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1巻

1-2

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   二


 両角さんとの出会いから数日後の月曜日。

「では、お待ちしております。はい、失礼いたします」

 中途採用の求人に応募してきた人との電話を終え、受話器を置く。電話で確認した情報をまとめ、採用担当者に渡したところで、ちょうどお昼のチャイムが鳴った。
 M・Oエレクトロニクスの本社に戻った私が所属しているのは人事部。そこで、社員の社会保険などの労務管理や、人事企画の資料作成、求職者の問い合わせ対応などを担当している。
 地方での二年間は工場の製造ラインに入って作業をしていたので、久しぶりの本社勤務に慣れるまで少々時間がかかった。でも今は、まったく問題なく仕事をこなしている。
 ――さて、お昼は何を食べようか。
 この会社には社員食堂があるが、今日はなんとなくインドカレーが食べたい気分。
 そう思った私は、会社近くのインドカレー屋にカレー弁当を買いに行った。
 インド人シェフが作るこの店のバターチキンカレーは、私的に美味おいしいカレーランキング第一位。
 うちの社員にも人気のこのカレー弁当は、ランチタイムになるとあっという間に売り切れてしまうこともあるので 無事にゲットできた私はホクホクしながら社に戻った。
 手元からただよってくるスパイスの効いたカレーの匂いに、私のテンションはうなぎ登り。
 ――うーん、いい香り~~!! 早く食べた~~い!!
 エントランスからエレベーターホールに向かって歩いていると、ちょうど同じ部署の女性が前からやって来た。二年先輩の山口やまぐち優紀ゆうきさんだ。
 山口さんは私が新入社員の頃からお世話になっている人で、本社に戻って彼女と同じ部署になれたのはラッキーだった。
 山口さんは細身で目がくりっとした可愛い顔立ちの女性で、数年前に学生の頃からお付き合いしていた男性と結婚した既婚者である。

「あら、いい匂いがするわねー、もしかしてインドカレー?」

 くん、と匂いを嗅いだ後、彼女は私の手元に視線を落とす。

「はい。ひとっ走りしてきました」
「私も食べたくなってきたなー。今から買いに行こうかな」
「今日はまだありましたよ、バターチキンカレー弁当」

 なんて話をしていると、急に周囲が騒がしくなった。
 キャーッという黄色い声と共に、私達の横を若い女性社員が通り過ぎていく。何事かとそちらに目をやると、若い女性で人だかりができていた。

「――ほら! 王子様よ、王子様! 姿見られて今日はついてる~!!」
「ねー! 目の保養目の保養!」

 ――王子様ってなんだ?
 耳に入ってきた女子社員達の言葉に、私は目を丸くする。

「……山口さん、なんか王子様とか聞こえませんでした?」

 首をかしげる私に、山口さんが笑い出した。

「そっか。浅香さんは最近こっちに戻って来たから知らないか。あの人達の言う王子様って、社長の息子のことよ」
「……社長の息子? その人が王子様って言われてるんですか?」

 キョトンとして聞き返すと、山口さんも苦笑する。

「そう。それだけ聞くとちょっと笑っちゃうかもしれないけど、でも確かに王子様みたいな外見なのよ。きれーな顔でいつもにこやかで、怒ったところなんか誰も見たことないんじゃない? だからいつの間にか女性社員から王子様って呼ばれるようになってね」

 本社に戻ってしばらく経つのに、そんな人がいることをまったく知らなかった。思わず私は、口を開けたままぽかんとする。

「……初耳です。地方に行く前も、しばらく本社に勤務してましたけど、そんな話は一度も……」

 だよねえ、と山口さんが苦笑する。

「王子様って、私と同じくらいの年なんだけど、入社以来海外やら地方やらを転々としてたからね。ちょうど浅香さんと入れ替わりに本社へ戻って来たのよ。最初は経営企画部に配属されたけど、この春から常務取締役に」
「そうなんですね……」

