ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

入寮日

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 聖地ウルフィラは、港沿いの二つの小高い丘を中心とした街である。大きい方の丘の上には聖グラシア大聖堂が建ち、それよりひと回り小さい方の丘の上には学園が建てられている。
 その小さな丘の上の学園に、エチェバルリア家の馬車がやってきていた。今日は入学式の前日。リディアたちは今日から学園の寮に入る。エレナも一緒に入寮し、彼女の身の回りの世話を焼く。
 親たちは明日やってきて入学式にだけ参列してすぐ帰るので、人を乗せた馬車は一台だけだ。六年前の堅信礼の時はリディアたち四人とそれぞれのお付きの侍女を乗せても少しスペースに余裕があったのに、今回は乗員は基本的に同じ(アルフォンソの従者が侍女から執事に変わっただけ)なのに、ずいぶんと窮屈に感じる。
 生活に必要なものは寮に全て揃っているので、四人の荷物を載せた荷馬車も一台きりだ。そんな小編成の一行は、学園の正門をくぐってすぐの場所に馬を繫いだ。

「学園へようこそ。アルフォンソ様、フェリシア様、ミランダ様、お久しぶりでございます。リディア様は十日ぶりですね」

 エレナたち侍女から先に馬車を降り、主人たちの手を取って下車を手伝っていると、正面の校舎の方からキコがやってきて、リディアたちにお辞儀して挨拶した。

「キコ!? どうして到着がわかったんですか?」
「自習がてら図書室の窓から正門の方へ気を配っておりました。ほら、あのあたりが図書室なのです」

 キコはそう言って、校舎の一画を指し示す。だが今日はリディアたち以外にも新入生の馬車が次々に到着するはずだ。エチェバルリアの馬車だと判別できてから図書室を出てこちらに向かったのではもう少し時間がかかるはずだ。異常に目が良いのか、それとも馬車が来るたびに出迎えに来ているのか。
 その時、校舎脇から奥へと続く小径こみちから、新入生らしき少女と荷物を提げた侍女がキョロキョロしながら現れて、遠慮がちにキコに声をかけた。

「あのう、先ほど道を教えていただいておいて申し訳ないのですが、迷ってしまいまして……」
「ちょうど今、わが主人が着いたところです。女子寮へは行けませんが、男子寮との分かれ道までご案内いたします」

 案の定、キコは馬車が来るたびに出迎えていたらしい。キコならやりかねないとエレナは思っていた。さっき『自習がてら』正門へ気を配っていたと言っていたが、学園に馬車が着くたびに出迎えていては、勉強など手につかないだろう。自習というのもこちらに気を使わせないための方便だ。

「では、行きましょうか」

 そう言いながら、キコはさも当然のように荷馬車へと近づき、荷物を運ぶのを手伝おうとする。エレナは慌てて荷馬車へ走り寄り、キコより先にリディアの荷物を下ろした。

「男女の寮の分かれ道までだけでも、ひとつお持ちしますよ」
「いえ、これはわたくしの仕事ですので」

 キコのエチェバルリア家での立場は執事見習いであり、執事の仕事は家中の事務一般をとり仕切ることであって荷物持ちではない。ましてや彼は今、使用人としてではなく学生としてここにいるのだ。屋敷にいるときはキコの優しさに甘えてお茶会の準備を手伝ってもらったりしていたが、他家の目がある学園でそれをやってしまうと『エチェバルリア家は使用人をその職務の範囲を越えてこき使っている』と思われかねない。
 他の三家の使用人もそれぞれ両手に自分たちの主人の荷物を持った後、荷台にまだフロレンティーノ家の紋章のついた木箱が一つ残っているのに気づき、エレナはキコに言った。

「もし手伝っていただけるのでしたら、あちらのアルフォンソ様のお荷物をお持ちいただけますか? ちょうど行き先も同じ男子寮ですし」

 フロレンティーノ家なら親族とはいえ他家であり、エチェバルリアから見れば客人にあたるから、自家の荷物を持たせるよりは外聞が良い。しかも使用人が自分の仕事をキコに押し付けているのではなく、使用人も両手に荷物を持ったうえで、手が足りないからキコに手伝ってもらう形ならなおさらだ。
 キコがその荷物を荷台から下ろすと、アルフォンソが慌ててキコから荷物を奪い取った。

「こ、これは僕が持ちます!」

 木箱をだいじそうに抱えるアルフォンソに、キコはさわやかに微笑んで言った。

「中に何が入っているかは存じませんが、アルフォンソ様にとって大事なものであれば大切にお運びいたしますので、私にお預けいただけますか?」

 天使みたいな百%善意しか含まれていない笑顔でそう言われて、アルフォンソは「う、うん」と言って木箱を渡す。それにしても、なぜアルフォンソだけ荷物が多いんだろう。男の子は剣術の授業で使う剣とかも持参するのかな? エレナはちょっと疑問に思ったが、あまり詮索するのも良くないので何も言わないことにした。
 そんなこんなでようやく、エレナたちは寮へ向けて歩きだしたのだが。
 ふとあることに気づいて、エレナは一緒に同行している女生徒を一瞥する。先ほどキコに道を訊ねてきた子だ。

(うわー、この子知ってるわー。ライバルキャラだわこの子)

 豊かに波打つ栗色ブルネットの髪、金緑石色の虹彩、間違いない。エルンスト王子ルートのライバルキャラだ。そして攻略の関係上、ライバルキャラとはできるだけ早くお近づきになっておいたほうがいい。

「あの、失礼ですが、ローゼンブルク公国のヴィルデローゼ公女殿下ではありませんか?」

 エレナは彼女に、というより彼女の侍女に、遠慮がちにそう問いかけた。

「よく、おわかりになりましたね」

 おっとりとした優しい声でそう答えたのは侍女ではなく本人だった。だが、わからない方がおかしいのだ。おそらくこの場にいるほぼ全員が気づいていると思う。リディアだけは例外だが。

「ヴィルデローゼ殿下が我が国の学園に留学していらっしゃることは聞き及んでおりますし、そのお荷物の紋章が」

 エレナは侍女が下げている鞄に描かれたローゼンブルク公家の紋章を見ながら言う。ローゼンブルク公国はこのヴァンダリア王国の遥か北西に位置する小国だが、百年以上前から伝統的にヴァンダリアと親密な関係が続いている。ヴィルデローゼの父親であるローゼンブルク公フェルディナント二世も、ヴァンダリアの軍隊が強大だった頃に軍学を学ぶためにこちらに留学してきた経験があるという。

「たしかにわたくしはローゼンブルク公国のヴィルデローゼですが、学園は身分の区別なく国内の全ての魔力を持つものが通うところと聞いております。一人の生徒として、仲良くしていただけると助かります」

 ヴィルデローゼは花の咲いたようににおやかに微笑んだ。
 「生徒として」仲良くして欲しいと言っているのだから、その返事はエレナよりも同じ生徒であるリディアからした方が良い。エレナは斜め前を歩くリディアの肩に軽く触れて合図をした。リディアには攻略キャラとライバルキャラ全員の名前と素性をあらかじめレクチャーしてあるし、その面々と仲良くなっておく必要性も説いてあるから、この合図だけで何をすべきか伝わるはずだ。

「恐縮です。こちらこそよろしくお願い致しますわ。ヴィルデローゼ様」

 リディアは立ち止まってヴィルデローゼに向き直ると、優雅にカーテシーをした。よし、ちゃんとわかってくれた。

「ローゼ、とだけお呼びください。普通の学友として」

 リディアは少しだけ躊躇したものの、本来の高慢な悪役令嬢リディアなら遠慮なくそう呼ぶだろうと考えたのか、「わかりましたわ、ローゼさん」と返した。
 キコや他の子女たちも、口々に「よろしくお願いします」とローゼと挨拶を交わす。
 そんな風に話しながら歩いているうちに、一行の歩いている小路は校舎の脇を抜けて、左右への分かれ道につきあたった。

「右へ行くと男子寮『緑の家カサ・ヴェルデ』、左へ行くと女子寮『桃色の家カサ・ロサード』です。ここから先は、どちらも一本道ですよ」

 道案内をしてくれたキコにお礼を言って別れ、令嬢たちとお付きの侍女たちは左側の道へと進んだ。
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