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第一章 幼年期
出発準備
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そしてとうとう、堅信礼の日がやってきた。
聖地ウルフィラでやることと言ったら堅信礼の式典が始まる前に女神様に礼拝しておくことと、懇意にしている大司教への挨拶をすることぐらいで、あとは式典が終わったら物見遊山もそこそこに本日中に屋敷に帰ってくる。
そんな日帰り旅行だというのに、貴族の旅の荷物というのは膨大な量になる。
移動中は長時間馬車に揺られても耐えられるように、比較的身軽な平服を着ておき、ウルフィラについたら礼拝や大司教への挨拶は略式の礼装で行い、式典には最上級の礼服を着るので、持っていく衣服だけでも一人あたり衣装ケース何箱分にもなる。身につける宝飾品の類もこまごまといくつもある。
エチェバルリア家全体の荷物としてはそれらに加えて、さらに向こうでの挨拶回りで会う人たちへの贈答の品などもあるのだから、リディアの服と自分の手荷物だけ用意すればいいエレナは使用人の仕事としては比較的楽な部類と言えるかもしれないが、それでも前日から準備に忙殺された。
前日のうちに荷造りしておいたものを、荷馬車に運び込んでいく。
「衣類の箱は全部揃ってる……っと。礼拝のときに着けるおメダイやロザリオはあるし、正礼装のときのアクセサリ類はこの箱にまとめたし、あとは……あれか」
荷物を抱えてリディアの部屋と荷馬車とを幾度も往復してへとへとになりながらも、積み残しがないかをチェックしていく。あとは、大事な「あれ」さえ積めば、忘れ物はないはずだ。
リディアの部屋に戻り、棚の目立つ位置に置いておいた手のひらに乗るくらいの大きさの紺の羅紗張りの小箱を取り出す。高価なものではないが堅信礼には不可欠なものなので、エレナ個人の手荷物に入れて置こうと思って他のものとは分けて置いていたのだ。
「何ですの? それ」
エレナが小箱を大事そうに持っているのを見て、リディアが訊ねた。エレナが駆けずり回っているというのに暇そうなリディアにちょっと恨めしい気持ちが湧いたが、言っても仕方のないことなので考えないことにして、エレナは質問に答えた。
「堅信礼で聖女さまより授けられる指輪を収めるための指輪ケースです」
「指輪? 堅信礼で指輪を貰うんですの?」
そう言えば、教えていなかったかもしれない。エレナは改めて説明する。
「堅信礼というのは、九歳になった子どもの魔力量を測る場でもあるらしいんです。神父さまが魔力を込めた水晶玉に、堅信礼を受ける子どもが手をかざすと、その子の魔力の性質と量に応じた宝石が現出する。それを教会付きの指輪職人がその場で台座に嵌めてその子に授けるんだそうです」
この指輪はその子の魂の半身とも言うべきもので、大切にしまっておかねばならない。指輪のサイズは九歳には大きすぎるように作られているが、すぐに使うものでもないしそもそも自分で着けるためのものではない。
これは将来、本当に心から愛する人、この人と一生添い遂げようと思える人ができたときに、その相手に送るためのものなのだ。
「『チェンジ☆リングス』のゲームでもこの指輪は出てきて、各攻略対象キャラのグッドエンドでは、ヒロインのクロエが攻略対象とこの指輪を交換するんですが、その指輪が堅信礼のときに貰うものだということは、わたくしもつい先日知りました」
ちなみに魔力を持っているものが稀な平民の場合でも、堅信礼の際には必ず魔力を測ることになっている。計測の結果宝石が現出すれば、やはりその宝石は台座に嵌めて下賜される。この時宝石が現出した子は十五歳になったら聖地ウルフィラにある学園に入学しなければならない。
「ウルフィラの聖グラシア大聖堂で堅信礼を受ける場合、この儀式を聖女さまが御自らなさってくださいます。貴族の子女がウルフィラでの堅信礼を希望するのはそのためです」
