ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

文字の大きさ
15 / 61
第一章 幼年期

どうしてこうなった

しおりを挟む
 出発の準備もほぼ整って、あとは馬車に乗り込むだけとなったのだが。

「お互いの親睦を深めるために、ご子息ご令嬢がたは一つの馬車にお乗りいただきたいのですが」

 これに、フロレンティーノ公爵の長男アルフォンソが難色を示した。

「私以外は皆さん女性ですし、気恥ずかしいというか、うまく馴染める自信がありません」

 アルフォンソはそう言うが、エレナが見る限り、彼はエチェバルリア家への逗留中、他家の令嬢たちや大人の女性たちとも問題なく歓談していた。おそらく自分が気恥ずかしいというよりも、女ばかりの中に一人だけ男が混じると女性陣の方がやりにくいのではないかという気遣いではないかとエレナは思う。令嬢たちも同じ考えらしく、「遠慮はいりませんわ」としきりに同乗を勧めている。
 子女たちが一つの馬車に乗る予定を変更して、各家ごとの馬車に乗る形にするのは今からでも難しくない。客人たちはそれぞれこの屋敷にやってきたときの馬車に乗ればいいだけだ。さらに言えばエチェバルリア家は様々な大きさの馬車をたくさん保有しており、それを牽く馬にも御者にも余裕があるから、令嬢たちは皆で一つの馬車に乗り、アルフォンソは家族と乗る、という形にも対応できる。アルフォンソはそれが一番良いと考えているようだが……。

(それだとかえって、居心地が悪いと感じるご令嬢が少なくとも一人いるんだけどな)

 エレナは、ボルハ侯爵令嬢フェリシアの方を一瞥する。

「アルフォンソ様も同席してくださった方がわたくし達は楽しいですのに。ねえ、フェリシア様?」
「え? ええ、もちろん。是非ご一緒させていただきたいですわ」

 リディアになにか話しかけられるたびに、びくりと身を縮こまらせて怯えたような表情になる。立食パーティーのときの一件がトラウマになって、リディアに対する恐怖が刷り込まれているのだろう。リディアと、彼女を慕っているミランダと、三人で一つの馬車に長時間閉じ込められるのは針のむしろだろう。実際には三人だけではなく、それぞれのお付きのメイドも同乗するのだが。
 馬車の方はどんな編成にも対応可能だけど、編成を決めなければ出発できない。アルフォンソを含めた子女たち全員が一つの馬車に乗るのか、ご令嬢がただけ一つの馬車か、家族ごとに馬車を分けるか、決めてもらわなくてはならない。

「殿方が一人だけなのが問題なのであれば、キコにも同乗してもらったらどうかしら? もう一人くらい乗れる広さは十分にありますし」

 リディアがそう提案する。悪くない意見だ。相互の交友を深める目的で一つの馬車に乗るわけで、そうしてつちかった交友関係が最初に役に立つのは学園生活においてだ。だから、リディアたちと同時期に学園に通うキコとも交友を深めるのは有意義だ。
 ただし、出発の前日ならともかく、今その案を出されてもどうしようもない。

「リディア様、キコは旅支度を整えておりませんので無理です」

 キコは堅信礼には参加しないし、旅支度と言ってもエレナと同じくかばん一つ分程度の手荷物さえ持っていけばいいだろうが、その手荷物をまとめるのだってそこそこの時間を要する。
 さらに、留守にするということはその間キコがやるはずだった仕事ができないということだ。キコはまだ十歳の子供だから、使用人として特定の役職を与えられているわけではないけれど、届いた手紙の整理を手伝ったり、いろいろと細々とした仕事をやってくれている。キコが家を空けるならその間の仕事を誰かに代わってもらわなくてはならない。

「キコは一緒に行けないのですか。残念ですわね。ねえ、フェリシア様?」
「え? ええ、そ、そうですわね……」

 フェリシアに向けて意地の悪い笑みを浮かべるリディア。あんまりいじめないように、との警告を込めて、エレナはリディアを睨みつける。
 これは、家族ごとに馬車を分けた方が無難かな。そうエレナが提案しようと考えはじめた頃、キコが口を挟んだ。

「そう言えば、アルフォンソ様は先月、父君とご一緒に狩猟をなさったとか。その時のことをご令嬢がたに話して差し上げては? 話題さえあれば淑女たちの中に男性が一人でも気詰まりにはならないでしょう?」

