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第一章 山猫

新規案件、始まります

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「よっす、クロト」
 ヤン先輩が出社したのは、今日も十時を過ぎた頃だった。
 ヤン先輩は僕を「クロト」とファーストネームで呼ぶ。というかマザール王国ではファミリーネームで呼ぶのは明確に立場が上の人だけに限られており、僕もヤン先輩やラウラさんをファーストネームで呼んでいる。相手が部下だろうが年下だろうがファミリーネームにさん付けし、敬語で接するラウラさんは例外中の例外だ。
「俺の担当した機能で、バグ報告あがってる?」
「さすがにまだですよ。いくつかまとまって来るんじゃないですか? それより、ラウラさんが十一時から打ち合わせするって言ってましたよ」
 それを聞いて、ヤン先輩はなぜか満足げに頷いた。
「なるほど。俺が『十時過ぎに出社する』と事前に連絡したおかげで、ラウラさんは十一時から会議室を予約できたわけだな。いい仕事したなあ俺。うん、頑張った」
「ちなみに、何時にメールしたんですか?」
「起きたのが九時半で、それからすぐだけど?」
 ……この会社の始業時間は九時だ。遅刻の連絡は九時以前にメールしてくれないと。
 まあヤン先輩もこの森に住むエルフ族で、彼の家からここまで歩いて十五分程度だから、九時前に起きているなら出社が十時過ぎになるわけはないんだけど。
 言ってもしょうがないことなので、僕はなにも言わずに自分の仕事を進めることにした。

