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1巻

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   一


「お休み!?」

 仕事を終えて、意気揚々いきようようと向かったお気に入りの居酒屋は臨時休業していた。
 私――浅香美雨あさかみうは、灯り一つともっていない店の前で呆然とする。
 今日は朝から、この店の揚げ出し豆腐と、日本酒を楽しみに一日頑張ったのに……
 でも休みなら仕方ない。それなら別の店に行けばいいだけのことだ。
 私は気持ちを切り替えて、すぐ近くにある別の居酒屋へ向かった。
 しかし、なんとそこもお休み。ならばと、入ったことのない居酒屋の暖簾のれんをくぐるが、そこは満席で一時間は待つとのこと。
 ――な、なんで? 神様は私に今日は真っ直ぐ家に帰れと言ってるのか?
 しょぼんと肩を落として歩き出した時、いつもは気にも留めない路地の奥に、「BAR」と書かれた看板が見えた。
 ――あ……あんなところにバーがある。
 コンクリート打ちっぱなしの外壁に、存在感のある木製の扉。そこに、「OPEN」という札が下げられていた。なんともおしゃれな雰囲気をかもし出している店の外観に、思わず自分の格好をチェックしてしまう。
 今日の私は白いシャツに、足首丈のカーキ色のパンツ。カジュアルだけどラフすぎない服装だ。これだったら、おしゃれなBARでもたぶん浮かないはず。
 ――よし、行こう!
 自分にGOサインを出し、私は思い切って店のドアを開ける。すぐにボトルがずらりと並んだバーカウンターが目に飛び込んできた。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの中にいる若い男性が、柔らかく微笑んで声をかけてくる。

「こんばんは……」

 やや緊張しながら、笑顔を作って会釈えしゃくした。
 こぢんまりした店内は広いバーカウンターと、奥にいくつかテーブル席があるようだ。
 どこに座ろうか迷っていたら、最初に声をかけてくれた男性に「お好きなところへどうぞ」と言われたので、カウンターの端っこに腰を下ろした。
 いつも居酒屋にばかり行っているせいか、こういったおしゃれな雰囲気は落ち着かない。
 しかし、手渡されたメニューに目を通した途端、私のテンションが一気に上がった。
 ――日本酒がある!

「すみません、この日本酒を冷やでください」
「かしこまりました」

 さっきの男性店員が微笑む。
 見たところ二十代後半から三十代前半くらいの痩せ形で、背が高い。この方がマスターなのだろうか、笑顔がさわやかでとても印象がいい。
 何気なく店内に目を向けると、私の席から三つ向こうのカウンター席にカップルが、その向こうには一人で飲んでいる男性客が二人。
 マスターらしき人が奥へドリンクを運んでいるから、おそらくテーブル席にもお客様がいるようだ。
 ――近くにこんなお店があったんだ。日本酒の品揃えもいいし、今度から居酒屋が休みの日はここに来ようかな。
 そんなことを考えていると目の前にグラスが置かれ、一升瓶から透き通った日本酒ががれる。その様子に、ほう、とため息が漏れた。
 ――……きれい……

「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」

 私は笑顔でお礼を言って、日本酒の入ったグラスを手に取る。
 今日の気分は純米吟醸。
 女性の杜氏とじが造っているというこのお酒からは、ほんのりとフルーティな香りがただよってきた。

「いただきます」

 一口含むと口の中いっぱいにお米の甘さが広がる。でも、後味はスッキリ。
 ――くーっ!! 美味おいしい!!
 いつもの居酒屋だったら絶対声に出している。だけど、今日は場所を考えて心の中だけで美味おいしさを噛みしめた。
 ――あー、この店に入って正解だった。
 勇気を出して店に入った自分をめてやりたい。
 そんなことを考えながら、私はちびちびと日本酒を味わう。
 ――せっかくだし、何か食べるものが欲しいな……
 もう一度メニューを手に取って、軽食の欄をじっと見る。
 フライドポテトやスナックの盛り合わせといった定番メニューの他に、このお店特製ナポリタンやお茶漬け、それに焼き鳥の盛り合わせなどもあるのが意外だった。
 メニューを凝視していると、目の前に男性店員が立つ。

