世跨ぎ

宮浦透

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6.ある日の命

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 あなたはある日、その火の中へ消えていった。
 「またね。また会う日まで」
 少女は訳もわからずその火を見つめている。火、青空、涙。人は何かを失って生きていく。代わりに何かを得ていく。
 果てしない昼と夜を繰り返して。そうやって人は大きくなっていく。
 此の世に呼ばれて、帰っていく。盛大に呼ばれても、静かに帰っていく。
 少女もいつかはこの涙達に気付く時が来るだろう。知って欲しくない。だが知って欲しい。人ってものは素晴らしいのだから。



 一人になった僕は、海に涙を返しに向かった。気付けば夜が更けて、どれだけ嗚咽を投げかけたか分からない。
 海はどれだけでも受け入れてくれる。この疑問も、後悔も、怒りも、悲しみも、涙となって溢れ出すもの達を。海の水は涙の味がするんだ。
 あなたのあの日の、異変に気付けなかった。
 何だって言い訳は無理だろう。何も言う気なんて微塵も無い。ただあなたの唯一の遺産、少女をこれからどう育てようか。あなたのような、涙を解ってあげられる人になって欲しい。
 それでも、いつか少女もいつかは涙を流すことになるのか。解るだけじゃ、人生は終わらせてくれないのか。



 「今日から僕は君の父親だ」
 そう言い張って、今から少女は娘になった。
 呆然とする娘に意を決してすっかり重くなった口を思いっ切り開いた。
 「おかあさんは死んだ。ごめんね。ごめんね」
 枯れたはずの涙がまたボロボロと流れ落ちる。もう娘の顔すらまともには見れなかった。段々とぐちゃぐちゃになっていく僕の顔を見て、娘は目尻から少し涙が落ちた。
 もう一度だけあなたに会える時が来たら、僕たちの子は元気に、笑ってた。と伝えることにしよう。それは果たして何十年後になるかな。でも、それを伝える時は娘は泣いているかもしれないな。それだと少し嬉しい。ならあなたも少しは嬉しい思いをしてくれてるかな。
 この子はあなたに似て綺麗な顔をしている。泣いてもぐちゃぐちゃな顔にならないなんて、羨ましい。
 青空は今日も綺麗だ。
 明日の、そのまた明日、そのまた明日には僕もこの子も笑えてるはずだ。鮮やかで、煌めくような嬉しさと、悲しさ。
 何が何だか分からなくなってきて、膝から崩れ落ちた。
 僕とこの子を、いずれあなたは優しく抱きしめてくれるだろう。でも今だけは僕に任せて欲しかった。
 あなたが残したこの子をせめて大切にさせて欲しかった。あなたが火の向こう側でも笑ってくれるように。
 落ちた涙は、僅かな輝きと煌めきに染まっていた。
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