20 / 61
第二章 聖女の秘密
入学準備
しおりを挟む
「……そして、このジルベルト様のルートにおけるライバルキャラが、メリノ公爵家令嬢エウラリア様。次期聖女さまですが感情を一切顔に出さず、常に無表情で私的なことを一切喋らないので『氷の聖女』と呼ばれています。ジルベルト様は多くの大司教や宮廷司祭を輩出しているロヨラ家のご出身ですので、次期聖女であるエウラリア様には強い憧れを抱いていらっしゃいます」
堅信礼から約六年。学園への入学を間近に控えたリディアは、学園で出会うことになる『チェンジ☆リングス』の攻略キャラとライバルキャラについて、エレナから講釈を受けていた。
ただし、説明されるのはゲーム開始時点での各キャラの大まかな背景のみで、ゲーム内でどのような役回りを演じるかについては教えてくれない。そういう知っているはずのないことを知っていることがバレると取りかえ児だと疑われるからというのがその理由だった。
「最後に、グアハルド侯爵家子息フェルナンド様。フェンシングが得意で、その白に近いプラチナブロンドの髪から『白騎士』の異名を持ちます。堅信礼以降、何度かお会いする機会がありましたよね。リディア様のお父上ロドリゴ様とフェルナンド様のお父上のコンラッド様が学生時代以来の親友同士というのはご存知の通りです」
「フェルナンド、様……」
リディアは何気なく、その名を呟いてみる。
「おやおや?」
エレナが、からかうような笑みを浮かべる。
「……なんだよ」
「おやおや? どうしてフェルナンド様の名前を聞いただけで、言葉遣いが素に戻るほど動揺なさるのですか?」
「別に動揺してませんわ。そっちこそ、これからは毎日キコに逢えるのを楽しみにしてるんじゃなくて?」
エレナとは、こんな風に軽口を言い合ってもう六年目になる。リディアにとっては同じ異世界転生という境遇を共有する姉のような存在になっている。
「ところで、フロレンティーノ・ボルハ・ガルシアの三家は、一旦この屋敷に数日逗留してから、揃って学園へと行くことになっています。明日あたりからこちらに到着するご家族があるかと思いますので、粗相のないようになさってくださいね」
共に入学するアルフォンソやフェリシア、ミランダたちとも、親族が集まる席などで年に一度程度は顔を合わせている。マルガリータも健在で、入学式に列席するためにこちらへ来るはずだという。
*
それから四・五日の間に、立て続けに三家族の馬車が到着し、今回入学する親族が揃った。
「お久しぶりですわ。リディアお姉……、いえリディア様」
「お久しぶりですわねミランダ様。学園へ入ったら『お姉様』はやめるという約束、覚えていてくださったのですね」
ミランダは相変わらずリディアを慕ってくれている。ただリディアを『お姉様』と呼ぶことに関しては、学園で他の人に聞かれたら奇妙に思われるのではないかということで絶賛矯正中だ。
「キコも少し前までこちらへ帰ってきていたのですけど、一足先に学園へ戻ってしまいました。フェリシア様もキコにお逢いしたかったでしょうに残念ですわ」
「からかわないでください。キコ様のことは、幼い日の淡い初恋として割り切っておりますので」
フェリシアはそう言いながらも、亜麻色の前髪を指でしきりに整えたりしている。実際に学園へ行くのは数日後なのに、まるで今からキコに会うかのように身だしなみを整えるあたり、やっぱりまだキコへの想いは捨てきれてないのだろう。
ただ例の騒動の直後のようにリディアにビクビクしている様子はもうない。ミランダ同様リディアの取り巻きの一人といった形に落ち着いている。さすがにリディアを怒らせるとどうなるかは骨身に染みてわかっているらしく、間違っても初対面の頃のように皮肉を言ったりはしないけれど。
「学園にマルコスを連れて行けないのが残念です。もう犬としては年寄りの部類ですし、卒業まで生きていてくれるかが気がかりで……」
アルフォンソが心配そうな顔で言う。堅信礼の頃と比べると、最も見た目に変化があったのが彼だ。背も伸びてリディアより頭ひとつ分近く高くなったし、父親にしょっちゅう狩猟に連れて行かれるせいで、日焼けして筋肉質の精悍な少年に成長した。ただし性格の方は見た目ほど勇猛ではなく、犬のことばかり考えている。
