シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

25 向けられる害意

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「シスター、少しお時間を頂けますか?」

 気まずい沈黙を破ったのはリノだった。
「はい。どうかなさいましたか?」
 リリアンヌは何事もなかったように返事をする。
「ラファーガ様、少しシスターをお借りします」
 ラファーガが待てと口にする前にリノはリリアンヌを連れて部屋を出てしまった。
 一体なんの用だろう。不信感がないとは言わないが、直前の気まずい沈黙を思い出してしまうと無理に止める気にもなれない。
 ラファーガは溜息を吐き、それから書斎へと向かった。
 留守の間にも仕事は山積みになっているだろう。目を通すくらいはしておかなければ。
 書斎までのそう長くない距離の間もリリアンヌのことばかり考えてしまう。
 生まれた国が違う。育った環境が違う。だからわかり合えないことも多い。
 しかし、彼女の場合はそれだけではない。なにか意図的に他人と距離をおきたがっているように感じられる節さえある。
 彼女には恩がある。命を救われただけではない。人生に希望を与えてくれた。恩返しをしたい。
 それだけではない。あの美しい女性に、きっとあの状況でなくとも出会った瞬間ときめいただろう。
 恩ある彼女に恋に落ち、向ける感情は愛だと思い込んでいたがいつの間にか独りよがりな感情になっていたのではないだろうか。
 いや、初めから独りよがりだったのかもしれない。
 無理強いはしたくないと言いつつ、彼女の人生を否定するようなことばかり頼んでしまっている。
 書斎の扉が随分と重く感じられ、使用人が念入りに掃除をしているはずの空間が濁った空気に感じられた。
「……リリアンヌが崇める神よ……私は……間違っているのだろうか」
 祈りの時間ではないが、彼女が神を崇めるときと同じ姿勢で太陽へ問いかける。
 当然、答えなどない。
 同じ神を崇めれば、少しは彼女の気持ちがわかるだろうか。なにを考え、どう生きるのか。
 しかし、仮に神がラファーガの過ちを指摘したとしてリリアンヌを諦めるなどと言う選択肢は消え去っている。
 彼女に認められたい。彼女が離れがたいと思う男になりたい。
 けれどもリリアンヌは一般的な女性が望むようなものは一切望まないようだ。
 机を見れば屋敷の改装に纏わる請求書や宝石店からの請求書がすぐに目に入るよう並べ直されていた。どうやら家令からの圧力らしい。
 修道女にこんな予算を使うなど馬鹿らしいとでも言いたいのだろうか。
 ラファーガは溜息を吐く。
 彼女からの恩はこんな端金で文句を言われるほど安いものではない。それをリノ以外は理解してくれないだろう。
 積み重ねられた書類を手に取り、さっと目を通して仕分けていく。
 中に使用人からの抗議文まで混ざっている。
 いくらラファーガが継いでからグラーシア家は使用人も気軽に意見を口に出来る環境になったとは言え、主人の恩人に対して差別意識の強い発言までは許可した覚えがない。
 リリアンヌを「敵国の女」「出自のわからない修道女」などと罵る言葉が添えられた抗議文が片手の指では済まないほど潜り込まされていることに呆れてしまう。
 まだ彼女が到着してから夜も迎えていないというのにこんな差別を恥じもしない使用人を雇ってしまっていたのだ。
「アーロン」
 ラファーガは声を張り上げて家令を呼んだ。
「はい」
 すぐに返事があったのは彼が息を潜めて待機していたからなのだろう。
「これはどういうことだ?」
 書類に紛れ込んだ使用人達からの抗議文を抜き出して突きつける。
「旦那様の婚姻はグラーシア家にとって非常に重要なことです。あの方では使用人が不満を抱いても仕方がないでしょう」
 アーロンは真っ直ぐとラファーガを見る。
 父の代から仕えてくれている有能な男だ。家を継いだ際家令に任命した。しかし、兄が戦死してからは王国を憎んでいる。リリアンヌを迎える話をしたときも何度も反対した人間のひとりである。
「彼女は私の命を救った」
「命を救った礼であれば金銭を与えれば済む話でしょう。グラーシア家に王国の血が交わるような事があっては帝国の恥です」
 兄を失うまではアーロンもこのようなことを口にすることはなかったはずだ。
「私は彼女以外と添い遂げるつもりはない」
 リリアンヌと共にあるためならば国を捨てる覚悟さえしたのだから。
「旦那様にはもっと相応しい方がいらっしゃるでしょう」
 そう言って、出征する前に浮上した婚約話の時に届いた肖像画を見せてくる。
「話にならん。まずはこの抗議文を書いた者達を解雇する。主人の婚姻に使用人が口出しするべきではない。アーロン、お前もだ。リリアンヌとの婚姻は陛下も認められている」
 あまり皇帝の名を利用したくはないが帝国民であれば反対できない理由になる。
 アーロンは言葉に詰まり、悔しそうな表情を見せる。
 彼に悪意はないのだ。ラファーガを心配し、彼の中では善良な心でリリアンヌとの婚姻を反対している。
「しかし、あのように王国訛りで話す方では社交界でも辛い思いをされるでしょう」
「……あー……あれはだな……私の予想ではリリアンヌはあえて王国訛りで話していたと思うぞ?」
 確証はないが、リリアンヌは使用人の反応を試していたように思える。初めから誰が自分に敵意を向けているのか把握したかったのだろう。そして、その敵意は彼女が気にする程度のものではないと判断された。
 だとしても、ラファーガは彼女に敵意を向ける者を許すことが出来ない。
「私は彼女ほど心が広くはないのだ。私が愛する女性に敵意を向ける者を放置することはできない。アーロン、お前もだ。心の底で王国を憎むのは仕方がない。だが、リリアンヌに害意を向けるとなれば私は許すことが出来ない。王国への憎しみは胸の奥にしまい込み、彼女のことは一人の人間として接してくれ」
 リリアンヌはきっとアーロンが自分を憎んでもそれを受け止めてしまうだろう。けれどもラファーガはそれを認めることが出来ない。
「努力は致します。ですが……それを差し引いても修道女を娶るなど……グラーシア家の恥になるでしょう」
「ぐっ……か、彼女は……げ、厳密には修道女ではないのだ……事情は知らないが、単に修道服を着たいだけの……少し変わった女性だと思ってくれ……」
 ラファーガも理解しきれないあの行動はやはり他者からの反応が悪い。
「……修道女ではないのであればそのような格好を好む狂人と言うことになりますが?」
「……装いは個人の自由だ。それに、似合っているからよいではないか」
 そう、似合っている。
 リリアンヌが修道服を着ている方が落ち着く。だからよいではないか。
 じっと憐れむような視線を向けられ、ラファーガは落ち着かない気分になる。
 しかし、アーロンがそれ以上苦言を呈することはなかった。
 
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