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Episode1
ヤクザの依頼
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「────初めまして、僕はここ氷室組の若頭を務めている氷室悟史です。どうぞ、よろしく」
そう言って、こちらに手を差し出したのは茶髪の若い男だった。
和より洋が似合いそうな風貌で、ラフなスーツを着こなしている。
まさに今どきの若者という感じだ。
こんなナヨナヨした奴が、ヤクザの跡取りって……時代も変わったな。
などと思いつつ、俺は差し出された手をおもむろに掴む。
「風来家の紹介で来ました、祓い屋の小鳥遊壱成です。こちらこそ、よろしくお願いします」
『お力になれるよう頑張ります』と営業スマイルで応じ、俺はゆっくりと手を下ろした。
と同時に、氷室悟史は少しばかり目を剥く。
「風来家より派遣ではなく、紹介ですか」
祓い屋界隈の四大名家の一つである風来家所属の人間だと思っていたのか、氷室悟史は少しばかり表情を硬くする。
『本当にこの人に任せていいのか』という不安を滲ませる彼の前で、俺は内心苦笑を漏らした。
「ええ、俺は基本どこにも所属していないので。所謂、フリーの祓い屋ですね。ただ、風来家との次期当主とは幼馴染みなので、たまにこうやって面倒事を押し付けられ……じゃなくて、仕事を紹介してもらっているんですよ」
危ない、危ない。客……それもヤクザの前で、『お宅の依頼は面倒なんです』と遠回しに言うところだった。
と、内心ヒヤヒヤしながら俺は頭を搔く。
その際、短く切り揃えられた黒髪がサラリと揺れた。
「そうですか。まあ、こちらとしては問題を解決して頂ければ誰であろうと構いません」
俺達の間にあるテーブルへ手を突き、氷室悟史はゆっくりと立ち上がる。
「ここからは歩きながら、話しましょう。問題の場所まで、案内します」
効率重視の性格なのか、氷室悟史はさっさと客間の障子を開けて廊下に出た。
迷いのない足取りで進んでいく彼を前に、俺は慌てて後を追い掛ける。
痺れた足を時折擦りながら。
「ご依頼内容は確か、氷室組の組長であり貴方の父親である氷室真人さんに憑いた霊を祓ってほしい、でしたよね」
ヤクザは何かと恨みを買いやすい職業なので、こういう依頼は結構多い。
他にも敵組織から掛けられた呪いを解いてほしいとか、逆に特定の人物・団体を呪いたいとか……とにかく、人の負の感情に繋がるようなものばかり。
まあ、祓い屋なんて所詮人間の汚い部分を具現化したような職業だし、慣れているけど。
「その霊の身元や特徴は分かりますか?」
氷室悟史の隣に並びつつ、俺は情報収集を試みる。
霊の種類や憑かれた人間との関係によって、対処は変わってくるため。
祓うと言っても、方法は色々あるのだ。
「……父に憑いている霊は」
不意に声のトーンを落とした氷室悟史は、何を考えているのか分からない表情でこちらを見た。
「恐らく────三ヶ月前に亡くなった、僕の母です」
「!!」
まさかの身内とは思わず、俺は咄嗟に何も言えなかった。
様々な憶測が脳内で渦巻く中、氷室悟史は『ふぅ……』と一つ息を吐く。
「言っておきますけど、両親の仲はずっと良好でしたよ。喧嘩なんて滅多にしませんし、したとしても謝るのはいつも父の方からで……母に対しては、絶対に暴言や暴力を振るいませんでした」
じゃあ、恨んでいる線はなさそうだな。
逆に好き過ぎて、離れ難くて憑いちゃったパターンか。
『わりとあるケース』と思案する中、氷室悟史は話を続ける。
「息子の俺から見ても、本当に仲が良くて……だからこそ、母を亡くしたときの父のショックは凄まじかった。恐らく、母も父のことを恋しく思ってあの世へ連れて行こうとしているのではないかと僕は考えています」
「なるほど。ちなみに母親の幽霊が現れるようになったのは、いつ頃からですか?」
「確か……先月からです」
顎に手を当てて答える氷室悟史に、俺は眉を顰める。
「先月……?」
「はい。朝、父が起きてくるなり『母親の夢を見た』と言い出して……それから、この屋敷でちょくちょく母親の幽霊を見るようになったんです」
「それは組長だけですか?」
「いいえ、僕や他の組員も何度か目撃しました」
そうなると、精神疾患や幻覚の線は薄いな。
『集団ヒステリーとかなら、別だけど』と考えつつ、俺は前髪を掻き上げた。
「今のままじゃ、まだ情報が足りないな。やっぱり、一度組長に話を聞いて……」
「それは難しいかと」
俺の独り言を遮り、氷室悟史はじっと前を見つめる。
「父は今────寝込んでいますので」
どこか悲しそうな表情を浮かべ、彼はおもむろに目頭を押さえた。
かと思えば、不意に足を止める。
右横にある障子を眺めながら。
「一応色んな医者に診てもらったんですが、全員口を揃えて『原因不明』だと言うんです。なので、僕達は母の仕業じゃないかと考えています。父が倒れたのも、母の夢を見た直後でしたから」
『偶然にしてはタイミングが良すぎる』と語る氷室悟史に、俺は相槌を打つ。
「じゃあ、それからはずっと意識を失ったままということですか?」
「はい」
「う~ん……なるほど……」
