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第一章 山猫
天才技術者は猫人族
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「《山猫》ですか? 噂は聞いたことがありますが、お知り合いなんですか?」
「だいぶ前に一度だけ同じプロジェクトチームにいたというだけですが、名刺交換ぐらいはしましたよ」
僕は知らなかったのだが、《山猫》というのは、このエルフの森を含めたローエ地方東部では割と有名なフリーランスの凄腕技術者だそうだ。
その技術力の高さには定評があり、どれだけ高いスキルが必要とされる仕事でもそつなくこなしてしまう。特に術式を組み上げる速さは超人的で、例えば開発メンバーの技術不足が原因で実装工程が遅れに遅れ、終息にあと三年かかると言われていたプロジェクトに助っ人として投入されるや、作業の止まる原因となっていた技術的問題点をすべて二週間以内に解決し、三ヶ月で実装を完了させたなどという逸話を持つ。
「私が山猫とチームメイトだった時のプロジェクトというのが、今回と同じく仕訳データのデータ変換と自動送信でした。とある商店が新しい会計システムを導入したんですが、その会社が使っている給与計算システムが旧会計システムとしか連動できないために、給与に関係のある仕訳のみを新システムから旧システムへデータ変換して送信していたんですよ。そのプロジェクト自体はアリステ魔術で組んだんですが、山猫はギャスパー魔術の案件も何度も経験してるはずです」
「技術面で条件にマッチしていることは分かりました。ですが……」
天才技術者の協力をあおげるかもしれないというのに、ラウラさんは少し浮かない顔だった。
「開発チームにピルスナーさんがいるだけでも悩みの種なのに、そのうえ《山猫》まで……。私を心労で殺す気ですか」
ヤン先輩は、はっはっは、と乾いた声をたてて笑った。
「確かに俺が定時内に終わるはずの仕事を終わらせずに、残業や休出でギリギリ帳尻合わせてるのはラウラさんからみれば不安で胃が痛くなるでしょう」
「自覚はあったんですね」
「このうえマイペースの権化みたいな山猫の面倒までみなきゃならないのは、ラウラさんの気苦労、察するに余りあるんですが」
ただね。と前置きした後、ヤン先輩はもったいぶって少し間を置いた。
「普通に協力会社から人を募集して面接したって、優秀な技術者なんてそうそう見つかりませんぜ。術式の技術だけならともかく設計も優れてるなんて人は。凡百の技術者を採用して技術不足でプロジェクトが破綻するのと、山猫が好き放題やってそれでも最終的にはシステムが完成するの、どっちの方がプロジェクトマネージャーの胃にやさしいですかね」
「……」
ラウラさんはしばらく、毒蛇と毒グモのどちらかをつかみ取りしろ、と言われたような顔をして逡巡していたが、ため息を一つつくと、観念して言った。
「わかりました。とりあえず山猫に会って話をしてみたいと思います。それで、山猫の本名は何と言うんですか? 連絡先は?」
「ええと名刺が確かここに……あった。ほら、これ、山猫の名刺ね」
ヤン先輩は名刺入れの中をまさぐって、探し当てた一枚を差し出した。定型サイズの白い紙片には、会社名も肩書きもなく、『魔法技術者 イリア・ウェアキャット・ハーパー』と書かれており、連絡先が小さな文字で記されていた。そのそっけない紙面に花を添えるように、右端から三分の一ほどの面積に渡って、薄い茶色のインクで大きな肉球が描かれていた。大きすぎて全く紙面に収まっておらず、大体にはみ出していた。
「《山猫》って、猫人族なんですか?」
ラウラさんの方へ向けられた名刺を反対側から眺めながら、僕は訊ねた。
「おうよ。注意欠陥障害かってくらい落ち着きのない、キジトラ猫人族の典型みたいな淑女さ」
僕は魔法技術者と言うと、落ち着き払って静かに術式を組む人ばかり見てきたので、落ち着きのない魔法技術者と言われても想像がつかない。山猫というのは、どんな女性なのだろう。
「では、山猫には後で連絡を取るとして、お二人ともギャスパー魔術の経験はないですが、やれそうですか?」
山猫の話題は終わったとばかりに、ラウラさんは僕たちに訊ねた。
「俺は大丈夫。ギャスパー魔術メインの案件は経験がないけど、いろんなところで少しずつギャスパー魔術をいじる機会はあったし、十年も色んな魔術大系の仕事してりゃ、知らない魔術でも調べりゃ書けるようになります」
「そうですか。キリシマさんはどうですか?」
こっちに水を向けられて、僕は言葉に詰まった。王都の学校でシステム魔法を学んでいた頃に、ギャスパー魔術も独学で少しだけ勉強したのだが、それだけで『大丈夫です』と言い切れるほど僕は自信家ではない。
「クロトも大丈夫。今やってる案件で、雲に特殊な命令を実行させる場合なんかに、ロカ魔術やらホロン神聖魔術やらで小術式を書かなきゃいけないことがあるんだが、こいつはそういう絶対に経験がないであろう魔術でも自分で調べてちゃんと術式を組んでた。極論すると、俺ができることは全部クロトにもできると言っても過言じゃない」
「それは頼もしいですね。キリシマさんにできてピルスナーさんににはできないことはたくさんありますがね。遅刻せず出社するとかスケジュール通り仕事するとか」