「聖女さま?」
そっからか。
「聖女さまというのは、女神教において女神さまの化身とされる存在です。凡人とは比べ物にならないほどの魔力量を持っていらっしゃって、世界中に広がる女神教の全司教区、およびそれを統括するウルフィラ大司教府の頂点に君臨するお方です」
女神教の教会は、教会ひとつごとに「教区」を思っていて、その教区内にすむ信者たちを管轄している。いくつかの教区をまとめあげるのが「司教区」で、司教と呼ばれる高位の神父がその司教区の長となる。司教より高位の大司教という地位にある神父たちはウルフィラの大司教府というところで、司教の人事や司教区間の揉め事の仲裁、その他教会内の政治的なことを司っている。
その大司教府の最高権力者が聖女さまだが、聖女さまは教会内の政治にも、国の政治にも基本的には関わらない。聖女さまはあくまで信仰の対象たる女神の化身として、堅信礼や王族の婚姻などの儀式を執り行う。国難レベルの政治的課題に対しては、神託を授けることもあるという。
「聖女さまってどんな方なんですの? やっぱりお約束どおり絶世の美女?」
リディアのいうお約束というのは、この手の異世界もののお約束、ということだろう。ネット小説には疎いみたいだったが、多少のテンプレは知っているようだ。
「『チェンジ☆リングス』のジルベルトルートのライバルキャラが次期聖女さまで、そのルートのスチル画像の一つに現聖女さまも描かれるのですが、美しい方ですよ。八十五歳の割には」
聖女の地位は世襲などで決まるものではなく、前任者が神託によって後継者を告知する。『チェンジ☆リングス』のライバルキャラの一人エウラリアは、現聖女ファティマさまの神託により、次期聖女であると宣告された人物である。
「ゲーム内で八十五歳ということは、現在は七十九歳ですのね……。まあ、別に聖女さまが若かろうがお年を召していようが関係ないですけど」
関係ないと言いつつちょっとだけ残念そうなリディアに、エレナは冷めた視線を送った。
(この子は何を期待してたんだ?)
聖地ウルフィラでやることと言ったら堅信礼の式典が始まる前に女神様に礼拝しておくことと、懇意にしている大司教への挨拶をすることぐらいで、あとは式典が終わったら物見遊山もそこそこに本日中に屋敷に帰ってくる。
そんな日帰り旅行だというのに、貴族の旅の荷物というのは膨大な量になる。
移動中は長時間馬車に揺られても耐えられるように、比較的身軽な平服を着ておき、ウルフィラについたら礼拝や大司教への挨拶は略式の礼装で行い、式典には最上級の礼服を着るので、持っていく衣服だけでも一人あたり衣装ケース何箱分にもなる。身につける宝飾品の類もこまごまといくつもある。
エチェバルリア家全体の荷物としてはそれらに加えて、さらに向こうでの挨拶回りで会う人たちへの贈答の品などもあるのだから、リディアの服と自分の手荷物だけ用意すればいいエレナは使用人の仕事としては比較的楽な部類と言えるかもしれないが、それでも前日から準備に忙殺された。
前日のうちに荷造りしておいたものを、荷馬車に運び込んでいく。
「衣類の箱は全部揃ってる……っと。礼拝のときに着けるおメダイやロザリオはあるし、正礼装のときのアクセサリ類はこの箱にまとめたし、あとは……あれか」
荷物を抱えてリディアの部屋と荷馬車とを幾度も往復してへとへとになりながらも、積み残しがないかをチェックしていく。あとは、大事な「あれ」さえ積めば、忘れ物はないはずだ。
リディアの部屋に戻り、棚の目立つ位置に置いておいた手のひらに乗るくらいの大きさの紺の羅紗張りの小箱を取り出す。高価なものではないが堅信礼には不可欠なものなので、エレナ個人の手荷物に入れて置こうと思って他のものとは分けて置いていたのだ。
「何ですの? それ」
