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ブレイバー
「勇者」とは?
「……サナ、戦争の犠牲者って……なんか紙とかで張り出されたりしたのか?」
明かりも消え、街が完全に暗闇に呑まれた頃。まあまあ聞きたかった事を質問する。
「……張り出されたりはしてない、けど、死んだ人の遺体は見たわ。顔は伏せられてたけど、その中に白髪の人がいて、それが白かと……」
「……いや、俺のことじゃないんだ」
「どういう……」
「その……隻腕の女って……見なかったか?」
「…………白、まさかそれって……」
「そう、あの時、恐怖に震え上がった軍勢を再び奮い立たせた女……だよ。……んで、ソイツはいたのか?」
「……いなかった、いなかったけど、どうして?」
……そうか、あの女は。
戦場にて救ったはずのあの女は、生きている……のか。
安堵もあるが、複雑な気持ちだ。また襲われるのではと心配になる。
「……実はな、ほんの気まぐれなんだ。……だけど、俺はあの女を放っておいちゃおけなかったんだ」
「つまり、ソイツは白が……救ったって事?」
「…………そうだ、苦しみ続けるアイツの姿を見てると、昔の………いや、今の自分と重なって、やっぱどうしても殺す、だけで終わらせちゃいけないような……気がしたんだよ」
「……そうね、やっぱり白も、色々あったんだ」
「まあ、1年は眠りこけてただけだがな。でも、あれだぜ、ダークナイト? とか言うヤツとも戦った」
「……もう何が来ても驚かないわよ、私」
「そっか、やっぱり変わったんだな。2年前とは何もかも。……俺は……俺は、変われたかな」
「変われてなくてもいいじゃない。まだ時間はあるんだから」
「…………」
何気ない言葉だった。
が、その日は一晩中、その声が脳内でこだまする程に印象深く記憶に刻まれた言葉だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
翌朝。
それまでは黒と、広い家で充実した生活を送っていたってのに。
……そう、充実した生活。
それには充実した睡眠も含まれる。
充実して、ふかふかのベッドで寝るような睡眠も。
……だというのに、今となってはまた床で寝る生活に逆戻りだ。
「……サナ……起きてるか?」
「もう流石に起きてるわよ。んで、もうすぐ昼近くだけど、今から鍛治職人の店に行くっての?」
眠気で怠い体を起こす。
「もちろんだ、この刀は俺そのものみたいなもんだからな。一刻も早く治してやらないと」
◇◇◇◇◇◇◇◇
…………で。王都唯一の鍛治職人の店に行ってみたところ。
店の玄関には『定休日』との張り紙が。
「あー、お客さん、最近は魔王軍戦線の戦いが激しくなって、人界軍の武器を治したりしてくれって頼まれてるんだよ。つまり、店は休みだ。他を当たってくれ」
……そう、店主のお姉さん……サンさんは告げた。
「サナ、鍛治職人の店って……ここだけだよ……な?」
「…………そ、そうね~、ここだけよ……王都では」
「……なるほど、王都の外ならあるんだな??」
「さっすが白、大正解!……っと言っても……」
サナの話によれば。
鍛治職人の店は、王都よりかなり西。今となっては魔王軍戦線も近づいてきている、とある村にあるらしい。
最近になって魔王軍幹部の一角、『黒騎士』がかなり攻め始めたらしく、戦線も徐々にこちら側に下がって来てるとの事だ。
むしろ何で鍛治職人の店が、ここかその超危険な場所にしかないんだ、とツッコミたくもなるが、まあ仕方ない、そこに行くしかないと、その店に行く事になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車に乗り連れてってもらう……予定であったが。
「こ……こんにちは~、おじさん」
「おお! まさかあの時の勇者に再び出会えるなんて!」
こっちは2度と出会いたくなかったよ。
馬車の主は、2年前、俺たちを魔王軍戦線の最前線、魔王軍幹部のいる村にたった2人で放り込んだ老人である。
「あ……あの時は……世話になりましたね~、あははは」
……とはいえ。今回は魔王軍戦線の近くとは言えど、別に幹部がいるだとか、そんな訳ではない。
後続の馬車もいるようだし。
あの時より比較的安全な状況に安堵しながら、目的地の村に無事に到着した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おじさん、ありがとう、今回は! ありがとう!」
「ありがとうございまーす!」
……わざわざ「今回」なんて言い放つ。その言葉に乗せた意味なぞ、あのジジイには知るよしもないだろう。
村では、何らかの準備が行われているらしく、弓矢などが沢山配備されていた。
村の周りには堀に、木で作られた塀や、やぐら。防衛戦には適していない平地ながら、ある程度の防衛対策はしているようだ。
……まあ、炎魔術を放たれれば1発で終わりなのだが。
しかし魔族は自然より発生した人間よりも自然から独立した存在。炎魔術のような自然魔術を扱えない魔族も多いだろうし、そう考えるとこの塀は意味があるのか……?
