あやかし花屋の花売り少女

あーもんど

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第三章

その五

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 それから3日後の昼下がり。
 猫又のことなど綺麗さっぱり忘れ去り、今日も今日とて花のお世話に励んでいた少女の元に再びあの三毛猫が現れた。
 可愛らしいポシェットを首から下げ、二本の尻尾をゆらゆらと揺らす。

「ごめんくださいにゃー!」

 すぐそこに少女や烏天狗が居るにも関わらず、猫又は大声でそう叫んだ。
 猫から発せられた声量とは思えない大声に少女と烏天狗は耳をキーンとさせる。
 いや、声デカすぎだろ!
 烏天狗は隠すでもなく顔をしかめると、その声の主に視線を向けた。
 この三毛猫って、確か3日前に来た奴だよな?
 猫又の気分を害してしまったにがい記憶が蘇り、烏天狗は眉尻を下げる。
 悪いことしちまったよな....。
 罪悪感と自己嫌悪に陥る烏天狗とは対照的に少女は見覚えのある三毛猫に首を傾げていた。
 どこかで見たことはあるのだけれど...誰だったかしら?
 見覚えはある。だが、誰だったかは分からない。
 他人に大して興味のない少女はバイトである烏天狗と常連の一つ目小僧・ろくろっ首夫婦しか顔を覚えていない。
 花に関する知識は舌を巻くものがあるが、基本記憶力はあまり良くない少女であった。

「いらっしゃい。今日はどんな花を買いに来たの?」

「前回と同じものが欲しいにゃ!」

「前回.....」

 もう一度言う。少女は基本的に記憶力が悪い。
 昨日の夕飯を思い出せないレベルで記憶力が悪かった。
 だから、当然3日前のことなど覚えている筈がなく....。
 前回、私はこの子に何の花を渡したんだったかしら?
 顎に手を当てて考え込む少女を目にした烏天狗は瞬時に状況を把握し、フォローに入った。

「前回の花って、あれだろ?アルストロメリアだろ?あの蝶みてぇな形のやつ」

「.....そうにゃ。で、何でお前が話に入ってくるんだにゃ?」

「別に良いだろ。それより、餓鬼早く花の準備してやれ」

「ええ、分かったわ」

 烏天狗の然り気無いフォローに少女は軽く会釈して感謝を伝えると、すぐに花の用意に取り掛かった。
 何故、烏天狗が話に乱入してきたのか分からない猫又は苛立たしげに黒髪の美丈夫を見つめる。
 同じ黒髪でも、こいつとコージじゃ全然違うにゃ!似ても似つかないにゃ!コージの方がずっと良い奴だにゃ!
 まだあの件を気にしているのか、猫又は鋭い目付きで烏天狗を睨み付ける。
 確かに烏天狗のあの発言は軽率だったが、正直ここまで怒ることでもない。
 懐に入れた者以外には厳しい猫又は己の心の狭さを烏天狗に見せつけた。
 おーおー、怒ってんなぁ....。
 まあ、確かにあれは怒って当たり前だよなぁ...。
 花屋は数々の接客業の中で、かなりデリケートな部類に入る。
 一つ目小僧のようにプロポーズを目的とした客も居れば、烏天狗のように墓参りを目的とした客も居るからだ。
 だから、お客様のプライベートや花の活用方法についてはこちらから尋ねないシステムである。
 相手が自ら喋り出すまで、基本言及はNG。
 それを烏天狗に教えなかった少女も少女だが、少し考えれば分かるようなことに気づけなかった烏天狗の落ち度でもある。
 まあ、それでも猫又の場合怒りすぎだが...。
 死人しびとに向けた花ならばその激昂も理解できるが、病人に対する花ならばそこまで怒る必要もあるまい。
 それに川野浩二の場合、不治の病という訳ではない。助かる可能性が大いにある。
 そこまで神経質になる必要はないのだ。

 だが____....失う恐怖を身をもって何度も体験した猫又にとっては大問題なのである。

 過去に何度も失う怖さを体験してきた猫又が神経質になるのも、まあ無理はないだろう。
 猫又はしばらくの間、烏天狗を睨み付けたあと、フイッと視線を逸らす。
 そのキトンブルーの瞳にはまだ怒りが滲み出ていたが、幾分か落ち着いたらしい。
 あんな奴を睨み付けたところで無意味にゃ。
 怒るだけ無駄だと結論付け、猫又は店内に並ぶ花を眺める。
 美しくも儚い印象を持たせる花たちは猫又に落ち着きと安らぎを与えた。
 ふぅー!落ち着いてきたにゃ!
 花って不思議にゃ!見てるだけで幸せににゃる!
 猫又が落ち着きを取り戻したタイミングで小さめの花束を手にした少女が歩み寄ってきた。

「出来たわ。代金は千円よ」

 どうやら、少女は花束を作っている途中で猫又の事を思い出したらしい。
 猫又は少女の言葉にコクンと頷きながら、前足で器用にポシェットを開いた。
 ポシェットの中には野口さんが数枚と小銭が少しだけ入っている。
 どうやら、財布代わりにポシェットを使っているみたいだ。
 前足で器用に千円札を取り出すとポシェットの口を閉じ、手にした千円札を少女へ差し出した。
 それを少女は無言で受け取る。
 そして、前回と同様に慎重な手つきで猫又にアルストロメリアの花束を渡した。

「ありがとうにゃ!近い内また来るから、そのときはよろしくにゃ!」

「分かったわ。またいつでも来てちょうだい」

「にゃ!」

 猫又は手にした花束が落ちぬよう、気を付けながら優雅に一礼する。
 上位者と認めた者には礼儀正しく振る舞うのが猫又の中でのルールだった。
 少女が軽く会釈したのを見届けてから、猫又は走り出す。向かうは大切な友人が入院している市立病院。
 コージ、待っててにゃ!すぐに行くにゃ!
 黒い雲に覆われた下を猫又は足早に駆け抜けていった。
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