 私は少し離れたところにある人だかりに何気なく目を向ける。
 ――王子様っていうくらいだから、目のぱっちりしたアイドルみたいな感じ?
 しばらくすると、人だかりがばらけて、中心にいる人の顔がはっきり見えるようになった。
 スーツをきっちりと着こなした背の高い紳士。もしやこの人が噂の王子様?
 なんて思いながらその顔を見て、息を呑んだ。
 ――……あれっ? なんで両角さんがここに……
 すらりとした背格好と、少し長めの前髪、その下にある綺麗な顔……やっぱり両角さんにしか見えない。
 顔を見たまま立ち止まっていると、不意にこちらを向いた両角さんと目が合った。
 その瞬間、彼の表情が強張こわばる。
 だけど、すぐに後ろから来た社員に声をかけられ、私から目をらした。そのまま両角さんは、こちらを見ることなく歩いて行ってしまった。

「浅香さん、どうしたの?」

 山口さんが、不思議そうに顔をのぞき込んでくる。

「山口さん……あの、社長の息子って……」

 私は気持ちを落ち着かせながら彼女に尋ねる。

「あ、うん。今の人がそうだよ」

 まさか両角さんが同じ会社の人で、しかも社長の息子だなんて。
 思いがけない偶然にびっくりだ。
 ――世間って思ったより狭いんだな。
 あの夜のことを思い出すと、少々気まずい。
 知らなかったとはいえ、自社の社長の息子とサシ飲みしてしまった。……私、両角さんに失礼なこととかしてないよね?
 ――それにしても、両角さんが王子様?
 確かに顔は抜群に綺麗だったけど……結構辛辣しんらつなことを言ってたし、そこまでニコニコもしてなかった。むしろ、ぶっきらぼうな印象で……
 あの夜の彼を思い返すと、とても『王子様』とは思えない。
 イメージが違いすぎて理解に苦しむ私は首をかしげる。
 なんか考えれば考えるほど、頭がこんがらがってきた。
 ――ま、いいか。こんな偶然もあるんだなってことで……!
 せっかくいい飲み友達ができたと思ったのに残念だ。さすがに自社の常務とサシ飲みはできない。
 部署に戻った私は気持ちを切り替えて、買ってきたカレーを食べて午後の仕事に備えた。


 その翌日。
 午前の仕事が一通り片付いた私は、各部署に届ける書類を手に席を立った。
 人事部の一つ上の階にある営業部や宣伝部に届け物をしていると、出入り口の辺りで女性数人に囲まれている背の高い男性が視界に入った。
 ――あれ、両角さん?

「ええ。では、よろしくお願いしますね」
「はい……!」

 美しい微笑みと美声でそうお願いされた女性社員達は、みんなうっとりした顔をしている。完全に目がハートになっていた。
 ――これが王子様の威力か……!! すさまじいな。
 横目でチラ見しながらその場を後にした私だが、何故か今日は同じような場面に何度も遭遇した。王子様の威力は女性社員に対してだけでなく、時には若い男性社員だったり、彼よりずっと年上の社員に対しても発揮されるらしい。
 誰に対してもキラキラした笑顔で分け隔てなく接している両角さんを見ていると、ますます彼があの夜の両角さんと同一人物だと思えなくなってきた。
 ――……もしかして双子の兄弟、とか?
 度々遭遇する両角さんらしき人を、ついまじまじと眺めてしまう。その時、彼がこっちを見たような気がした。
 ――ん? 気のせいか。
 特に気にせず、私は部署に戻っていつも通り仕事をこなし、順調に今日のノルマを片付けていった。この調子なら定時には仕事を終え、会社を出ることができそうだ。
 ――今日は何をつまみに一杯やろうかな。
 帰りにスーパーでお刺身でも買っていこうか……マグロもいいし、カンパチもいいな~なんて考えているうちに終業時間を迎え、私はいそいそと荷物をまとめ始める。
 そんな中、にわかに部署内がざわついた。しかもみんなが私を見ている気がする。
 ――なんだろう。
 その時、私の肩にポン、と誰かの手が置かれた。

「ん?」

 何気なく振り返ると、そこにはうるわしく微笑む両角さんの姿が。

「も、もろず……常務!?」

 ――な、なんでこの人がこんなところに!?
 まさか会社で声をかけられるとは思わず、私は激しく動揺する。
 目を白黒させている私に、彼が微笑みを保ったまま口を開いた。

