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五年後
43 傷痕
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舞踏会の招待状を目にしたリリアンヌは少しだけ驚いた表情を見せたが、静かに頷いてみせた。
「ラファーガと生きると決めたのですから……これも私の試練、ですね……」
「踊りが苦手というわけではないのだろう?」
教師から目を覆いたくなるほど酷いとは言われていない。
「それが……踵の高い靴にまだ慣れなくて……」
リリアンヌは申し訳なさそうに言う。
どうやら流行などを気にしていたらしい。
ちらりとベルタを確認すると、昼の間にあれこれ最近の流行などを聞いて周り、溜息を吐いていたのだという。
侯爵夫人として恥ずかしくない程度の装いを目指そうと思うと彼女が口にした途端、不満を持っていた若い使用人達が喜びの声を上げたらしい。
やはり女主人を飾り立てたいという欲求は彼女たちにもあったようだ。
「その……貴族の女性が髪を短くするのは罪人になったときだけだと伺いました。私……いけないことをしてしまったでしょうか?」
短くなった髪に触れ、困り果てたような表情を見せるリリアンヌに呼吸を忘れそうになる。
確かに帝国貴族の女性は髪を短くしたりなどしない。彼女たちが髪を切られるのは断頭台に上がる時だけだ。
しかし、リリアンヌの美の前でそのような考えは価値があるだろうか?
「リリアンヌ、気にすることはない。流行とは常に移り変わるものだ。あなたが流行に合わせる必要はない。これからはあなたが流行になるのだよ」
グラーシア侯爵の婚約者。それだけで既に流行を作り上げるには十分過ぎる立場だ。
突然現れ、有力貴族の心を掴んだ女性。
噂好きの貴族達は注目する。
それに加えこの美貌だ。
リリアンヌはすぐに注目の的になり、彼女の装いを真似したがる女性で溢れかえるだろう。
「リリアンヌ、きっとこれから短い髪が流行る。それに、あなたのように肌を隠す装いも」
そう告げても、リリアンヌはやはり困り果てた表情を崩さない。
「ラファーガは私を甘やかし過ぎです」
しかし、その声はどこか喜びを感じさせる。
「……あなたに出会わせてくださった我が神に感謝を」
唐突に祈り出すことには未だ慣れないが、少しずつリリアンヌが歩み寄ろうとしてくれていることを感じ、浮かれてしまいそうになる。
「あなたは苦手かもしれないが、明日、またミザリーが来る……できるだけ、あなたの要望に添うよう彼女には頼んであるが……困った時は私を呼んでくれ」
祈りが終わるのを待ち、そう伝えると、リリアンヌは申し訳なさそうな表情を見せる。
「彼女には悪いことをしてしまいました……」
「いや、彼女はそれが仕事だ。問題ないよ。それに、あなたも他者に肌を見られるのが嫌なのだろう? 私は、あなたの意思を尊重したい」
そう、口にした途端、なぜかあの年老いた魔術師の言葉を思い出してしまう。
「そこまで言うのならばあの女の体を調べてみろ。必ずや異端の印が刻まれている」
ただの暴言だ。そう思うのに、なぜかあのしわがれた声を忘れることができない。
リリアンヌの手が左肩に触れる。
そうだ。リリアンヌは左肩を気にしている。
「そういえば……聞いていいことなのか悩んではいるのだが……あなたは、左肩に傷でもあるのだろうか? いや、答えたくないのであればよいのだ……」
左肩と口にした途端、リリアンヌがびくりとした。
どうやら触れられたくない部分だったらしい。
「え、ええ……傷……のようなものです。その、幼いときに……」
それ以上は口にしたくないと言う様子だ。
もしや以前口にしていた馬車での事故だろうか。
思い出したくもないほど恐ろしい経験をしたのだろう。
「いや、すまない。私としたことが……あなたに恐ろしい経験を思い出させてしまうところだった」
本当に申し訳ないと頭を下げれば、リリアンヌは慌てて止める。
「いけません、ラファーガ。そのように頭を下げるなど……よいのです。あなたにはいつか……」
リリアンヌは言いかけて、言葉を止める。
自分がなにを言おうとしてしまったのか気付いたとでも言うように、急激に赤面した。
「す、すみません、私ったら……貴族の女性はこういったことを口にしてはいけないのに……」
自分で言おうとした内容に相当恥じているらしい。両手のひらで顔を覆いしゃがみ込んでしまう。
「い、いや……その、気持ちは嬉しい……ああ、そうだ。あなたが、そこまで考えてくれたことがとても嬉しい。だが……確かに、他の人間が居る場では口にしない方がよいな……」
つまり、ラファーガには肌を見せることがあると、彼女は自分でその結論を出したのだ。
その事実を喜ばずにはいられない。しかし、ベルタの目もある。
ちらりとベルタを見れば、彼女は微笑ましいものを見るような視線を向けていた。
「し、しかし……ミザリーにはどうするべきか。彼女はあなたの体の詳細な寸法を知りたいらしい」
「傷痕を……包帯かなにかで隠せば……はい」
それはつまり、包帯を含めた寸法で服を作らせたいという意思表示なのではないだろうか。
そう考え、ラファーガはひとり納得する。
「では、そのように伝えておくよ。リリアンヌ、あなたに無理をさせるつもりはないが……それでも、着飾るあなたが楽しみでならない」
普通の女性はきっとこの言葉でもっと着飾ろうとしてくれるはずだ。
けれども、リリアンヌは困惑したような表情を浮かべ、ただ、無理に笑んで見せただけだった。
「ラファーガと生きると決めたのですから……これも私の試練、ですね……」
「踊りが苦手というわけではないのだろう?」
教師から目を覆いたくなるほど酷いとは言われていない。
「それが……踵の高い靴にまだ慣れなくて……」
リリアンヌは申し訳なさそうに言う。
どうやら流行などを気にしていたらしい。
ちらりとベルタを確認すると、昼の間にあれこれ最近の流行などを聞いて周り、溜息を吐いていたのだという。
侯爵夫人として恥ずかしくない程度の装いを目指そうと思うと彼女が口にした途端、不満を持っていた若い使用人達が喜びの声を上げたらしい。
やはり女主人を飾り立てたいという欲求は彼女たちにもあったようだ。
「その……貴族の女性が髪を短くするのは罪人になったときだけだと伺いました。私……いけないことをしてしまったでしょうか?」
短くなった髪に触れ、困り果てたような表情を見せるリリアンヌに呼吸を忘れそうになる。
確かに帝国貴族の女性は髪を短くしたりなどしない。彼女たちが髪を切られるのは断頭台に上がる時だけだ。
しかし、リリアンヌの美の前でそのような考えは価値があるだろうか?
