あやかし花屋の花売り少女

あーもんど

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第二章

その十二

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 それから、烏天狗は毎日のように夏樹の元を訪れるようになった。
 来る日も来る日も飽きもせず、二人で話をして、互いのことを語り合った。
 旅での失敗談、美味しい菓子の話、野宿での注意事項、好きな色の話....数えるのが億劫になるほど彼らは言葉を交わし、思い出や知識を共有し合った。
 互いの寂しさを埋め合うように烏天狗と夏樹は互いの心に歩み寄る。
 友情が恋情に変わるのにそう時間は掛からなかった。

 そんな穏やかにも窮屈な日々が5年ほど続いたある日。
 最悪の知らせが二人の元へ舞い込んだ。

「な、なっ....!?縁談!?」

「え、ええ....そうなの...」

 大商人の一人娘である夏樹は殿様の後宮妃として、殿様の元へ嫁ぐことが決まったのだ。
 金を求めた殿様と地位を求めた父親による完璧な政略結婚である。
 夏樹を溺愛する父親はその縁談を最初は断っていたらしいが、権力と地位に目が眩み最終的には縁談話を受けたんだとか...。

「明後日にはここを出ていかなければならないわ....」

「っ....!!くそっ!!」

 烏天狗はどうしようもない状況に地団駄踏む。
 縁談話はもはや決定事項で覆しようがない。
 最愛の女を手離すしかない現状に烏天狗は唇を噛み締めるしかなかった。

「....ふふっ。寂しがり屋の烏さんね。そんなに私との別れが悲しいの?」

 空色の浴衣に身を包んだ夏樹が少し苦しそうに笑った。
 無理して笑う夏樹に烏天狗は顔を歪める。
 最近の夏樹はよく烏天狗のことを『寂しがり屋の烏さん』と呼んでいた。
 烏天狗の何を見て、寂しがり屋の烏と呼ぶのか分からないが彼女の目には寂しがり屋の烏に見えたのだろう。
 いつもなら、『寂しがり屋なのはお前だろ』と返す烏天狗だったが、今回ばかりは否定できなかった。

「....お前は俺との別れが悲しくないのか?俺が居なくて寂しくないのかっ....!?」

「っ....!!」

 寂しくない訳ないじゃないっ....!
 寂しいに決まってる!悲しいに決まってる!
 離れたくないに....決まってるじゃないっ!
 でも、それを口にすると貴方はきっと自分を責めてしまうから....。

 だから───────。

「寂しくなんてないわ。むしろ、うるさい奴が居なくなって、せいせいしてるくらいよ」

 声は情けなく震えているが、彼女はそう言い切った。
 これが今、夏樹の出来る精一杯の強がり。
 泣くな....泣いちゃダメ!
 ここで泣いたら、この寂しがり屋の烏さんがどこにも行けなくなる....。
 大好きなこの人には....自由に空を羽ばたいてほしいの。
 目尻に浮かんだ涙を指先で雑に拭い、夏樹は烏天狗に笑って見せた。

「ほら、早く行って。今日と明日は縁談に向けての衣装選びや礼儀作法で忙しいんだから」

 言外に『邪魔』だと言い捨て、夏樹は最愛の男に背を向ける。
 こんな酷い顔、見せられるわけないじゃないっ...!
 我慢できずに溢れ出した涙は彼女の頬を伝って床に落ちる。
 涙でぐちゃぐちゃの視界には一枚の黒い羽が見えた。
 烏天狗がこの離れの屋敷に毎日通うようになってから、見る機会が多くなった真っ黒な羽。
 烏天狗の大きな黒い翼から抜け落ちたそれを見るのも今日が最後かと思うと、涙が止まらなかった。
 そんな些細な出来事もこれからはもうないのかと.....夏樹は紅で彩られた唇を噛み締める。
 大好きなのに....愛しているのに....貴方の元へは行けないの....。

「......ああ、そうかよ。もう勝手にしろ」

 何の感情も読み取れない抑揚のない声でそう言い捨てると、烏天狗は夏樹に背を向けて歩き出した。
 怒りもしなければ、『離れたくない』とごねることもない。
 どこまでも淡々とした烏天狗の様子に夏樹は苦笑を浮かべる。
 足音が遠くなるのを耳で感じながら、ポツリと本音を溢した。

「─────怒られたかった、なんて...私は相当なお馬鹿さんね」

 何で素直に言わなかったんだろう?
 愛していると...離れたくないと....。

 ____....私を連れ去ってくれ、と...。

 素直な気持ちを口にすれば、彼はきっと私の願いを叶えてくれていた。
 なのに....なのにっ!私は『烏さんのためだから』と彼を理由にして、この恋から逃げたっ...!
 ただ怖かった....逃げたあとが。
 彼と過ごす無謀にも近い旅の日々が....想像するだけで怖かった。
 私は彼を理由に、弱い自分から逃げていたのっ...!
 なんて卑怯で....醜い女なのかしら...。
 我が身可愛さに寂しがり屋の烏さんを...一人にしてしまった。
 ほぼ毎日のようにここを訪れ、なかなか帰ろうとしない彼は私と同様とてつもない寂しがり屋だ。
 私もかなりの寂しがり屋だから、彼の気持ちは痛いほどよく分かる。
 そう____....よく分かるのにっ...!私は寂しがり屋の烏さんを一人にしてしまったんだ!

「本当....最低の女だわ」
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