エレナが小箱を大事そうに持っているのを見て、リディアが訊ねた。エレナが駆けずり回っているというのに暇そうなリディアにちょっと恨めしい気持ちが湧いたが、言っても仕方のないことなので考えないことにして、エレナは質問に答えた。
「堅信礼で聖女さまより授けられる指輪を収めるための指輪ケースです」
「指輪? 堅信礼で指輪を貰うんですの?」
そう言えば、教えていなかったかもしれない。エレナは改めて説明する。
「堅信礼というのは、九歳になった子どもの魔力量を測る場でもあるらしいんです。神父さまが魔力を込めた水晶玉に、堅信礼を受ける子どもが手をかざすと、その子の魔力の性質と量に応じた宝石が現出する。それを教会付きの指輪職人がその場で台座に嵌めてその子に授けるんだそうです」
この指輪はその子の魂の半身とも言うべきもので、大切にしまっておかねばならない。指輪のサイズは九歳には大きすぎるように作られているが、すぐに使うものでもないしそもそも自分で着けるためのものではない。
これは将来、本当に心から愛する人、この人と一生添い遂げようと思える人ができたときに、その相手に送るためのものなのだ。
「『チェンジ☆リングス』のゲームでもこの指輪は出てきて、各攻略対象キャラのグッドエンドでは、ヒロインのクロエが攻略対象とこの指輪を交換するんですが、その指輪が堅信礼のときに貰うものだということは、わたくしもつい先日知りました」
ちなみに魔力を持っているものが稀な平民の場合でも、堅信礼の際には必ず魔力を測ることになっている。計測の結果宝石が現出すれば、やはりその宝石は台座に嵌めて下賜される。この時宝石が現出した子は十五歳になったら聖地ウルフィラにある学園に入学しなければならない。
「ウルフィラの聖グラシア大聖堂で堅信礼を受ける場合、この儀式を聖女さまが御自らなさってくださいます。貴族の子女がウルフィラでの堅信礼を希望するのはそのためです」
「聖女さま?」
そっからか。
「聖女さまというのは、女神教において女神さまの化身とされる存在です。凡人とは比べ物にならないほどの魔力量を持っていらっしゃって、世界中に広がる女神教の全司教区、およびそれを統括するウルフィラ大司教府の頂点に君臨するお方です」
女神教の教会は、教会ひとつごとに「教区」を思っていて、その教区内にすむ信者たちを管轄している。いくつかの教区をまとめあげるのが「司教区」で、司教と呼ばれる高位の神父がその司教区の長となる。司教より高位の大司教という地位にある神父たちはウルフィラの大司教府というところで、司教の人事や司教区間の揉め事の仲裁、その他教会内の政治的なことを司っている。
その大司教府の最高権力者が聖女さまだが、聖女さまは教会内の政治にも、国の政治にも基本的には関わらない。聖女さまはあくまで信仰の対象たる女神の化身として、堅信礼や王族の婚姻などの儀式を執り行う。国難レベルの政治的課題に対しては、神託を授けることもあるという。
「聖女さまってどんな方なんですの? やっぱりお約束どおり絶世の美女?」
リディアのいうお約束というのは、この手の異世界もののお約束、ということだろう。ネット小説には疎いみたいだったが、多少のテンプレは知っているようだ。
「『チェンジ☆リングス』のジルベルトルートのライバルキャラが次期聖女さまで、そのルートのスチル画像の一つに現聖女さまも描かれるのですが、美しい方ですよ。八十五歳の割には」
聖女の地位は世襲などで決まるものではなく、前任者が神託によって後継者を告知する。『チェンジ☆リングス』のライバルキャラの一人エウラリアは、現聖女ファティマさまの神託により、次期聖女であると宣告された人物である。
「ゲーム内で八十五歳ということは、現在は七十九歳ですのね……。まあ、別に聖女さまが若かろうがお年を召していようが関係ないですけど」
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