ラウラさんの皮肉に、ヤン先輩は乾いた笑いで答えた。
「だいぶ前に一度だけ同じプロジェクトチームにいたというだけですが、名刺交換ぐらいはしましたよ」
僕は知らなかったのだが、《山猫》というのは、このエルフの森を含めたローエ地方東部では割と有名なフリーランスの凄腕技術者だそうだ。
その技術力の高さには定評があり、どれだけ高いスキルが必要とされる仕事でもそつなくこなしてしまう。特に術式を組み上げる速さは超人的で、例えば開発メンバーの技術不足が原因で実装工程が遅れに遅れ、終息にあと三年かかると言われていたプロジェクトに助っ人として投入されるや、作業の止まる原因となっていた技術的問題点をすべて二週間以内に解決し、三ヶ月で実装を完了させたなどという逸話を持つ。
「私が山猫とチームメイトだった時のプロジェクトというのが、今回と同じく仕訳データのデータ変換と自動送信でした。とある商店が新しい会計システムを導入したんですが、その会社が使っている給与計算システムが旧会計システムとしか連動できないために、給与に関係のある仕訳のみを新システムから旧システムへデータ変換して送信していたんですよ。そのプロジェクト自体はアリステ魔術で組んだんですが、山猫はギャスパー魔術の案件も何度も経験してるはずです」
「技術面で条件にマッチしていることは分かりました。ですが……」
天才技術者の協力をあおげるかもしれないというのに、ラウラさんは少し浮かない顔だった。
「開発チームにピルスナーさんがいるだけでも悩みの種なのに、そのうえ《山猫》まで……。私を心労で殺す気ですか」
ヤン先輩は、はっはっは、と乾いた声をたてて笑った。
「確かに俺が定時内に終わるはずの仕事を終わらせずに、残業や休出でギリギリ帳尻合わせてるのはラウラさんからみれば不安で胃が痛くなるでしょう」
「自覚はあったんですね」
「このうえマイペースの権化みたいな山猫の面倒までみなきゃならないのは、ラウラさんの気苦労、察するに余りあるんですが」
ただね。と前置きした後、ヤン先輩はもったいぶって少し間を置いた。
「普通に協力会社から人を募集して面接したって、優秀な技術者なんてそうそう見つかりませんぜ。術式の技術だけならともかく設計も優れてるなんて人は。凡百の技術者を採用して技術不足でプロジェクトが破綻するのと、山猫が好き放題やってそれでも最終的にはシステムが完成するの、どっちの方がプロジェクトマネージャーの胃にやさしいですかね」
「……」
ラウラさんはしばらく、毒蛇と毒グモのどちらかをつかみ取りしろ、と言われたような顔をして逡巡していたが、ため息を一つつくと、観念して言った。
「わかりました。とりあえず山猫に会って話をしてみたいと思います。それで、山猫の本名は何と言うんですか? 連絡先は?」
「ええと名刺が確かここに……あった。ほら、これ、山猫の名刺ね」
ヤン先輩は名刺入れの中をまさぐって、探し当てた一枚を差し出した。定型サイズの白い紙片には、会社名も肩書きもなく、『魔法技術者 イリア・ウェアキャット・ハーパー』と書かれており、連絡先が小さな文字で記されていた。そのそっけない紙面に花を添えるように、右端から三分の一ほどの面積に渡って、薄い茶色のインクで大きな肉球が描かれていた。大きすぎて全く紙面に収まっておらず、大体にはみ出していた。
「《山猫》って、猫人族なんですか?」
ラウラさんの方へ向けられた名刺を反対側から眺めながら、僕は訊ねた。
「おうよ。注意欠陥障害かってくらい落ち着きのない、キジトラ猫人族の典型みたいな淑女さ」
僕は魔法技術者と言うと、落ち着き払って静かに術式を組む人ばかり見てきたので、落ち着きのない魔法技術者と言われても想像がつかない。山猫というのは、どんな女性なのだろう。
「では、山猫には後で連絡を取るとして、お二人ともギャスパー魔術の経験はないですが、やれそうですか?」
山猫の話題は終わったとばかりに、ラウラさんは僕たちに訊ねた。
「俺は大丈夫。ギャスパー魔術メインの案件は経験がないけど、いろんなところで少しずつギャスパー魔術をいじる機会はあったし、十年も色んな魔術大系の仕事してりゃ、知らない魔術でも調べりゃ書けるようになります」
「そうですか。キリシマさんはどうですか?」
こっちに水を向けられて、僕は言葉に詰まった。王都の学校でシステム魔法を学んでいた頃に、ギャスパー魔術も独学で少しだけ勉強したのだが、それだけで『大丈夫です』と言い切れるほど僕は自信家ではない。
「クロトも大丈夫。今やってる案件で、雲に特殊な命令を実行させる場合なんかに、ロカ魔術やらホロン神聖魔術やらで小術式を書かなきゃいけないことがあるんだが、こいつはそういう絶対に経験がないであろう魔術でも自分で調べてちゃんと術式を組んでた。極論すると、俺ができることは全部クロトにもできると言っても過言じゃない」
「それは頼もしいですね。キリシマさんにできてピルスナーさんににはできないことはたくさんありますがね。遅刻せず出社するとかスケジュール通り仕事するとか」
ラウラさんの皮肉に、ヤン先輩は乾いた笑いで答えた。
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