Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

C3

 目の前の彼女を抱きしめたまま、ゴンドラは地へと降り立つ。
 係員にも暗示がかかっているため、余計なことは気にせず、ただただ帰るだけだ。


 本当は、家に帰ってもいろいろ話したかったし、いろいろ聞きたかったけど。
 それでも今日は、今日だけは、この気持ちを噛み締めて、ただただ深い眠りにつくことを、決めた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 朝。
 ひたすら眠り惚けていた俺の意識を叩き起こしたのは、ディルの一声だった。

「ツバサ……行くぞ」
「はい??」

 ……そう、ディルは勝手に俺の家に入り、上がり込んでいたのだ。

 状況が飲み込めず、呆然としている俺とニトイの腕を掴み、ディルは一目散に家の外へと飛び出す。
 神威は……もちろん装備済みだ。


「……な、一体全体何のようだよ、何なんだよ行くって!」

「お前らとはあまり関係ない話だが……このオリュンポスに外敵が攻め込んできた。だから、そいつらを捕獲することが、俺たちの今日の任務だ。…………お前には、閉じこもっててもらうがな……!」


 そう言われ、言われるがままに連れてこられたのは、崩落したオリュンポスの鉄の外壁。
 見下ろした地上は、何か黒く染まった跡があり。


「敵は……ここから侵入した。数十人規模の、軍隊らしきヤツらだ」

「ここから……って、どうやってこの強固な外壁を突破したんだよ?!」

「……聞いて驚くなよ……ヤツらが用いたのは、魔法だ」


 魔法。ここより西の大陸に伝わる、「魔力」を用いた空想具現術式。
 ……つまり、襲撃者は西大陸の何者か、ってことか。

「とりあえず今のところは、あの地下施設……実際はアルファポイントって名前がついてんだが……

 まああそこやその他別ポイントをとりあえずの拠点として、ゴルゴダ機関の総力を合わせ侵入者を生け捕りにする。大体の内容は掴めたか?」

「……ああ、ただ……ニ……トイは、どうすれば……」

 心配そうに歪んだ顔を見て、ニトイは噛みしめるように答える。

「……ニトイ、も、たたかう……それが、ツバサの……望む、ことなら……!」

「…………だとよ。どうする……ツバサ?」

「それでも、俺は……」

 言いかけたその瞬間。

 何か、異常な何かが近づいてくるような、そんな感覚がした後に。



 振り向いた先にあったのは。
 今まさにこちらを貫かんとする、幾千もの鉄骨が浮かんでいた。


「……だいじょう、ぶ?」

 ……がしかし、その鉄骨が猛スピードでこちらへと向かってきた瞬間、それらは俺たちの前に張られた神力障壁によって、その全てがかき消える。

「ニトイ、お前がやったのか?」

 ディルがそう聞くと、ニトイは少し微笑み、コクッと頷いた。力になれて嬉しいのか。



 襲ってきたのは、間違いなく「鉄骨」。
 しかもそれらは、まるで宙に固定されたかのように浮いていたのだ。

 ……見た事が、あった。
 普段、明らかに目にするはずのないものであったが、明らかにそれらには既視感が宿っていた。


 ———次の瞬間。
 俺たちの前に現れたのは、左腕を巨大な鉄へと変えた、2本のツノが特徴的な赤髪の……魔族だった。

「……よお、新しい生活は順調か?」

 ……語りかけられた? この俺が?
 全く面識のない俺に、コイツが語りかけた?


「誰だ、お前は……!」

 恐る恐る、その質問をする。
 返ってきた答えは、俺にとっては全くと言っていいほど馴染みのない名前だった。

「俺の名はギル。……まァ、、が通り名だ」

「……ツバサ、コイツ、なんかヤバい……!