「何か召し上がりますか?」
「はい。あの、焼き鳥って、この店で焼くんですか?」
「いえ、近所の焼き鳥屋さんに頼んで持って来てもらうんです」

 ――なるほど。焼き鳥屋さんの焼き鳥だったら、きっと美味おいしいはず。

「じゃあ、焼き鳥の盛り合わせをください」
「かしこまりました、少々お待ちください」

 ――バーで焼き鳥って、なんか変な感じ。でも美味おいしければそれでよしってことで。
 私は日本酒を一口飲み、ほうっと息をついた。
 それから十分くらいして、焼き鳥屋さんが盛り合わせを届けてくれた。
 鶏モモの塩とタレが二本ずつ、砂肝にレバー、ポンジリにせせりといった八本の串に、シシトウが二ついろどりで添えられた盛り合わせが私の前に置かれる。
 香ばしい匂いにつられて、さっそく鶏モモの塩を口に運ぶ。想像以上に柔らかくジューシーな鶏肉に、ほんのり効いた塩味が旨みを引き立てている。フワッと感じる炭の香ばしさもいい。
 ――美味おいしい~……これは日本酒がすすむわあ。
 くいっとお酒を飲んで、幸せに包まれる。
 この店に来てよかったとしみじみ思いながら、焼き鳥とお酒を楽しんでいると、三つ隣の席に座っているカップルの女性が、突然ガタンと音をたてて立ち上がった。

「っ……なによ、馬鹿にしてっ……もういいわよっ!!」

 長い巻き髪に、膝丈のワンピースを着た美しい女性。彼女は顔を真っ赤にしてそう吐き捨てると、いきなりお酒の入ったグラスをつかみ勢いよく中身を隣の男性の顔にぶちまけた。
 ――ひっ!!
 思わず声を出しそうになって、私は慌てて口をつぐむ。

「ふんっ、いい気味!」

 そう捨て台詞ぜりふを残し、女性は勢いよくバッグをつかみヒールの音を立て店を出て行った。
 ――……しゅ、修羅場しゅらばだ……初めて見た……!
 自然と店内にいる人間の視線が一人残された男性に集まる。男性は出て行った女性を追うことなく、うつむいたまま微動だにしない。
 男性の顔を半分おおい隠している長い前髪からは、ポタポタとしずくしたたっている。
 それに気づいた私とマスターが、ほぼ同時に彼におしぼりを差し出した。

「「これ、使ってください」」

 私とマスターの声が綺麗にハモる。
 微かに反応した男性が、前傾姿勢のまま私とマスターに一礼する。

「……お恥ずかしいところを見せて申し訳ない」

 受け取ったおしぼりで顔と前髪をぬぐった後、男性はマスターが持って来たモップを「俺がやるから」と言って、みずから濡れた床を丁寧にいて再び席についた。
 ――あんな目に遭ったのに、意外と冷静……
 なんとなく彼から視線をらせずにいると、その視線に気がついたのか、男性が濡れた前髪を掻き上げつつ私の方を向いた。

「騒がしくして悪かった。よかったら一杯ご馳走ちそうさせてほしい」
「え」

 頭を下げられたことよりも、男性の顔の美しさに驚いた。
 涼しげな眉の下に、くっきりとした二重瞼ふたえまぶたの綺麗なアーモンド形の目。すっと通った鼻梁びりょうと綺麗な形の唇。それらのパーツが、絶妙なバランスで配置されていた。
 普段なかなか見ることがないくらいの超美形に、思わずポカンと口を開ける。

「……あ、あの、いえ、そんな、いいですよ」

 これほどのイケメンと話す機会などないから、緊張してしまう。

「もう帰るところ?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」

 ――自分がどんな目に遭ったかお忘れですか?

