても平民とは思えない所作が見られました。が……王国の人間と思われる習慣もいくつか……」
問題はむしろそこだろう。彼女が敵国の人間であれば受け入れられない可能性が高い。
だとしても、ラファーガは諦めることなどできないだろう。
「ふーん、その恩人の名は?」
彼はとんとんと指先で自分のこめかみを叩きながら訊ねる。なにかを記憶したり思い出したりするときの彼の癖だ。
「リリアンヌと。ありふれた名で姓はないとのことでしたが、絶対に彼女の系譜を突き止めて見せます」
「へー……リリアンヌ……リリアンヌ……確かにありふれた名だが……」
とんとんと叩く間隔が短くなっていく。
「リリアンヌ……リリアンヌ……リリアンヌ……ああ、いた」
ぴたりと指が止まる。
「なにもつかないただのリリアンヌ。王国の光輝く王女。彼女の生まれた年にその美貌にあやかって娘に同じ名前を付けるのが流行った」
すっかり記憶から抜け落ちていた、なにもつかないリリアンヌ。
王国の王族は即位するまではなにもつかない。姓を持たないのだ。
つまり王女はただのリリアンヌなのだ。
「……王国の第一王女は十数年前に失踪したのでは?」
ラファーガは他国の王族については噂程度の情報しか持たない。が、皇帝である彼は別だ。
「心優しいリリアンヌ王女は弟達が玉座を争う様子に心を痛め、神に仕える道を選んだのだとか……リノの報告によると、お前が惚れ込んだ相手は修道女だとか?」
ぎろりと睨まれてしまう。
美形の皇帝に睨まれ、僅かながら気圧されてしまったラファーガは姿勢を正す。
「彼女は私が帝国の人間と知りながらも献身的な介護をしてくれた……いや……私の身元を聞かないようにしていたのはつまりそう言う意味なのだろうか?」
ラファーガを敵国の人間だと確信したくないから、敵国の人間を助けたということを周囲に知られないようにするために名乗らせなかったのだろうか。
「まあ、どうでもいい。この大量の見合い話を自力で断り、己の職務を果たすのであれば敵国の王女だろうが修道女だろうが好きな相手を娶ればいい。ああ、こちらのご婦人はロベルトがだめになったと思うとすぐにお前に鞍替えしようとしていた」
どうしてか、彼はラファーガの見合い相手を一覧化し、その全ての評判を調べ独自評価した書類を手に持っていた。
「……なぜあなたが私の結婚を心配しているのだ?」
「ロベルトに頼まれていてな。自分になにかあれば弟の相手を探してやってくれと」
兄が消えて真っ先にその仕事を始めたのだろうかと思い、目眩を感じる。
からかわれているのか本気で「親友」と評価してくれているのか。
どちらにせよ、ラファーガには新たな問題が生じたようにしか思えなかった。
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