……なんて考えていると。
「白ーーっ! 多分ここよーーっ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、鍛冶屋はここだと指を指すサナ。
率直に言うとかわいかったが、そんな煩悩はすぐに捨て去る。
「……さて、ここか。サナ、金はあるよな?」
「もちろん!」
引き戸式のドアを開ける。そこには怠そうに椅子に座る老人が。
「あの、すいません、武器を治してほしくて来たんですけど……」
「ああ? もうわしは疲れたんだ、そんなのお断り……」
「これなんですけど」
老人の言葉を無視し、刀をカウンターらしき場所に勢いよく置く。
「…………概念武装……じゃと?……あー、んー、どちらにせよわしじゃ力になれんぞ」
関心を示したのか、老人は驚いた顔つきでそう述べた。
「え、どうして?」
「まずわしはそもそも概念武装は治せん。それに、概念武装を治せるやつ……というより、概念法術が使えるやつも……今じゃ……あのザマじゃよ」
あのザマ、と言われてもその本人が目の前にいないので全くもって分からないが。
「……つまり……この刀は……どうすればいいと?」
「見たところ、その刀は刻まれた概念ごと欠けておる。魔王軍幹部とでも戦わん限りはこうはならんが……まさか若者が概念武装を引っ提げて来るとはな……わしの意欲もちと上がったもんだが……よし、概念ごとは治せなくとも、ガワだけなら治してやろう」
「本当ですか?!」
「ああ、こんな大物を見たのは久しぶりじゃよ。1日程度預からせてもらうぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「やったじゃない白! 概念武装……に関しては、私もよく知らないけど、ガワだけ治してもらえて!」
「……まあ、よかった…んだけど、概念武装はどう治すべきか……とりあえず、宿に行くか。この村にも宿はあるんだろ? 泊まる手続きはしておかないとな」
◆◆◆◆◆◆◆◆
宿の手続きはすんなり終わり、特に目立った事もないまま日が沈む。
「……それでさ、白。概念武装について何か……知ってるの?」
「概念武装について知ってるか?……まあ、知ってはいるが……何でだ?」
「………………白がいなかったこの2年の間に、私もいろんな場所で魔術的な見聞を深めてきたの。そしたら、神技とか概念法術とか、そーいう別の術式についても知りたくなっちゃって」
「概念武装は、なんらかのモノになんらかの概念……『言の葉で表された事象や物、名称』を付与して、攻撃兵装へと転じさせたモノのことを指すんだ。
例えば、ある剣に『爆発』の概念を刻みつけたとする。そうしたら、その剣を用いてなんらかのアクションを起こした時、付与された概念に対応する事象を強制的に引き起こすことのできる術式……ってやつだ。……ある程度は分かったか?」
「……概念……モノを形作る名前———本名とか、そういうモノだって刻みつけれるわけ?」
「まあ、この世界を構成する『言葉』として、その真名が『芯』に登録されているなら、それらはなんだって刻みつけることができる……って、師匠が言ってた」
「……へえ。『芯』、ねぇ……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
夜7時。
宿にて優雅にくつろぐサナを宿に置いて、星々と松明で彩られた外にて、1人星空を見上げる。木製のベンチに腰を掛けながら。
暇だったから、でもあるけど、なんだかやたらと無性に外に出たくなったのだ。
意味はない、が。星空に何らかの思いを馳せる。
すると。
「もしかして……勇者さん……ですか?」
横から、少し高めの男の子の声が聞こえた。
「……ああ、勇者……だけど」
「やっぱりそうだ! 凄いな~、役職は何なんですか?」
めんどくさい奴に絡まれた、とうざがりながらも、少年があんまりにも目を輝かせて聞いてきたもんだから、少しばかり付き合ってやる事にした。
「役職……強いて言うなら、剣士、かなあ」
「剣…………あ、ああ、今日鍛冶屋に来て下さった方……ですね」
少年の声は少し低くなる。
「どうした? 何か気に止む事でも……」
「……いや、概念武装を治してもらいたい……んですよね」
大当たりだ。
「そうだけど、それがどうし……」