「じゃあ一杯だけ、俺の飲み直しに付き合ってくれないかな。……それ、日本酒?」

 彼が私の手元をのぞき込んでくる。

「あ、はい」
「同じものをもう一杯どう? 別のでもいいけど」

 そう言われてしまうと、遠慮するのも申し訳ない気がして、お言葉に甘えることにした。

「じゃあ一杯だけ……」
「ありがとう」

 彼はカウンターにいた男性客にも同じように謝って、マスターにお代わりを注文する。
 ――気遣いの人だ……すごいイケメンだし。さっきの女の人は、何にあんなに腹を立てたんだろう?
 余計なお世話だと思いつつ、そんなことが気になってしまう。

「……あの。彼女、追いかけなくて大丈夫だったんですか? さっきの……」

 彼はグラスにわずかばかり残っていたドリンクを飲み干して、私を見る。

「……隣、座っても?」
「どうぞ」

 男性がグラスを手に、私の隣に移動してきた。

「彼女とは、もう会うことはないから大丈夫」

 涼しい顔で、さらっとそんなことを言われたから驚く。
 何があったか知らないけど、そんな簡単に別れを決めてしまっていいのだろうか? ……まあ、いきなりお酒をぶっかける彼女も彼女だけど……

「でも、恋人ならもうちょっと何か話し合ったり……とか?」

 私が口を出すのも変だけど、ついモヤっとしてそう言うと、男性に「ちょっと待って」と話を切られた。

「彼女とは付き合ってないから」
「……え? そうなんですか?」

 男性は困ったように頭を掻き、マスターに手渡されたばかりの焼酎の水割りをあおった。

「ただの勘違い女だよ。こっちがそれを指摘したら、逆ギレされただけ」
「そ、そうでしたか」

 ――言い方はともかく、あの女性が怒った理由が、なんとなく分かった……
 さりげなく男性から目をらし、私は新しいお酒を飲みつつヤレヤレと思う。
 そんな私を見て、男性はフッと表情をやわらげた。

「自信満々なタイプだったからな。自分が断られるとは思ってなかったんだろう」

 男性がうんざりした様子でグラスに口を付ける。
 そんな仕草も、いちいち絵になるな、この人。……言ってることは酷いけど。

「すごく綺麗な人でしたけど、後悔したりしませんか?」

 何気なく質問すると、彼は静かに首を横に振る。

「いくら顔がよくても……自分が一番な上、思い込みが激しい女はごめんこうむりたいね」
「……まあ、お酒ぶっかけるとか、普通なかなかしませんけど……」

 少なくとも私なら、やった後が怖くて絶対にできない。
 ぼそっと呟いたら、意外にも彼がそれに食いついた。

「だろ? いきなり突拍子とっぴょうしもないこと言う女でさ……初めて会った日を私達の出会いの記念日にしましょう、とか言い出した時は何言ってんだって思った。ちなみに、会うのは今日が二度目」
「えっ! それって、会って二回目に……しかも付き合ってないのに!?」
「そう。だから勘違いを指摘して、お帰りいただいた」

 そう言って彼は肩をすくめる。

「それなのに、よくお酒ぶっかけられて怒りませんでしたね。私だったらやり返してるかも……」
「何、短気なの?」
「短気……じゃないと思いますけど、理不尽なことは我慢できないかもしれません。……あの、なんてお呼びすればいいですか……?」

 偶然一緒になった相手に名前なんか聞いていいのかな、と思いながら尋ねた。だが、意外にも男性はあっさり名前を教えてくれる。

両角もろずみ。そっちは?」
「浅香です」

 名乗った途端、両角さんは何かを考えるようにじっと私を見つめてくる。そんな綺麗な目に見つめられると、非常に落ち着かない。

「……な、何か?」
「いや、浅香って名字? それとも名前?」
「ああ、名字です。深い浅いの浅いに香り」

 私の名字『あさか』は、女性の名前でも通用するので、たまにこういった疑問を抱かれることがある。

「へえ。じゃあ、名前はなんていうの」

 両角さんがグラスを傾けながら尋ねてきた。

「美雨です。美しい雨って書きます」
「へえ、いい名前だね」
「……そうですか?」
「美しい雨、だろ? しっとりして綺麗な名前だと思う」

 そう言って、彼は静かに焼酎の水割りを口に運ぶ。
 さっきあんなに辛辣しんらつなことを言っていた人から、名前をめられるとは思わなかった。
 びっくりした私は、彼につられるようにおごってもらった日本酒を飲む。

「ありがとうございます……」

 ――なんか、こんなイケメンに綺麗な名前とか言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
 お酒までさっきよりも美味おいしく感じるのは、なんでだろう。
 そんなことを思っていたら、隣の両角さんが頬杖をつきながら口を開いた。