「人事部の浅香美雨さん。帰るところ悪いけど、少し時間をもらっていいかな?」

 言葉は優しいが、綺麗な目が笑っていない。これは断れないやつだ。

「えっ……あの……はい……!?」

 思わず周囲に目をやると、同僚達の強すぎる視線に息を呑む。
 ――こんなに注目浴びたのって、人生初かも……っ!
 周囲の視線に表情を引きらせる私に、両角さんが「こっちへ」と先に立って部署を出て行く。
 私は荷物を手に、両角さんの後を追った。
 廊下の角を曲がったところで、前を歩く両角さんが振り返る。

「急に悪かったな」

 両角さんは、さっきまでのキラキラ王子様とは打って変わった真顔で話しかけてきた。
 これは、この前バーで会った両角さんだ――そう思った途端、一気に緊張がゆるんで体から力が抜ける。

「もう、急に驚くじゃないですか!! 両角さん、この前と全然雰囲気が違うし、別人かと思いましたよ。それに、社長の息子で……常務で、王子様って……そんな人がただの社員を呼び出すってっ」

 軽くパニック気味の私は、立場を忘れて両角さんにまくてる。
 あんな風に公衆の面前で呼び出すなんて、本当にやめてもらいたい。でも常務である両角さんに、文句など言えないし。
 言いたいことはいっぱいあるのに、上手うまく言葉が出てこなくてもどかしい。
 でも、両角さんは私が何を言いたいのか、きちんと分かっているようだった。

「その辺について話がしたい。この後、時間あるか」
「え? じ、時間?」
「少しでいい」

 じっと私を見る彼の真剣な表情を見てしまうと、とても断ることはできなかった。

「…………分かりました」

 直後、両角さんが私の耳に顔を近づけてきた。驚いて体がビクッと跳ねる。

「ちょっとちょっとっ、近いですよ!」

 過剰反応と思われても、こんな超のつくイケメンになど免疫がないのだ。こればかりは動揺しても致し方ない。

「会社を出て、右に百メートルくらい行った先でまた右に曲がると、『あおば』っていう居酒屋がある。そこで待っててくれ。俺もすぐに行く」

 声と共に彼の吐息が耳にかかり、背中がぞくぞくした。
 反射的に耳に手を当て、両角さんを見上げる。

「じゃあ、あとで」

 そう言って、彼は足早にこの場から去って行った。
 そんな彼の後ろ姿を見ながら、私はわけが分からずぽかんと立ち尽くす。
 ――これは……面倒事に巻き込まれそうな、いやな予感がする。
 できればこのまま真っ直ぐ家に帰りたい……でも、一社員でしかない私は、常務である両角さんの命令には逆らえないのが現実。
 仕方なく、指定された居酒屋に向かうことにした。
 会社を出て、ひとまず右へ進む。百メートルほど行ったらまた右、なんて言ってたけど、場所がよく分からない。仕方なくスマホの地図で『あおば』という居酒屋を検索する。

「あおば、あおば……あ、あった」

 四階建てのビルの一階にある、赤い提灯ちょうちんがぶら下がった居酒屋。その看板にはしっかりと『あおば』と記されている。レトロな店の外観は、昔ながらの焼き鳥屋という感じ。
 ――渋い……一人だったら入るのを躊躇ちゅうちょしてしまいそう。
 カラカラ、と引き戸を開ける。店内は想像していた通りこぢんまりとしていた。カウンターに男性客が二人いて、焼き鳥を片手にビールを味わっている。

「いらっしゃい」
「こんばんは……」

 カウンターの中から声をかけてきたのは、かなり年配の男性だった。おそらく還暦かんれきはとうに過ぎていると思われる。
 どこに座ればいいのかな……一応待ち合わせだしどうしよう。

「すみません、人と待ち合わせをしていて……」

 迷った末に、カウンターの中の店主らしき男性に声をかける。すると、にこっと微笑まれた。

「ああ、聞いてるよ。両角のぼうずだろ。奥に個室があるから、そこで待っててくれとさ。先に何か飲むかい?」

 両角のぼうず。
 つまり、この方は両角さんのことをよく知る人ということか。
 それを聞いて、私の緊張が少しやわらいだ。

「いえ。両角さんが来るまで待ちます」

 普段なら、待ち合わせの相手が来る前に一杯やっていたと思う。でも彼の正体を知った以上、私に先に酒を飲むという選択肢は存在しない。

「あいよ。じゃあ、奥にどうぞ」
「失礼します」

 頭を下げながら奥へと移動すると、暖簾のれんのかかった入口を発見。中は、大人四人が座るのが精一杯といった広さの部屋だった。壁には手書きのおすすめがいくつも貼られていて、つい目が釘付けになる。