「……ごめんなさい、こんなところにいるべきじゃないですよね、すぐ鍛冶屋に戻って修理を……」
「だからどうしたんだよ、何か隠してるのか?」
人間、こういった反応をされれば詮索したくなる生き物なのである。
「い……いや、店主さん……お爺ちゃんからも聞きましたよね……概念武装を治せる人がいないって。
……それ、僕なんです。概念武装の概念付与をできるのは、僕なんです」
「……なるほどお前が……って、何でこんな場所に……」
「ああいえ、すぐに戻り……」
さっと逃げるように去ろうとした少年の手を、慌てて掴む。
「なんか、あるんだろ。俺も暇だし、話聞くよ」
兄貴分にでもなったつもりなんだろうか、結局話を聞く事にした。
「———えっと、僕、勇者に……なりたかったんですよ」
「簡単だろ? 勇者なんて、勇気があれば誰でも……」
「……お爺ちゃんが、許してくれなかったんです」
「あ……すまん」
今のは流石に軽率な発言だったと猛省する。
「僕のお爺ちゃんは鍛治に熱心な人で、その熱が多分僕に移ってしまったんだと思います。僕も昔は鍛治職人を目指していましたし」
「……」
「ただ、数年前、魔王軍戦線がこの村まで押された時、自分が犠牲になって、僕たちのことを守ってくれた勇者を見たんです。
その勇者は亡くなってしまったけれど、僕もその勇者みたいに、他人を守る為に全力で戦ってみたいな、って。憧れたんです。
……で、家出して、王都にある人界軍育成学校ってところに通い詰めたんです。それで、今日戻ってきたばっかりで」
「親父さんに合わせる顔がない、と?」
「それもあるんですけど、学校で僕は、挫折したんです」
「挫折?」
「……学校では、僕には魔術的な才能もなくて、剣術や弓術などの才能もないっていう現実を突き付けられたんです。
それまでは努力で何とか最低限ですけど補えていたんです。ただ、この前に、このままじゃ実践には出せないと言われて、追放されたんです。
だから、……まあ、僕は勇者になりたい、って想いしかなくて、逆にそれ以外の全てが足りてないんです。友達には勉強とかちゃんとできてるよ、って嘘をついて、頑張って見栄張って、でもそれに見合う努力はしたと思ってます。
……でも、テストなどで出来なくなる度に、心の中でまだ自分は本気を出していないんだ、って思うようになって。そこから、ちゃんとやってもできない自分を恨んで、学校をサボって、そんな自分に嫌気が差して……」
……重い。
重すぎる。
あまりの現実的すぎる問題に、なんと言葉をかければ良いかも分からなくなってしまうくらいには重い。
が。
……まあ、俺には俺なりの人生があった訳で。
やっぱり、それから捻り出した結論はというと。
「……別に、実力なんて関係ないと思うぞ」
最初に言った通りのものだった。
「え?」
「……だからさ、勇者なんて勇気があればなれるんだよ」
「———そんな事は」
「そんな事、ある。実力なんざ関係ない。学校なんざ関係ない。成績なんざ関係ない。俺たち勇者は生きる為に、護りたい人を護るために戦ってるんだからな」
「……」
「……でも。強いて言うなら。お前が憧れた人のように、何かの為に命を張れるやつが、勇者だよ。
親が何と言おうと、誰が何と言おうと関係ない。自分が大切だと思う者を、命を賭して護り通そうと思える、そんな勇気を持つやつが勇者なんだよ」
「親が何と言おうと、関係ない……?」
「誰が何と言おうと、漢には、必ずやらなくちゃならない時があるんだ。
例え負けると知っていても、無理だと分かっていても、それでもやらなくちゃならない時があるんだよ。俺の人生の教訓だ」
「人生の教訓…………って言ったって、僕はどうしようもないやつで……」
「あのな、世の中にはもっと酷え奴だっているんだよ。沢山人を殺して、痛い目に合わせて、その理性を制御できなくなって、それでも、誰かを殺す事を恐れていても、大切な人を護る為に、恐れている戦いに赴き続けるような、そんなどうしようもない奴だっているんだ。
……だから胸を張れ。何もされない、何も見返りなんてないかもしれない。それでもお前は、名も知れぬ誰かの為に戦いたいって、そう思うなら、それは誇るべき事だと……俺は思う、救世主として」
「何の才能も、経験も無くて、憧れしかなくても……?」