「……さっきも思ったんだけど、あんた、えらく旨そうに酒を飲むな」
「そりゃあ、お酒が美味おいしいんですから当然です……って、さっきも?」

 思わず聞き返すと、両角さんが頷く。

「……若い女性が一人で入ってきたな、と思って見てたら、嬉々ききとして日本酒を注文して旨そうに飲んでるからさ。そんなに日本酒好きなの?」
「はい、まあ……。といっても、好きになったのはここ数年なんですけど」
「へえ。何かきっかけでも?」

 両角さんが興味深そうに身を乗り出してくる。

「きっかけかどうか分かりませんが、私つい最近まで、仕事で酒蔵の多い地方の町にいたんです」

 私が勤務するM・Oエレクトロニクスは、それなりに大きい生活家電メーカーだ。
 私は五年ほど前、事務職として本社に採用された。しかし、新入社員は全員、入社から五年以内に半年間の工場研修に行かなければいけないという規則があった。
 本社に勤務する社員のほとんどが、近くの工場で研修を受けるところ、私はせっかくなら本社から離れた場所がいいと思った。そこでみずから志願して、中部地方にある工場で研修を受けることにしたのだ。
 工場のある町には酒蔵が多くあり、たまたま居酒屋で知り合った酒蔵経営者から、日本酒の美味おいしさを教えてもらったのである。
 それ以来、私はすっかり日本酒の魅力に取りかれてしまったというわけだ。

「なるほどね。確かに地方にはいい酒がたくさんあるからな。俺もここ数年は地方に行ったり海外に行ったりしてるけど、行く先々で旨い酒にめぐり会うんだよなー」

 両角さんが頬杖をついたまま何度も頷く。
 彼の意見に、私も激しく同意した。

「そうなんですよー! 町のスーパーにまですごい種類の地酒が置いてあるんです。そういう場所には、地元の特産品とか、美味おいしいおつまみもたくさんあって。結局私、半年で終わる研修を二年もしたんですよね」

 そう話す私に、両角さんがハハッと声を出して笑った。

「それもすごいな」
「本当はもっと向こうにいたかったんです。でも会社の規定で、研修は最長で二年までって決まってたからやむなく……」

 私個人としては、あのまま地方にいても全然構わなかった。だが、企業に勤める一社員としては、規定にそむいてまで居続けることはできず、涙を呑んで本社に戻ってきたというわけだ。

「久しぶりにこっちに戻ってきて、いろいろとお店を開拓中なんです。このお店には今日初めて来ましたけど、日本酒の品揃えが豊富で大当たりでした。両角さんはよく来るんですか?」
「ああ。マスターと知り合いでね」

 そう言いながら両角さんがマスターに視線を向けると、ちょうど正面にいたマスターがにっこりと微笑む。

「両角さんには、いつもご贔屓ひいきにしていただいて。ありがとうございます」
「何、改まって。長い付き合いだろ」

 さわやかにお礼を言うマスターに両角さんが苦笑した。

「それにしても……浅香さんの話を聞いてたら、俺も日本酒が飲みたくなってくるな。家に眠ってる一升瓶、引っ張り出すか」

 その言葉に敏感に反応する私。

「眠ってる一升瓶?」
「ん、ああ。地方に行った時に知人から貰ったり、季節の贈答品とかが大量にあるんだよ。俺も日本酒は好きだけど、さすがに一人じゃ消費しきれなくて結構な量がキッチンの奥で眠ってるんだ。中には幻とか言われてるレアな酒もあってさ……」

 ――マボロシ……? 何それすっごく気になる……!

「そんないい日本酒を眠らせておくなんて勿体ないですよ。ぜひ飲んでください。私でよければ、いつでもお手伝いしますんで!」
「いつかお願いするかもな」

 つい力が入ってしまった私に、両角さんは楽しそうに笑った。そして、マスターに焼酎のお代わりを頼む。
 私は、そんなリラックスした様子の彼をしみじみと眺めた。
 出会いのインパクトとびっくりするほど綺麗な顔。
 ひょんなことから一緒に飲むことになった両角さんは、すごく話しやすい人だった。正直、初対面でここまで気楽に話ができた異性って、ちょっと記憶にないかも。
 ――この人となら、いくらでもしゃべっていられる気がする……
 なんて思っていたら、あっという間に二時間以上経過していた。
 スマホに来たメルマガの着信で現在時刻を知った私は、驚きのあまり大声を上げてしまった。

「うそ、もうこんな時間!? 早っ……」

 お詫びで一杯おごってもらうだけのはずが、いつの間に!?

