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五年後
49 星空の瞳
しおりを挟むリリアンヌが書斎を訪ねてきたのは夕食の時間よりも少しばかり早い頃だった。丁度カルロスが仮眠のために席を外し一人になった時間を狙ったような瞬間、遠慮がちに扉を叩く音が響き、ラファーガの鼓動は速まる。
「どうぞ」
少し緊張しながらそう声をかければ、静かに扉が開く。
黒い室内着になんとかまとめたとでも言うように一本に結ばれた銀の癖毛。疲れ果て、やつれきっているように見えるのに、それすら彼女という存在の美を強調しているように感じられる。
美。そんな次元ではない。神々しさとでも言うのだろうか。
彼女はその身に神を宿しているのではないかと思わせる瞬間がある。
音もなく書斎に足を進めるリリアンヌ。
彼女は夜空のような瞳で室内を見渡し、それから星空そのものの視線をラファーガに向ける。
ラファーガは直感した。
器こそリリアンヌではあるが、中身は別物であると。
「何者だ」
肉体がリリアンヌである以上、傷つけることはできない。しかし、他人の精神を乗っ取ることが出来るなど並大抵の魔術師にはできないことだろう。
「……ラファーガ、意識を研ぎ澄ませなさい。父はあなたに語り掛けています」
リリアンヌの口から発せられた声は、彼女の音をしているのに酷く無機質に感じられた。
「……一体、どういう意味だ? リリアンヌの体を返せ!」
「おかしなことを言う。リリアンヌは望んで我が器となっている」
リリアンヌの姿で、その者は首を傾げた。
その言葉が事実だとすれば、考えたくない可能性に辿りつく。
「……まさか……あなたが『神』、なのか?」
問いかければ星空の瞳がじっとラファーガを見つめる。
「ふむ、一部のモノは我を神と崇め……また一部のモノは神の使者と呼ぶ。リリアンヌは、天使様と呼んでいたが、どれも正解であり不正解だ」
リリアンヌの顔は無表情で、彼女の声もまた無機質なままである。
感情という要素を全く感じ取れない。
「なぜ私に語り掛けようとするのだ?」
「はて? おかしなことを訊ねる」
また、首を傾げる。本気で疑問に思っているのだろう。
「あなたが求めた。その祈りに応えただけだというのに。あなたは言葉を理解しない。だから、器を使って接触を試みたのです」
神々しさ。それ以上に禍々しさを感じる。
これ以上接してはいけない相手だというのに、それはラファーガをはっきりと認識し、リリアンヌの肉体を操っている。
「なにが目的、なのですか?」
仮にも『神』と崇めた存在なのであればと警戒する。
しかし、リリアンヌの顔が疑問を浮かべるだけだ。
「本当に、おかしな生き物だ」
リリアンヌの体がゆっくりとラファーガに近づく。
「あなたは素質がある。適任だ」
瞳の中の無数の星に吸い込まれるような恐怖を感じる。
「意識を研ぎ澄ませなさい。全て受け入れれば――」
言葉はそこで途絶えた。そしてリリアンヌの体が倒れ込む。
彼女は取り乱したかのような荒い呼吸を繰り返し、床に手をついたまま蹲る。
「リリアンヌ?」
声をかければ一瞬体をびくりと震わせ、それから必死に呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
すぐに彼女が自分の肉体を取り戻したのだと理解したラファーガは、屈んで彼女を支えようと手を伸ばす。
「大丈夫か?」
僅かに声に対する反応があり、ラファーガへ視線を向けようとして、乱れた呼吸のせいで俯いたままになってしまっている。
しばらく呼吸を繰り返し、リリアンヌはラファーガの手を取った。
「……我が神は……ラファーガになにを……伝えたかったのでしょう?」
まだ整わない呼吸のまま訊ねる姿に動揺する。
どうやら無数の星を抱く『神』に体を貸すことはリリアンヌの肉体に相当な負担がかかるらしい。
「やはり……あなたは自分の意思で体を貸していたのか?」
リリアンヌに手を貸し、立ち上がらせながら訊ねれば、静かに頷かれる。
「私……とても取り乱してしまって……必死に祈っていました。そうしたら……天使様が、ラファーガが我が神の言語を理解出来ないようだから、私の体を通して伝えたいことがあると。拒む理由はありません。ラファーガにとっても素晴らしいこと、でしょう?」
途中までは自分の身に起きたことを喜ばしいことと思っていたらしいリリアンヌは急に不安になったようで、ラファーガを見上げ訊ねる。
「……私は……あなたが消えてしまったのではないかと……不安になってしまったよ。もうこんなことはしないで欲しい……それに、あなたの体に相当な負担がかかっているのではないか?」
そもそも自分の肉体を他のなにかに操られるなどと言うことをなぜ受け入れられるのだろう。
しかし、リリアンヌは首を傾げる。
「一度器になることを同意したのであれば、天使様はいつでも私の肉体を使うことができます。我が神に与えられた体なのです。神の力は強大すぎて確かに痛みと疲労を伴いますが……代わりに力を授けてくださいます」
リリアンヌは微笑む。
疲労の色が濃いというのにどうしてこんなにも魅惑的な笑みを浮かべられるのだろう。
「……確かに、少し疲れましたね……今日は休ませてください」
「あ、ああ……」
目の前に居るリリアンヌが別の次元にでもいるように見えてしまう。
ラファーガは困惑し、ただ彼女を見送ることしか出来なかった。
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