「……そうだな」
にかっと笑い、言い切ってみせた。
「お前、名前は? 俺の名前は……白。日字一文字の名前で、白だ」
「僕の名前はセン。普通にセンって呼んでもらって……」
「……そっか。……じゃあな。俺はもう眠いから寝る」
「あっでも!…………いや、やっぱいいです」
********
白さん、かあ。凄い人だなあ。
きっと心の奥底まで綺麗な人なんだろうなあ。
自分の夢を応援されるなんて、今までなかったのに。
『お前の魔力じゃスライム1匹倒せないってのに、勇者になるとか図々し過ぎるんだよ!』
『私に負けるくらい力弱いなんて、アンタ一体学校で何してきたの? あはははははは!!』
……ああ、やめて。
嫌な記憶が、蘇る。
本当の成績が先生によって明かされた時のみんなの目線が。
馬鹿にしたような目線が。お前には無理だ、と言わんばかりの冷たい視線が、頭に染み渡る。
……よかったのかな、あの白って人に話して。
********
一方その頃。宿に帰り着いた白は。
「どおしよお……めちゃくちゃ恥ずかしかった……!」
悶え苦しんでいた。
あまりにも軽率で、あまりにもふざけた感情論。
確かに、今までの戦いは大体感情論で押し切ってきたところもあるが、あのセンとかいう少年にあんな事言うべきじゃなかったと今すごく後悔している!!
『僕には魔術的な才能もなくて、剣術や弓術などの才能もないっていう現実を突き付けられたんです』
あんな事言って目の前の現実に突き当たって苦しんでいる少年に、あんな、あんな、非現実的な感情論を突きつけたんだ、俺は!
まずいまっずいどおしよう。
恥ずかしさとかあまりにも軽率過ぎた自分の答えに、心の中で後悔し悶え苦しむ。
……が、そんな感情の起伏などなかったかのように、床に倒れ込むようにして、白は寝てしまった。
明かりも消え、街が完全に暗闇に呑まれた頃。まあまあ聞きたかった事を質問する。
「……張り出されたりはしてない、けど、死んだ人の遺体は見たわ。顔は伏せられてたけど、その中に白髪の人がいて、それが白かと……」
「……いや、俺のことじゃないんだ」
「どういう……」
「その……隻腕の女って……見なかったか?」
「…………白、まさかそれって……」
「そう、あの時、恐怖に震え上がった軍勢を再び奮い立たせた女……だよ。……んで、ソイツはいたのか?」
「……いなかった、いなかったけど、どうして?」
……そうか、あの女は。
戦場にて救ったはずのあの女は、生きている……のか。
安堵もあるが、複雑な気持ちだ。また襲われるのではと心配になる。
「……実はな、ほんの気まぐれなんだ。……だけど、俺はあの女を放っておいちゃおけなかったんだ」
「つまり、ソイツは白が……救ったって事?」
「…………そうだ、苦しみ続けるアイツの姿を見てると、昔の………いや、今の自分と重なって、やっぱどうしても殺す、だけで終わらせちゃいけないような……気がしたんだよ」
「……そうね、やっぱり白も、色々あったんだ」
「まあ、1年は眠りこけてただけだがな。でも、あれだぜ、ダークナイト? とか言うヤツとも戦った」
「……もう何が来ても驚かないわよ、私」
「そっか、やっぱり変わったんだな。2年前とは何もかも。……俺は……俺は、変われたかな」
「変われてなくてもいいじゃない。まだ時間はあるんだから」
「…………」
何気ない言葉だった。
が、その日は一晩中、その声が脳内でこだまする程に印象深く記憶に刻まれた言葉だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
翌朝。
それまでは黒と、広い家で充実した生活を送っていたってのに。
……そう、充実した生活。
それには充実した睡眠も含まれる。
充実して、ふかふかのベッドで寝るような睡眠も。
……だというのに、今となってはまた床で寝る生活に逆戻りだ。
「……サナ……起きてるか?」
「もう流石に起きてるわよ。んで、もうすぐ昼近くだけど、今から鍛治職人の店に行くっての?」
眠気で怠い体を起こす。
「もちろんだ、この刀は俺そのものみたいなもんだからな。一刻も早く治してやらないと」
◇◇◇◇◇◇◇◇
…………で。王都唯一の鍛治職人の店に行ってみたところ。
店の玄関には『定休日』との張り紙が。