「ほんとだ……全然気づかなかったな。マスター」

 両角さんは左腕の腕時計を見ながら、マスターに声をかける。
 二人が話している間、周囲を見回すと、いつの間にか店内の客は私と両角さんだけになっていた。
 ――カウンターに座ってた人、いつ帰ったんだろう? 全然気がつかなかった。
 つまり、それだけ両角さんとの会話に夢中になっていたということだ。
 そう思ったら、なんだか恥ずかしくなってしまった。
 両角さんがマスターとの話を終え椅子から立ち上がったので、私も慌てて立ち上がる。

「ご馳走ちそうさまでした。お会計を……」

 バッグから財布を取り出しながら声をかけると、にっこり微笑んだマスターに止められる。

「お客様の分も両角さんにいただきましたので、お代は結構です。ぜひまた、ご来店をお待ちしております」

 一瞬、言われた内容が頭に入ってこなかった。でも、すぐに隣の両角さんを見る。

「両角さん、おごってもらうのは最初の一杯だけでいいです。自分の分は自分で払いますから」

 だけど両角さんは、いらないとばかりに手をヒラヒラさせ、そのまま店を出て行こうとする。
 困惑しつつ、私は彼の後を追う。
 店を出てすぐ両角さんが立ち止まったので、急いでお金を差し出した。

「いらないって。これは今日のお礼」
「でも……」

 なんだかんだで、あの後二人でかなり飲んでしまったのに、いいのだろうか。
 私がお金を持ったまま躊躇ためらっていると、いいんだよと真顔で手を押し返される。

「イヤな思いした後に、それを帳消しにするくらい楽しい時間を過ごさせてもらったんだ。だからいいんだよ。はい、この話はもう終わり」

 そんな風に言われたら、これ以上遠慮するのも悪いような気がしてくる。

「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えてご馳走ちそうになります」
「ああ。で、浅香さんはこの後どうやって帰るの」
「歩いて帰ります。マンションが近いので……それじゃ……」

 一礼して一歩足を踏み出すと、何故か両角さんも同じ方向に歩き出した。

「……両角さんもこっちなんですか?」

 驚いて尋ねると、背の高い彼が私を見下ろしてくる。

「いや。家の近くまで送るよ。こんな夜中に女性の一人歩きは危険だから」
「大丈夫ですよ。私のマンション、商店街の近くだから夜でも結構明るいですし」
「だめ。遅くなったのは俺のせいだし、マンションに入るまで見届けさせて。ほら、こっちでいいの?」
「あ、はい……なんか、すみません」

 あっさり「いいよ」と言って、彼は私の半歩先を歩く。
 両角さんは並んでみると、かなり背が高く足も長い。ゆえに一歩が大きかった。
 それに合わせて歩いていたからか、それとも会話をしていたからか理由は分からないが、いつもより家までの距離が短く感じた。

「ここです」

 あっという間に到着したマンションの前で、両角さんと向かい合わせになる。

「今日は本当にありがとうございました。何から何まで……」

 おごってもらって、送ってもらって。なんだか申し訳ない。
 私が深々と頭を下げると、両角さんがぶっきらぼうに言い放つ。

「俺あの店にちょくちょく入りびたってるから、気が向いたら来なよ。また一緒に飲もう」
「そうですね。ぜひご一緒したいです」
「じゃあ、また。おやすみ」

 両角さんがきびすを返す。その背中に向かって、私も声をかけた。

「はい。おやすみなさい」

 前を向いたまま手をヒラヒラさせて、両角さんが来た道を戻って行く。
 ――いい人だったな、両角さん。また会えたらいいな。
 そんなことを思いながら、私は上機嫌で自分の部屋に帰ったのだった。


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