「リリアンヌ、気にすることはない。流行とは常に移り変わるものだ。あなたが流行に合わせる必要はない。これからはあなたが流行になるのだよ」
グラーシア侯爵の婚約者。それだけで既に流行を作り上げるには十分過ぎる立場だ。
突然現れ、有力貴族の心を掴んだ女性。
噂好きの貴族達は注目する。
それに加えこの美貌だ。
リリアンヌはすぐに注目の的になり、彼女の装いを真似したがる女性で溢れかえるだろう。
「リリアンヌ、きっとこれから短い髪が流行る。それに、あなたのように肌を隠す装いも」
そう告げても、リリアンヌはやはり困り果てた表情を崩さない。
「ラファーガは私を甘やかし過ぎです」
しかし、その声はどこか喜びを感じさせる。
「……あなたに出会わせてくださった我が神に感謝を」
唐突に祈り出すことには未だ慣れないが、少しずつリリアンヌが歩み寄ろうとしてくれていることを感じ、浮かれてしまいそうになる。
「あなたは苦手かもしれないが、明日、またミザリーが来る……できるだけ、あなたの要望に添うよう彼女には頼んであるが……困った時は私を呼んでくれ」
祈りが終わるのを待ち、そう伝えると、リリアンヌは申し訳なさそうな表情を見せる。
「彼女には悪いことをしてしまいました……」
「いや、彼女はそれが仕事だ。問題ないよ。それに、あなたも他者に肌を見られるのが嫌なのだろう? 私は、あなたの意思を尊重したい」
そう、口にした途端、なぜかあの年老いた魔術師の言葉を思い出してしまう。
「そこまで言うのならばあの女の体を調べてみろ。必ずや異端の印が刻まれている」
ただの暴言だ。そう思うのに、なぜかあのしわがれた声を忘れることができない。
リリアンヌの手が左肩に触れる。
そうだ。リリアンヌは左肩を気にしている。
「そういえば……聞いていいことなのか悩んではいるのだが……あなたは、左肩に傷でもあるのだろうか? いや、答えたくないのであればよいのだ……」
左肩と口にした途端、リリアンヌがびくりとした。
どうやら触れられたくない部分だったらしい。
「え、ええ……傷……のようなものです。その、幼いときに……」
それ以上は口にしたくないと言う様子だ。
もしや以前口にしていた馬車での事故だろうか。
思い出したくもないほど恐ろしい経験をしたのだろう。
「いや、すまない。私としたことが……あなたに恐ろしい経験を思い出させてしまうところだった」
本当に申し訳ないと頭を下げれば、リリアンヌは慌てて止める。
「いけません、ラファーガ。そのように頭を下げるなど……よいのです。あなたにはいつか……」
リリアンヌは言いかけて、言葉を止める。
自分がなにを言おうとしてしまったのか気付いたとでも言うように、急激に赤面した。
「す、すみません、私ったら……貴族の女性はこういったことを口にしてはいけないのに……」
自分で言おうとした内容に相当恥じているらしい。両手のひらで顔を覆いしゃがみ込んでしまう。
「い、いや……その、気持ちは嬉しい……ああ、そうだ。あなたが、そこまで考えてくれたことがとても嬉しい。だが……確かに、他の人間が居る場では口にしない方がよいな……」
つまり、ラファーガには肌を見せることがあると、彼女は自分でその結論を出したのだ。
その事実を喜ばずにはいられない。しかし、ベルタの目もある。
ちらりとベルタを見れば、彼女は微笑ましいものを見るような視線を向けていた。
「し、しかし……ミザリーにはどうするべきか。彼女はあなたの体の詳細な寸法を知りたいらしい」
「傷痕を……包帯かなにかで隠せば……はい」
それはつまり、包帯を含めた寸法で服を作らせたいという意思表示なのではないだろうか。
そう考え、ラファーガはひとり納得する。
「では、そのように伝えておくよ。リリアンヌ、あなたに無理をさせるつもりはないが……それでも、着飾るあなたが楽しみでならない」
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けれども、リリアンヌは困惑したような表情を浮かべ、ただ、無理に笑んで見せただけだった。
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