「うわ~、この店いいな。私の好きな感じ」

 席に座って、筆で書かれたメニューを眺める。想像していたよりかなり豊富なメニューに驚いた。
 ――へー、焼き鳥でも、いろんな部位が食べられるんだ。
 豊富な料理のメニューに、つい飲み物にも期待が高まる。テーブルの上にあったドリンクメニューを開くと、全国各地の日本酒の銘柄がずらっと並んでいた。
 私のテンションが一気に上がる。
 ――すごいっ、こんなに種類があるんだ!
 両角さんのことをすっかり忘れて、私が日本酒のメニューをじっくり眺めていると、入口の暖簾のれんがフワッと持ち上がり、ダークグレーのスーツを着た両角さんが姿を現した。

「待たせたな」

 そう言って、両角さんはするっと私の目の前の席に座った。彼は着ていたジャケットを脱ぎ、無造作に置いた。

「お、お疲れ様です、思ったより早かったですね」
「定時で帰ろうとしてたくらいだ、浅香さんも忙しいんだろ。時間を取らせちゃ悪いしな」
「……すみません、気を遣っていただいて……」

 近所のスーパーのタイムセールで、刺身を買って帰ろうと思ってただけなんです……とは言えず、ぐっと言葉を呑み込んだ。
 何か言おうとした両角さんが、ふと私の手元に視線を落とす。

「何か注文した?」
「いえ、まだです。両角さ……いえ、常務が来てからにしようと思って」

 そう言うと、両角さんの口元が少しだけゆるむ。

「両角でいいよ。浅香さんは日本酒?」
「えっと……じゃあ、この日本酒を冷やでお願いします」

 メニューを見て希望の銘柄を伝えると、両角さんが店主の男性を呼んだ。

「ありがとうございます」
「いや。つまみは適当に頼んでいい?」
「はい」

 両角さんが注文をしているのを、ぼんやりと眺める。今の彼は、私が以前会った彼と同じように感じた。
 じゃあ、会社での、あの『王子様』な彼は一体なんなんだろう……?
 そんなことを考えていると、注文を終えた両角さんが私の顔を見た。

「まさか同じ会社だったとはな。この前、名刺渡しておけばよかった……」

 彼は眉間を押さえてハアーとため息をつく。
 確かに。そうすればあの場でお互い同じ会社だと分かっただろう。

「お待ちどおさまー、生中と日本酒お持ちしましたー」

 若い店員さんが飲み物を持って来た。っていうか他にも店員さんいたんだ。
 目の前には大好きな日本酒。いつもだったらすぐに手を伸ばしているところだけど、今日は両角さんが気になってお酒に手を伸ばせない。
 すると、両角さんがビールのジョッキを持って、目の高さにかかげる。

「……とりあえず乾杯」

 私は慌ててグラスを持って同じようにした。

「か、乾杯……」

 すぐに両角さんがビールをあおったので、私も日本酒に口をつける。
 頼んだのは、地方にいる時に知って以来、大好きでよく飲んでいる銘柄。すっきりした味わいで華やかな香りのする純米吟醸だ。
 いつもならその美味おいしさにうっとりするところだけど、目の前で眉間にしわを寄せている人が気になってそれどころじゃない。
 それにしても、自分から話があると言ってきた両角さんが、全然口を開かない。これはよほど言いにくいことなのだろうか……
 ――どうしよう、私から聞いちゃう? でもここは待つべきか……
 待った方がいいのは分かるけど、このままじゃせっかくのお酒を美味おいしく味わえない。
 私は意を決して、何やら考え込んでいる両角さんに声をかけた。

「……あの。一つ聞いてもいいでしょうか」
「あ、ああ……」
「本当の両角さんはどっちなんですか?」

 私の質問に、両角さんの表情がピシッと強張こわばる。そして、観念した様子でため息をついた。

「……こっち」

 それを聞いて、やっぱり、と少しだけ胸のつかえが取れる。

「じゃあ、会社のあれは……」

 この人について、そんなに深く知っているわけじゃない。
 けど、会社のあれは別人だと思った。
 深々とため息をついた両角さんは、ビールを一口飲んでゆっくりと話し出す。

