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ビヨンド・ザ・ディスペアー

急襲の警笛

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「行っちゃいましたね……」

 特に急ぐ様子も見せず、そそくさと部屋を出ていったクラッシャーさん。
 その姿を不思議に見つめながらも、僕たちは最後の発言の意味について考えていた。


 その時であった。

 ゴオン、と鈍く唸るような音を聞いた瞬間、建物が横に激しく揺れる。
 一体何事だと足を進めようとした時、ようやく放送が鳴ってくれた。

『敵襲、敵襲! サイドツーパイロット各員は、速やかにサイドツー格納庫へ向かってください! 繰り返します、サイドツーパイロット各員は———』

 非常事態だ。非常事態なんだけど……どこかおかしい。
 普通こういう時は、もっと早く連絡が来るはずなんだ。いきなり攻めてきましたなんて、そりゃあおかしい気も……

「ケイ、君は———」
「あっ、隊長……僕は何の機体に乗れば?!」

 ヴェンデッタは使えない。ならば今は何の機体に乗るべきか。
 カスタムシリーズでも何でも来い、全部使いこなしてみせる……!


「ケイは……そうだな、格納庫まで行ったら待機だ。……君が何に乗せられるのかは、僕にも分からない」

「……分かりました」

◇◇◇◇◇◇◇◇

 サイドツー格納庫。今やそこは、もはや人の声のみで埋め尽くされていた。

「うああっ!」

 格納庫に着いた瞬間、またさらに激しい揺れが皆を襲う。
 ここに来るまでに、9回ぐらいは経験した揺れだ。……外で何が起こっている……?

 ———だが、かろうじて見える外の状況……格納庫の上の方に取り付けられた窓からは、明らかに火の手が上がっているかのような朱色がその姿を見せていた。

 ここにいる人々もどこか荒んでいる。
 不満を垂れる整備士……駄々をこねるパイロット……今はそんなことしている場合じゃないだろうに。

 ただ、まあ急にこの状況になってしまったと思えば……そりゃあ不満の1つも垂れたくなるものではあるのだろう。

 それよりも、今の僕にはやるべきことがあるはずだ。
 この敵が、クラッシャーの言っていたヤツらなのだろうが……ならば僕は、一刻も早く戦わなくてはならない。

 みんなを護るために。


「ヴェンデッタ……」

 リコのヴェンデッタ1号機———そのすぐ横にて、今なお改修作業の進められているヴェンデッタ2号機……ヴェンデッタ・シン。

 その足元には12個のヒレのような物体が散らばっており、どこか整備の荒さを感じさせるものだった。


 ヴェンデッタの肝心のその機体は、中に埋め込まれた白い素体……アークレイとか言う人型のアレが露出しており、ソレを覆うように色々と灰色の配線だの機械だのが設置されていた。

 人の肉を正面だけ剥ぎ取って、その中身の骨が正面のみ見えているかのような……どこか痛ましいとまで感じられる光景だった。


「乗っていいのか……僕は……」

「……貴様は、ヴェンデッタ・シンに乗るがいい」

 独り言をこぼした瞬間、後ろから聞き慣れた声が発せられた。
 とても数日前まで酒を飲んでいたとは思えない近衛騎士団長、レイさんの声だった。

「ヴェンデッタ・シン……って、まだ改修作業は終わっていないんじゃ……装甲だって、素人目に見てもほとんど出来上がっていませんよ。

 顔以外、ボロボロで……人形みたい」

「残念ながら、今貴様に提供できる機体は……アレ以外存在しない。……上の方に報告はできている、出るなら出てもいい。

 可動域やスラスター、その他武装の最低限の形式は完成しているそうだからな」

「でも、だったら———乗ります。乗らせてください、ヴェンデッタに」
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