世跨ぎ

宮浦透

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7.想いの還る場所(文芸社 応募作品)

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 息を凝らし私は思い切り扉をこじ開けた。
 ずっと奥まであるように見えていた廊下は、やけに短く、大きかった玄関はもう狭くすら感じる。
 白秋の風に背を押され足を踏み入れ始める。途端の空虚さえも感慨深いものになり、私はもう止まることすら出来なくなっていた。
 まず目に映ったのは棚の上に置かれている家族の写真。父と母は優しい笑顔で一人息子の私の手を握っている。最後までこの家で暮らしていた母はこの写真がお気に入りだった。母はこの頃の記憶をいつも満足げに話していたことだけは覚えている。反抗期の真っ只中も、独り立ちする時も、母は如何なる時だって私に真摯に向き合ってくれた。意見はしっかり口にする人だったし、大事な時はいつも真剣だった。でもとても明るい人で冗談が大好きな人だった。
 母が最後まで使っていたベッドからはよく外が見える。この場所から母はきっと、私と父が一緒にキャッチボールをしていた頃のことを思い出しているのだろう。いつだって父は私のしたいことを叶えてくれた。だからこそ私は今ここに居るのだと思う。
 そして私は更に足を進め自室へと向かう。数十年前に使うことのなくなったはずの自室は、何故か少しも古びた様子がなく、私はすぐにこれの意味を理解した。母はこの場所を、いつ私が帰ってきても良いようにしていてくれたのだ。勉強机、すっかり使わなくなってしまった野球道具、全て両親が買ってくれたもので、全て私が欲しいと言ったものだ。
 しかし、その優しい両親でも、私の夢には反対した。私は文字を売りたいと投げかけた。それでも投げ返されるのは不安げな無言。甘やかされた私は当時両親を理解できなかった。結局、独り立ちの時には母は真摯に夢を諦めることを勧められた。それから私は一切両親との連絡を断つことを決め込んだ。有名になったら顔を出して自慢してやろうと思ったのだ。現実はそんなに簡単ではないことを、当時の私も、今の私も、完全に理解できていない。
 勉強机の引き出しからは半分も使わなかった原稿用紙が顔を出した。それだけではない、両親に無理を言って貰った古びた万年筆も、退屈そうにこちらを見つめている。
 この部屋から見る夕焼けは、色褪せた醜い甘橙以外に何色でもなかった。
 寂寥感の中を縫うように生きてきた私は、自身の醜さと申し訳ないほどの感謝を、最後にせめて両親に吐露するためにこの場所来た。
 だがしかし、あともう少しだけ待ってもらうことにしようと思う。自分勝手にも、昔に私が無下にしてきた過去に対してせめて報わせてあげたいのだ。
 最後に一つだけ、それだけ完成させられれば私は満足なのだ。もう心残りはないのだ。
 そして力一杯に立ち上がった私は、月が顔を出し始める頃、その場を後にした。


 文芸社 応募作品
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