プリンセスなのに最狂暗殺者に誘拐されました。

ROSE

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共通認識のすりあわせは困難

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 体が重くて目が覚めた。まだ暗いからきっと夜だ。
 くたくたに疲れて服のままベッドに倒れ込んでそのまま意識を失うように眠ったことは覚えている。が、人の気配がする。
 がっちしと誰かに拘束されているのだ。
「……もしかして、カイン?」
 これは期待なのか恐れなのか。
 侵入者がカイン・ファウリーだからといって安心できる状況ではない。彼が部屋に忍び込むと言うことは普通殺しの標的にされているのだから。
 けれどもこの状況で彼以外の誰かだとしたら護衛がすべて殺されている可能性さえあった。
「おや、起こしてしまいましたか?」
 悪びれる様子もない声に呆れる。
「どうしてあなたが私の寝室にいるのかしら?」
 それもベッドの中で私を抱きしめているだなんて。
「ふふっ、折角プリンセスの恋人になれたのですから寝顔を観察しようかと思っていたら、あまりにも無防備だったのでつい」
「ついじゃないわ。仮にも未婚の女性の寝室よ」
 なんてこの男に言っても無駄よね。
 思った通り、何の効果もなかったようで、更にしっかりと拘束されてしまう。
「嫌です。あなたは僕のプリンセスだ。他の誰にも渡したりなんてしません。なんならこの状況を数人に目撃させましょう。そうしたら国王も諦めるでしょう?」
「やめて頂戴。私の名誉が傷つくわ」
 なんて、レルアバドで名誉なんて無駄なだけよね。そもそも卑怯って概念すらあるのか疑わしいもの。
 どんな手段を使ってでも目的を達成した人が優れている。
 現状としては私もカインを利用する気満々なのだからあまり強くも言えない。
「あなた、意外と甘えん坊なのかしら?」
「甘えん坊? 僕が?」
 カインは驚いたような声を出す。それにしても、柔らかくて心地よい声質だと思う。
 殺気を飛ばしたり人を殺したりしていなければとても穏やかな印象ですごくいいのよね。この人。
「こんな時間にベッドに潜り込んでくるんですもの。甘えたかったの?」
 少しだけからかうように言ってみる。下手に刺激すれば殺されるかもしれないと言うのに、なぜか今の私は強気だった。
「甘えたかった、と言えば甘やかしてくれるんですか?」
 そんな言葉と同時に、下敷きにされてしまう。
「え?」
 この状況は……つまり……私とそう言うことをしたいってことかしら?
 いや、確かにカインは私のことを愛してるとも独占したいとも言ってくれているけれど、いくらなんでもこれは早急過ぎないかしら。
「わ、私たち、今日交際を始めたばかりじゃない? いくらなんでもこれは急過ぎるんじゃないかしら……」
「プリンセスが甘やかしてくれると言ったのでしょう?」
 そう言って、カインは私の胸に顔を埋める。
 小さくはないけれど、豊満と言えるほどの大きさもないのに、カインは幸せそうにすりすりと頬ずりをはじめる。
 は?
 甘えたいってそう言う意味?
 つまりこの男は男女の仲よりもペット扱いを望んでいるのだろうか。
 呆れつつも頭を撫でてみる。
 思ったよりも柔らかい毛質だった。男の人の髪ってもっと硬いと思っていた。実際ネロの髪はもう少し硬くてツンツンしている。
「……ふふっ、これ、いいですね。すごくいい……」
 喉でも鳴らしそうな程、カインは喜んでくれているようだ。
「あなたが他の人間のことを考えていなければもっといいのに」
 思わずぎくりとしてしまう。
「な、なに言ってるのよ……カインが急にヘンなことを言うからでしょう?」
 甘えたいと言って、恋人(仮)の胸に顔を埋めて頭を撫でて欲しいだなんて、普通じゃない。
 それなのに……悪い気がしないのが不思議。
(かわいい……)
 カインは年上の男性で、しかもこのレルアバドでも伝説級の危険人物だというのに、彼をかわいいと感じてしまう。
「愛しています、プリンセス。どうかあなたのこれは僕だけに与えて下さいね?」
 子供の様な甘え方をされてしまい、戸惑う。
 これが本当にあのカイン・ファウリーなのだろうか。
「……あなたがいい子だったらね」
 そう答えると、カインは飛び起きた。
「いい子にします! あなたの言うことをちゃんと聞いて無駄に殺したりしません! だから……こうやって時々甘やかして下さい」
 あの伝説の殺し屋がこんなに子供の様に表情を変えるなんて考えたこともなかった。
「……そのいい子にするの中に、未婚の女性の寝室に勝手に侵入しないも付け加えてくれない?」
「それは嫌です。だって、あなたから僕に会いに来てくれることなんてないでしょう?」
 血のような色の瞳に寂しさの色が混ざっている。