「……うちの会社を創業したのは、俺の曾祖父で、ここまで大きくしたのは父なんだ。そのことは知ってるか」
「はい。三代目の現社長が就任してから、徐々に事業を拡大していったんですよね?」
「そうだ。曾祖父が始めた小さな電器屋が、今のM・Oエレクトロニクスのもとになっている。だけどここに至るまでには、並々ならぬ苦労があったんだ――主に父の」

 それはそうだろう。今やM・Oエレクトロニクスは国内はおろか、海外にも支社や工場を持つ大企業だ。ちょっとやそっとの努力じゃこんなに会社は大きくできないことくらい、私にだって分かる。

「曾祖父の始めた電器屋を祖父が引き継いだ。元々商才があった祖父の力で、いくつもヒット商品が生まれた。祖父はそれをもとに、会社を大きくすることを考えたそうだ。だが祖父は、思わぬ問題にぶち当たった」
「……も、問題、とは?」
「祖父は商才はあったが、人望がなかったんだ」

 ――あっちゃー。それは痛い。
 なんて正直に言うわけにもいかないので、私はキュッと口を引き結んで相槌あいづちを打つに留める。

「もともと職人気質かたぎ融通ゆうずうが利かない性格だった祖父は、物を作ることにはけていたが、気性が荒かった。そのせいで周りに敵を作りやすかったんだ。祖父が社長では、会社を大きくすることはできない。そう判断した曾祖父が、父を社長にするよう命じたそうだ」

 ――なんだかノンフィクション番組を観ている気分になってくる。

「父は祖父とは違い、かなり温厚な性格でね。祖父ほどの商才はなかったが、周囲の人には恵まれていた。そのおかげで会社はどんどん大きくなっていったというわけだ」
「そうだったんですね……」

 ――じゃあ、社長は何をそんなに苦労したのだろう……?
 その疑問が顔に出ていたのか、両角さんがすぐに答えをくれた。

「祖父のせいで関係がこじれた人や企業の信頼を取り戻し、もとの関係を築くのに、父は相当苦労したらしい」
「ああ、なるほど……」

 納得して何度も頷く私を、両角さんがじっと見つめる。

「俺は、そんな祖父に気性が似ているらしい」
「……え!?」

 驚いて、まじまじと両角さんを見つめる。

「俺はこの会社を継ぐにあたって、父から一つ条件を出されたんだ」
「条件……ですか?」

 私はごくりと息を呑んだ。

「人前では常に温厚な態度を崩さず、祖父似のカッとなりやすい性格は絶対に表には出さない。それが、俺が後継者になる最低条件だと」

 話し終えた両角さんがごくごくとビールをあおる。
 ……なんとなく話が見えた気がした。

「なるほど、だから。……でも、温厚な態度が、なんで王子様になっちゃったんです?」

 そう聞いた瞬間、両角さんがうんざり、といった顔をする。

「知らん。誰かがいつの間にか王子と呼び始め、俺の知らないところで勝手にキャラができ上がってしまったんだ。修正しようにも思った以上にイメージが浸透してて、今更違うと言えなくなった。仕方なく、そのまま……」

 話しながら、両角さんは自分のひたいを押さえて、がっくりと項垂うなだれてしまう。

「……そ、そうだったんですね……」

 なんとも言えない事情に、私はそれ以上かける言葉を見つけられない。

「で、ここからが本題だ」

 本題? と首をかしげる。両角さんが顔を上げ、私の顔をじっと見てきた。
 正面から見つめられただけなのに、無意識にひるみそうになる。
 ――イケメンの迫力、本当にすさまじい……

「俺がキャラを作っているということを、会社では秘密にしておいてもらいたい」

 ようやく今日呼び出された理由に合点がてんがいった。

「それはもちろん……バラしたりしません。もしかして、これまでもこうやって口止めを?」
「いや」
「え?」
「物心ついた頃からあのキャラで通してるんだ。同僚や友人ですら、俺がキャラを作っていることを知らない。このことを知っているのは、家族と親しい親族。あとあの店のマスターと、君だけだ」
「……は?」

 ちょっと何言ってるかよく分かんないんですけど。


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