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第二章 プロジェクト

狼男を撃つ銀の弾はない

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 翌日。
 いつもよりは若干早い九時五十分に出社したヤン先輩は、ラウラさんに新しい工数見積りと、それに基づくスケジュール表を提出した。
「……これは?」
「前に工数見積りをしたとき以降に追加の仕様が多くあったため、それを踏まえて工数見積りをやり直してみました」
 僕もラウラさんの机におかれたスケジュール表を覗き込む。設計を約二ヶ月間、ヤン先輩・山猫・僕の三人で行い、その後もう一人開発者を補充して、四人体制で製造とテストを四ヶ月間で行うというスケジュールになっていた。工数はラウラさんの管理業務を除いて、純粋な開発のみで二十人月。それはいいんだけれど……。
「微妙に間に合っていませんけど?」
 ラウラさんが指摘したのは、中央のシステムとの結合テストの開始時期だ。このテストで検証すべきテスト項目はケルシュ公爵側から指定されており、テスト後の不具合修正と再テストも含めておおよそ十日程度の予定だ。ただし他の荘園もみな同じ時期にそのテストを行う必要があるため、こちらの都合のよい十日間をいつでもテストにあてるというわけにはいかない。他荘園のスケジュールも勘案して中央側がテスト日を指定する。まだテスト日は決定していないが、いつでもテストが行えるように、来年三月一日の時点で、中央との結合テスト以外のすべての工程を完了しているように、と中央側から言われている。にもかかわらず、このスケジュール表では、それ以前に終わっていなければならない荘園内システムとの結合テスト・総合テストが三月の半ば終了予定となっている。中央システムへのデータ送信部分の実装・単体テストも三月上旬までかかっている。三月一日に中央との結合テストを行うのは不可能だ。
「もちろん、これでいいと思っているわけではありません。何か対策をとって帳尻を合わせないといけないとは思います。ただ、追加仕様が多いためにこのような状況になってしまっている、という問題意識を共有するために、あえてこの形で提示しました」
 ラウラさんはスケジュール表に見入ったまま考え込んでしまう。
「何か対策を……って具体的にどうするんですか?」
 僕が訪ねてみると、ヤン先輩は「力押ししかないな」と応じる。
「しばらくの間は超過労働して、一日分以上の仕事を毎日こなしてスケジュールを前倒しする。それを、残りの工数が無理なく期日までに収まるようになるまで行う。口で言うほど簡単じゃあないがそれ以外に方法はない」
 自分の席でなにやら術式を組み上げながら、山猫も口を挟む。
「『口で言うほど簡単じゃない』どころか至難の技なんだけどにゃ。ニ・三ヶ月で遅れを取り戻すつもりで毎日がんばって残業しても一向に遅れが解消されず、プロジェクト終盤で何日も泊まり込んでどうにか納期に間に合わせるなんてことも珍しくないにゃ」
「至難の技でも地道にがんばるしかないでしょう。狼男を撃つ銀の弾みたいな、一発で状況を打開できる便利な方法はないんですから」
 どうやら、スケジュール的にはかなり厳しい状況になっているようだった。やはり山猫の言ったような、プロジェクト終盤で何日も泊まり込むような事態に陥るのだろうか。僕が今後への不安にかられていると、山猫がさらにとんでもないことを口走った。
「ああそうにゃ。そのスケジュール表の今日以前の部分、すでにできていなきゃいけない部分についてなんにゃけど、イリアの担当分の進捗は0%にゃ」
「は?」
 突然の爆弾発言に、ヤン先輩は唖然とした表情になる。そりゃそうだ。だってこのスケジュール表の作成は山猫も手伝ったんだから、すでに終わったことになっている作業が終わっていないなら、ちゃんとそのことを反映したスケジュールを作らなければならないのに、作業の遅れを報告しなかったわけだから。