「半期に一度の長期休暇には家へ帰れるのですから、卒業するまで逢えないわけではありませんわ。歳をとったとはおっしゃっても、まだ元気なのでしょう? でしたら、半年後にまた元気に再会できますわ」
リディアがそう言って励ますとアルフォンソは一応はうなずいたものの、「うう、マルコス……」とまだ寂しげに呟いている。
「あまりしょげておられると、マルガリータ様に女々しいとお叱りを受けますよ」
見かねたアルフォンソの執事が小声でそうたしなめると、アルフォンソはバネ仕掛けの人形みたいにしゃっきりと背筋を延ばす。峻厳なマルガリータも実の孫には甘いなんてことはなく、アルフォンソにとってもマルガリータは恐ろしいようだ。
「とにかく、これからの学園生活では、親元を離れてわたくしたちだけで生活していかねばなりません。親戚同士、助け合っていきましょうね」
ミランダがリディアたちに言い、リディアも「もちろんですわ」と返す。『自分たちだけで』とは言っても、ここにいる四人は全員、お付きの侍女か執事を連れて行くのだが。
親元を離れての寮生活に他の子女たちは少し不安や寂しさを感じているようだが、リディアはあまりそういう感情はない。野球部の強化合宿だって二週間近く親元を離れたし、それがもう少し長くなるだけだ。働いて家事もこなして完全に自活しろと言われているわけでもなく、食事は寮の方で用意してくれるし洗濯や居室の掃除などはエレナがやってくれる。部員全員分のユニフォームを一年生が洗濯していた野球部の合宿より遥かに楽だ。
まだ十分に貴族令嬢らしい振る舞いをできているか自信のない状態で知らない人だらけの学園で暮らすのは不安と言えば不安だが、全く知らない人しかいないわけでもない。エレナもいるし、フェリシアやミランダ、アルフォンソもいる。
そして、フェルナンドも――。
フェルナンドに対する自分の想いがどういう種類のものなのか、リディアにはいまだに分かっていないけれども、今後の学園生活に関して不安より期待の方が大きいのは確かで、その期待のかなりの部分をフェルナンドとの再会が占めていることだけは確かだった。
堅信礼から約六年。学園への入学を間近に控えたリディアは、学園で出会うことになる『チェンジ☆リングス』の攻略キャラとライバルキャラについて、エレナから講釈を受けていた。
ただし、説明されるのはゲーム開始時点での各キャラの大まかな背景のみで、ゲーム内でどのような役回りを演じるかについては教えてくれない。そういう知っているはずのないことを知っていることがバレると取りかえ児だと疑われるからというのがその理由だった。
「最後に、グアハルド侯爵家子息フェルナンド様。フェンシングが得意で、その白に近いプラチナブロンドの髪から『白騎士』の異名を持ちます。堅信礼以降、何度かお会いする機会がありましたよね。リディア様のお父上ロドリゴ様とフェルナンド様のお父上のコンラッド様が学生時代以来の親友同士というのはご存知の通りです」
「フェルナンド、様……」
リディアは何気なく、その名を呟いてみる。
「おやおや?」
エレナが、からかうような笑みを浮かべる。
「……なんだよ」
「おやおや? どうしてフェルナンド様の名前を聞いただけで、言葉遣いが素に戻るほど動揺なさるのですか?」
「別に動揺してませんわ。そっちこそ、これからは毎日キコに逢えるのを楽しみにしてるんじゃなくて?」
エレナとは、こんな風に軽口を言い合ってもう六年目になる。リディアにとっては同じ異世界転生という境遇を共有する姉のような存在になっている。
「ところで、フロレンティーノ・ボルハ・ガルシアの三家は、一旦この屋敷に数日逗留してから、揃って学園へと行くことになっています。明日あたりからこちらに到着するご家族があるかと思いますので、粗相のないようになさってくださいね」
共に入学するアルフォンソやフェリシア、ミランダたちとも、親族が集まる席などで年に一度程度は顔を合わせている。マルガリータも健在で、入学式に列席するためにこちらへ来るはずだという。
*
それから四・五日の間に、立て続けに三家族の馬車が到着し、今回入学する親族が揃った。
「お久しぶりですわ。リディアお姉……、いえリディア様」
「お久しぶりですわねミランダ様。学園へ入ったら『お姉様』はやめるという約束、覚えていてくださったのですね」