どこか引っ掛かる組長の異常に、俺は頭を捻る。
これでもかというほど眉間に皺を寄せ、顎に手を当てた。
そう言って、こちらに手を差し出したのは茶髪の若い男だった。
和より洋が似合いそうな風貌で、ラフなスーツを着こなしている。
まさに今どきの若者という感じだ。
こんなナヨナヨした奴が、ヤクザの跡取りって……時代も変わったな。
などと思いつつ、俺は差し出された手をおもむろに掴む。
「風来家の紹介で来ました、祓い屋の小鳥遊壱成です。こちらこそ、よろしくお願いします」
『お力になれるよう頑張ります』と営業スマイルで応じ、俺はゆっくりと手を下ろした。
と同時に、氷室悟史は少しばかり目を剥く。
「風来家より派遣ではなく、紹介ですか」
祓い屋界隈の四大名家の一つである風来家所属の人間だと思っていたのか、氷室悟史は少しばかり表情を硬くする。
『本当にこの人に任せていいのか』という不安を滲ませる彼の前で、俺は内心苦笑を漏らした。
「ええ、俺は基本どこにも所属していないので。所謂、フリーの祓い屋ですね。ただ、風来家との次期当主とは幼馴染みなので、たまにこうやって面倒事を押し付けられ……じゃなくて、仕事を紹介してもらっているんですよ」
危ない、危ない。客……それもヤクザの前で、『お宅の依頼は面倒なんです』と遠回しに言うところだった。
と、内心ヒヤヒヤしながら俺は頭を搔く。
その際、短く切り揃えられた黒髪がサラリと揺れた。
「そうですか。まあ、こちらとしては問題を解決して頂ければ誰であろうと構いません」
俺達の間にあるテーブルへ手を突き、氷室悟史はゆっくりと立ち上がる。
「ここからは歩きながら、話しましょう。問題の場所まで、案内します」
効率重視の性格なのか、氷室悟史はさっさと客間の障子を開けて廊下に出た。
迷いのない足取りで進んでいく彼を前に、俺は慌てて後を追い掛ける。
痺れた足を時折擦りながら。
「ご依頼内容は確か、氷室組の組長であり貴方の父親である氷室真人さんに憑いた霊を祓ってほしい、でしたよね」
ヤクザは何かと恨みを買いやすい職業なので、こういう依頼は結構多い。
他にも敵組織から掛けられた呪いを解いてほしいとか、逆に特定の人物・団体を呪いたいとか……とにかく、人の負の感情に繋がるようなものばかり。
まあ、祓い屋なんて所詮人間の汚い部分を具現化したような職業だし、慣れているけど。
「その霊の身元や特徴は分かりますか?」
氷室悟史の隣に並びつつ、俺は情報収集を試みる。
霊の種類や憑かれた人間との関係によって、対処は変わってくるため。
祓うと言っても、方法は色々あるのだ。
「……父に憑いている霊は」
不意に声のトーンを落とした氷室悟史は、何を考えているのか分からない表情でこちらを見た。
「恐らく────三ヶ月前に亡くなった、僕の母です」
「!!」
まさかの身内とは思わず、俺は咄嗟に何も言えなかった。
様々な憶測が脳内で渦巻く中、氷室悟史は『ふぅ……』と一つ息を吐く。
「言っておきますけど、両親の仲はずっと良好でしたよ。喧嘩なんて滅多にしませんし、したとしても謝るのはいつも父の方からで……母に対しては、絶対に暴言や暴力を振るいませんでした」
じゃあ、恨んでいる線はなさそうだな。
逆に好き過ぎて、離れ難くて憑いちゃったパターンか。
『わりとあるケース』と思案する中、氷室悟史は話を続ける。
「息子の俺から見ても、本当に仲が良くて……だからこそ、母を亡くしたときの父のショックは凄まじかった。恐らく、母も父のことを恋しく思ってあの世へ連れて行こうとしているのではないかと僕は考えています」
「なるほど。ちなみに母親の幽霊が現れるようになったのは、いつ頃からですか?」
「確か……先月からです」
顎に手を当てて答える氷室悟史に、俺は眉を顰める。
「先月……?」
「はい。朝、父が起きてくるなり『母親の夢を見た』と言い出して……それから、この屋敷でちょくちょく母親の幽霊を見るようになったんです」
「それは組長だけですか?」
「いいえ、僕や他の組員も何度か目撃しました」
そうなると、精神疾患や幻覚の線は薄いな。
『集団ヒステリーとかなら、別だけど』と考えつつ、俺は前髪を掻き上げた。
「今のままじゃ、まだ情報が足りないな。やっぱり、一度組長に話を聞いて……」
「それは難しいかと」
俺の独り言を遮り、氷室悟史はじっと前を見つめる。
「父は今────寝込んでいますので」
どこか悲しそうな表情を浮かべ、彼はおもむろに目頭を押さえた。
かと思えば、不意に足を止める。
右横にある障子を眺めながら。
「一応色んな医者に診てもらったんですが、全員口を揃えて『原因不明』だと言うんです。なので、僕達は母の仕業じゃないかと考えています。父が倒れたのも、母の夢を見た直後でしたから」
『偶然にしてはタイミングが良すぎる』と語る氷室悟史に、俺は相槌を打つ。
「じゃあ、それからはずっと意識を失ったままということですか?」
「はい」
「う~ん……なるほど……」
どこか引っ掛かる組長の異常に、俺は頭を捻る。
これでもかというほど眉間に皺を寄せ、顎に手を当てた。
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