「あー、お客さん、最近は魔王軍戦線の戦いが激しくなって、人界軍の武器を治したりしてくれって頼まれてるんだよ。つまり、店は休みだ。他を当たってくれ」
……そう、店主のお姉さん……サンさんは告げた。
「サナ、鍛治職人の店って……ここだけだよ……な?」
「…………そ、そうね~、ここだけよ……王都では」
「……なるほど、王都の外ならあるんだな??」
「さっすが白、大正解!……っと言っても……」
サナの話によれば。
鍛治職人の店は、王都よりかなり西。今となっては魔王軍戦線も近づいてきている、とある村にあるらしい。
最近になって魔王軍幹部の一角、『黒騎士』がかなり攻め始めたらしく、戦線も徐々にこちら側に下がって来てるとの事だ。
むしろ何で鍛治職人の店が、ここかその超危険な場所にしかないんだ、とツッコミたくもなるが、まあ仕方ない、そこに行くしかないと、その店に行く事になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車に乗り連れてってもらう……予定であったが。
「こ……こんにちは~、おじさん」
「おお! まさかあの時の勇者に再び出会えるなんて!」
こっちは2度と出会いたくなかったよ。
馬車の主は、2年前、俺たちを魔王軍戦線の最前線、魔王軍幹部のいる村にたった2人で放り込んだ老人である。
「あ……あの時は……世話になりましたね~、あははは」
……とはいえ。今回は魔王軍戦線の近くとは言えど、別に幹部がいるだとか、そんな訳ではない。
後続の馬車もいるようだし。
あの時より比較的安全な状況に安堵しながら、目的地の村に無事に到着した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おじさん、ありがとう、今回は! ありがとう!」
「ありがとうございまーす!」
……わざわざ「今回」なんて言い放つ。その言葉に乗せた意味なぞ、あのジジイには知るよしもないだろう。
村では、何らかの準備が行われているらしく、弓矢などが沢山配備されていた。
村の周りには堀に、木で作られた塀や、やぐら。防衛戦には適していない平地ながら、ある程度の防衛対策はしているようだ。
……まあ、炎魔術を放たれれば1発で終わりなのだが。
しかし魔族は自然より発生した人間よりも自然から独立した存在。炎魔術のような自然魔術を扱えない魔族も多いだろうし、そう考えるとこの塀は意味があるのか……?
……なんて考えていると。
「白ーーっ! 多分ここよーーっ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、鍛冶屋はここだと指を指すサナ。
率直に言うとかわいかったが、そんな煩悩はすぐに捨て去る。
「……さて、ここか。サナ、金はあるよな?」
「もちろん!」
引き戸式のドアを開ける。そこには怠そうに椅子に座る老人が。
「あの、すいません、武器を治してほしくて来たんですけど……」
「ああ? もうわしは疲れたんだ、そんなのお断り……」
「これなんですけど」
老人の言葉を無視し、刀をカウンターらしき場所に勢いよく置く。
「…………概念武装……じゃと?……あー、んー、どちらにせよわしじゃ力になれんぞ」
関心を示したのか、老人は驚いた顔つきでそう述べた。
「え、どうして?」
「まずわしはそもそも概念武装は治せん。それに、概念武装を治せるやつ……というより、概念法術が使えるやつも……今じゃ……あのザマじゃよ」
あのザマ、と言われてもその本人が目の前にいないので全くもって分からないが。
「……つまり……この刀は……どうすればいいと?」
「見たところ、その刀は刻まれた概念ごと欠けておる。魔王軍幹部とでも戦わん限りはこうはならんが……まさか若者が概念武装を引っ提げて来るとはな……わしの意欲もちと上がったもんだが……よし、概念ごとは治せなくとも、ガワだけなら治してやろう」
「本当ですか?!」
「ああ、こんな大物を見たのは久しぶりじゃよ。1日程度預からせてもらうぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「やったじゃない白! 概念武装……に関しては、私もよく知らないけど、ガワだけ治してもらえて!」