「さて、皆さんが、人によっては休日まで使って頑張ってくださったおかげで、現在のプロジェクトの製造・単体テスト工程は無事完了しました」
 十一時、コの字型にテーブルが並べられた会議室で、僕とヤン先輩の正面に座ったラウラ先輩は、皮肉を含んだ口調でそう切り出した。
「今週中はテストチームからの不具合報告の対応でまだまだ忙しいでしょうが、それも来週以降だんだんと減っていくことが予想されますので、空いた時間に次のプロジェクトを進めようと思います。配布した資料をご覧ください」
 僕とヤン先輩は、手元に配られてある数枚の紙片を見る。
「そこに書かれているように、今回のプロジェクトは荘園の会計データ送信システムの開発です」
 ラウラさんの説明によると、システムの依頼主はこのあたりの荘園の代官であるシュヴァルツ氏。今回開発を依頼したのは、こんな事情だという。
 シュヴァルツ氏の雇用主であるケルシュ公爵は幾つもの荘園を持っており、それぞれに代官を派遣して経営を任せている。シュヴァルツ氏は従来、毎月一回公爵に月次決算書や仕訳帳などを送信していたのだが、昨今のシステム魔法の一層の発展と、それに伴う情報のリアルタイム共有の必要性に鑑み、すべての荘園に対し、毎朝決まった時間に前日一日分の仕訳データを送信する義務を課した。しかも、従来は各荘園はそれぞれの代官の判断で別々に会計システムを導入していて、その各荘園バラバラな会計システムで作成した財務諸表を文書の形で送信していたが、これからは従来送っていた決算書等も新たに送ることになる仕訳データもすべて、公爵側が定めた書式に直してデータで送信しなければならなくなった。
「そういう場合ってさー、公爵の方で各荘園に共通して使えるシステムを発注して全荘園に導入するんじゃないの?」
「無論、公爵も荘園側のために共通のシステムを用意する予定はあり、いくつかの荘園はそれを導入するそうですが、シュヴァルツ氏の治めるこの荘園は規模も大きく、お仕着せのシステムでは現在の荘園の全業務をカバーすることは出来ないのです。領内にエルフの森があることで、ちょっと特殊な事情も生まれていますしね」
 特殊な事情というのは、主に税金関係のことだ。エルフは人族の荘園領主の支配を受けないから、もちろん領主に税金など払わない。そうすると例えばうちの会社のようにエルフの森にあってエルフの経営する会社は、人族が経営する同業他社よりも、税金を払わなくて済む分価格を抑える事ができる。これでは人族の企業がエルフの企業に淘汰されてしまいかねないので、一種の関税のようなものをかけるのだが、この関税の税率が品物によって違うのはもちろん、エルフと取引のある各荘園との交渉で決まるので、同じ品物でも荘園ごとに税率が違ったりする。
 例えばエルフたちが森のコルク樫から生産しているコルクをシュヴァルツ氏の荘園が輸入するときの関税は商品の重量ごとの累進課税だが、別の荘園が輸入する場合は金額ごとの累進課税だったり、定率だったりする。その辺りが複雑なのでエルフと取引のある荘園はそれに対応した会計ソフトを使わなければいけないのだが、エルフと取引のある荘園はそれほど多くない。今回ケルシュ公爵が用意するという各荘園共通のシステムも、エルフとの取引は想定していないのだろう。
 そんなわけで、シュヴァルツ氏は公爵の用意するシステムに頼らず、独自にシステムを発注しないといけないのだ。
「詳しくは資料を見てもらいたいのですが、比較的規模が大きいうえ、公爵側からは来年四月には仕訳の送信を開始してほしいと要請されているそうです。スケジュールに余裕がありません」
 規模が大きいと言われても、経験の浅い僕にはこの資料からだけではどのくらいの規模かわからない。色々とやらなければならないことが書いてあって、確かに先週まで作っていた支店が三店舗しかない定食屋のシステムよりは大きそうだけど。
「しつもーん」
 資料に目を通していたヤン先輩が、資料から目を離さず挙手した。
「術式はギャスパー魔術で組み上げるって書かれてるけど、アリステ魔術じゃいけないの?」
 ギャスパー魔術というのは、エルフが古来から伝承してきたアリステ魔術とは全く別の魔法大系で、主に北方の人族が編み出した大系だ。使われる文字も文法も何もかもアリステ魔術とは異なるが、あらかじめ組み上げた術式に従って魔力の流れを処理するという基本部分は同じなので、もちろんギャスパー魔術でもシステム魔法は作れる。
「シュヴァルツ氏の荘園では、既に諸々の業務のために幾つものシステムを導入していますが、それらのすべてがギャスパー魔術で組み上げられており、代官の邸宅にはギャスパー魔術を実行するための祭壇が設けられています。我々が新しく開発するシステムは、この祭壇の余力を使って稼働させるので、ギャスパー魔術でないと都合が悪いのです」
 そういう事情があるそうなのだが、困ったことに僕はもちろん、ヤン先輩も業務としてギャスパー魔術での開発を行った経験はないそうだ。社内の他のチームにも、ギャスパー魔術の経験がある手の空いた人材はいない。
「ですので、設計が本格化する来月あたまから、外部からギャスパー魔術の経験豊富な技術者に一人入ってもらって、実装フェーズに入る頃にもう一・二名、こちらは若手でも良いのでギャスパー魔術のわかる方を追加したいと考えています」
「そうなるとトータルで、ざっと二十人月くらいですかね。まあこの値段じゃそれ以上の工数かけられないか」
 二十人月というのは、一人でやれば二十ヶ月分、二人なら十ヶ月分かかる作業量ということだ。その作業量でどれだけのものが作れるのか、僕にはまだわからないんだけど、ヤン先輩やラウラさんの表情を見るに、このシステムを二十人月で作るのは難しいらしい。
「このプロジェクトが二十人月で収まるかどうかは、設計の段階でいかに優秀な技術者に入っていただけるかにかかっていると考えています。そこで相談なのですが、ピルスナーさんの知り合いに、ギャスパー魔術に詳しくて設計の経験豊かな、良い技術者がいれば紹介していただきたいのです」
 その申し出に、ヤン先輩はしばし頭をひねった。
「ギャスパー魔術で、仕訳のデータ変換と、定刻での自動送信。それに近い経験があって、優秀な技術者というと……」
 考え込む時の癖で、顎の無精髭を撫でていたヤン先輩の手が、ふいに止まった。
「一人、うってつけの知り合いがいます」
「ありがたいです。どこの何という方ですか?」
「フリーランスの魔法技術者で、……ラウラさんも聞いたことあるんじゃないかな。《山猫》ですよ」
 ヤン先輩が《山猫》という言葉を口にした瞬間、ラウラさんの長い耳が、驚いたようにぴくりと動いた。
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