 狩猟という言葉に、ミランダが興味を示した。

「まあ、狩猟? 是非お話を聴かせていただきたいわ」
「……とおっしゃられても、父上たちについて行っただけですので」

 アルフォンソは謙遜するが、リディアもこの話題に食いついてくる。

「狩猟というのは、やはり犬なんかを使って?」
「犬と、鷹も使いました。犬たちが鳥を追い立てて、飛び立ったところを鷹に捕まえさせたり」
「犬はどんな犬ですの? 大きさとか色は?」

 アルフォンソを質問攻めにする令嬢たちに、キコは「積もる話は、馬車の中でなさってください」と諭す。

「そうですわね。では、道中ゆっくりとアルフォンソ様にお話をうかがいましょう。行きましょう、フェリシア様、ミランダ様」
「は、はいリディア様」
「ええリディアお姉様」

 そう言って三人のお嬢様がたは、さっさと馬車に乗り込む。この分なら、聖地ウルフィラにつくまで話の種は尽きなそうだ。アルフォンソも自分が邪魔にならないどころか、むしろ話を聴きたがってくれているのならと、おずおずと馬車へ向かう。

「ありがとうございますキコ。よく思いつきましたね」

 エレナはキコに頭を下げる。リディアの将来のためを思うと、今からアルフォンソを含めた血縁者と親睦を深める機会を多く持ったほうがいい。同世代の親戚同士で楽しく歓談しながらウルフィラへ向かえるよう取り計らってくれたのは助かる。

「いえいえ、私もお嬢様がたのお茶会に招かれたとき、話題を探すのに必死でしたから。常日頃父から執事たるものご客人の情報は細大もらさず頭に頭に入れておけと言われておりましたので、話題の提供にお役に立てると思ったまでです」

 そう言ってキコは、例の可愛らしい微笑みを見せた。エレナはショタコンではないがその微笑みに照れてしまいそうで、慌てて視線を外して自分も馬車へ向かう。断じてショタコンではないけれど。うん本当にショタコンではないんだけれど。

「犬は十頭くらいお屋敷で飼っているのですが、白に茶色のぶちのあるマルコスという犬が私に懐いてくれていて……」
「可愛らしい犬ですの?」
「普段は可愛いのですが、獲物を追い立てるときは見違えるように勇猛になります。体長が私の背丈に近いぐらいの大きな犬ですので、そうなると少し怖いぐらいです」

 馬車の中では、ご令嬢がたがアルフォンソにいろいろと質問をしている。彼女たちを見て、エレナはふとあることを思い出した。

(フェリシアとミランダって、『チェンジ☆リングス』に出てきたリディアの取り巻きの令嬢じゃない)

 破天荒なお嬢様に困惑しながらついて行く取り巻きたち。スチル画像を見ると四、五名はいるようだけれど名前が出ているのはフェリシアとミランダのみ。そういえば、この子たちに似ている顔もあった気がする。
 今のリディアの中には、本来のリディアとは全然性格の違う脇屋玲司わきやれいじの人格が入っているのに、昨晩の立食パーティーであれだけの騒動を起こして見せたリディアは間違いなく悪役令嬢の貫禄を見せ始めているし、フェリシアとミランダを順調に手懐けつつある。

(どうしてこうなった……)

 エレナは、人知れずため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

義姉をいびり倒してましたが、前世の記憶が戻ったので全力で推します

一路(いちろ)
ファンタジー
アリシアは父の再婚により義姉ができる。義姉・セリーヌは気品と美貌を兼ね備え、家族や使用人たちに愛される存在。嫉妬心と劣等感から、アリシアは義姉に冷たい態度を取り、陰口や嫌がらせを繰り返す。しかし、アリシアが前世の記憶を思い出し……推し活開始します!

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢になりましたので、自分好みのイケメン近衛騎士団を作ることにしました

葉月キツネ
ファンタジー
 目が覚めると昔やり込んだ乙女ゲーム「白銀の騎士物語」の悪役令嬢フランソワになっていた!  本来ならメインヒロインの引き立て役になるはずの私…だけどせっかくこんな乙女ゲームのキャラになれたのなら思うがままにしないと勿体ないわ!  推しを含めたイケメン近衛騎士で私を囲ってもらって第二の人生楽しみます

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

処理中です...