「……まあ、よかった…んだけど、概念武装はどう治すべきか……とりあえず、宿に行くか。この村にも宿はあるんだろ? 泊まる手続きはしておかないとな」
◆◆◆◆◆◆◆◆
宿の手続きはすんなり終わり、特に目立った事もないまま日が沈む。
「……それでさ、白。概念武装について何か……知ってるの?」
「概念武装について知ってるか?……まあ、知ってはいるが……何でだ?」
「………………白がいなかったこの2年の間に、私もいろんな場所で魔術的な見聞を深めてきたの。そしたら、神技とか概念法術とか、そーいう別の術式についても知りたくなっちゃって」
「概念武装は、なんらかのモノになんらかの概念……『言の葉で表された事象や物、名称』を付与して、攻撃兵装へと転じさせたモノのことを指すんだ。
例えば、ある剣に『爆発』の概念を刻みつけたとする。そうしたら、その剣を用いてなんらかのアクションを起こした時、付与された概念に対応する事象を強制的に引き起こすことのできる術式……ってやつだ。……ある程度は分かったか?」
「……概念……モノを形作る名前———本名とか、そういうモノだって刻みつけれるわけ?」
「まあ、この世界を構成する『言葉』として、その真名が『芯』に登録されているなら、それらはなんだって刻みつけることができる……って、師匠が言ってた」
「……へえ。『芯』、ねぇ……」
◆◆◆◆◆◆◆◆
夜7時。
宿にて優雅にくつろぐサナを宿に置いて、星々と松明で彩られた外にて、1人星空を見上げる。木製のベンチに腰を掛けながら。
暇だったから、でもあるけど、なんだかやたらと無性に外に出たくなったのだ。
意味はない、が。星空に何らかの思いを馳せる。
すると。
「もしかして……勇者さん……ですか?」
横から、少し高めの男の子の声が聞こえた。
「……ああ、勇者……だけど」
「やっぱりそうだ! 凄いな~、役職は何なんですか?」
めんどくさい奴に絡まれた、とうざがりながらも、少年があんまりにも目を輝かせて聞いてきたもんだから、少しばかり付き合ってやる事にした。
「役職……強いて言うなら、剣士、かなあ」
「剣…………あ、ああ、今日鍛冶屋に来て下さった方……ですね」
少年の声は少し低くなる。
「どうした? 何か気に止む事でも……」
「……いや、概念武装を治してもらいたい……んですよね」
大当たりだ。
「そうだけど、それがどうし……」
「……ごめんなさい、こんなところにいるべきじゃないですよね、すぐ鍛冶屋に戻って修理を……」
「だからどうしたんだよ、何か隠してるのか?」
人間、こういった反応をされれば詮索したくなる生き物なのである。
「い……いや、店主さん……お爺ちゃんからも聞きましたよね……概念武装を治せる人がいないって。
……それ、僕なんです。概念武装の概念付与をできるのは、僕なんです」
「……なるほどお前が……って、何でこんな場所に……」
「ああいえ、すぐに戻り……」
さっと逃げるように去ろうとした少年の手を、慌てて掴む。
「なんか、あるんだろ。俺も暇だし、話聞くよ」
兄貴分にでもなったつもりなんだろうか、結局話を聞く事にした。
「———えっと、僕、勇者に……なりたかったんですよ」
「簡単だろ? 勇者なんて、勇気があれば誰でも……」
「……お爺ちゃんが、許してくれなかったんです」
「あ……すまん」
今のは流石に軽率な発言だったと猛省する。
「僕のお爺ちゃんは鍛治に熱心な人で、その熱が多分僕に移ってしまったんだと思います。僕も昔は鍛治職人を目指していましたし」
「……」
「ただ、数年前、魔王軍戦線がこの村まで押された時、自分が犠牲になって、僕たちのことを守ってくれた勇者を見たんです。
その勇者は亡くなってしまったけれど、僕もその勇者みたいに、他人を守る為に全力で戦ってみたいな、って。憧れたんです。
……で、家出して、王都にある人界軍育成学校ってところに通い詰めたんです。それで、今日戻ってきたばっかりで」
「親父さんに合わせる顔がない、と?」
「それもあるんですけど、学校で僕は、挫折したんです」
「挫折?」
「……学校では、僕には魔術的な才能もなくて、剣術や弓術などの才能もないっていう現実を突き付けられたんです。
それまでは努力で何とか最低限ですけど補えていたんです。ただ、この前に、このままじゃ実践には出せないと言われて、追放されたんです。
