ヴァルキューレたちの悪戯(ハラスメント)

yumekix

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はじまり

所属する軍を選択してください

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「この方が自分は戦死者じゃないとおっしゃってくださらないせいで、大変な目にあいましたわ」

 オーディンの居城から出てすぐ、ヴァルキューレの長女がそんなことを言い出した。

「言おうとしましたよ。でも有無を言わさず頭を鷲掴みにして連れ去ったじゃないですか」

 僕の反論に答えず、今度は三女が口を開く。

「オーディンさまはああおっしゃいましたけど、わたくし達は本来なら下賤の人間は目を合わせることも許されない存在である女神ですのよ。それも神々の王オーディンさま直々に仕えるヴァルキューレ。くれぐれも、気安く呼び出してわたくし達の休息を邪魔なさらないでくださいね」

 なんかいい加減ムカついてきた。こいつらのせいで戦争に参加させられるってかなり悲惨な話だとおもうんだが謝罪の一つもないのか。百歩譲って僕の如き下賤の人間に謝る必要を感じないというならまだわかるが、こいつらとんでもないことに、あの場でオーディンに一言も謝ってないぞ。
 もうこいつらに敬語なんて使わなくていいや。

「ふざけるな。排便の後で尻を拭かせるとか、そういう屈辱的な命令をしてやっても良いんだぞ」

「うっ、ねえさまねえさま。こいつ脅してきますよ」

「どうやら酷いクズと関わってしまったようですわね末の妹」

「姉さまのサボりっぷりもかなりのクズさですし、そもそもこの方と関わる羽目になったのもサボりが原因ですけどね」

「おだまりなさい上の妹」

 そんな話をしながらしばらく歩くと、なにやら不思議な扉の前にたどり着いた。壁も床も何もない大地の上に、扉だけがぽつんと存在しているのだ。凝った彫刻の施された観音開きの扉は開いているのだが、扉の向こうを覗き込むと、扉の奥に本来ある景色とは全く違う風景が見えた。広大な平原を高いところから俯瞰で眺めているような情景で、そこに何千人もの兵士が整列している。

「さあ、ここから戦場へ行けますわ。それで、どの軍に配属をご希望ですの?」

「どの軍、というのは?」

 僕が尋ねると、長女は空中からなにやら紙片を顕現させ、僕に手渡した。

・アッティラ VS 孫堅文台 文化レベルA.D.二五〇
・チンギス・ハン VS 源義経 文化レベルA.D.一二〇〇
・ナポレオン・ボナパルト VS 山本五十六 文化レベルA.D.一九〇〇

 紙片には、そんな文言がいくつも並んでいた。

「これは?」

「ヴァルハラでは、ここに書かれたような戦争が行われているということですわ。この中から、配属したい軍を選んでくださいな」

「ここに書かれている『文化レベル』というのは?」

「たとえば文化レベルA.D.一九〇〇年であれば、両軍の支配地域に住む住人たちは、大将の生きた年代にかかわらず西暦一九〇〇年当時の文化レベルで生活しています。その時代相当の工廠や軍船の造船所も支配地域内にあります」

 要するに時代による両軍の技術格差をなくすためのバランス調整ですね。と長女が言う。

「大体は対戦する両軍の大将が生きた時代の中間あたりに設定されていますけど、時々両者の時代とかけ離れた文化レベルが設定されている時があります。多分オーディンさまのきまぐれです」

 次女が補足する。確かに紙片をよく見ると、「ヘクトル VS 項羽 文化レベルA.D.二三〇〇」などというものもあった。ヘクトルというのがトロイア戦争のトロイ側の総大将のことだとすると、どちらも紀元前の人のはずだ。なのに文化レベルがA.D.二三〇〇。どんな戦いになるのか想像もつかない。
 『どの戦いを見たいか』ならヘクトル対項羽だが、『誰の軍に所属したいか』となると、考えなければならない。西暦二三〇〇年の兵器がどういうものかも分からないし、その武器を使って項羽がどんな指揮をするかも全然想像がつかない。命をかけた戦争をしなければならないのだから、多少なりとも無難そうなものを選びたい。
 紙片を見て行くと、「織田信長 VS アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン 文化レベルA.D.一六〇〇」というのが目に止まった。織田信長は好きな武将の一人だ。織田信長が死んだのは確か一五八二年。ヴァレンシュタインが活躍した三十年戦争は一六〇〇年代で、このゲームの文化レベルは西暦一六〇〇年。それぞれの隔たりが小さく、不確定要素は少なそうだ。
 問題は、これほどの名将同士の対戦となると、かなりの接戦が予想されるため、最後の一兵まで削り合うような消耗戦の様相を呈しかねないことだが、それは他の軍を選んでも同じことだ。どの軍にいても死ぬ時は死ぬのだから、好きな武将の下で働きたい。
 織田信長軍に所属することに決めようと思うが、その前に、ふと感じた疑問をヴァルキューレ達に訊いてみる。

「ヴァレンシュタインって『戦死者』と言えるのかな」

 彼は三十年戦争で皇帝軍の総司令官であったが、皇帝側の人間に暗殺されている。これは戦死なのだろうか。

「オーディンさまが気に入った人物は、多少『戦死』の定義が拡大されますの。陣中で病没した方とか、敗戦後幽閉されてそのまま亡くなった方にいたるまで。ほら、ここに書いてあるナポレオンも、戦死と呼ぶのは無理がありますでしょ?」

 つまりはオーディンのさじ加減次第ということか。疑問が解けてすっきりしたところで、いよいよ僕は自分の選択を彼女らに伝えた。

「織田信長軍に所属したい」

「わかりました。その扉をくぐると直ぐに織田軍の本営に着きますわ。それではさっさと行ってらっしゃいな。わたくし達は休みますので」

 女神達に、半ば扉へ押し込まれるような感じで背中を押され、僕はその中へと入っていった。
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