 なにより、山猫の担当分の進捗率が0%だとすると、実際のスケジュールはラウラさんがいま見ているスケジュール表より、さらに厳しい状態にあるということで……。
「なんで進捗が0%なんですか! 毎日遅くまで作業してるくせに!」
 先輩が山猫に詰め寄る。だが思い起こせばおかしな点は確かにあって、山猫はここのところずっとなにやら術式を組んでいるのだ。今は設計フェーズであって実際に術式を組むのは製造フェーズからであるにもかかわらずだ。彼女は本来予定されている作業を放り出して、何か別のものを作っていることになる。実際、今日も朝から現在にいたるまで、彼女はずっと何かの術式を組み続けている。
「さっきから何を作っているんです?」
 僕が問うと、山猫は猫人族特有の細長い瞳をこっちに向けてニヤリとほくそ笑んだ。
「さっきのヤン君の例えで言うなら、狼男を撃つ銀の弾に限りなく近いものにゃ。ギャスパー魔術で業務システムを作る際の生産性を劇的に向上させる基礎術式フレームワークにゃ。以前のプロジェクトでは、一機能の実装に十日かかると見積もられていたところを、この基礎術式があれば五日で実装できたにゃ。今回のシステムとはいろいろと内容が違うから全く同じ基礎術式をそのまま使い回すことはできないけど、今回のシステム用に似たようなものを組み直しているにゃ」
 基礎術式フレームワークとは、システムの各機能を作る上でのベースとなる術式のことだ。各機能が共通して行うような処理をあらかじめ基礎術式として作成しておき、各機能はそれを呼び出すだけで良いようにすることで、各機能の実装にかかる工数を短縮することができる。実装者が違っても同じ処理をするなら基礎術式の中の同じ部分を呼び出すようにすることで、実装者の違いによる術式の差異も防げる。
「その基礎術式が本当に実装の工数を半分程度に短縮することができるとして、その作成と使用を前もって提案しなかったのはなぜですか? 事前に言ってくだされば、基礎術式の作成工数も織り込んだスケジュールを組むことができたわけですが」
 ラウラさんが、厳しい口調で山猫に訊ねる。だが山猫は、毛のふさふさした手の甲をぺろぺろ舐めつつ、平然とした態度で答える。
「ラウラにゃんを筆頭に、誰一人ギャスパー魔術の業務経験がないチームに、この基礎術式の有用性を理解させることができないからにゃ。無駄に苦労して有用性を説いて説得するより、スケジュールが押してどうしようもなくなって、この基礎術式の有用性に賭けるしかなくなるのを待ったほうが手っ取り早いにゃ」
「つまり私は当面、この基礎術式が本当に貴女の言うほどの効果を持つのかどうかを知ることができないまま、製造の工数が短縮されることを祈ることしかできないということですか」
 ラウラさんは沈痛な面持ちで頭を抱える。ヤン先輩がこのプロジェクトメンバーに山猫を参加させたいと言い出した時に、ラウラさんは『私を心労で殺す気ですか』と言っていたが、おそらくその頃から、山猫がこういう人物であるという噂は知っていたのだろう。その噂を彼女は今、身をもって体感する羽目に陥っている。
「わかりました。山猫を信じましょう。そして、実装フェーズ開始時に増員する人数は二人とします。最初から部長には『増員は一人から二人』と言ってありますし、予算的にも許容範囲ですから。ピルスナーさん、その条件で再スケジューリングをお願いいたします」
 疲労困憊した様子でラウラさんが告げると、ヤン先輩は「了解」と言って、自分の机に戻って作業を始めた。僕も自分の席につき、設計を再開する。
「なあクロト」
 スケジュール表を作りながら、先輩が話しかけてきた。
「まああまり悲観しすぎるな。確かにさっきも言ったとおり、この仕事には事態を一発で打開するような特効薬はない。だけど、山猫にだけはそれに近いものが作れるんだ。狼男に対する銀の弾みたいな一撃必殺の秘策がな」
 本当にそうならありがたいんだけど、何だかその銀の弾は狼男だけじゃなく、ラウラさんまで倒してしまいそうなんだけど。と、僕は横目でちらりとラウラさんの方を一瞥して思った。
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