だから、……まあ、僕は勇者になりたい、って想いしかなくて、逆にそれ以外の全てが足りてないんです。友達には勉強とかちゃんとできてるよ、って嘘をついて、頑張って見栄張って、でもそれに見合う努力はしたと思ってます。
……でも、テストなどで出来なくなる度に、心の中でまだ自分は本気を出していないんだ、って思うようになって。そこから、ちゃんとやってもできない自分を恨んで、学校をサボって、そんな自分に嫌気が差して……」
……重い。
重すぎる。
あまりの現実的すぎる問題に、なんと言葉をかければ良いかも分からなくなってしまうくらいには重い。
が。
……まあ、俺には俺なりの人生があった訳で。
やっぱり、それから捻り出した結論はというと。
「……別に、実力なんて関係ないと思うぞ」
最初に言った通りのものだった。
「え?」
「……だからさ、勇者なんて勇気があればなれるんだよ」
「———そんな事は」
「そんな事、ある。実力なんざ関係ない。学校なんざ関係ない。成績なんざ関係ない。俺たち勇者は生きる為に、護りたい人を護るために戦ってるんだからな」
「……」
「……でも。強いて言うなら。お前が憧れた人のように、何かの為に命を張れるやつが、勇者だよ。
親が何と言おうと、誰が何と言おうと関係ない。自分が大切だと思う者を、命を賭して護り通そうと思える、そんな勇気を持つやつが勇者なんだよ」
「親が何と言おうと、関係ない……?」
「誰が何と言おうと、漢には、必ずやらなくちゃならない時があるんだ。
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「人生の教訓…………って言ったって、僕はどうしようもないやつで……」
「あのな、世の中にはもっと酷え奴だっているんだよ。沢山人を殺して、痛い目に合わせて、その理性を制御できなくなって、それでも、誰かを殺す事を恐れていても、大切な人を護る為に、恐れている戦いに赴き続けるような、そんなどうしようもない奴だっているんだ。
……だから胸を張れ。何もされない、何も見返りなんてないかもしれない。それでもお前は、名も知れぬ誰かの為に戦いたいって、そう思うなら、それは誇るべき事だと……俺は思う、救世主として」
「何の才能も、経験も無くて、憧れしかなくても……?」
「……そうだな」
にかっと笑い、言い切ってみせた。
「お前、名前は? 俺の名前は……白。日字一文字の名前で、白だ」
「僕の名前はセン。普通にセンって呼んでもらって……」
「……そっか。……じゃあな。俺はもう眠いから寝る」
「あっでも!…………いや、やっぱいいです」
********
白さん、かあ。凄い人だなあ。
きっと心の奥底まで綺麗な人なんだろうなあ。
自分の夢を応援されるなんて、今までなかったのに。
『お前の魔力じゃスライム1匹倒せないってのに、勇者になるとか図々し過ぎるんだよ!』
『私に負けるくらい力弱いなんて、アンタ一体学校で何してきたの? あはははははは!!』
……ああ、やめて。
嫌な記憶が、蘇る。
本当の成績が先生によって明かされた時のみんなの目線が。
馬鹿にしたような目線が。お前には無理だ、と言わんばかりの冷たい視線が、頭に染み渡る。
……よかったのかな、あの白って人に話して。
********
一方その頃。宿に帰り着いた白は。
「どおしよお……めちゃくちゃ恥ずかしかった……!」
悶え苦しんでいた。
あまりにも軽率で、あまりにもふざけた感情論。
確かに、今までの戦いは大体感情論で押し切ってきたところもあるが、あのセンとかいう少年にあんな事言うべきじゃなかったと今すごく後悔している!!
『僕には魔術的な才能もなくて、剣術や弓術などの才能もないっていう現実を突き付けられたんです』
あんな事言って目の前の現実に突き当たって苦しんでいる少年に、あんな、あんな、非現実的な感情論を突きつけたんだ、俺は!
まずいまっずいどおしよう。
恥ずかしさとかあまりにも軽率過ぎた自分の答えに、心の中で後悔し悶え苦しむ。
……が、そんな感情の起伏などなかったかのように、床に倒れ込むようにして、白は寝てしまった。
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