 ああニトイ、ヤバいのは多分、誰でも分かってる。
 なんせコイツ……殺意がダダ漏れだ。

「何が目的だ、クラッシャー!」
「その声でそう呼ばれるのは、少しばかり癪に触る……なあっ!!」

 瞬間、真上に神力反応。
 見上げた空には、一面の赤い鉄骨が。
 今回もその鉄骨は、ニトイの張った神力障壁に阻まれる。


 粉塵に遮られた視界が開けるとともに、クラッシャーの姿が曝け出される。

「……ん……ぅ……んん……っっ!」
「貴様に限って言えば……大人しくすれば、殺しはしないさ……」

 見据えた先には。
 クラッシャーの剛腕にて、首を絞められ、既に吊るされたニトイが。

 ……もう、足は動いていた。



「流石は。そうでなくっちゃなァ……!」

 音速で振り下ろした俺の刀を遮ったのは、浮遊する鉄塊。
 ……木刀のままでは、斬れはしないというのなら。

「██、俺に力を貸せ……っ!」

 その木のカバーがめくれ落ちると共に、鉄塊は両断される。

 一度地に降り立ち、一瞬で体制を整え、一瞬でクラッシャーの元まで詰め寄る。
 ここまでで、1秒未満。
 後は刀を振り、その上半身を斬り落とすのみ。

「……おっとお、なめられちゃ困るぜえ……?」

 風を斬る疾風音と共に、クラッシャーはその場から消え去る。
 ……が、次のディルの一言で、クラッシャーの位置が判明する。

「ツバサ……後ろだ……っ!」
「とったああああっ!!」

 刀を後ろに向けて円形に振るう。吹き荒れた突風が、その威力を物語っていた。

「まあまあ、楽しめたかなァ……?」

 背後に回っていたクラッシャーの胸元に刀が擦れ、その部分の服から灰色の金属塊が姿を晒す。

 俺自身は、完全に勝ったと思い込み、足を踏み出しその首を斬り落とす姿勢まで、既に持っていったその時。

 電源が落とされると共に、プツリとテレビの画面が真っ暗になるように、唐突に俺の意識は途切れてしまった。






 ********



「ツバサーーーーっ!!」

 何もできず、ただ見つめていたディルは、自らの無力さを悔いる。
 もう自分はここで終わりだと、自らの運命を怨みながら。

「……でぇ? お前は、この俺様にかかってくるのか?」

 響き渡る恐怖の声。

「………死にたくないというのなら、跪け。この俺の下で跪くんだ、そして乞え、助けを…………!

 そんなものは来やしないとお前が理解し、お前の顔が絶望に歪んだ瞬間、この俺の手で殺してやる! ハハハハハハハハッ!!!!」

「あ……ああ……」

 無理だった。
 とても、ヤツに立ち向かうなんて、俺にはできなかった。

 俺は別に、他人のために命を張れる勇者じゃなければ、自己犠牲をも厭わないロボットでもないんだ。

 それは、親父が死んだ日から。
 俺はただ、ひたすらに死にたくなかった。
 親父がロストに、無惨にも殺されるのを見てから。

「そんな死に方は絶対に嫌だ」「醜く、惨めに死ぬのなどごめんまっぴらだ」と、思うようになった。

 だからこそ、根底にあったのは生存本能であり。

 俺はここで、惨めに死ぬかもしれないが、一番確率の高そうな道を選んだ。

 それはとても、卑怯なことなのだが。

「…………土下座……だとォ……?……プフッ、ハハハッ! 貴様ら崇高なオリュンポスの民にも、そんな下劣で無様な行為ができたとはな、ハハハハハッ!」


 恥も、プライドも、そんなもの俺にはない。
 正直言って、ツバサとかニトイだなんてどうでもよくて。
 結局俺は一番卑怯で、一番惨めな生き方を選んでしまった。


「…………許して、ください。……そいつらが……どうなったって構わない、だから……だから俺だけは…………見逃して、ください」




「こりゃあ傑作だ!……ここまで阿呆だったとは、世紀の大馬鹿もいいとこだ!

 …………ずっとその無様な姿を見ていたいモンだが、俺もそこまで暇じゃねえしな………………見逃してやる、かなぁ……?」


 そら。やっぱりこうなった。
 ここまで惨めなら、相手は俺のことを「馬鹿で面白いヤツ」と誤認する。 

 結局のところ、強者に媚びへつらい、ひたすら頭を下げ、プライドなど微塵もない者が生き残るのだ。

 くだらないけど、惨めだけど、それでもそれが世の常であり。
 父の死から学んだ、俺の唯一の教訓だった。





 そうして、また惨めにも生き残ってしまったのだから、その教訓は間違ってはいなかった、ということであろう。

 俺は———逃げれる。







「なんてなぁっ! 安心したか、このクズめっ!!!!」

 ———が、背を向けたクラッシャーが振り向いた瞬間に、俺の周りを覆ったのは十数本に及ぶ鉄骨。

 その全ての先が、俺に向かって向かいくる———!


「死にたく……」

 死にたく、ないんだ。

「死にたく、ないんだあああああああっ!!!!」

 渾身の力で祝福儀礼の剣を振るい、、自らに直接命中する鉄骨を弾く。


 ……アレ、俺にも……できた……?



「っほぉ。

 今の一撃、凌ぐたぁな……こいつぁ、後々から殺し甲斐がありそうなヤツだぜ。

 今度こそ本当に見逃してやる! 小僧、次に相見える時は———ちったあマシになっとけよ、俺とやり合えるぐらいにはなぁっ!」


 ……と、その男は———ようやく、どこかへと行ってくれた。




 ………………ああ。
 これで、良かったんだ。

 ニトイも、ツバサも……見捨てて。

 俺一人だけ、生き残っても……これで、良かったんだよ。
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