 確かにその通りだ。私からカインに会いに行ったりなんてしない。ただでさえ彼のアジト周辺は危険だし、女一人で歩けるような場所ではない。それに、私の護衛達があんな場所に足を踏み入れることを許さないだろう。
「……わかったわ。じゃあ、せめて起こして。寝ているときに勝手にベッドに潜り込むのは禁止よ」
 そう告げれば、しょんぼりとした表情を見せられ思わず笑ってしまう。
「あなたって、かわいいのね」
「か、かわいい? 僕が? 僕にそんなことを言うのはプリンセス、あなたくらいですよ? あなたなら許しますけど、他の誰かがそんなことを口にしたらうっかり殺してしまいそうです」
 それから撫でろとでも言うように手の甲に頬ずりをされる。
「それで? 本当はなにをしに来たの? 私の見合い相手の確認? それとも首輪の催促?」
 そう訊ねると、カインは頬ずりをやめた。
「ああ、忘れるところでした。あなたの見合い相手の有力候補は一体誰なんですか? 全員始末すればいいと思っていましたが、殺しはだめだと言われてしまったのでどんな手で蹴落とそうか考えに来たんです」
 どうやら猫を被る気すらないらしい。いや、猫を被った結果がこれなのだろうか。
「有力候補、ねぇ……宰相の息子のルークか、はとこのルーカスかしら。ルークは殺さないでね。あいつは仕事だけはできるから、将来的にこき使う予定なの」
 ルーカスの方は……正直なところ死んだとしても惜しくない。
「ルーカス? ルーカス・カルンですか? ルムアの第三王子の」
「さすが。よく知ってるわね。あんな小国」
 さすがカイン・ファウリー。情報網もだけれど、記憶力も素晴らしいわね。
「他国の王族だけど、王位継承権を放棄していて好き放題やってるお坊ちゃんよ。それでも一応いい教育は受けているからレルアバドとしては悪くない話なのよね。彼、顔は地味だけど……やることが中々派手なのよね……」
 別名ルムアの問題児。とても成人しているとは思えない悪戯好きでギリギリ外交問題にならずに済んでいるのは第一王子の忍耐と血の滲むような努力の成果だと言われている。私も何度か被害に遭っているわ。
「悔しいけど魔法の腕がすごくいいのよ。それなのに、悪戯にばかり魔法を使う……私の首飾りを蛇に変えたのもあいつよ。ああっ、思い出したら腹が立ってきた」
 それでも、国政の知識は中々なのよね。あの悪戯好きさえなければそんなに悪くない条件。
「ではルーカス・カルンを消してきましょうか? 勿論、証拠は残しませんよ」
「あなた、さっきいい子にするって言わなかった?」
 呆れた。本当に仕事が大好きなのね。
「無駄な殺しはしませんけど、プリンセスに悪戯を仕掛けるような不届き者であれば消しても構わないでしょう? プリンセスだって腹が立っているようですし」
 僕はなにも悪くないという顔で言われてしまうと、あまり強く言えなくなってしまう。
「だめよ。あなたがそんなことをしなくてもちゃんと追い返すから」
 そうは言ったけれどどうやって片付けよう。
 なにせ、結婚するとなればルーカスにとっても得だ。彼は祖国では王位継承権がないけれど、レルアバドの王になれる可能性がある。具体的には私がお飾りの女王になって彼に実権を渡す可能性ね。実際それはかなり高い。だって私は国政に興味がないもの。
 溜息が出る。
「いっそ弟か妹が生まれてくれたらさっさと継承権放棄して田舎でのんびり暮らすのに」
「その場合勢力争いに巻き込まれてプリンセスの元には毎日刺客が送られるのでは?」
 その通り。王位継承権を放棄したところで王族の血が他に存在すると邪魔なのよね。
「その時は全財産をつぎ込んでカインを雇うわ」
 最強の暗殺者が護衛として機能するかはわからないけれど、仕掛けられる前に相手を消して貰うことくらいはできそうだ。
「残念ながらプリンセスの財産程度では僕を終身雇用はできませんよ?」
「恋人に値引きもしてくれないの?」
「ええ、絶対に値引きなんてしません。だいたい恋人であるこの僕を金で雇おうとするなんて、あなたは本当に酷い人だ」
 いつの間にか腰に腕を回され、しっかりと彼の胸に閉じ込められてしまう。
「結婚して下さい。そうしたら、僕は生涯あなたを守りますよ」
 想定外の提案だった。
 だっていまのはもしもの話で、もし私に弟か妹がいて、逃亡生活を送るならの話だ。それなのにカインは当たり前の様に……。
「ばかね。もしもの話よ」
「ええ。でも、あなたが僕の奥さんになってくれたら、いつでも無償奉仕しますよ」
 ちゅっと小さな音を立てて額に口づけされる。
 おかしい。どきどきする。
 私は今、この頭の螺子が数本行方不明の男にときめいている。
「対価はいらないなんてきれいごとは言いません。体で払って下さい」
 美形でもないくせに、その笑顔に妙な色気がある。
 まずい。流される……。
 そう思ったのに、カインはまたすりすり甘えん坊に戻ってしまったのだった。


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