ミランダは相変わらずリディアを慕ってくれている。ただリディアを『お姉様』と呼ぶことに関しては、学園で他の人に聞かれたら奇妙に思われるのではないかということで絶賛矯正中だ。
「キコも少し前までこちらへ帰ってきていたのですけど、一足先に学園へ戻ってしまいました。フェリシア様もキコにお逢いしたかったでしょうに残念ですわ」
「からかわないでください。キコ様のことは、幼い日の淡い初恋として割り切っておりますので」
フェリシアはそう言いながらも、亜麻色の前髪を指でしきりに整えたりしている。実際に学園へ行くのは数日後なのに、まるで今からキコに会うかのように身だしなみを整えるあたり、やっぱりまだキコへの想いは捨てきれてないのだろう。
ただ例の騒動の直後のようにリディアにビクビクしている様子はもうない。ミランダ同様リディアの取り巻きの一人といった形に落ち着いている。さすがにリディアを怒らせるとどうなるかは骨身に染みてわかっているらしく、間違っても初対面の頃のように皮肉を言ったりはしないけれど。
「学園にマルコスを連れて行けないのが残念です。もう犬としては年寄りの部類ですし、卒業まで生きていてくれるかが気がかりで……」
アルフォンソが心配そうな顔で言う。堅信礼の頃と比べると、最も見た目に変化があったのが彼だ。背も伸びてリディアより頭ひとつ分近く高くなったし、父親にしょっちゅう狩猟に連れて行かれるせいで、日焼けして筋肉質の精悍な少年に成長した。ただし性格の方は見た目ほど勇猛ではなく、犬のことばかり考えている。
「半期に一度の長期休暇には家へ帰れるのですから、卒業するまで逢えないわけではありませんわ。歳をとったとはおっしゃっても、まだ元気なのでしょう? でしたら、半年後にまた元気に再会できますわ」
リディアがそう言って励ますとアルフォンソは一応はうなずいたものの、「うう、マルコス……」とまだ寂しげに呟いている。
「あまりしょげておられると、マルガリータ様に女々しいとお叱りを受けますよ」
見かねたアルフォンソの執事が小声でそうたしなめると、アルフォンソはバネ仕掛けの人形みたいにしゃっきりと背筋を延ばす。峻厳なマルガリータも実の孫には甘いなんてことはなく、アルフォンソにとってもマルガリータは恐ろしいようだ。
「とにかく、これからの学園生活では、親元を離れてわたくしたちだけで生活していかねばなりません。親戚同士、助け合っていきましょうね」
ミランダがリディアたちに言い、リディアも「もちろんですわ」と返す。『自分たちだけで』とは言っても、ここにいる四人は全員、お付きの侍女か執事を連れて行くのだが。
親元を離れての寮生活に他の子女たちは少し不安や寂しさを感じているようだが、リディアはあまりそういう感情はない。野球部の強化合宿だって二週間近く親元を離れたし、それがもう少し長くなるだけだ。働いて家事もこなして完全に自活しろと言われているわけでもなく、食事は寮の方で用意してくれるし洗濯や居室の掃除などはエレナがやってくれる。部員全員分のユニフォームを一年生が洗濯していた野球部の合宿より遥かに楽だ。
まだ十分に貴族令嬢らしい振る舞いをできているか自信のない状態で知らない人だらけの学園で暮らすのは不安と言えば不安だが、全く知らない人しかいないわけでもない。エレナもいるし、フェリシアやミランダ、アルフォンソもいる。
そして、フェルナンドも――。
フェルナンドに対する自分の想いがどういう種類のものなのか、リディアにはいまだに分かっていないけれども、今後の学園生活に関して不安より期待の方が大きいのは確かで、その期待のかなりの部分をフェルナンドとの再会が占めていることだけは確かだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
義姉をいびり倒してましたが、前世の記憶が戻ったので全力で推します
一路(いちろ)
ファンタジー
アリシアは父の再婚により義姉ができる。義姉・セリーヌは気品と美貌を兼ね備え、家族や使用人たちに愛される存在。嫉妬心と劣等感から、アリシアは義姉に冷たい態度を取り、陰口や嫌がらせを繰り返す。しかし、アリシアが前世の記憶を思い出し……推し活開始します!
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる