ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

寮長セシリア

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 女子寮『桃色の家カサ・ロサード』は、その名前から連想されるほどには、派手やかな建物ではなかった。白い外壁に青い屋根で、窓枠などのごく一部に淡い桃色が使われているだけだった。正面にあるアーチ型の両開きの扉も、扉自体は白でドア枠が桃色だ。一行の先頭を歩いていたエレナが、その扉を開ける。
 ドアを開けると玄関ホールがあり、正面に二階へ続く大きな階段があった。左右の壁と階段の奥の壁にはいくつもドアが並んでおり、そのドアの数だけ個室があるようだった。二階もやはり同じように壁にたくさんのドアがあり、大階段からそれらのドアへと回廊が渡されていた。
 見渡せる範囲に人はおらず、あたりはしんと静まり返っていた。どうしたものかと思案したエレナは、入り口のすぐ横に置かれた台の上に、真鍮の小さなベルが置かれているのを見つけた。これで人を呼べ、ということなのだろう。
 見た目より重いそのベルを持ち上げ、躊躇いがちに一振りすると、ちりん、と、澄んだ音が辺りに響いた。

「新しく入寮される方々ですね。わたくしは寮母のカミラと申します。よろしくお見知りおきを」

 玄関に一番近いドアから五十代くらいの女性が現れ、丁寧なカーテシーと共にそう名乗った。眉間に刻まれた深い皺のせいか、頑固そうな印象を受ける女性だ。ともあれ、リディアたち令嬢とその侍女も順番にカーテシーと自己紹介を返す。

「この寮では、できるだけ入寮者たち自身による自治に任せるという方針を取っていますので、お部屋への案内や寮の規則の説明などは、寮長から説明いたします。先ほどのベルは寮長にも聞こえているはずですので、まもなく参ります」

 程なく、二階から少女が二人降りてきて、一同に丁寧なカーテシーで挨拶した。

「『桃色の家』へようこそ。寮長のセシリア・フアネーレです」
「副寮長のテレサ・セルバンテスです」

 一同は二人にカーテシーを返す。

「それでは寮内を案内いたします。こちらへどうぞ」

 セシリアはそう言ってくるりと踵を返し、大階段の脇を抜けて建物の奥の方へと歩き出した。一同がついて行くと、セシリアはちょうど大階段の裏に位置する、他よりやや大きめの扉を開いた。

「ここが食堂です。朝食と夕食はここに寮生が全員集まっていただきます。朝食の開始時刻は午前七時、遅刻は厳禁です。体調不良などで欠席する場合は、七時よりも前にわたくしかテレサにご報告ください」

 セシリアは淡々と説明を続ける。

「夕食の開始時刻は午後七時。これが同時に、当寮の門限でもあります。何があろうと必ず午後七時までに寮へと戻ってきていただき、皆さんと一緒に夕食を取るようにしてください。もちろん、夕食後の外出も禁止です」

 そこまで言ってからセシリアは、少し語気を強めて「特に」と付け加えた。

「特に、男子寮へ行くなどという破廉恥な行動は、絶対にあってはならないことです。もっともこれは門限後に限ったことではなく、どんな時刻であっても男子寮へ行ったことが発覚した場合は即時退寮となりますが」

 セシリアはそこまで言ってから、新入りたちの顔を一人一人じろりと睨むように見つめてから、エレナの方を向いて言った。

「異性交遊の禁止は、学園の生徒に限った話ではありません。側仕えの方々も同様です」

 セシリアはエレナを睨みつけたまま、さらに言葉を続ける。

「あなた、男子生徒のフランシスコさんのことを、親しげに『キコ』と呼んでいらしたようですが?」

 しまった見られていた。エレナは思った。ただでさえ生真面目な上、フランシスコのことになると一層神経質になる彼女にキコとの会話を見聞きされていたなら、目をつけられて当然だ。ここはとにかく、ひたすら謝るしかない。

「申し訳ございません! フランシスコ様とは顔見知りですが、決して親しいわけではないのです。お優しい方で誰にでも親しげに接してくださるので、ついあのような馴れ馴れしい態度を取ってしまいました! 今後は、二度とこのようなことがないように致しますので!」

 必死に頭を下げるエレナを冷淡な目で眺めながら、セシリアはなおも尋問を続けた。

「フランシスコさんが『わが主』とおっしゃっていたのは?」
「こちらのリディア・エチェバルリア様のことです。フランシスコ様のお父上はわたくしのお仕えしているエチェバルリア家の執事長で、フランシスコ様ご自身も執事の仕事を手伝っていらっしゃいます」
「同じ屋敷で共に働いてはいても、親しくはない、ただの顔見知り、ということで間違いはありませんね」
「はい。同じ屋敷に仕えるとは言っても、わたくしはお嬢様の侍女、フランシスコ様の仕事は当主様の執務の補佐ですので」

 セシリアはしばらく、黙ったまま値踏みするような視線をエレナに注いでいたが、やがて「まあいいでしょう」と言って視線を外した。そして今度は、ローゼの方へと目をやる。

「あなたは、フランシスコさんに二度も話しかけていらっしゃいましたね」

 セシリアの、挑むような視線に対して、ローゼは屈託なく微笑みながら答える。

「はい。恥ずかしながら、一度道を教えていただいただけでは迷ってしまいまして……」

 自分に不名誉な嫌疑が掛けられているのが分かっていないのか、分かった上でそんなものには動じないのか判別しがたい。そんなローゼの態度に一層神経を逆なでされたのか、セシリアがずばりと本題に切り込む。

「では、フランシスコさんと親しくお話したいために、わざと道に迷った振りをしてもう一度話しかけた、などと言うことはないのですね?」
「親しく……と言うことなら、学園のみなさんとはどなたとでも親しくしたいと考えておりますが、わざと道に迷う……とは? なぜ道に迷うと仲良くなれるのですか?」

 まるでカーテンを相手に格闘しているようなじれったさに、セシリアが眉間に皺を寄せて険しい表情になる。横に控えていた副寮長のテレサが、彼女にそっと耳打ちする。
 おそらく、ローゼがローゼンブルク公国の公女であることを知らされたのだろう。さすがに一国の公女殿下相手に喧嘩を売るわけにはいかないと思ったらしく、セシリアもようやく矛をおさめた。

「……もう結構です。他の場所を案内いたします」

 セシリアはその後、寮母の部屋や自分の部屋、副寮長の部屋を案内してまわった。彼女の説明によると、学園の敷地外に出る必要がある場合は、外出の理由と行き先を寮母に届け出る必要があるそうだ。そしてその理由が正当とみなされれば外出が許可される。長期休暇で帰省する際も、いつ寮をっていつ寮に戻る予定なのかを寮母に届け出なければならない。それ以外の寮生活で何か困った事などがあれば、寮長か副寮長に相談するように、とのことだった。
 最後に、セシリアは一同を四階へと連れて行った。

「今年の新入生のお部屋は四階にあります。各自の部屋番号を読み上げますので、後は夕食までお部屋で休んでいただいて結構です」

 そう言って彼女はポケットから紙片を取り出し、新入りたちに部屋番号を告げた。親戚同士が近い部屋になったりということはないらしく、互いの部屋はバラバラに離れていて、強いて言えばローゼの部屋が比較的リディアの部屋から近く、それでも両者の部屋は間に五部屋分ほど距離があった。

「寮についての説明は以上です。ご不明な点などあればわたくしかテレサの部屋までお尋ねください。それでは失礼いたします」

 そう言って、セシリアとテレサは階下へと帰って行った。

 *

「いや~疲れたぁ~」

 あてがわれた部屋に入るやいなや、リディアはベッドに倒れ込む。

「服に皺がよるのでおやめ下さい。この世界のアイロンは余り効かないので大変なんです。それにここはもうエチェバルリアのお屋敷ではないんですよ。いくらなんでも油断しすぎです」

 エレナの小言に、リディアは一応は起き上がって居ずまいを正しながらも反論する。

「お屋敷に居るときでも寮でも大した違いはないのではなくて? おかしな言動を見られたら取りかえ児チェンジリングだと疑われるという点は同じなのですから」
「そうかも知れませんが、それはお屋敷でも油断してはいけない理由にはなっても、寮で油断していい理由にはなりませんね」

 リディアはまだ何か言いたげだったが、素直に「以後気をつけますわ」と小声で言った。

「それにしてもあの寮長、思った以上に口うるさいですわね」

 先ほどの食堂でのエレナとローゼに対する詰問を思い返しているのか、少し忌々しげな表情でリディアが呟く。

「悪い方ではないのですが、規則違反には厳しいです。特に異性交友にはお気をつけ下さい。キコのことも、これからはわたくしと二人きりのときも『フランシスコさん』と呼ぶようにして下さい」

 そう、誰にも見られていないはずの時にも油断できない。学園に着いた後のキコとの会話だって、誰かに見られているなんて全く気づいていなかったのだ。それなのに、セシリアに会話の内容までしっかり知られている。よほど注意していないと、不用意な会話をセシリアに聞かれてしまいかねない。

(つまりは寮長の目を警戒しながら、この危なっかしいお嬢様の面倒を見つつ、クロエをハーレムルートに誘導しないといけないわけか)

 何その無理ゲー。とエレナは思った。
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